薄暗い世界の底で
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次に見た彼女の姿、それは死体だった。
未だにその事実を、私は受け入れられずにいた。

原因は収容下にあったAnomalousアイテムの予期せぬ挙動による事故。処置の施しようがなく、医療班が駆けつけた時には既に遅かったそうだ。

彼女は私の同期だった。私や他の職場の人間よりも年上だったが、彼女はそれを気にしないでいてくれた。配属先も彼女と同じで、私の所に来てよく話しかけてくれた。「いっつも同じの食べてるね。そんなじゃいつか倒れちゃうよ」と、よく弁当を持ってきてくれていた。彼女は私の事を心の底から"同僚"であり、対等な関係だと。…まあ、最初は疑っていたが。

彼女を最後に見た記憶を辿る。確か昨日の夜は珍しく、二人して残業していた。深夜3時を越してようやくカタが付いた後、静まった食堂でぐったりしていた。彼女がおごってくれたホットミルクを飲みながらの会話を思い出す。

なんて事は無いただの日常会話だ、今日は疲れた~だの、明日のシフトは~だの、本当に何の変化もない会話。当然だ、明日死ぬなんて分かるはずないんだから。別れ際の彼女の顔を思い出す。「じゃ、明日も頑張ってくるよ!」と、いつもの笑顔。彼女はいつだって笑顔だった。それが私の支えであった。その姿が私を立たせてくれていた。

私が仕事で失敗した時があった。大事にこそ至らなかったものの、それから少しの間、恐怖と不安で体調不良を起こしてしまった事があった。その時の彼女の言葉を今でもよく覚えている。「大丈夫だよ、人間なんだから失敗する。でも死んでないんだから平気、私はそう考えてるよ。だからほら、元気出して?」私は彼女に、心配をさせてしまった。それが何よりも、私にとっての"失敗"だった。だが同時に、彼女にとっての私が仲間であると知った。

いつだったか、彼女が私に教えてくれた事を思い出す。彼女は幼い頃から研究者に憧れていた。知らないもの、分からないものを自分の手で明かしてみたいと語った。だからこの仕事には誇りを持ってるし、これから先のどんな事だって受け入れると。私にはそれがよく分からなくて、つい「怖くないの?」と聞いてしまった。彼女は少しきょとんとした後、「大丈夫、これが私の夢だったんだから怖くない。」と、そして少し間を置いた後、はっとしたような様子を見せ、「ありがとう、心配してくれて。」と言った。彼女の目は覚悟していたのだろう、彼女は素直で強かった、そこが彼女の良さだった。

サイト-81██のAnomalousアイテム管理セクターに配属された時に一度だけ、彼女と離れる事があった。セクターそのものは同じだったが、管理するアイテムの担当場所が違った。二度と会えない訳でも無かったのに、私には不安が募っていた。配属前日、共同研究室に後から戻って来た彼女が私に最初に言った言葉を思い出す。

「君ならできる、だから自信を持って、ね?」
その顔からは隠せない疲労感が漂い、今にも倒れそうなほどの心労に見舞われていた。それにも関わらず彼女は私の事を優先した。こんな時くらい自分を優先した方が良いはずなのに。

彼女はいつだって私を支えようと。

いざ簡素なロッカー型遺骨保管所の前に立つと、やはり現実は現実なんだと認識する。"彼女は死んだ"、そんな現実を。改めてそうだと思う、私は彼女に救われていた。だからこそ、こんな環境でも私は頑張れた。

声をかけてみる、彼女の名を呼んでみる。

どんなに待っても返事はない。自分の声しか聞こえない。

「大丈夫だよ」なんて言葉は、どこからも聞こえてこない。

彼女はもう居ない。私の、たった一人の"支え"。

ただ一言、誰にでもなく「ありがとう」と呟いた。

別れを告げたつもりだ、それが彼女に届いていないとしても。

私は彼女の笑顔を、決して忘れられない。
















そう、思い出す彼女の表情はどれも笑顔だった。

他の同僚に仕事を押し付けられた時も。

「外せない予定があるんだと思う、良いの、私は予定無いから。」

影で"年上の癖に使えない"と囁かれていたのを聞いた時も。

「やっぱりみんなはすごいなぁ。」

彼女が同僚に渡した差し入れのお菓子が、そのままゴミ箱に捨てられていたのを見つけた時も。

「口に合わなかったのかな?あはは…。」

どれもこれも、笑顔だった。不気味で仕方なかった。どこまでお人よしなんだと、心底気持ち悪かった。

そして直感で理解できる、あるとすれば、次は"私"だ。

二度と失敗できない、失敗すれば、私は彼女と同じになってしまう。あの時のような恐怖はもう感じたくない。次に同じ事をしてしまえば、彼女と同種だと思われてしまう。嫌だ、同じにされたくない。そう、私は"違う"、違うに決まってるのだから。

自分より劣った人間を見る事は、最大の安堵に繋がる。こんな辺境の、使えない人材の廃棄所でもやはりそれは存在する。だから仕方ない、誰だってそうだし、それを咎める人間なんていない。そう、彼女が居たから私は頑張れた。彼女だけが、私より下でいてくれた。彼女だけが、私を安心させてくれた。

本当に私は、残念でならない。

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