COEXアクアリウム攻撃事件覚書: 第1
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HUB: 無題 1


午前4時02分

ソウル特別市江南区三成洞炭川タンチョン

夜が明けていた。

夜明けの炭川タンチョンは静かだった。朝早くに起きて、川沿いの道路を歩いているこいつらを除いては、何一つ活気も感じられないような空間。水は好き勝手気ままに徐々に潮を打ち撒いていき、鳥でさえ浅い微睡みへと落ちていた。

そして、いくつかのボート。

このボートは、一般的な他の機種とは異なり錨が外されており、エンジンだけでひたすらに航行していた。道行く人はボートにこっそりと目を向けたりしていたが、大きな拳が描かれていることを除き、何の特徴すら有さないその船舶に対して大きな関心を持ちはしなかった。ボートにはそれほど存在感がなかったのだ。それは自然の風景と混じり、同化していた。

船舶を操る男は安心の一息を吐き出した。数日間シミュレーションした結果が輝かしかった。今まで大韓民国で作戦を遂行したことはあったが、世間の耳目が集中される、ここソウルまで来るようになったことは初めてだった。ともすると仕事を誤れば、不要な関心を引いて、組織全体に悪影響を及ぼすという事実が、男の背筋を冷ややかにさせた。今までこんな大都市で任務を遂行してみたことがないということも、彼の不安を高めるのに一役買っていた。

「こちらメイウェザー-1、メイウェザー-1。聞こえるか?」

無線機から音声が流れ出ると、男は身震いをした。たちところに他の音声が無線機から流れ出始めた。それは皆、男の仲間だった。彼は少し心を置いて無線機に返事をした。

「こちらアリ-13。現在炭川タンチョン川の上だ。目的地に到逹している」

陸地を行った他の応援も目標地点へと到逹しているようだった。男はドックを見通しながら、拳を巻いて握った。そう、心配する必要などない。 計画は着実に遂行されていた。何一つ起こるまい。ましてや、この船の中にはほかに3人もの仲間が乗っているではないか。

「目的地に到着次第、作戦を実行する。善しき殴撃を」

「善しき殴撃を」

交信が終わる。男は首をうなずかせ、操縦桿をぎゅっと握った。

そして、目の前で水柱が聳え高く伸びた。唐突に降りしきった水しぶきに驚いた男が、操縦桿を折ると、船は揺らめいた。運転室の向こうで居眠りしていた仲間たちが、はっと目覚めた。

「何事だ!」


「……分からん」操縦桿を取った男が答えた。「目の前で水柱が上がったんだよ。まるで何かが落ちて着やがったかのようにな」

「何が?」

「単に入水した野郎じゃねえのか」

男は気がかりそうな表情をして言い返した。「いや、辺りに上から物を落とせるだけの構造物なんか無—」

男が言葉を止めた。ぼやっとした表情の仲間たちが近付いてきたが、男は相も変らずに何も言わないまま目をつぶっていた。

「一体なんなんだ?」

「…」

「何とか言ってくれ」

「…ついさっき、ドックに…」

「ドックに?」

「…サメがいた…」

「お前、何言ってんだ?」

男の仲間らは、ぼやっとした顔のままドックに出た。ますます明るくなる夜明け空と、揺れる川水だけが見えるだけで、サメなどどこにも見当たらなかった。船の端に立った仲間は、訝しげに顔をしかめた。

「こいつ、躍起になりすぎたか。……サメをぶん殴りたくて幻覚を見始めたんだろう」

一人の男が呟くと、他の二人はクスリと笑い声を立て、笑みを浮かべた。

その直後、笑い声が事切れる。

少なくとも、1人はしばらくの間、笑い声を出すことが出来なくなっていたのは明らかだった。夕陽の中から小さな手が飛び出して、ドックの端でうつつを抜かしていた男の首を殴り倒し、気絶させたからだった。

そして、戦いの火蓋が切られた。

咬冴舞波は妙齢12歳の少女だったが、その割には強靱な体力と豪腕の持ち主だった。そんな彼女はサメでもあった。いや、正確に言い表すとするならば、半人半鮫と表現した方が正しいだろう。

舞波の故郷だったサミオマリエ共和国は、サメ殴りセンターの連中に殴り滅ぼされた。舞波の種族は文字通り散り散りとなった。民兵たちは容易く潰され、罪のない民々が無残に虐殺された。その日、その場所には、善良さなどといった概念はあらず、彼らが奉り称えていた神なども居はしなかった。数千もの民々が死んだ。その亡骸を葬ってくれる者さえも。

それゆえに咬冴舞波は、いま己の目の前に立ちすくんでいる、巨躯を持ったSPC職員の腹部に強烈な一撃を繰り出す時にさえ、何らの罪悪感を持たなかった。

巨躯の男が乾いた咳を吐き出し、後によろけながら退くと、ビニーを被った男があらんかぎりの声を張りあげ、舞波へと飛びかかった。舞波はバックステップを踏み、ビニーの顎に強烈な右フックをかまし、再度左フックをお見舞いした。ひしゃげる音とともに、ビニーの足が解けて倒れ伏した。幼い少女に、こんな目に遭わされていることが信じられないという表情をしながら。ビニーが身を起こそうとしたが、直後に飛んで入った青色の膝によって夢の国へと吹き飛ばされた。

「こ、こいつっ!」

意識の戻った巨躯が隙を見て飛びかかる。倒れたビニーを見下ろしていた舞波が驚き、眼を見開いたが、巨躯の方が速かった。勢いづきそのまま飛んで入ったボディプレスに、咬冴舞波の体躯はバランスを崩し、欄干にぶつかってしまった。

「こんのリスみてえなサメガキが……」

「うぐっ……痛いやろが……」

舞波は欄干を掴み、起き上がろうとした。夜明けの陽色を背に伸びた、巨躯の影が近付いてくる。心臓がドキドキと音を響かせた。船を進んでくる感覚が足から伝わった。巨躯が近付いてくる。

そして、巨躯が拳を奮い上げた。サミオマリエを粉砕したあの時の虐殺者のごとく。舞波は眼をきゅうっと閉じる。

その時、弾丸が巨躯の頭部を貫いた。

舞波は呆気に取られた表情のままに、巨躯の冷えゆく死体を眺める視線を、弾丸が飛んで来た方向へと首を向けた。

そして、親指を立てた。

ソン・ユダは、そこから数百メートル離れた三成サムスン橋の欄干の上で、狙撃銃を装填して首をうなずかせた。

交戦が始まった。


明朝4時22分

ソウル特別市 ????

サイト-21Kの監視室は忙しさにごった返していた。情報部の協力によって交戦地域の近隣すべてのセキュリティカメラや車両ブラックボックスなどはすべて無力化された状況だった。機動部隊戊号-17("都市の中心") 部隊長、キム・スドンは画面に浮かんだ隊員たちの状況を注意深く観察する。皆は指定された位置から敵方が来る瞬間を待っていた。

「現在、SPCの構成員の一部が永東ヨンドン大橋を通過し、接近中。狙撃ポイントまで約2km」

情報部のエージェント・マージが報告した。部隊長がうなずいて、マイクを手に取った。現在、戊号-17は陸路と海路におよそ8:2の割合で配置されていた。異例の韓日職員交易が成立した現状況において、これが一番適切な配置だった。

今回の事態は平凡だとはとても思うことはできなかった。財団韓国支部はわずか数日前の時点でこの事実は把握していた。秘密裏に大韓民国に上陸したサメ殴りセンター、SPCとアンダーソン・ロボティクス光陽クァンヤン支社の間で攻撃があったのだ。いくつの施設は陥落し、炎上し、備品は簒奪さんだつされた。部隊長はテーブルをタンタンと叩きながら、通信が繋がるのを待っていた。サメ殴りセンターには頭を悩ませられていた。名前からしてふざけた連中だが、そのふざけた奴らが武器を手にした途端、腹立たしい連中へと変貌した。サメ、サメ、あいつら、サメの何なんだ。

財団韓国支部は連中の消息を聞いた直後、日本支部に協力を要請した。機動部隊さ-21 ("噛み殺し")はSPCへの対処能力に定評がある部隊だった。相対的に対処経験が不足していた韓国の機動部隊には最適の仲間であることは違いなかった。したがって現在、彼らは都市専門部隊である戊号-17と合同で現場に派遣していた。一部はあらかじめ光陽クァンヤンへと降下して。

「戊号-17。こちらキム・スドン部隊長だ」

部隊長の言葉と同時に、現場に出ている日本支部のエージェント達の無線機に翻訳された音声が聞こえた。以前なら伝達にいくらか時間が掛かったが、今ではそれは無かった。

玻璃内栄土がにやりと笑い、部隊長に親指を掲げたかのように見えた。キム・スドンはニンマリと笑いながら話を続ける。

「私は長話は好かん。敵方が来ている。各位所定の位置につけ。チームA、炭川タンチョンはよく守っているんだろう?」

「既にこっちは交戦中や!」 無線機から音声が流れ出た。それは咬冴舞波の声だった。「めっちゃぎょうさんに包囲されとる!」

「現在のアクセス中の船舶は合計3隻。処理します」

続いて、ソン・ユダの声も聞こえてくる。

「その調子だ。チームB、川辺カンビョン北路のほうは異常はないか?」

「待機中です」エージェント・ジェヨンが答えた。「配備された高機動機器を装着しました」

「アイアイ、キャプテン!」カディク・ハソンの声だ。

「チームC、永東ヨンドン大橋の上はどうだ?」

「問題ありません」斑座真利奈が答える。「数分ほどで、トラックが接近すると思われます」

「車両制御は完璧ですよ」ユ・ジョンホンが言葉を発する。「情報部が仕事をうまく処理してくれたお陰ですね」

「情報部が仕事をしなくてどうするというのだ。他の仕事は何一つ進めていないというのに」

気の張った声が聞こえてくる。その時一瞬、監視室に気まずい沈黙が降り座った。ギム・スドンはため息をつく。ユ・ジョンウォン、奴の口を詰めてやるほかあるまい。

「連中はアンダーソン・ロボティクス光陽クァンヤン支社であらゆるアノマリーを強奪した。武器、トラック、さらにはナビゲーションシステムやアロマ香草、もれなくアンダーソンのパンティーまでな。実に腹立たしいほどに多くの物品を持ち出した。その点を忘れず、を渡して、を得ろ。キム・スドン、アウト」


午前4時26分

ソウル特別市広津区紫陽洞川辺カンビョン北路

「エージェント・カディク、準備は出来ましたか」

「勿論ですとも。チャ先輩は?」

ジェヨンは頷いた。彼はハーレーダビッドソンの上で、永遠にやっては来ないはずのアンダーソン・ロボティクス社のトラックを待ち続けていた。もう既に一時間半も過ぎ、たった今耳に入ったキム・スドンの言葉で敵方が近付いていることは十二分に分かることであったが、それでもなお腕が鳴りうずく感覚を堪えることができなかった。

程なくして、エンジン音のどよめきが聞こえてくる。

ジェヨンの身体はすぐさま緊張状態へと翻る。全身の筋肉が一瞬にして強ばり、呼吸は遅くなっていく。それはまさしく、生き餌を見つけた捕食者であるかのように。

エージェントとして職務を遂行しつつも、ますます獣へと変貌しているかのようだ、と、彼は内心にひそかに思っていた。こんな奴が野獣でなければ何だというのか。

遠く人里離れた道路の向こう側で、強悪に駆け巡る1台のトラックが疾走してくる。一見するとただ平凡に映るトラックのようだったが、光陽クァンヤンで報告された資料に記録されたものと同一であった。SPCに簒奪されたトラックだ。

ジェヨンはカディクに目配せし、バイクのエンジンを始動させる。

トラックは信じられない速度で疾走していた。

ジェヨンは歯を食いしばりながらアクセルペダルを踏む。トラックは瞬く間すらないほどに、彼らの視界に映らないほどに速かった。2人は閑散とした道路を掠めて、トラックへぐっと迫っていった。速度を上げていく度に、バイクのエンジンがけたたましい悲鳴を上げたが、致し方なかった。冷たい風が頬を掠めては過ぎ去っていく。トラックが減速するような気配などなく、それどころか尚更に加速してばかりだった。まるでその場が高速道路かと見紛うほどに。あらかじめ交通規制を敷いておいたことが功を奏したようだった。ジェヨンは距離を縮めることに躍起になったが、車両は一切の隙すら与えなかった。

ジェヨンのバイクが出勤する人々をすばやく通り過ぎていく。驚きの呼吸が耳元に散り響いた。

トラックが清潭チョンダム大橋の上を走り始めた。

カディクとジェヨンは両側車線に分かれ、トラックを追い始めた。寄るに寄れない距離のせいで、トラックの運転手は、彼らを認識しなかった。いつの間にか彼らは、大橋の半ばまで達していた。

「チャ先輩、このままじゃ大変な事になりますよ。この調子では江南区への進入を許してしまう」

「それくらい私にも分かりますよ、エージェント・カディク」ジェヨンが風切り音に負けじと大声で言い返した。「だとして、今この装備を使うのはそう難しくないことしょう?」

「それはそうだけど……」

ジェヨンは前方でゆったりと走っている車を避けて車線を移した。車が次々と走り始めてくる。これは良からぬ事態だった。ヴェール政策の破棄をも辞さないような可能性も捨てきれなくなってくるからだ。

……ヴェール政策?

ある考えが浮かぶ。

ジェヨンはいち早く無線機の電源を入れ、1対1チャンネルを開いた。

「エージェント・カディク!」

「えっ?」

「どうやら……我々は部分的ながら、ヴェール政策に反しなければならないようです」

「ああクソっ」

無線機を通じて聞こえるカディクの冗談じみた言い方に、ジェヨンはにっこりと笑った。そして、腰回りから何かを外す。

青白い光が揺れ動き、目もとが眩しくなった。その物体はタンブラーの形にも似ついたものだったが、蓋と本体を連結する部位から光が漏れ出ていた。ジェヨンがタンブラーの蓋を開けたと同時に、まっすぐトラックへ向けて投げつけた。

トラックはそのまままっすぐ、加えられていた重力極が逆転した。


午前4時26分

ソウル特別市江南区永東ヨンドン大橋南端交差点

エージェント・斑座は交信を受けて、再度、他のアンダーソン・ロボティクス社のトラックを待っていた。チームBが引き受けたトラックとは違い、彼らチームCは一度にに2台のトラックに相対することとなっていた。ゆえに、彼らは待機している車両の後部座席に座る双子兄弟と3名で、2台を防がなければならなかった。たとえ叩き潰されようが、タイヤに穴を開けられて動かなくなろうが、何が何でも。

双子のほうと言えば、彼女はあまり率直に信頼を置けるような仲間だとは言えなかった。エージェントとしては比較的小柄なほうで、底抜けに善良な市民のような印象。むしろエージェントなどではなく、警備員として雇用されていれば似つかわしかっただろう。それに、彼らの身体的特徴を踏まえると、あまりに不自由なのではないだろうか。

彼らが双子であるという事実は、この場ではあまり重要ではなかった。それより、結合双生児であるということのほうがさらに重要だろうか。一体どうしてこのような者達が、機動部隊に配属されているのか、エージェント・斑座には理解しがたいことだった。

ともかく、戦闘が始まればそれも分かるようになるだろう。

全体チャンネルで情報部エージェント、チームリーダーのキム・ミヨンの言葉を、玻璃内栄土の声で伝達した。

「チームC、そのまま待機。オリンピック通り方面でターゲット2体が移動中」

「オリンピック通りですか? 永東ヨンドン大橋はなく?」ユ・ジョンホンが吃驚の声で問うのが聞こえた。

「測位追跡をジャミングさせる異常性が搭載されているようだ。追撃時に監視室からのサポートが遅れることも考えられる。十分注意して挑んでくれ」

「……了解です、チームC、アウト」

程なくして、エージェント・斑座は後ろを振り向きながら、気の乗らない内心を隠して言う。

「行ってみましょうか」

双子が同時に首をうなずかせた。エージェント・斑座から見て、左側のエージェントが口角を上げる。

「今の今まで、その言葉だけを待っていましたよ、お姉さん」

エージェント・斑座がアクセルを踏む。車が虚空めがけて突進し始めた。

2台のトラックが並行して島山トサン大路に直行する姿が見えた。3人の乗った車がエンジン音ふかして現場へ急行する。トラックは狂ったように疾走していた。エージェント・斑座は、近くに荒々しく迫る。車両ががぶつかりながら変形する音が響く。ジョンウォンが口笛を吹いた。

「エージェントさん、見かけ以上に熱いですね!」

「備えてください」エージェント・斑座が言い返した。 「あなた方は奇跡論を駆使することができると聞き及んでいます」

「それはジョンホンが……」ジョンウォンはニタリと笑みを浮かべた。「おあいにく様ですけど、そのような力は持ち合わせていませんので」
「余計な冗談に食ってかかる時間なんかないぞ」ジョンホンが静かに答えた。 「お前は武器の整理と準備をしろ」

「あ、当たり前のことじゃないか」ジョンウォンが滑稽な態度で言う。

エージェント・斑座はため息をつく。

トラックは速度を上げていた。彼らの車と衝突したトラックは3人を妨害するかのように激しくぶつかり塞いていて、その横で併走していたトラックが、彼らを追い越して走りすぎていった。

エージェント・斑座は助手席の窓を下げ、拳銃を複数発発砲した。このままでは危険だ。増援もない状況であのトラックを逃すということは単純なミスなどではないはずであった。ミスを招く状況よりも、さらに恐ろしい結果が待ち受けているからだ。

バックミラーには双子の姿が映っていた。彼らは状況を気づくと、全く同じような驚いた表情を浮かべていた。直後、さらに全く同じ決意に満ちた顔をして、同時に両側へと動き始めた。

そして、彼らは悲鳴を上げた。

「ああああああ、ああああぁぁ!!! 痛い! 動かさないで!!」

「頼むから、私たちが上の時はゆっくり動いて!!」ジョンホンが歯をくいしばり、大声を張り上げた。

エージェント・斑座は呆れた表情で2人を眺めた。

たちところに双子は左側の窓から身を乗り出した。ジョンホンが窓を開けて左腕を抜き取る。武器を持っていなかった腕はお互いの肩に巻くようにして、肩組みの姿勢を取った。反動を最小限に留めるためのようだった。

ジョンホンの手先から緑の炎が燃え上がる。炎はまっすぐ空中を漂いながら、変貌していった。原型となる円形の魔法陣が形成された。ジョンホンがその中間部分を引き寄せ、撃ち返した。

燃える円陣が、数本の矢の形をとって飛ぶ。

そして先行していたトラックの窓から爆発した。トラックがよろけ、歩道の方へと横転する。幾人かの現場を目撃した市民は悲鳴を上げて逃げ惑った。

双子はまた右側に席を移した。ジョンウォンが窓を開けて罵声を上げた。「今度はテメエらの番だ──」

ジョンウォンの言葉は、トラックが車を強く押し潰してくる音でかき消されてしまう。エージェント・斑座は後方をチラリと確認すると、双子が横向きに転げ落ちていた。シートベルトをしていなかったことによって生じた事故であった。体を起こしたジョンウォンが叫ぶ。

「こんの野郎、お約束くらい守れよ! 変身中の自己紹介の時くらい手を加えないってことすら分からねえのか!?」

そして、開いている窓から腕を突き出す。彼の利き腕にはコンペンセイターを装着したAK-74MR小銃が携えられていた。ジョンホンが身を乗り出して左腕を伸ばす。そして、銃身カバーを握った。彼はアグレッシブ姿勢を取っていた。

……結合双生児だと一人で撃ちにくいだろうしそうなるよね。エージェント・斑座はハンドルを切りながら考えていた。彼らのそれは非常に奇抜な行動だった。

銃撃が始まる。

トラックのコンテナ部分に弾丸がめり込んでいく。トラックはバンパーカーのごとく飛びかかって来たが、窓べに銃撃をかますと、驚いたように舵を切っていく。

「韓国の特産品だぞ!」ジョンウォンが叫ぶ。

銃口から花火が飛び散った。退いたトラックはたちところにまたも迫ってくる。先行して花火を被ったトラック車道を再び疾走してくるも、粘り強く追従する後方のトラックの陰りに覆われ、それはハッキリと目視できなかった。

「エージェント・斑座さん! 他のトラックが見えないです! このトラックを追い越す必要があるんですが、可能ですか?!」

トラックは、あまりにも堅固だった。少し前方へとスライディングして追い抜こうとすれば、すぐさま体当たりをかましてくる。ガタガタ音を立てる車両に幾度となくハンドルを逃すところだった。突き抜けて逃げる術など思いつきもしなかった。トラックはそのままに、自分らを妨害する彼らと別の場所に向かうことにしたらしい。仲間達が目標地点に行くまでの間、自分を犠牲にしてでも。

方法なんてなかった。支援要請をしなければならいことは変わりなかった。そもそも3名であの2台のトラックを妨害するということ自体、無理難題だったのだ。

ふとエージェント・斑座は後方を眺めた。双子は彼女をじっと見つめていた。ジョンウォンが身を呈してトラックを引き離そうとしていた。小銃から弾丸が撃ち乱れ、トラックのサイドミラーを破壊した。しかし、それでもトラックは退かなかった。

退かなかったのは、双子も同じだった。

彼らの顔は、手に負えないものであるかのように見えたが、決して弱く見えはしなかった。強靱な生命力が感じられた。如何なる者にも屈従しない、深い深い力が。

そしてようやく斑座真利奈は、彼らがどうしてエージェントとして雇用されているのを理解した。

エージェント・斑座は、しばらく躊躇いを見せて、直後に強く頷いた。

「追い越し、ね。ええ、一度やってみましょう」



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