財団児童部隊
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サイト-608保育センターは毒々しい空気にみちていた。保育サービスの激しい流入のせいではない。バンクス博士とコルテス博士の苛烈な議論によるものだ。機動部隊シータ-17のベッドルームと遊び場の中からでも、2人の研究員らがゴニョゴニョとやかましく囁き合うのが聞こえた。

「私が、保護者らが、誰もがそんなことに対してOKなんて言うと期待するなんて、ありえないからな。」
バンクスは言った。その声は鼻梁をつまむことでわずかに鼻声になっていた。

「期待はしてないさ、だが君がこのことにそれほどまで乗り気じゃないのは理解できない。保護者らはすでにシータ-17の結成に同意しているから、まずそこは問題ない。」
コルテスは北壁の揺りかごに歩み寄った。そこには「シータ-17-ガンマ──ステイシー」と書かれていた。
「君だけが、私が直接話をして、真っ向から反対をした。だから聞かせてくれ……この部隊になんの問題があるというんだ、コリン?」

バンクス博士はコルテスをしばし凝視した。
「そりゃ、ああもう、グラハム。正直よくわからないんだって!もし何かこの部隊について私なりの不満をあげるとしたら、彼らが赤ん坊である点に尽きる。」
彼はよろめき、危うく両手を揺りかごの手すりに叩きつけるところだった。今はお昼寝時間であり、揺りかごの中にいるのが訓練を施された戦士だとしても、その戦士はたったの生後15ヶ月なのだ。

コルテス博士はため息をついた。
「彼らが赤ん坊であることは承知だ、しかしただの赤ん坊ではない。彼らは特殊部隊員でもある。包括形成書類には目を通したか?」

「ああ読んだよ。」
嘘だった。
「いちいち聞くな。」

「ならシータ-17がいくつかの異常状況下に対応することに自然的に特化しているとは承知だろう。全て白黒で書かれているはずだぞ。」

「不条理だ、完全に馬鹿げてる。お前がそこに突っ立って、私の目をまっすぐ見て、吐く言葉が──」

3発の銃声のハーモニーが室内から響いた。バンクス博士は本能的にしゃがみ込んだ。コルテスは電話を取り出した。

バンクスは顔をあげた。
「何をしている?」

「ああ、俺の着信音。テキストメッセージが来た。」
シータ-17-ガンマは揺りかごの中でわずかに体を動かした。着信音のやかましさに気づいたコルテスは携帯電話をマナーモードに切り替え、静かに室内の対向にあるおもちゃ箱へと急いだ。

「お前のことは絶対に理解できない。」
バンクスはまた先ほどまでの立ち位置に戻った。
「見ろ。この子達に戦場に立つ用意ができていると言えるわけない。少なくともこんなのじゃあ。」

「考えてみろよ、コリン。永続性の低さはすなわちミーム災害が無価値ということだ。サイズが小さいことは潜入捜査に適切ということだ。自分の名前の意味すらわからないようなものに情報災害は実質無意味だ。そして彼らに欠くぶんは、厳しい訓練で補った。」
コルテスは緊急ガラガラ1を手にして揺りかごに戻り、赤ん坊の泣き声に備えた。
「我々は財団だ。阿呆どもじゃない。君がこれを真剣に考えてくれたら幸いに思うよ。」

バンクスは深くため息をついた。
「真剣に考えているんだ。ものすごく真剣にだ。これは危険すぎる。俺たちの関わっているのは子供のお遊戯じゃない。彼らが怪我したらどうするんだ?」

「倫理委員会が、彼らに明確な危機に面する任務に派遣しないようにと指摘したよ。」

「迷子になったら?」

「他の機動部隊のように追跡すればいいさ。」

「彼らの残る生涯に影響を及ぼすんだぞ。」

「精神鑑定と特殊保育サービスが任務終了後必ず実施される。君は本当に──」

「あのど畜生書類ならちゃんと読んだっつったろ、グラハム。」

まるまる2秒後、覚醒したシータ-17-アルファと-ガンマはやかましく泣き出した。コルテスはガンマの揺りかごにのめりこみ、彼女を抱き上げて軽く揺らしながらガラガラを振った。彼はバンクスを睨みつけ、アルファのカゴに頷いた。

すっかり敗北を覚えたバンクス博士は最後に深くため息をつき、アルファをあやし宥め始めた。


シータ-17-アルファはバンの窓の向こうに見惚れる。雲や家々が流れていく。隣にいる赤ん坊はベータだが、保育所の人々は彼を「ジョッシュ」と呼ぶ。アルファはこれらの意味が理解できなかった、なにせ彼もまだ生後13ヶ月なのだ。

コルテス博士は最新型軽量安全ベストをガンマに装着させ、準備手順を完了する。自分の席に戻り、出動地域への迎えを待つ。到着時刻の承認を受け、赤ん坊たちへと振り返り決めていた台詞を復唱した。

「機動部隊シータ-17。今日は特別な日だ。君たちは、大変捉えにくいアノマリーを捕まえるために選ばれた。」
コルテスはクリップボードを取り、ページをめくってある老女の写真を見せた。
「君たちはこれがなんであるかわかるかな?」

アルファは窓から目を離さない。ガンマはベストを取り外そうともがいた。ベータは応じた。
「ぱー…ぽんぽん。」

「違うよ、わんわんpuppyじゃないよベータ。」
コルテスは返した。
「これがターゲットだ。彼女は重篤な記憶補強剤中毒者にすら忘却効果をもたらすことができる。我々は彼女に近づけない。皆ただ背を向ける、何かしようとしたことは確かなのに、何をしようとしたかを思い出せなくなる。誰もその効果から脱却できず、一部は悪化も確認された。」

「だが本日、彼女を収容室におさめられるよう取り押さえるのが君たちの任務だ。君たちがスーパーマーケットに解放され、彼女の注意を引いている間に大人たちが彼女を車に押し込む。今日は君たちの人生で最も重要な日となるだろう。」

「私を喜ばせておくれ、シータ-17。確保、収容、保護。」

ベータは合言葉の返事としてもごもごと復唱した。たぶん。

しばらくして、バンはフェスティバル・フード・スーパーマーケットの前に停車した。コルテス博士は立ち上がると後部座席のドアを開けた。振り返り、シータ-17の座席ベルトを外し、配備準備をした。また前に向き直ると、赤い2009年モデル日産ヴァーサが後部に停まり、彼が発車することを妨げた。

コルテスは眉をひそめた。
「おい!出たいんだが、もうちょっと下がってくれないか?」

運転手が車を降りた。バンクス博士だ。彼はバンの後部に歩み寄り、コルテスに紙束を渡した。コルテスは表紙を見た。

機動部隊シータ-17("財団児童部隊")の解体を求める倫理委員会への申請

コルテスは片眉を上げ、バンクスを一瞥した。

「12箇所の財団サイトから募った1万人ぶんの署名だ。」
バンクスは言った。その声は単調なものだった。

「こんなものは無意味だ、」
コルテスは言った。
「申請なんてものは実際いかなる変化もなすことはない。我々のシータ-17の使用を止められるのは、倫理委員会からのメールだけだ。」

3発の銃声のハーモニーがコルテスの上着から響いた。

「受信ボックスを確認した方がいいんじゃないかな、グラハム。」

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