名前くらいは憶えて帰れ
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私はその人について何も知らない。

それを知ったのは、その人が死んでからだった。

演芸場の扉を、疲弊した身体で押し開ける。普段なら施錠されている裏口は開いていた。皆、もう集まっているらしい。関係者出入口から、舞台の表側で起こる賑やかな声を聞く。観客が役者の登場を待っているかのようだった。

リノリウムの廊下を歩く。演芸場の全部が木造建築だというのは少々偏見に近い。定式幕カラーの装飾があしらわれ木造の舞台が設けられていても、内部は現代建築だ。コンクリもガラスもふんだんに使われている。戦前はそうでもなかったのだろうが、この浅草でも木のハコはかなり少なくなった。

非常誘導灯、火災ベルのランプ。無人の廊下でも、私を照らす光がある。完全な闇はどこか遠くに消え去った。普段なら疎ましく思っただろう。しかし、今日は有難く思えた。灯る光のおかげで、舞台まで続く廊下を眺めて歩くことができる。

様々な先人がこの道を歩いた。落語家、奏者、歌手、踊り子、大道芸人、喜劇役者。私の知るあの人も。この道で皆に知られていない顔を捨て、皆の知っている顔に化ける。不安が胸に込み上げてきた。私にもやれるだろうか。板の上に出るまでに化けられるだろうか。

私はその人について何も知らない。舞台での姿と、私に教えを授けた先生としての姿しか知らない。きっと私の知らない顔に隠されているはずだ。懐を探り、私は一冊のファイルを取り出す。紙面は微かな光に晒される。






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警視庁公安部特事課

最終更新 1971.01.07


情報災害検閲済



だから、盗んできた。私がその人になるために、私の知らないその人の顔が必要だ。

十数年来の再会だった。ページを捲ると、私の先生がそこにいる。私の知る顔より十歳ほど若い顔で。

エノケンさん。どうして貴方は、私が喜劇役者だと言ったのですか。

榎本 健一

監視対象1964-034

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異常存在接触
異常存在集団統率

出生月日 1904年10月11日
没年月日 1970年01月07日
出生地 現・港区青山
身体特徴 人間
モンゴロイド
男性
右大腿部切断
義足装着
異常性質 なし
活動状況 死亡
死因 肝硬変
職業 俳優、歌手、演出家
活動期間 1922年 - 1970年
活動拠点 現・台東区浅草
接触勢力 信仰準拠怪異集団
接触期間 1964年頃 - 1970年
残存勢力 自然離散

概説

榎本 健一(えのもと けんいち)は1920年代から1960年代にかけて、舞台、映画、テレビ放送などの媒体で活動した俳優である。舞台喜劇やコメディ映画への出演を主軸に活動する一方、大衆音楽のジャンルで歌手としても活動した。

対象は異常性質を保有していなかったとされる。これは特事調査部の監視期間にて、対象の異常特性発露事例が確認されなかったことから推測である。また対象の存命中、対象は異常存在に関する知識を示さなかった。このため、対象は関心団体との関係下にはなかったと考えられる。なお、対象は1952年に事故が原因で壊疽を発病。1962年には壊疽が再発し、右脚を切断。その後は義足を着用しており、これ以降の運動能力は大きく低下していたと見られる。

監視目的

対象は異常存在群と接触した疑いがある。後述の根拠から、接触した異常存在は不特定多数から構成される無秩序な怪異集団だと断定されている。対象はこれらの怪異集団と定期的に密会していたと思われる。

周辺の痕跡から、怪異集団は終戦以前に起源を有する、日本の民俗信仰を基盤に発生した怪異群(以下、信仰準拠怪異集団と表記)だと推測されている。文部省国立室戸研究所との連携により、対象と密会している信仰準拠怪異集団は20種以上に及び、個体数では50体以上である可能性が浮上。

信仰準拠怪異集団の多くは最低限度の知性、強靭な身体、限定的現実改変能力などを保有している。武装勢力の統率と状況は同等であり、国家治安への影響が懸念された。以上から、特事調査部は対象の異常存在接触の証拠回収を目的として監視を開始した。

対応

1964年に疑いがかけられて以降、特事調査部は対象の調査と監視を継続した。しかし、密会に関係する直接的証拠は未回収の状態にある。接触したとされる信仰準拠怪異集団は、大多数の個体が限定的現実改変によって外観の変化が可能である。接触時、外観を人間に変化させていたと推測される。

対象の疑いは怪異の痕跡及び会話、文章などの部分的証拠でしか立証不能である。任意聴取以上の尋問や勾留などの措置は文部省との対立を招きかねないため、保留されていた。対象は文部省管轄下の日本喜劇人協会発足人の一人で、紫綬褒章の受章者である。重要な文化人として文部省の保護下にあり、粗暴な行為は国立室戸研究所の協力拒絶の原因となる恐れがあった。

1970年、非特異性の死因によって対象は死亡。残存勢力の活発化が予想されたため、特事調査部は周辺の監視を継続中。現在、残存勢力の活動はなく、勢力は自然離散したと考えられている。

頬の膨らんだ奇妙な笑みを浮かべる爺。

帝国劇場の裏手で出会ったとき、そういう印象を抱いた。

劇場では新作喜劇の初演が行われていた。華やかな表通りに人間が集うのを、私はただただ眺める。随分とこの辺りの記憶は曖昧になっているが、忘れたのは覚えていたくなかったからだろう。

自分が偉大な何かだった気がした。私こそ盛者必衰とは無縁で、永遠に私の時代が続くと思っていた。それが蝋燭の火よりも儚いとは理解していながら、実際に吹き消されることを考えたくなかったのだ。

私は十六の少年の姿を借りて、裏手に潜んでいた。持っていたかもしれない牙や爪はどこかに失くして、料理屋から持ち出した出刃包丁を構えていた。物乞いを演じて、情けをかけに来た者を刺し殺すつもりだった。そうすれば、また私の時代が訪れると考えていた。

杖の音が近づいてくる。車を降りた後で私の姿に気付き、自らの脚でこっちへと向かってきた。見るに、相手は爺だ。周囲の目もあるし、飛び込めるような闇もある。まず脚に一撃加えて倒し、胴体を何度も狙う。そうすれば即死だ。

刃が届く範囲に爺が脚を踏み入れる。迷わず、私は爺の右脚に包丁を振り下ろした。

がぎん、と刃が弾かれた。何度包丁を振りかざしても、爺が踏み出した右脚は傷つかなかった。人間の脚一つ斬れないほど、私は非力になってしまったのか。私は叫んで包丁を振り回した。何をしても私は返り咲けない。人間が跋扈するこの世で、もう私が恐れられることはない。包丁はするりと地面に落ちて、その後すぐに私も地面に膝をつけた。

一部始終を爺は見ていたらしい。杖の音が、またしても私に近づいた。私は頭を上げ、爺の顔を見た。

頬の膨らんだ奇妙な笑みが、私を見下ろしている。

私は腰を抜かした。ずるずると尻をついたまま後退りをして、ふらふらと立ち上がる。それから踵を返し、急いでその場を脱しようとした。殺し損なった。嫌だ。人間の身体で呆気なく捕縛されて、呆気なく一生を終えるなんて。まだ機会はあるだろう。どうだろう。老人一人殺せない私に、次なんてあるのか。

視界が歪んで、まっすぐに走れない。このところ、不安で満足に休めていなかった。どこが正面か分からない状態で、ただただ足を掻き回す。未来はない。逃げ場はない。お前は終わりだ。誰かが私にそう吐きかけてくる。私は逃げることより、振り払うことで手一杯になった。耳を塞いで、目を瞑って、そんなだから私は路端の石に躓いて転んだ。

杖の音が近づいてくる。あの老人は私を見下して、私を警察にでも突き出すだろう。目を開けたくなかった。目を開けたら、私を見ている老人を見ることになる。見るな。誰も私を見ないでくれ。叫んでいたのかもしれない。杖の音は数十秒ほど止んで、その後に軽く何度か小突かれた。突き方が襲った相手にしては優しくて、私は薄っすら目を開いた。

老人の頬はさらに膨らんで、目は皿のように丸になり、口は蛸みたいに尖っていた。

変顔。状況を理解できず、変顔の老人と見つめ合う時間がしばらく続いた。そのうち、ズタボロになっているズボンに目が移る。傷の隙間からは硬そうな肌が見えた。明らかに肉ではなく、木か何か。義足だと悟り、また呆然とした。平気だったのはそういうことかと納得しかけ、刃物で切られたことには変わりないのを思い出す。

なのにどうして、この老人は変顔ができるんだ?

その理由を、私は後に知る。

榎本 健一、あだ名はエノケン。このあだ名というのは家族や友人だけの範囲に留まらない。日本国民全員からのあだ名がエノケンなのだ。ここまで来ると愛称とも呼べる。

とんで、はねて、動物の真似。思えば、先生の芸は私の仲間がやる驚かし方に似ている。舞台の上の先生は人間には見えなかったそうだから、あながち間違ってないのかも。一番最初のハマり役は猿蟹合戦の猿の役だったと聞いている。馬鹿みたいだけど先生らしいとも思う。

その猿の役も、今となっては伝説だ。小さなハコから出発し、戦争が始まる前からこの国のありとあらゆる人間を笑わせ続けた。私の出会った六十年代には喜劇王にまで上り詰めていた。米国の喜劇王がチャップリンなら日本の喜劇王はエノケンだ。先生の周りの人間たちは、先生が喜劇人として凄まじい理由を口々に教えてくれた。

エノケンが愛されるのは、彼が根っからの喜劇役者だからだよ。いつでも客のことを考えて、客のための稽古を欠かさない。生きているそのままの姿を喜劇に落とし込むために、生きている普段の姿から喜劇の住人であろうとしている。辛いことなんてないかのように振る舞い続けるんだ。

超人めいた、図太い精神の柱。それが、凶行に走った子どもを笑わそうとする行為の根源にあったのだろう。もちろん昔は何も知らないから、私はただただ固まるばかりだった。

奇妙な時間が流れ尽くした後で、先生は普段の顔に戻って私に笑いかけた。

お前、喜劇役者の顔をしているな。

まだまだ、私の知らない顔には辿り着けなさそうだ。

発見

対象は、1951年より公安部の監視下にあった。当時、全国区に勢力を発展させた暴力団山口組は収入源の確保に演芸興行を利用。暴力団は演芸の発展に助力し、芸能界には暴力団と親交を持つ人物が多数確認されている。対象も、脅威存在となった暴力団と関係性を有する立場にあった。このため、当報告書の一部情報は公安部の収集物を流用している。

1964年、東京一帯で異常存在の活動が活発化しているのが発見される。足跡、体毛、ヒューム値変動後の不安定な空間状況など、多様な痕跡が一つの地点から回収される現象が複数回繰り返された。痕跡から異常存在群の種類が信仰準拠怪異集団と断定されたが、その行動は本来の怪異の行動から大きく異なっていたため、特定目的を主軸としている可能性が提示された。

信仰準拠怪異集団は、活動において舞台演劇を模倣していた。以下は該当する事件の簡易な抜粋である。

東京都不明集団連続的路上演劇事件


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S41-178にて民間人により撮影された写真

事件番号: S39-147 / 他、67件

事件種別: 壬種三類 (超常現象/消失済) / 甲種三類 (ヒト型実体/消失済)

事件概要:

1964年9月27日、交番勤務の警察官による管轄区域の定期聴取調査で発覚。近隣の路上にて不審な集団が催しを執り行っているという内容だった。区域の警察署に確認したところ、過去数日に路上興行の申し出はなかったため、道路交通法違反として捜査を開始した。捜査中、共通した特徴のある通報や公演の目撃情報が東京都全域で発見される。この特徴に異常事象の関与が疑われ、すべての関連事件捜査が特事調査部の指揮下に置かれた。

一連の事件で観測された公演上の特徴は以下の通り。

  • 舞台演劇に似た形式。上演時間は20~30分。
  • 軽演劇を基盤に公演内容を構成している。スラップスティックやアチャラカに見られる過剰な身体動作や荒唐無稽さを多重に含む。歌唱、舞踊が盛り込まれる他、ストーリーも喜劇調であり、娯楽性が高い。
  • 大規模な舞台装置を設置する。出現時には舞台や家具なども出現しているが、舞台装置の設置と撤収が異様に速く、出現時間のほとんどが上演時間である。
  • 公演内容は民俗信仰に基づいた伝承を下敷きにしている。時代設定は戦前であることが多いが、現代を舞台に展開される場合もある。

出演者の外観は基本的にヒト型である。しかし、ストーリーの変化に伴って、一部部位の伸長や肥大化などの身体異形化、外観変化、火炎放射、長時間滞空などの超常現象を起こす個体が出現。出演者は異常存在だと推測でき、公演自体が特事案件と判断された。公演終了後は即座に舞台を撤収しており、撤収の瞬間は未だ観測されていない。

公演は1964年から1969年にかけて、月に1、2回の頻度で連続的に開催。類似する事件は関連性があるものとして扱い、特事調査部は特定もしくは複数の集団が実行していると見ている。広範囲の領域での時間帯法則のない発生、撤収速度などから出演者の拘束は不可能だった。

被害状況:

人的被害(精神被害を含む)、有価値被害は無し。攻撃に有用な異常特性を保有する集団にも拘わらず、公演進行以外での異常特性使用は見られない。

隠蔽工作:

報道機関との初期協定締結に成功。また、財団の介入によって現場目撃者の記憶は改竄済み。

現場から逃走した目撃者が存在し、公演の様子が波及している可能性が考慮される。事実、アングラ演劇界隈には当集団の話題が波及しており、特事調査部は記録蒐集者の確保に成功。今後も追跡調査を行い、話題の根絶を目指す方針である。


現状:

1971年現在、当事象の発生は確認されていない。事象の発生に関与していた存在が消滅、もしくは集団の離散により事象実行が不可能になったと推測。存在消滅、集団離散の根拠となる証拠は発見されていないため、捜査は継続される。

当事象の前兆として、摺鉦すりがねなどの金属打楽器や、三味線、太鼓、笛から発生する音が周辺で観測される。これらは寄席において演目の区切りを報じる囃子の音であり、特徴的な楽器の一つから取って「ドラが鳴る」とも表現される。「ドラ」に類似した音を聴いた場合、事象が発生する可能性が高いため、捜査員には音へ接近することを推奨している。

この活動の捜査を進める最中、対象が数回に渡って事象の発生現場を事後訪問していることが発覚。このことから、対象に事件関与の疑いがかけられた。

これを根拠に捜査を進めた結果、対象が主催する劇団や演技指導教室の稽古場で不安定な空間状況が観測された。対象の稽古場への異常存在進入が明確化し、対象を特事調査部の監視対象に指定。

現在の監視状況

対象が死去するまで自宅、稽古場の付近に拠点を設置し、監視を行った。また、劇団や浅草周辺の劇場、演芸場には捜査員を配備し、対象との接触人物についても調査を実行。しかし、対象の近辺に経歴が不審な人物は見られず。接触は特事調査部の監視下にない環境で行われ、外部に秘匿された拠点が存在すると思われる。一方、稽古場での不安定な空間状況から、反ミーム性もしくは感情操作保有の異常存在が対象周辺に潜在していた可能性が指摘されている。

1970年に対象が死去した際、対象の周辺で蒸発した人物は存在しなかった。これも反ミーム的異常性質によって隠匿されている可能性があり、監視及び調査は継続中。特事調査部の現在の主な活動は対象拠点の監視、及び過去の経歴に関する資料整理と実地調査である。

世界に名前を残したいのなら、世界に自分の名前を叫ぶしかないんだ。

世の中の窮屈さを受け入れるように身体を畳んで、先生はよく笑っていた。

ファイルに載っていた白黒写真を見て、緩く口許を歪める。これも今となっては昔、この後なんか考えたくないくらい気持ちが良かった時代。自分の役を持って、観衆の感情を縦横無尽にぶん回す。いつかの感覚が戻ったかのようだった。

役者には芝居と素性の境目が分かる。ただの人間でしかないはずなのに、先生は私の『芝居』を見透かしていたようだった。それがどこまでを指していたのかは分からないが、とにかく先生は私に舞台に立つように勧めた。私の顔が喜劇役者の顔をしていたから。

半ば強引に、私は先生の劇団に引き込まれた。こちらとしても丁度良かった。今は私のような存在が生きづらい時代だ。捕まえようとしたり、狩ろうとしたりする人間の勢力で街は溢れている。ひょこひょこ頭を出しても追われる立場になるだけ。隠れ蓑にできる組織があるのは悪い話じゃない。つまり、本気ではなかったんだ。

劇団に招かれた初日、人間の稽古を見学する流れになった。喜劇には先生も主演俳優として加わっていた。筋書きは二人の侍が一人の看板娘を巡って比べ合うとか陳腐なもので、滅茶苦茶な展開の度に人がすっ転ぶ。これが面白くなるのか、かなり懐疑的に眺めていた。通し稽古を見るまでは。

先生たちの顔が、まったく違う顔に化けた。堅物そうな男は間抜けに戸惑う問屋に変わって、物腰柔らかな女は声の通る女房に変わった。仕切り線の向こう側に、さっきまで立っていた人間は一人もいなかった。全員が全員、落語の登場人物のように大袈裟で明快な顔を付けていた。そいつらが当然のように転んだり、叫んで逃げ回ったりする。馬鹿馬鹿しい紙芝居の世界が目の前に現れたみたいで、私はふふっと吹き出してしまった。

中でも先生の変わりっぷりは異常だった。歩き方や肩の揺らし方が先程までとは打って変わって、老人から中年の偉ぶりたがる侍に変貌していた。右脚が義足だと知ったときは私もいくらか憐れんだが、そんな憐憫がどこかに吹っ飛んだ。憎らしくも憎めない、知恵が回って正義感を少し備えた人間に化けていた。

かと思えば、先生は名乗りの場面で袴を吊り上げた。膝に刻まれた葵の紋所を指さして、侍は自身が水戸光圀だと主張する。一同は勢いに負けて伏兵しかけたが、すぐに嘘だと看破して侍を問い詰めた。侍は頬の膨らんだ奇妙な笑みを浮かべる。先生の顔が、侍の顔に取り込まれていた。

化けたい。私も、もう一度。

先生の立ち姿から溢れ出た自由奔放さが私を取り囲んでいた。退屈な人間のしがらみを無視して、大手を振って騒ぎたい。失ったはずのそれが心に憑りついて、がたんがたんと偽りの骨格を震わせる。混乱と愉悦。染みついていた感覚を目の前で混ぜっ返されたのだ。稽古が終わった直後、私は先生に飛びついた。

このままで終わりたくないんです。床に頭を付けて、頼み込んだ。いつの間にか立ち位置が逆転していると笑い飛ばしてから先生は承知して、顎を撫でた。もしかして、行き場がない奴はお前だけじゃないな。お前が身を置くだけなら必死にはならないはずだ。騒ぎ合っていた仲間も巻き込みたいんじゃないか。私は深く頷いた。

かつて、私たちは居て当然の存在だった。恐怖が常ではなかったにしろ、人間の認識に受け皿を用意されていた。それが否定され始めたのは、人間が戦争を経験してからだった。私たちよりも火炎弾を恐れ、病の原因を諸外国に定めた。敗北によってその認識が塗り替えられても没落は終わらない。科学によって、身の回りの現象の要因は特定され出した。それはいい。だが、私たちはもう生まれてしまっている。今更消えろなんて、身勝手すぎやしないか。

嘆いても何も始まらなかったが、嘆く以外には何もできなかった。だから、自身の在り方を変えてでも時代に居残ろうとした。化けて驚かす余裕はなくなって、芸のない殺戮をしようとした。仲間はそれを拒んで、消えていくのを選んだ。あいつらをこちらに呼ぶために、私は成果を出さなくてはならなかった。

喜劇だ。先生の化けっぷりを見て、確信した。計算されたドタバタ劇の中であれば、私たちは本来の姿を現しても否定されることはない。それでいて、本来の姿を伝えることはできる。単純娯楽という舞台の上で、誰にも介入されない登場人物に化ける。残された道はこれしかない。

行き場を失くした面白い奴らがたくさんいるんです。そう告げると、先生は首を捻った。迎え入れてやりたいのは同じだが、俺にもこの一座があるし、仕事は抱えっぱなしだ。お前を誘ったのは見込みがあると思ったからだが、俺の基準に仲間が沿うかは分からん。いくらか考えてから、先生はこちらを見た。

お前が座長になる気はないか。俺の付き人の一人として芝居を学んで、お前が仲間たちに還元する。たまには俺がお前たちの芝居を見てやる。芝居の中身はお前たちの好きにすればいい。それでどうだい。

私は二つ返事で承知したのだった。

かくして、私は仲間を説得して一座を旗揚げした。最初は乗り気でなかった者も稽古や公演を重ねていくうちにのめり込むようになっていき、舞台上での暴れ方は激しくなっていった。いつだったか、吐いた火炎が舞台の土台に化けていた者に移って、そいつは次に主演になったときに火炎野郎を思い切り叩きのめしていた。

楽しい日々だった。私たちを攻撃する者が来る前に逃げてしまえば、大昔のような大立ち回りを再演できた。人間は私たちを見て笑い、奇術に驚嘆する。初めて経験する物事もあった。カーテンコールの拍手喝采、唱歌を求めたときに返ってくるシュプレヒコール。観客は、盛り立てれば盛り立てただけ返してくれるのだと学んだ。

先生が現れたときは、流石に奇術は封印していた。ただの人間でしかないし、ドタバタ劇の根底は徹底した打ち合わせと稽古にあると教わったから。詰めの甘さを見抜かれて何度も説教を食らったけれど、皆、先生が大好きだった。私たちに真剣に向き合ってくれる人間は希少だったから。

それにしても。先生は私たちの公演があった場所を何度か訪れていたらしい。存在を認知させるための路上公演だったが、劇場公演が基本の先生にはハコを借りてやる予定だと言っていた。叱られても譲れない点だった故に伝えなかったのだが。それにヤクザと因縁があるというのも初めて知った。私はその影すら認識していなかった。

やはり、私には知らないことが多すぎる。付き人の一人として東京周辺で世話係になっていても、先生の行動のすべては分からないままだった。美も醜も食らうつもりで先生に向き合っていれば、知れたのだろうか。

蝋燭の火よりも儚いのは先生も同じだったと、思わなくて済んだだろうか。

疑念が頭を過った瞬間、指先は監視記録と銘打たれた項目に触れていた。心が安堵の息を吐く一方、指に変な力が加わる。身体の自然な動かし方が見つからない。また、疑念が過った。

私が本当に知りたいのは、私の知らないその人の顔なのだろうか。

監視記録

以下は対象の最晩年である1968年から1969年の活動のうち、関心団体との接触、オカルト的行動への発展が考慮される活動の監視記録である。現在まで異常存在接触との因果関係は解明されていないが、記録として保存される。

日付: 1968/02/26 監視領域: 東京都立台東病院

健康状態、及び右脚の状態について医師から診察を受ける。医師の診断は対象の肝臓の悪化を示しており、飲酒の制限を指導する。舞台活動に支障はないと判断された。

診察の途中、対象は右脚に装着する義足に施す仕掛けについて複数のパターンを提案した。舞台上で披露している持ち芸に関係する相談であり、動きの激しさが求められるものもあった。医師は激しい動きを伴うものについては否定し、対象の舞台活動についても消極的である旨を伝えた。

日付: 1968/03/16 監視領域: 台東区内稽古場

近日公開予定の浅草オペラについて、外部演出家として指導を行う。かつて対象が行っていた動作や芸などについて教え込む様子が見られたが、後に公演内容にそれらが追加されることはなかった。指導は日没後に終了し、20時頃に解散。

帰宅に際し、付き人による送迎を一時拒否。20分程度散歩するとして離脱し、興行街方面へ向かう。演芸場や映画館が並ぶ通りを歩く。この時間帯に人通りは少なく、対象も目的なく通りの様子を眺めるだけに留めた。周囲を伺う行動も取らず、合流地点に戻って帰宅した。

日付: 1968/05/21 監視領域: 日本放送協会放送局内

番組収録用のインタビューを受ける。日本の大衆演劇史を振り返る主旨の番組内容に対し、対象は自身の体験や浅草の変遷について語った。過去に劇団に所属していた作家や共演した俳優、後進の芸能人についても言及している。長年に渡って対立し、競争関係にあった古川ロッパ(1903-1961)については特に時間をかけて触れていた。

インタビューの途中、過去の舞台や映画の一場面を編集した映像を視聴する。対象はこれに笑いながら触れ、現在は病状のため不可能になったことを冗談交じりに言う。

日付: 1968/07/08 監視領域: 台東区内山口組系列組織経営日本料理店

劇団に所属する俳優らと共に、暴力団・山口組幹部と会食。対象は幹部側から、山口組が所有する芸能事務所・神戸新聞社所属の俳優とテレビ番組で共演するよう持ちかけられる。幹部側は暴力団による俳優襲撃事件を仄めかす言動を取り、対象は共演を承諾した。異常存在に関する会話は行われなかった。

幹部らの退店後、対象は俳優らとしばらく談笑する。俳優らは決定に心配する旨を伝えているが、対象は互いに利のある行為だと笑ってこれを退けた。その後、俳優らも退店させ、対象のみが店に残る。店内で対象は追加のアルコールを注文し、静寂を保ったまま1時間ほどかけて消費した。

日付: 1968/08/15 監視領域: 青森県青森市

地元劇団の公演に特別出演するため、少数の付き人と来訪。公演内容はかつて対象の劇団に所属していた喜劇作家・菊谷 栄(1902-1937)を題材に取っていた。

その傍らで、対象は青森市郊外に位置する明誓寺を単独で尋ねている。菊谷の墓参が目的であったと考えられ、墓参時には過去に授与された紫綬褒章の胸章を墓に備えるという挙動を取った。

私の知らないその人の顔を覗けたはずだった。

なのに、私はファイルを閉じてしまった。

立ち止まることができず、身体が前に動く。薄い光の円から飛び出して、先の見えない暗闇を突き進む。栞代わりに人差し指を挟んだファイルを抱えて。暗闇に捨ててしまえば、この落ち着かない気分も収まるかもしれない。けれども私は頑なに、指にファイルを引っかけていた。

リノリウムの廊下を歩く。床の擦れる音が、暗闇にいる私の存在を立証してくれる。進むにつれ、表舞台の騒がしさが迫り寄る。足音しか聞こえない空間が色付き、染まっていく。無意味に息を吸って、吐いた。演芸場の空気が体内に入り込む。

舞台が近づいてくる。意識すると、先生の顔が蘇る。笑い。監視記録を目で辿っていたときも、あの顔をずっと追いかけていた。知らない顔はないか、知らない顔はないか。そう求めていたはずなのに、私はあの顔を探していた。笑いという言葉を見る度に安心して、先を眺めて狼狽する。

喜劇役者は出たら出ずっぱり。舞台に一度立ったなら最後まで役を貫かなくちゃならない。それができないなら喜劇はやるな。だけど、心配はいらないよ。お前は顔を持っている。

エノケンさん。私は貴方ほど、役を貫くのが得意じゃないんです。

最期まで喜劇役者の顔を離さなかった貴方より、格段に弱い存在なんです。

最後に先生の姿を見たのは、先生の死ぬ三ヵ月ほど前だった。

私たちの劇団の稽古の終わり際、私にだけ今後の予定を伝えてくれた。これから海外巡業に行ってくる。年越し間際まで戻らないつもりだ。できれば一座で出向きたいが、お前はお前の一座がある。離れられたら困るだろうから、お前は日本に残っててくれ。

それから。付け足すように先生は尋ねる。お前はもう主役をやらないのかい。

ぎくりと背筋が冷えた。このところ、私が主役で舞台に出ることはなくなっていた。最初の頃は仲間に立ち回りを見せるために主役をやっていたが、三、四年と続けるうちに不向きだと分かってきた。私には派手な一芸がない。仲間のように首を伸ばしたり、炎も浮かべたりできない。せいぜいできたのは人間らしい姿に化けて、空気に溶け込むことくらいだ。それに、私は仲間に輝いてほしかった。消えゆく者を振り向かせられればよかったのだ。

本当にそれでいいのかい。俺はお前の顔を見せたかったから、こっちに誘ったんだがねぇ。冗談めかして先生が唇を尖らせた。それもそうだ。これはこれで不義理に当たる。気持ちが焦って、思わずこう言ってしまった。

帰ってきたら、私が最高の芝居を見せますよ。

神は娯楽を好み過ぎていると思う。そうでないなら、この世が皮肉で満ちている理由が説明できない。

一月七日。日本に帰国した直後に体調を崩し、先生は入院から七日目に死んだ。直接の付き人である私の連絡は先生が止めていて、私に訃報が飛び込んできたのは先生が死んだ翌日だった。

ドラが鳴ってるよ、早く行かなきゃ。今際の際に呟いて、先生は息を引き取ったらしい。最期まで喜劇役者のまま、先生は舞台を降りた。棺の扉から覗く顔には化粧が載っている。今にも動き出しそうな顔で死んでいる。それが他のどんな奇術よりも信じられなかった。

いつまでも、その人は舞台で笑っていると思っていた。私の傍にはいなくても、自分の広げた世界の上で柱のように佇んでいるのだと。その世界の隅っこには私もいて、腰を下ろして馬鹿馬鹿しい芸に笑いを飛ばす。そうやって、ずっとずっと皆で笑っていられると思っていた。無意識な思い違いを、いつのまにか繰り返していた。

思い違いをしていたのは私の仲間も同じだった。先生の死を知るや否や、皆して芝居用の衣装を脱ぎ捨てた。私たちを消えゆく道に並ばせる、ゆっくりとした時間の流れからは逃げられない。自分たちを世界に固定していた柱は死んで、砕け散った。後はその残骸が、時間をかけて原型もなくなるまで溶けていくだけだ。

私は何も言い返せなかった。仲間たちはこれまで行った活動の跳ねっ返りを怖がってバラバラに離散していった。手が届かない場所へ遠ざかっていく。私だけが舞台に独り、取り残された。明るい街を見渡して考え続ける。

貴方の役を果たす者が立っていなければ、皆して消えてしまう。私たちには貴方が必要だけれど、貴方はもうこの世にいない。なら、どうすればいい。私には何の芸もない。この世の流れに流されて、目立たぬうちに消えて終わり。私が何をしたところで、何も変えられなどしない。

いや、ああ、そうか。

私が、私でなくなればいい。私が、貴方を演じればいい。

化けてやる。そう思い続けてここまで来た。なのに何故だか、震えが止まらない。

暗中でドアノブを回す音が響く。厚い金属の扉を開いて境界を跨ぐと、床はリノリウムから板に変わった。いつもなら奏者が控えている舞台袖の小部屋から表舞台を眺める。舞台の天井に取り付けられた照明に光は灯っておらず、代わりに客席が明るかった。席は異形たちに埋め尽くされている。

私の一座が活動していた頃、私と仲間たちはある程度名を馳せていた。アンダーグラウンドな芸術好きにだけでなく、私の同類にもそれなりに評判になっていた。この時代、人間の目を気にせずに好き放題暴れ回るというのは尊敬の的になっていたようだ。諸々の話を知ったのは私たちが離散した後だったが。

一座を取り仕切っていたのは人間の喜劇王だった。喜劇王は死んだが、私たちの同類となって蘇った。元号が改められて日も浅い今夜、一座は復活の狼煙を上げる。昼夜を問わず人間の街を練り歩く日々はすぐそこまで来ている。君もこの列に加わって舞台の上で笑い合わないか。そういう触れ込みで東京一帯に噂を流した。そして今夜、異形は桟敷席に座っている。

準備は整った。後は私が先生を演じて舞台に飛び出せばいい。異形たちを引き付け、救ってくれるのは先生しかいないのだから。しかし、私の顔は未だに完成していない。舞台袖の壁に設置された鏡に、私の顔が映り込む。

先生に化けた私の顔は崩れ始め、化け物のような歪んだ顔が現れていた。

これだ。どんなに思考を繰り返しても、手で押し戻しても歪みは直らない。完成された先生の顔が一瞬浮き出て、すぐに凹凸がその顔を壊す。顔を何度も反芻しても、私が先生に化けることはできなかった。赤の他人にはどんな風貌であっても化けられたのに。亀裂が走って、裂け目から素の私が覗くのだ。

私がその人になりきれないのは、私がその人を知らないからだ。悩むうちに、その結論に至った。あらゆる本を読み潰して、あらゆる映画を見潰した。私の中での先生の像が構築されていっても、私は私を消せなかった。何度も化け直しても、私は私のままだった。

気付けば、十年が経っていた。天皇が崩御して、時代が変わろうとしている。早くしなければ、皆が消えてしまう。この間も、私たちの仲間が目に見える形で事件を起こしていたが、最後には返り討ちに遭った。単純な武力ですら、私たちは人間に敵わなくなっていた。

焦りが、私を追い立てる。また気付けば十年なんてことがあってはならない。行動を起こすのが先だと思って噂を流した。日が迫ってくれば私の無意識が顔を完成させてくれると思ったからだ。結論から言うと悪手だった。当日の朝になっても、私は私のままだった。

私はその人について何も知らない。まだ、見ていない部分があるはずだ。そう考えるようになった頃、私たちのような存在を追跡する組織の噂を思い出した。警察の公安にもそうした部署があるらしく、そいつらは私たちと関わりを持った人間も監視しているそうだ。

これまでと段違いに危険だと理解していた。けれど、冒さなければならない危険だとも理解していた。

だから、盗んできた。私がその人になるために、私の知らないその人の顔が必要だ。

必要なのに。私は、顔を知るのを恐れている。

立ち止まれないくせに、身体は舞台の方へは進もうとしなかった。照明が照らす領域から先には飛び出せず、裏で足踏みを続ける。呼吸が乱れて苦しくなり、鏡のある柱に頭を当てる形でもたれかかった。薄目で鏡を見る。その人とは似ても似つかない私の顔が私を見ている。

予想はできていたのかもしれない。これを見越して、まだ顔が完成していないのに客を集める暴挙に出たのだろう。自分で自分の無能を推し量れているなら何とかする余地はある。解決する見通しが立たないのを除けば。

知るしかない。そこに何が書かれていたとしても。

もたれかかった姿勢のまま、ファイルを胸の前に構えた。続きを読もうと指でページを押し上げようとしたが、指先に力が入らない。片手を添えて力を加えても紙は動かない。無駄な時間が過ぎていって、私の頭ではファイルの中身についての想像が膨らんでいく。

笑いとはかけ離れた弱々しい老人。時代が変わって忘れられていく人。

その人も私たちと同じだったら、私は何を頼ればいいのだろう。

想像がそこに達して、ファイルが指から零れ落ちた。ファイルは板の上で中身の書類を散乱させる。小部屋の暗さと私の影とが重なって、散った書類の文字はまるで読めない。拾い上げる気にもなれなかった。掠れた単発の声を、私は口から吐いた。

私は、その人が本当に素晴らしい人だと信じていたいだけなのだ。演じているのではなく、根っからの喜劇役者だったと思いたいのだ。それなら私を支えている柱は崩れず、堅固なまま保たれる。その人が死んだ現実を嘘にして、その人を信じ続けることができる。変わらない時代のまま、私は幸せに浸っていられる。

だけど、それで一体何が変えられるんだろう。何かを意味もなく信じていられる時代が終わってしまったのは、私が一番よく知っている。何かを変えたいなら何かを起こすしかない。世界に向かって自分の名を叫ぶみたいに。

掴まなきゃいけない。何が書かれていても、まずは知らなくては。

手を伸ばそうとしたとき、座敷席の電気が消灯した。舞台の表が混乱に包まれている様子が異形たちの声から伝わってくる。小部屋に差し込んでいた少ない明かりも消えて、闇が私を覆った。こんな仕込みはしていない。誰かがいたずらで照明を落としたのだろう。さっさとファイルを拾い上げようとすると、頭上に吊るされた裸電球に光が灯った。裸電球の真下には、ファイルから飛び出しただろう一枚の書面があった。

聴取記録。記された日付は、先生が逝く数日前。

見えない何者かに遊ばれているような感覚がした。私を突き回してすっ転ばせたがる者に遊ばれている、そんな感覚が。それでも、引き下がろうとは思わない。恐れていないわけではない。ただ、恐れても仕方ないと開き直れるくらいには、自分の恥を認識できていた。

笑われるくらいなら存分に笑わせてやろう。

その気概が、私を書面へと向かわせていた。

聴取記録: 1970/01/02

発言者一覧:

| 監視対象 榎本健一

| 特別協力者 H.O.

注記: 対象の病状悪化により、対象と個人的親交のある特別協力者H.O.が直接の聴取を担当した。入院先である日本大学病院と連携し、病室にマイクを設置している。


H.O.: 榎本先生、お体の調子はどうですか。

対象: すこぶる良いよ。このまま飛んでいけそうなくらいには。

H.O.: そういうのだって洒落になりませんよ。先生にはもっと元気でいてもらわないと。

対象: それ、嘘じゃないだろうね。

H.O.: 嘘なわけがないでしょう。皆、貴方が戻ってくるのを待ってます。昔馴染みの人たちから若い連中まで。僕は一番若い奴らについてはよく知りませんが……そういえば、先生。

対象: なんだい。

H.O.: 貴方の付き人で一番若い奴がいるでしょう。あいつが演劇を別でやってるのは知ってますか。

対象: 知ってるさ。芝居の指導をそいつらに向けてやってるくらいにはね。

H.O.: じゃあ、あいつらがやってるのが路上演劇だってのは知ってますか。しかも、警察に許可を取らないで五年近く公演を続けてるそうで。

対象: ああ、承知済みだよ。あいつらは俺に舞台演劇だと伝えてきたけど、流れてくる噂で内容やら公演場所は把握してる。この世界は狭いからね。

H.O.: いいんですか。貴方ほどの人が路上演劇を認めて。

対象: いいんだよ。世の中にはいろんな種類の芸があっていい。警察のご機嫌を伺わないで面白いことができるなら、俺はそれを通せばいいと思ってる。俺たちは俺たちのやることをやってればいい。

H.O.: しかし、違法行為ですよ。貴方の付き人なんだから貴方が止めなきゃ。

対象: 俺が止めて若い奴らの伸びが止まったら、芸の世界は死ぬだろうが。

H.O.: そんなに深刻に捉えなくてもいいでしょう。若手の暴走ですよ。

対象: いや、死ぬよ。俺が死んでいくみたいにね。 [咳] 俺はこの世界を、死神の蝋燭みたいなものだと思ってる。

H.O.: 蝋燭?

対象: 落語であるだろう。ヤブ医者騙った男が死神に連れられた洞窟で、人間の寿命が蝋燭の長さで決まる。残り短くなった命は他の蝋燭を慎重に繋ぎ合わせなくちゃならない。芸事だって同じだよ。短くなって死んでいく蝋燭に、新品の蝋燭を重ねていかなきゃ芸は死んじまう。

H.O.: そうやってまた、不謹慎なことを。

対象: 不謹慎なもんか。俺は死ぬ。それは変わらんさ。2回ほど死ぬのを神様に止められたけど、俺はようやく死ねるんだ。

H.O.: そんなことありませんよ。先生はまだまだやれます。

対象: 何ができるんだよ。衰えて、駆け回れなくなって、脚も失った。一番の戦友も好敵手も消えた舞台で、俺に何が求められてる? 何もできやしないさ。俺はこのまま死んでいく。死ぬよ、時代と一緒に。

H.O.: 諦めないでください。安静にしてれば治りますよ。

対象: 諦め? これは諦めじゃないね。安堵だよ。幸い、俺を語れる人間はまだ生きてる。俺の後継に適う若い奴らも出てきてる。おまけに、分野の違う舞台の奴らにも俺の顔を残せた。俺がやるべき残りの仕事は、俺が時代を道連れに死んで、次の流れを生むだけよ。なぁ、[H.O.の氏名]。

H.O.: はい?

対象: お前は、どんな奴が喜劇役者に向いてると思う?

H.O.: そりゃ、よく笑えて、面白い芸を持ってる奴じゃないんですか。

対象: いいや。この世を悲劇だと思っている奴が上手く喜劇を演じられるんだ。

H.O.: 悲劇なんて喜劇と真逆じゃないですか。

対象: 真逆だからさ。悲劇をひっくり返そうとする奴は必死になるだろう。この悲劇に打ち勝とうと足掻いて、暗いこの世を笑い飛ばそうとする。笑いは舞台から伝播する。最高の喜劇が、舞台の上で完成する。

H.O.: [沈黙] 先生。貴方もずっと、悲劇の中にいたんですか?

対象: それは俺には分からんね。俺の芝居を見続けていたお前らが決めるんだ。死んだ後も人を笑わせてたら、俺は喜劇役者に違いないんだから。

H.O.: 死ぬのは今じゃなくてもいいでしょう? 僕は知ってるんですよ。路上演劇の奴らが人間じゃないって。先生、はっきり言ってくださいよ。あいつらと、何か約束でもしたんじゃないんですか。死を克服するとか、死から蘇るとか、そういう算段であいつらと関わってるんじゃないんですか。

対象: なんだい、それ。御伽噺じゃないんだ。それかあれか、お前も死神が見えるのかい。だったら、俺の身体の頭と脚をひっくり返してみな。死神も逃げ出すだろう。 [笑い]

H.O.: お願いだから、教えてください。死ぬなんて言わないでください。僕はもっと先生の芸が見たいです。

対象: その言葉がかけられるのは死んだ芸人だって相場が決まってんだよ。[H.O.の氏名]、嫌でも時代は変わっていく。テレビが栄えて、浅草はどんどん死んでいく。50年も経てば、俺の名も掻き消されてる。でも、それは良いことだ。

H.O.: 良いことなわけがないでしょう。

対象: 良いことだよ。そのときにゃ、新しい蝋燭の火が煌々と燃えてるんだ。時の政権やヤクザに媚び売らなくても笑いができる、強い火だ。その火でさ、この世を照らしなよ。

H.O.: そんなの、どうやって。

対象: 己の役を信じて、どんな悲劇も滑稽に演じ続けるのよ。そんで、悲劇を喜劇にしてやりな。涙が大爆笑で掻き消えるくらいの喜劇に、この世を化かしてやるのさ。

ファイルを読み終え、翻って舞台へと向き直る。

私に足りないものが見つかった。額に指を突き立て、両手で顔を覆い隠す。

やっぱり、先生も私と同じだった。最初から、脆い蝋燭の火だった。私と違うのは、脆い火であることに誇りを持っていたことだ。いずれ消える灯だとしても、燃えている限りこの世の闇を払おうとしていた。

自分に与えられた役を信じる。私に足りなかったのは信念だ。

この世を悲劇だと思う。私を舞台に上げた先生は、どうやら私の悲観を汲み取っていたらしい。私が恨み辛みを吐き出して喜劇にひっくり返す瞬間を待ち望んでいたのだろう。

じゃあ、私の出番だ。指で顔を撫でつける。深く刻まれていた亀裂の溝に肉が入り込んで埋められていった。ぷはぁと大きな息を吐いて、埃にまみれた空気を吸い込む。再度、鏡を見た。

完成された先生の顔があった。

私が先生になった。違うか、逆だな。先生の顔を取り込んで、私の顔にした。

私が笑うと、鏡の中で先生も笑う。十数年来の再会だった。

すみません、先生。貴方は私が私の顔で芝居するのを望んだでしょう。だけど、私も打ち勝ってみたくなったんです。消えていく仲間のためじゃなく、私自身のために。

貴方を、この世から忘れさせない。私が今も生きていられるのは、貴方が私を蝋燭の火で照らしたからです。私にとって、貴方がいないこの世界など悲劇でしかないのです。この気持ちにもっと早く気付ければ良かった。やっと、やっとだ。やっと、私は私の役を取り戻した。

私に足りなかったのは、私が舞台に立つ意味だ。

先生。誰も貴方を忘れないよう、私が貴方を神様にします。私が貴方を演じて、この世の悲劇を喜劇にしてやります。それで皆から拍手されて、歓声を貰って、忘れることのできない存在になってやります。五十年後だって八十年後だって、貴方は存在を保ち続ける。娯楽の神になって。貴方は死から蘇るんだ。

耳許で、雑多な音楽が鳴った。小部屋に囃子を奏でる楽器はなく、桟敷席の異形たちもざわついたままだ。頭で再現された音の記憶か、はたまた超常現象か。何だっていい。

暗闇の中、私は舞台へと駆け出した。

ドラが鳴ってるよ、早く行かなきゃ。

腕を振り上げた。そうすればいいと思った。落ちていた電気が灯って、観衆に自分の姿が露見する。深々と礼をして、顔を上げる。桟敷の全員が私を見ていた。

息を吸い込んで、世界に向けて自分の名前を叫んだ。

私の名前は──────。
















演神




通達

以下の文書は事件の発生に伴って作成された臨時報告書です。

捜査の進展により、内容は大きく変更される可能性があります。

最終更新 1989.05.29

演神

監視対象1989-001

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異常存在集団統率
国家重要領域侵入
機密情報奪取

出生月日 不明
出生地 不明
身体特徴 不明実体
(神格実体の可能性高)
特定人物の外観模倣
異常性質 限定的身体改変
周辺への意識介入
活動状況 活動中
職業 不明
活動期間 1989年 -
活動拠点 台東区浅草?
統率勢力 信仰準拠怪異集団
統率時期 1989年頃
勢力規模 不明

概説

演神(えんじがみ)は1989年に出現した、存在由来不明の人型実体である。ヒューム凝集に伴う限定的現実改変を利用して存在を維持する怪異個体だと考えられ、神格実体の一種である可能性もある。なお、演神という呼称は当人の自称であり、本名については判明していない。日本特異例報告においても、類似する存在はこれまで発見されていない。

対象は日本の俳優である榎本健一(1904-1970)の外観を明確に模倣している。模倣している年代は特定されていないが、榎本の最盛期である30-40代の外観だと推測されている。これは後述する限定的身体改変を行使し、自身の肉体を変異させているものと思われる。

対象は2つ以上の異常性質を保有している。

  • 限定的身体改変

自身の肉体に現実改変を発生させ、身体の形状を変化させる。身体の伸長や肥大化、架空存在への変身、特定人物の外観模倣などがこれに含まれる。

  • 周辺への意識介入

周辺の知性存在の意識に介入し、操作する。関心の喪失や知性存在の行動操作などがこれに含まれるが、対象の性質範囲は関心の喪失のみに留まっている。

この他にも異常性質を保有している可能性があるが、現在まで観測されていない。

監視目的

対象は異常存在群を統率している疑いがある。統率している異常存在群は不特定多数から構成される無秩序な怪異集団だと考えられ、これらは対象と同種の存在だと思われる。

対象が外観を模倣している榎本は、過去に監視対象1964-034として特事調査部の監視下にあった。榎本は対象と同様の異常存在群に接触、集団として統率していた疑いがかけられていた。このため、対象は過去の怪異群の一個体が変化したものと推測されている。榎本、もしくは榎本に関連する事象が異常存在化したという推測も保持した状態で捜査は展開されている。

また、対象は1989年01月16日に発生した警視庁機密情報奪取事件の容疑者である。これは対象の異常性質2種により警備環境が突破可能になること、奪取された情報が榎本に関するものであったことなどから推定された。先述の事件は公安、ひいては本邦警察全体への挑発的行為であり、対象の身柄は確保される必要がある。

対応

直近で発生した警視庁機密情報奪取事件を受け、特事調査部は捜査を開始している。出没情報の頻度から、榎本と同様に台東区浅草に拠点を置いている可能性がある。しかし、現時点で対象は全国各地で出没を繰り返しており、正確な移動経路についても判明していない。勢力幹部と思われる怪異個体も浮上しており、今後も勢力拡大が予想される。

勢力は連続的な路上演劇を主催しており、これは1964年から1969年に発生した東京都不明集団連続的路上演劇事件を模倣している。この他、全国では怪異個体の活発化が確認され、一般市民と関係を保有していた個体も発見されている。怪異個体は共通して人間社会への潜伏、もしくは存在の提示を目的としており、怪異個体の思想には対象らの勢力が関係していると思われる。これらの情報収集を行い、対象の確保に向けて保全分析を行っている。

1987年の首都圏特異集合事件など、近年は信仰に起源を有する怪異の活発化、集団化が頻発している。この原因について、他の日本超常組織平和友好条約機構加盟組織と連携して究明し、治安維持に努める必要がある。

今後、対象である演神の呼称が使用された事例の情報はすべて収集され、記録される。



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