COEXアクアリウム攻撃事件覚書: 第2
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午前4時53分

ソウル特別市江南区三成洞 COEX

キム・スドンは、遠くから照らし来たる黎明を眺めていた。明け方は冷たい風を送りつけてくる。まるで遠い寒い地方から吹いて来たかのような風だった。

キム・スドン部隊長とエージェント・イ・ジュンソは、COEXの屋上でソウルの街を見下ろしていた。遠くから聞こえるエンジン音が耳元をくすぐる。これはすなわち、戊号-17が熱心に駆けずり回っているということでもあった。

キム・スドンは乾いた笑いを上げた。

そして部隊長はジュンソに体を向けた。彼は大きなiPadを手に持っていて、その大きな接眼レンズには色とりどりの光が通過していった。

「エージェント・ジュンソ、状況報告」

「チームB、チームCは、難航しているようです」ジュンソが濁声で答えた。「チームBは追跡速度に難があり、したがって追跡以上の対処は行えていません。チームCは接近まではクリアしましたが、2つの敵方を同時に相手取ることは不可能かと」

「それはある程度予測可能だ。民間への被害は?」

「はい。清潭チョンダム大橋の交通規制が多少不十分な傾向こそありますが、待機中のドローンが当該車両をすべて捕捉、事態の収束次第、情報部にて車両のブラックボックスの記録を改竄した上、所有者に対し記憶処理を実施する予定です。また、江南区内にて戦闘現場を目撃した住民らの携帯端末へはミーム因子を記録したメッセージが送信される予定です。既に記憶処理剤噴霧車両は出動済、ミーム因子送信車両は現状待機中です」

「あの洗濯機販売車をか?」キム・スドンがにっこりと笑みを浮かべた。 「考えただけでも気分が良くなるな」

「先ほど申し上げましたが、21K情報部は並大抵の労力を払ってはいないようですね」イ・ジュンソは付け加えて言う。 「これは今後の仕事が大変たやすくなりますよ」

「ソウルのみみっちい連中がそうしているだけだ」キム・スドンが関心なさげに返事をする。「俺はここ21Kでの業務を受け持つ度、背筋が薄ら寒くなるという話なんだがな。 あそこは徹頭徹尾、窮屈にも程がある」

「そのお話、イ・ガンス管理官がお聞きになったらさぞ悲しいお顔をなさるでしょう」

部隊長が嘲笑する。「本当に、マムシのような奴だ。常に腹の内を隠し通しているからな」

「そのお話も、ですよ」

「構わん。ともかく、チームAの状況は?」

「ええ、チームAについては──」

無線機が鳴り響く。キム・スドンはベストのポケットから無線機を取り出した。そこには、チームAの通信チャンネルからの受信を示す表示が見られた。

「チームA、こちらキム・スドン。状況を報告せよ」

「敵が……」ソン・ユダの声が聞こえる。「敵があまりにも多すぎます。10隻以上も敵の船舶が……炭川タンチョンに……危ない、咬冴!」

「うわぁっ!」咬冴舞波の声だ。「ウチは知っとる、いや……こいつらは!」

キム・スドンはジュンソに目を向けた。

「この様子では、芳しい状況とは言えんな」

「ですね」


午前4時53分

ソウル特別市江南区三成洞炭川タンチョン

そこでは、敵が続々と押し寄せていた。

ソン・ユダはスナイパーライフルをリロードし、一番身近にいる船舶に照準を向けた。既に何十分もの間対峙している状況に身も心も逼迫していた。増援もなく、2人だけで。いつもよりもことさらに切迫した状況にあった。

彼の照準に船舶が映る。連中が動かしている船はほとんど霧津から持ち逃げされた物だった。ゆえに、船舶そのものは何の異常性も有さなかった。問題は、その中に積載されたものにある。

ユダは体をさらに傾ける。照準に、パートナーが泳ぎ行く先で何かに狙いを済ましているSPC構成員の姿が見えた。手に持つのは詳細不明の物体だが、見れば明らかにアンダーソン・ロボティクス社の兵器であろうことが窺える。

彼は、しばらく息を止め、そして引き金を引いた。

ユダの銃口が火を噴いた。ドックで何かを投擲しようとしていたSPC構成員が、そのまま倒れ伏し、持っていた物を落とす。直後に波動によって、轟音とともに船全体が圧縮され、水しぶき立ち籠めた。中に乗っていた構成員共がどうなっているかは、あえて知ろうせずも察しがつくことだった。河川に多くの紅色が流れ出ていたためだ。ユダは顔をしかめて首を捻った。

同じチームだったあの子は、想像よりも高い能率を持っていた。人より先に船内へ侵入し、構成員をノックダウンした彼女は既に3隻目を転覆させていた。まさしくあれは圧倒的なパワーだと言えるだろう。ユダは感嘆の声を上げ、今一度咬冴舞波が向かった先に照準を合わせた。

彼の考えどおり、舞波は素晴らしい活躍を披露していた。また川へと跳びこんだ彼女は深く深く潜っていく。遠方から撃ち込まれる弾丸が水面に突き立てられていった。舞波はそれを素早く身動きして躱しながら、水中を突進した。程なくして、勢いよく湧き上がる。

黎明が、舞波の身体を照らし、煌々と燦めかせた。

直後、すぐ近くにいた船舶へとさながら落雷の如く落下していった。

船舶に乗っていた構成員共が怒声を上げながら駆け現れる。甲板が震動しながら船がガタンと音を立てて止まった。それは、運転士まで出てきたということであるのは明らかだった。

舞波は最も近い場所で拳を張り上げた女の腹部に強靱な拳を突き入れ、水の上へと弾き飛ばした。水のはじける音の間を縫うように他の構成員が銃を持ち上げんとする動きが視界に入ってくる。舞波は猛獣の如き身のこなしでスライディングする。気付かぬうちに目前まで迫られた敵陣の表情が一抹の戸惑いで歪んだ。舞波はそんな彼らの鳩尾に2、3発正拳を突き立て、銃を持っていた手を蹴落とした。

「このガキっ!」

敵共は銃を拾うより先に、その身で飛びかかって来る。舞波は飛び込んでくる拳を腕でガードし、足を弾き飛ばした。一番身近にいた男が嗚咽を溢しながら跪くと、舞波は軽々しい動きで、男が腰に下げていた銃を抜き取り、横から襲いかかった2番目の男の肩を撃った。直後、跪いた男の脳天に深い穴を開けた。

それは一瞬の出来事だった。二人の男は為す術もなく戦闘不能に陥り、倒れた。

刹那、前方から拳模様の巨大な火球が、舞波めがけて飛来してくる。

舞波は驚き、慌てて川へと身を飛ばした。直前まで彼女がいた船舶は粉々に粉砕され、ゴミとなって川の向こうへと流されていった。彼女は水面から頭を覗かせて、火球が飛んで来た方向を凝視する。1人の女が見張り台で自分の武器をリロードしていた。舞波は顔をしかめ、再度深く潜っていった。

ユダもこの状況を目視していた。彼は銃をリロードした後で、女の額に照準を合わせた。髪をくくった、顔に傷跡が多く見られる。その片目は眼帯で覆われた隻眼だった。まるで己が海賊船の船長にでもなっているかのように。他のSPC構成員のように、間の抜けた振る舞いはしなかった。その点が、彼女の最も恐ろしい点だった。愚かに私の武器で、争う事もなく死に倒れるような部類などではなかった。残り5隻の船舶は、全て彼女の指揮下で動いていた。

ユダは息を呑んで、女の額に神経を集中させた。よし、発射──

──女が、彼を見て笑った。

銃口が火を噴いた。

その刹那、彼の肩に火を突き入れられるかのような激痛が走った。

ユダは肩を掴み、くじけた。 右肩に貫通傷を負ったのだ。攻撃を反射された結果だった。信じがたいことではあったが、すべて事実だった。弾丸が空中で方向を変えたというのは。それは間違いなくあの女の仕業だろう、ユダはすぐにそう予測し、顔をしかめながら通信チャンネルを開いた。

「……咬冴、舞波」

「あ、はい! なんかあったんか?」

「被弾した」

「えっ!?」

「すまない。こちらからの支援は不可能になった」 ユダは一旦息を整えたが、毎瞬のように鋭い苦痛に苛まれた。「増援を、要請する」

「そんなんせんでもええ」舞波がすぐに言い返す。「ウチ一人だけでも大丈夫やからな!」

そして舞波は通信を切り、すぐさま再度深く潜水していく。

しかしながら、僅かにでも進むことはできなかった。舞波は今一度水面から打ち上がったが、あの拳模様の弾頭が飛んで来たために、回避しようと身を捩った。そうしていたうちにバランス崩し、舞波は水面へバシャリと落下した。そこへ四方から攻撃が集中してくる。水面に無数にめりこむ弾丸と、文字通り拳の弾が上げる黒煙が視界を遮った。舞波は歯を食いしばりながら後ろに身を抜くくらいしか出来なかった。彼女は川辺に座礁した船舶の残骸に身を隠し、体力を温存した。

敵はどっと近づいていた。 その数が突然増え始めたかのように。

「……なんてことだ」


午前4時54分

ソウル特別市清潭チョンダム大橋

青白い光が揺れ動き、目もとが眩しくなった。その物体はタンブラーの形にも似ついたものだったが、蓋と本体を連結する部位から光が漏れ出ていた。ジェヨンがタンブラーの蓋を開けたと同時に、まっすぐトラックへ向けて投げつけた。

トラックはそのまままっすぐ、加えられていた重力極が逆転した。

そして、トラックが空中へと持ち上がった。

幾分もの間、虚空を浮遊していたトラックはぐるりぐるりと回転しながら、上空を掠める。そして何キロメートルも先に落下し、逆さに向かってめりこんだ。その時、轟音鳴り響く。

カディク・ハソンとチャ・ジェヨンはお互い見つめ合い、その後首を縦に振った。

「成功しましたね」

「まだ様子を見る必要はありますけどね」

悽惨な程に大破したトラックからは煙が立ち上り、炎上する音が聞こえた。ジェヨンは速度を緩め、ハンドルを切った。横転したトラックの車体はさながら、戦場で倒れ伏した兵士の亡骸のようだった。それ以外に目立った様子はない。今のところは。

2人はバイクを止め、ゆっくり歩みを移した。トラックの車体とコンテナは奇妙なほど捻れ、それは偶然ではまず現われることなどあり得ない、幾何学的紋様が波動の如く車両を侵食していた。見る人を薄気味悪く思わせる現象だった。まるで空間が歪に捻れているかのように。

これは確かに、車が墜落た際に、中に積んでいたものが破損したのだろう。ジェヨンは眉間に皺を寄せながら、サブマシンガンを引っつかんだ。内部に乗っていた運転手と構成員がどうなったのかは判別できなかった。どのような推測も、彼の頭の中には僅かにも浮かびはしなかった。まるでそれは意識そのものが拒絶でもしているかのように。

カディクが先に打って出る。射撃姿勢を取ったまま足を運ぶ彼の後から、根拠のない恐怖感が身を捩った。カディクは保安隊出身だった。自然での実験中、このような事態──空間が歪み現実性の崩壊が発生した際の対処経験は、相対的に多いはずだった。ジェヨンは唾を飲んだ。根拠がそういった経験に拠るものだとしたなら、恐怖感、それ自体が緊張する理由だったと言える。

「どうなってますか」

「まだ目視で分かる物なはないんですね」カディクがかなり低いトーンで答えた。「おそらく、空間変質爆弾が爆発したんでしょうね。先ほどの衝突で安全装置とスクラントン現実錨がズレたのかもしれません」

「……構成員共は?」

「いいえ」 彼は僅かに焦らすように言葉を続けた。「……むしろいっそ死んでくれたなら楽だったのにな」

「はい?」

「こんな仕打ちを食らったんなら、こいつらは死んだ方がまだマシだっただろうってことなんです」

先へと進んだカディクがしばらく後方を見回した。

「そして私もこんな姿は見たくはありませんでした」

ドゴン。

爆発が起こり、その願いは粉々になった。ジェヨンは横へ転がりながら、カディクが焦燥の表情のまま身体を捩っているのを目視した。攻撃こそ彼らに向けて浴びせられてはいなかったが、ジェヨンは側の車線へ飛来する他の爆弾を見た。それは奇妙なことだった。

しかしながら、爆発は今一度彼らが立っていた場所で引き起こされた。

体がふわりと浮かび上がったと思えば、そのまま床に落下し突き刺さった。ジェヨンは顔をしかめ、朦朧とした視聴覚で状況を知ろうと努めた。頭が混乱していた。カディクの姿が見えなかった。

開けた場所に入ってからは、瞬く間に指ではじき出されるかのような感覚と共に視力が回復した。ジェヨンは素早く身を起こす。それからは弾き飛ばされた小銃を拾い、そのまま射撃姿勢を取った。遠方ではカディクが交戦していた。ジェヨンはそのの方向へと近付いていく。彼を助けなければならなかったからだ。何が起きているかをまともに理解することなどできなかったが、敵方がその先にいることは間違いない。

そして、彼らはそこにいた。

最初、ジェヨンは目を僅かに向けて後ろに退ぎ、次いでチェヨンは銃口を持ち上げた。しかし指は、引き金を引けという脳からの命令を受理しなかった。全身の神経が鋭く逆立っていた。視野に入って来たそれの存在は、人間の美的感覚を真っ向から、徹底的に狂わせるものだったからだ。

人間の最も、見るも無惨な悪夢に現れ出る化け物がいるとするならば、おそらくその存在がそれだとも言えるだろう。チェヨンは歯を食いしばり進んでいく。骨格から肌まで、すべてのものが人の形をしつつも人のそれであるとは形容しがたかった。それは目測4mほどもあるだろうと見受けられる背丈に、数十倍も増殖した首、不定形に拗じれた口に、目は醜悪を極めるほどに巨大だった。耳や鼻は目視できなかったが、髪は綱のように長い。口から漏れ出る一連の単語の羅列からして、まだそいつが理性を持ったままであることはすぐに見当がついた。そいつは変形したらしい武器を縦横無尽に乱射していた。爆発した物はトラックが大破した際に流れ出た武器の一つでだったのだろう。

「これってどういうことなんですか!」

「言ったじゃないですか。死んだ方がまだマシだと」 カディクはあちらこちらへと身を躱しながら、銃を打ち続けた。しかし弾丸はそいつの身に一切触れはしなかった。まさしく空間が歪曲しているかのように。

「……解決法ははありますか?」

そいつがつぶやく言葉は、遠くから鳴り響くラジオ放送のように感じられた。

カディクは首を振る。

「……今の私達の武装では無理です」

彼の声は震えていた。それが意味することはただ一つだった。非常に長い、消耗戦を強いられることになる、それしかないということ。

「……ここであいつの足を摑まえておくしかないですね」


午前4時54分

ソウル特別市江南区島山トサン大路

身が後ろに反り返る。エンジンがけたたましい音を張り上げると、車は狂ったように走り始めた。斑座真利奈は歯を食いしばり、アクセルを全開に踏み絞った。彼らの車の側には相も変らずトラックが1台健在だった。遠ざかって行くトラックをまた他のそれが庇っていた。

右側からまたも衝撃が加えられる。外被のひしゃげる音が響く。正面に対峙した車両との間で火花が散った。 ジョンウォンが驚きながら、からだを横に避けた。

それでも思いきり当てることはできなかった。

エージェント・斑座は運転席近くに備えられたボタンに手を伸ばした。右方からトラックが今一度迫り来ていた。完全に横へと追いやろうとする計画のようだったが、いつしか彼らの車は中央線のすぐ側にまで押し寄せていた。すぐ側で車が猛スピードで過ぎ去っていく音が聞こえる。薄気味悪い風音だった。

まだだ。

もうすぐUターンが可能な区間に出るだろう。エージェント・斑座は覚悟して、アクセルをさらに踏んだ。気付けば彼らの他の車両は、そこから右折してCOEXへと向かうつもりであることが窺えた。

逃すものか。

右のトラックが衝突を準備するように再び離れ始めた。エージェント・斑座は僅かにその様子をチラリと確認した。ユ・ジョンホンとユ・ジョンウォンが緊迫した顔で彼女を見つめている。今ここで逃すわけにはいかないことは、彼らも知っている。斑座は強く頷いた。

それは「気をつけて」という意味を含んでいた。

そして、エージェント・斑座は運転席近くのボタンを押した。その直後、一瞬にしてシリンダー内部で巨大な爆発が引き起こされ、車が加速しだす。エージェント・斑座はくぐもった声を上げつつハンドルをしっかりと握った。それを左に切ると車両は左へと曲がった。

右側に向けて突進したトラックがよろけながら中央線を越えて左側車線へと進入した。ちょうど右折を試みた他のトラックも、やはり彼らの車が迫り、衝突すると共にまともな舵取りができなくなっていた。2台は競り合うように走り始めた。今まで彼らを集中的に庇っていたトラックとは違い控え目な動きなところから、おそらく何かを守りたいのだということは明らかだった。

ちょうど後部座席の窓が開く音がした。

「もう一度いくぞ!」のジョンウォンの声だった。「兄貴、それをやるんだ!」

それが何だ、と思うよりも前に、巨大な魔法陣が車窓の隙間から目視できた。エージェント・斑座は荒てた声で叫ぶ。

「こ、これは何なの!?」

魔法陣は薄い空色で輝いていた。それはすぐさま形状が分裂して、車をめいっぱいに覆い始めた。エージェント・斑座は息を呑む思いだったが、ハンドルは切らなかった。トラックでもこの状況を見聞きしているはずだからだ。僅かにでも隙を見せれば一巻の終わりだ。

魔法陣が瞬時に回転し始めた。

「エージェントさん! 今すぐあの車両に近づいてください!」

斑座は聞き返さず、その言葉通りした。燃料はますます底をついていく。加速システムを長く作動させ続けることはできなかった。時間を手間を取るほど、防ぐ機会も遠ざかるのだ。

彼女がハンドルを切ると車が急激に左側に向かって突進していった。トラックはそれを躱さず、直に受け止めるつもりでいるようだ。

SPCの誤りだった。

車同士が衝突し合うその瞬間、裂けるような轟音が起きる。エージェント・斑座は口を開けながらも、現在起きていることを正確に把握しようと試みた。次いで、車全体を覆い隠した魔法陣はいつしか衝突面へと移動し、激しく回転していた。トラックの助手席のドアが切り裂かれ、中に乗っていた者の慌てふためくその顔が明らかにされた。斑座は窓を開け、拳銃でそれに向かって数発撃った。トラックのフロントガラスにひびが入る様がリアルタイムで確認出来た。彼女はしばし距離を置き、再度弾丸をお見舞いする。助手席に座った男の断末魔が耳を劈く。

「術式を維持しつづけられません」ジョンホンがくたびれたような声で口を割った。「あちらがどう出るかも分からないことです。反奇跡論防防御術を使えば、その時は方法がありません。早く処理しないとです」

「ええ、分かってますよ。まずは運転手から処理しないといけませんからね」

ジョンホンは頷いて、続けて防御を維持する紋様を張っていた。ジョンウォンが再装填を終えるや否や、ジョンホンは術式を閉じ、今一度彼の射撃を助けるために銃身のカバーを取り除いた。しかしそれは前回とは違ったやり方だった。それはジョンホンが携帯ナイフで自分の指を突いた後のことであった。彼はそのカバーに何か文様を描いていた。また別の奇跡論紋様であろうと、エージェント・斑座は思っていた。

悲鳴を上げたSPC構成員の男が、我に返って何かを投げた。

それはただの折り紙に見える何かだった。しかしその紙が2人の間に来るやいなや、凶悪な速度で増殖して、そのまま透明になった。そうして紙はほどなくトラック全体を包み込んでしまう。透明な隙間には"ファクトリー"という文言が書かれていた。

それと同時に、トラックから上がる火花も消滅していった。魔法陣はもはや効果を発揮することはなかった。エージェント・斑座はすぐもう一度拳銃の引き金を引く。しかし、これさえもそれには通じていないようだった。トラックの外被は尚更壊れもしなかった。搭乗者も当然ながら傷一つつけられはしなかった。

「……シールドか……」

エージェント・斑座は再度ハンドルを切る。トラックの助手席の男の顔には意気揚揚した勝利の表情が浮び上がっていた。そいつはまた攻撃するための武器を探しているようだった。しばらくすると、座席から引き出し何かを引き出し、手に取った。

しかし、彼は倒れて道路上へと転がり落ちてしまう。

エージェント・斑座は後方を僅かに凝視した。消滅した水色の魔法陣のお陰で、その様子はことさらに鮮明に見えた。ジョンウォンの小銃から撃ち放たれた弾丸は、彼の頭を突き通したのである。ジョンホンが相変らず疲れ顔をしつつも、ニンマリと笑っていた。ジョンウォンもまったく同じ表情を浮かべている。

「頭をかち割ってやったぞ、よっしゃ!」

「軽はずみに口を悪くしすぎだよ」ジョンホンが鋭く言い放った。

「今更何を言うのさ?」

「……あれ、何をしたんですか」

「ISCUTで学んだ技術ですよ」 ジョンホンが言葉を返す。「端的に言えば、反発力を利用したメカニズムといったような感じですね」

「あいつ飛ぼうとしたから!」ジョンウォンが割り込んでくる。

トラックが方向を変えてくる。エージェント・斑座は今一度ハンドルを大きく回した。

──そして他のトラックが、ずっと妨害工作を繰り広げて来たトラック共が車を突き飛ばした。

もうすぐで横転するかと思わせるようにひょろひょろとしていた。車両左側の窓はすっかり破壊されていた。その衝撃はあまりにも強く、斑座真利奈は我に返るやいなや後ろを眺めた。シートベルトさえもしていない2人であるが故に、さらに傷害を被ったかも知れない。

「うっ……大丈夫ですか?」

둘 全員、険しい表情にこそなっていたものの、意識を失うことはなかった。 しかし、ジョンホンは骨折したのか左腕を握りしめたままで、ジョンウォンは胸に激しい痛みを感じているようだった。 エージェント・斑座本人も、やはり万全とはほど遠い状態だった。

それでもトラックは休む間さえも与えなかった。今度は2台のトラックが同時に飛びかかって来た。終いには車が間に挟まれ、2台のトラックが両側から圧迫してくる状況に陥った。逃げることも、方向を変えることさえも不可能だった。

このまま連れ去られてしまう状況になってしまっていたのだ。



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