弔花
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超常現象記録

概要紹介: 午前2時頃から約15分間、臨時サイト-81-105周辺にてファフロツキーズ現象が観測されました。上空より降下したのは白色のヒャクニチソウ(Zinnia elegans)の花弁で、降下物自体に異常性はありませんでした。
発生日時: 20██年8月23日
場所: 福島県会津若松市
追跡調査措置: 現場に居合わせたエージェント・菻より第一報がもたらされ、直ちに降下物の回収および隠蔽措置が取られました。発生時刻が深夜であったため目撃者は少なく、隠蔽は3日以内に完了しました。

けっこうバエる写真が撮れたんだけど、インスタにアップしていい?エージェント・菻
駄目です。津軽研究員


 黴臭い深夜の仏間に、箪笥と老人と私。Jポップの歌詞にもならないシュールな取り合わせ。
 午前一時十七分。秋分の夜空を照らす月の光は、閉め切った雨戸に遮られて室内には一筋も届かない。
 畳に胡座をかいた老爺は名を浮田という。私が監視対象としている要注目団体「石榴倶楽部」の最長老にして首魁と目される人物。人の肉を喰うなどという素敵な趣味をお持ちの美食家だが、外見はひどく痩せこけている。
 古びた箪笥の正面に浮田は坐っている。私は壁際に凭れてそれを見下ろしている。
「ひとつ貸しだからね」
「おうとも」
 話しかければ生返事が返ってくる。今日のこの場を設けるのに私がどれだけ苦労したか、この老人は知らないのだ。
 世界存亡の危機を招いて悪びれもしない他の要注意団体と比べれば、石榴倶楽部の活動は随分と小規模で大人しい。脅威度も戦力も最低レベルの団体ゆえ、財団としても敢えて強硬策に出る理由はない。穏便に付き合えるなら付き合っていこうというのが現時点における方針だ。付き合いとは何かといえば、彼らの持つ異常物品の明け渡しや情報提供が主となる。
「この箪笥のことを知っていたの?」
「それはもう。前に見た時はもっと真新しかったがね」
 SCP-1805-JPは木製の百味箪笥である。特定の女性を主と定め、その生殖本能を亢進させる。箪笥は母から娘へと引き継がれる。破壊や回収を試みれば武装した霊的実体を呼び寄せ、侵害者を排除する。
 その霊的実体が、石榴倶楽部の関係者に酷似していた。倶楽部の創設メンバーの一人、橋詰章子。幕末から明治にかけて、表向きは遊郭経営者として生きた人物らしい。
「前に見た時、って?」
「さて。百何十年前だったか」
 浮田は平然とそんなことを言う。オブジェクトに関する調査の一環で聴取したところ、橋詰章子に会わせてほしいと言い出したのは浮田自身だ。新たな情報が得られる可能性とリスクを天秤に掛け、財団はSCP-1805-JPと浮田との接触を特例で認めた。
 私はその特例的措置の立会人を拝命するという名誉に預かった。要するに何かあったら真っ先に尻尾切りされる要員ってこと。ちょべりば。死語か。
「橋詰さんはどこに?」
「呼んだら来るんじゃないの? 知り合いなんでしょう、聞いた感じだと」
「おおい、橋詰さん。浮田だ」
 適当に提案したのだが、浮田は存外素直に声を上げた。嗄れた声は静かな和室に虚しく響き、消えた。特に何も起こらなかった。
「駄目なようだね」
「じゃあ、しょうがないか」
 凭れていた身を起こし、箪笥に近寄る。こんなこともあろうかと持参していた金属バットを両手に握る。
 うろ覚えのメロディ──野球中継で聴いた気がする応援歌──をハミングしながら、バットを構えて立つ。年季の入った百味箪笥に向かって、躊躇うことなく金属バットを振り抜……
「やめてくださいまし」
 ……けなかった。バットは背後から何者かに掴まれ、構えた位置から微動だにしなかった。
 箪笥への奇襲攻撃を阻止したのは、私でも浮田でもない第三の人物。襖も開けずに現れたその人物は、華やかな着物姿の若い女である。
「どうも、こんばんは」
「もう少し穏当に呼び出してはいただけませんこと?」
「仕方ないじゃん、そういうプロトコルなんだから。私に言わないでよね」
「それにしては愉快そうに構えなさって……あら」
 女の視線が、私から浮田へ移る。
「あらあら。どなたかと思えば懐かしいお顔」
 女は浮田を見詰める。浮田も女を見詰め返す。煙のように突然現れた女と対峙して、浮田はしかし驚く気配もない。
「やあ、随分と御無沙汰だねえ、橋詰さん」
「やめて」
 旧知の相手との再会を示唆する和やかさから一転、女は浮田を鋭く睨みつける。
「私はもう橋詰ではありませんわ。ただの章子。それでよろしいでしょう?」
 女の──章子さんの言葉には有無を言わせぬ強い語気が籠もっていた。浮田は呆れたような顔でシニカルに笑う。
「もう一世紀以上も前のこと。誰も気にしてはおらんよ」
「私が気にします」
 無言で睨み合う二人……正確には睨んでいるのは章子さんのほうだけで、浮田は呆けた顔で目を合わせているだけだ。
「用がないなら切り上げるよ。こっちも暇じゃないし」
 痺れを切らせて口を挟む。二人の間にどんな因縁があるのか、学術的および個人的に興味がないではないが、口喧嘩を繰り広げるならともかく双方沈黙されては得るものもない。
 私の横槍に、今度は章子さんがくすくすと笑う。
「随分はっきりと物を仰るのね、あなた」
「まあね。現役ピチピチJKだもの」
「あら、そう」
 章子さんの表情は先程より柔らかい。少しは場の空気も和んだか。
「そうだ、アキさんにお土産があるんだ」
 浮田が傍らの風呂敷包みに手をかける。彼の持参物は全て事前に検査済みだから私はその中身を知っている。重箱入りのおはぎだ。
「今の秋津は菓子作りも得意でね。作らせたんだ。今日は彼岸だろう」
 重箱の蓋が開くと同時、室内に甘ったるい匂いが拡散する。
「要りませんわ、そんなもの」
 女はぱしゃりと言い放つ。
「甘いものは嫌いです。昔話さなかったかしら」
 きっぱりとした女の態度に、老爺は一本取られたという表情で引き下がる。何が可笑しいのか、にやついた顔で笑いを漏らす。
「全く、昔と変わらないね、アキさんは」
「私の何を憶えておいで? 味の好みすら忘れたくせに」
「そう拗ねることもなかろう。ささやかに再会を祝したかっただけだよ」
「贈り物を下さるというのなら」
 にわかに媚びたような声になって、章子さんの雰囲気が豹変する。艶めかしい動きで浮田のすぐ隣に坐り、その肩に体重を預けてしな垂れかかる。
 浮田の胸元を章子さんの白い指がなぞる。着物の一枚もはだけていないのに、ポルノ映画めいた空気が場に充満する。お茶の間では放送できないレベル。
「そんな詰まらない甘味じゃ嫌。吉祥果を下さいな。ここの奥に埋まった、赤黒い実をひと欠片」
 婀娜っぽく迫る章子さんに、浮田は答えない。絡みつこうとする細腕をやんわりと払い除ける。
「今更そんなものを求めずとも、君は永遠を得たろう? 確固たる百代の繁栄を」
「まさか。こんなものは幻に過ぎませんわ。私のこの身と同じ、幽霊のような砂上の楼閣」
「百代守護の箪笥を砂の城呼ばわりとは。如月の小童は草葉の陰で泣いておろうな」
「小童? あの人は大人ですわ。あなたなんかより余程」
「誰が大人なものか」
 浮田は立ち上がり、老体とは思えぬ機敏さで掌を突き出す。掌は真っ直ぐに章子さんの首を掴む。五本の指をきりきりと絞め──しかし章子さんは顔色ひとつ変えない。
「小娘の駄々を止めもせず誰が大人か。子供の粗相があらば叱るのが大人であろう」
「あなたは怖いだけ。思い通りにならないものが怖いだけ。闇が怖くて夜道も歩けない臆病な子供。それでいて唯我独尊の優越感に浸りたがって。そんなに独りが怖ければ殖やせばよろしいのに。不相応に熟れた実を裂いて、詰まった種をバラ撒いて。私たちもまた柘榴なれば」
「図に乗るな、地縛霊風情が」
 首を絞める浮田の指が力を増す。さすがに見かねて、二人の間に割って入る。
「はい、そこまで」
 浮田の腕を強引に引き離す。手首辺りを強く握ると案外素直にこちらに従ってくれる。
「直接接触は禁止って言ったでしょうが。引き上げるよ」
 水を差された二人はといえば、どちらからともなく呵々と笑い出す。これだから不気味なんだ、年寄りどもは。
「ではアキさん、達者でな」
「御冗談がお上手ですこと。次は素敵なお土産をお待ちしておりますわ」
「はいはい、無駄話してないでもう出るよ」
 浮田におはぎを仕舞わせて、部屋の出口へと誘導する。襖を開けると廊下に出る。室内よりは湿度が低くて涼しい。
「ねえ、あなた」
 立ち去る間際、背後から章子さんに呼び止められた。
「菻です」
「菻さん。ひとつ教えてほしいのだけれど」
 私は頷く。
「先程の……じぇいけい、というのはなんですの?」
 その質問は私にとっては想定外で、私は咄嗟に答えられなかった。多分これは笑うところなんだけど。
「女学生のことだよ」
 私の代わりに答えてくれたのは浮田だった。微妙に間違っている気がするけど、まあいいか。
「女学生? あなたが?」
 章子さんはまた、ころころと笑う。
「嘘だわ。あなたが女学生だなんて」
 何が可笑しいのか、章子さんはそのままずっと笑う。
「あなたからは死体の匂いしかしませんもの」
 そうして笑ったまま、現れた時と同じくらい静かに姿を消した。
 別れ際まで最悪な女だ。ちょべりば。


 玄関を出ると門前にワゴン車が横付けされている。これから浮田は速やかに京都へと護送される。後は別のチームがやってくれるので私はここで任務完了だ。
 空から何か白いものが降っていた。季節外れの雪かと思ったら何かの花の花弁だった。どこかの庭の木から飛んできたのか、あるいは。
「お爺ちゃん、何か余計なことしてない?」
「はて、なんのことやら」
 空を見上げながら浮田は曖昧に答える。
「浦島草は百日咲く。永遠に囚われた女の弔いには丁度良かろう」
 花吹雪の中、ワゴン車の発進を私は見送る。弔いの白い花弁は止めどなく降り続けている。
 壮観な光景に見とれそうになるけれど、今はまだ生憎と勤務中だ。携帯端末を取り出して、記録用の写真を撮影する。綺麗に撮れたら、後でみのりちゃんにも見せてやろう。
 動く死体リビングデッド。今の私の在り様は確かにそうなのだろう。とはいえ箪笥の幽霊には言われたくない。
 手の甲を鼻に寄せて嗅いでみる。特に何も違和感はない。自分の体臭は自分じゃ判らないとも聞くけど。
 ──今度、新しい香水でも買いに行こうかな。

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