並木道のその先から
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お元気ですか?遅くなってすみませんでした。私は元気です。

私を失くした人が亡くなってしまったら、私はあの場所と一緒に消えるものだと思っていました。でも実際にはその時が来ても私は消えませんでした。ただ、もう「かくれんぼ」はできないんだなって、漠然とした喪失感だけが残ってました。

何もすることがなかったのでしばらく並木道を歩いていたら、街を見つけたんです。今までいくら歩いても並木道が続いていたのに不思議だなって。

街の中も不思議な雰囲気でした。夜と、お酒と、冬の気配に満ちていました。そこで会った人たちが言うことには、ここは「忘れられてしまった者がやってくる街」なんですって。

どうやらあの並木道は到着点じゃなくて通過点だったみたいです。よく考えれば確かにそうですよね。"道"なんですから。あの場所から消えてしまった皆にも会うことができました。




私も、忘れられちゃったんですかね。


忘れられたから、ここに来たんでしょうか。




いえ、違いますよね。私には分かります。あの人だけは、博士だけは私のことを覚えてくれている。

でも、私のことはもう心配いりません。この街の人たちは優しいですし、皆もいます。だから、寂しくはありません。お酒はまだ飲めないけど、この街にもだんだんと馴染めてきました。



なので、博士。

もし私を気にかけてお仕事に支障が出ているようでしたら、私の事はどうぞ忘れてください。

あの並木道で、私とお話しをしてくれたこと。それだけで私は嬉しかったんです。心残りはありません。本当に、ありがとうございました。



この街では手紙を送ることが慣習らしいので、それに則ってみました。少し長くなってしまったけれど、手紙の書き方もちゃんと教わって書きました。

どうか、博士がこれからも幸せでありますように。


さようなら。

酩酊街より 愛を込めて
















追伸


ごめんなさい


やっぱり、一つだけ。一つだけわがままを言ってもいいですか?

この手紙だけは、どうか手元に置いておいてもらえませんか。

どうしても、完全に忘れられてしまうのは寂しいんです。悲しいんです。
ひょっとしたら、今でも心のどこかで博士に見つけてもらうのを待ってるのかもしれません。

私、この街に来るべきじゃなかったってことなんでしょうか。

手紙を書き終えてそんな事を考えていたら、街の人が言ってくれました。私は私であって、決してこの街の一部ではないと。自分の気持ちには素直になってもいいと。

なので、この追伸を書きました。これが私の素直な気持ちです。


かなり長くなってしまいましたね。

それじゃあ、今度こそ。


さようなら、またいつか。

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