餅月の海栗と水野研究員
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「頼んでおいた資料、出してあるかな」
「あっ、はい。少しお待ちを」

 サイト81██の一角、水野遍の管理する過去書類保管庫。
 その幼い顔を腕と一緒に受付のカウンターへ乗せ、エージェント・餅月は無表情のまま黙りこんでいる。水野がこうしてエージェントと顔を合わせる機会は少なく、話すこともあまりない。

「……その、お持ちしました」
「……」

 資料が目の前に置かれても、餅月は黙ったままだ。いや、視線が、水野に向いていない。

「……に」
「……え?」
「うににー……」

 呪文モージョだ。呪文モージョを唱えている。水野はそう思った。
 しかし、実際は違った。その目線の先には、水野の趣味で置いている、ちょっとした女子力コレクションの数々があった。その中でも、異彩を放つもの。

「はっ」

 海栗であった。正確に言うなら、「地方限定海栗マスコット東日本編」のコレクションケースが鎮座していたのだ。

「うに」
「えっ」
「うににー!?」
「ひゃー!?」

 カウンターを飛び越えるなり、ケースに突進。しかし、その他のコレクションには見向きも触れも激突もしない。周りが見えていないというわけではないようだ。

うにこれ
「はっ、はいっ?」
うににうっににどこで買ったの
「えっ、あ、その、これは知人のお土産で……どこで買ったかまでは……」
うっにぃそっかぁ……」

 残念そうだった。至極残念そうだった。いつもは無表情なだけのその顔に、明確な影が落ちている。

「……あの、良ければ、差し上げましょうか……?」
うにに!?いいの!?
「ひぃっ。ど、どうぞ。お、置いてるだけなので……」
うにににぃー!!ありがとぉー!!

 ケースを抱きしめてくるくる回る餅月。見た目相応の笑顔がそこにはあった。
空白
空白
空白
空白
空白
 幸せそうに出て行く餅月を、手を振って見送る水野。

「ちゃんと笑えば、かわいいと思うんだけどなあ」

 振り返り、整理に戻ろうとして、もう一度振り返る。

「あ」

 カウンターの上には、紙の山。

「餅月さん、書類……」

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