なに笑ってやがる、テメェ

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yppasu 21/08/1 (日) 01:55:25 #71395228


少し昔の話をする。パラウォッチの黒い画面を見るたび、思い出す事があるんだ。



22歳の頃、俺は高卒で就職したものの、元々学校でいじめられてた陰キャだったし、それでいて大して変わろうともしなかったから、裏で「仕事出来ない奴」とバカにされていた。俺にも何とかやれる仕事はあったから、居場所が無いわけでも無かったけど、会社の飲み会に俺だけ誘われない位には蔑ろにされていた。

いや、本当は分かってた。俺が声と表情を明るくすれば、本気で頑張れば、多少仕事が出来なくても可愛がってもらえたろう。常に暗そうな顔をして、たまに飲み会に誘われても、行きたくないような素振りをした俺が悪い。優しくしてくれる人はいるけど、ガチで俺の事を嫌ってんだろうなって奴も居た。

当時の俺は、そんな感じだった。


そんな事をウダウダ考えながら、住んでたアパートで俺は酒を飲んでたと思う。それを語る友達も居なかったから、一人でテレビを見ながら飲んでた。で、いつの間にか寝てしまった。

目が覚めると、まだ深夜。テレビが終わって、ピーーーと放送休止のカラーバーが流れていた。喉の渇きを感じながらリモコンでテレビを消すと、暗い画面に俺が反射して映った。


俺の後頭部が見えた。体の位置は正しいのに、何故か画面の向こうの俺は振り返ってる。
そして、一拍遅れて、こちらを向いた。正しく反射している。


俺はテレビの電源を入れなおした。でも、何故かつかない。画面は暗いまま。
画面の向こうの俺も、焦ってリモコンのボタンを連打している。リモコンの方を何度も見ながら、カチカチ押し続けている。俺はずっと画面を見ているのにだ。

そんな俺に気づくと、向こうの俺は眼を細めて歯を見せて、俺を見下すように笑いやがった。

とにかく俺は、向こうの俺を見たくなくて、部屋干ししてた服をテレビにかけた。

寝たせいか、非常に頭はすっきりしていたが、とりあえずその日の俺は「酔っぱらって幻覚を見た」と自分に言い聞かせて寝た。


朝。俺はテレビの画面を確かめて見たが、何ともない。俺がテレビを見てれば、向こうの俺もテレビを見てる。ちゃんと、剃ってない汚く伸びた髭の位置まで正確だ。

夢か何かだったのかと思う事にした。そう思わないと、どうしようもない。そう思って、テレビを付けたらちょうど朝のニュース番組で星座占いをやっていて、俺が12位になっていて、携帯などという大して参考にもならんラッキーアイテムを紹介していたのを覚えている。


その日は月曜。出勤だ。その日も、出社時間の8時20分には間に合ってるのに、もっと早く来いと意味不明な理由で怒られた。当時の俺は何を間違ったのか、営業課に配属されていた。苦手な人付き合いを強いられて、数字を出せなきゃ、時間や土日を無視して上司から電話がかかってきて、プライドをグチャグチャにされる日々。

しかも、依頼していた配送会社の不手際で、客から大クレームがその日発生した。上司は、普段から関係性を築いて無いからだと助けてくれない。とにかく何とかしろ、何とかしろ。上司と客はそれしか言わない。ラッキーアイテムのはずの携帯は、電話終わりに俺が何時間残業してるのかを素早く知らせてくるだけで、何もしやがらない。


なんとかクレーム処理を終わらせて、スマホを見ると既に深夜。疲労で頭と心が痛かった。

ふと見れば、充電が切れかかっていたから、充電器を刺す。その時、見えてしまった。


会社用のスマホに反射した自分は、やけに楽しそうだった。笑ってやがる。
しかも、親指の爪を齧って柔らかくしてやがる。


爪を齧るのは、自分が心底不快だと思ってる行動の一つだ。向こうの俺は、何のつもりなんだと思った。
スマホの電源をつけようとするが、やはりつかない。
向こうの俺は、口をパクパクさせて何かを言っている。俺は何もしゃべってないのにだ。

試しに電話するように、スマホを耳に当ててみた。



「もっと頑張ればいいのに、何もちゃんとやれねぇんだな」


俺の中で切れちゃいけない何かが、ブチブチっと力任せに引きちぎられるような感覚がした。
頭がズッキンズッキン痛くて、俺はスマホを会社に置いたまま家に帰った。


次の日。家の電話線を抜き、玄関の鍵を閉め、俺は寝ていた。テレビには、俺の服がかけられたままだ。

蓄積した仕事のストレス。そして、不愉快な怪奇現象。俺の小さなキャパを完全にオーバーしていた。病院に行った方が良いのは分かっていたが、その気力が無かった。気分が落ちこみ、何もやる気が無く心が死んでた。会社の誰かが家を訪ねてきたっぽいが、出る事は無かった。


夜。精神が死んでても、尿意と空腹は我慢しきれなくなってきた。肉体は死んでないからな。空腹だけど、そんなに食えないという不思議な感覚を覚えながら、のそりと立ち上がった所で、家の電話がジリリリリと鳴った。

電話線を抜いているはずだろと思った。で、確かに抜けてた。そして気づいた。


電話近くの窓、暗くなったためにハッキリと向こうの俺が見えた。
背中を見せて、受話器を持ち上げている。


俺は電話に出た。鬱っぽくなってたはずだけど、向こうの俺に関しては、キレやすくなっていたというか。とにかく、不愉快で仕方が無かったから、電話に出れたんだと思う。

電話に出ると、向こうの俺が振り向いた。顔は自信満々な笑みを浮かべていて、風呂に入ってないせいで脂でベトベト、ボサボサのはずの髪は整っている。

「なぁ、俺と……」

声を聞いた瞬間、なんかどうしようもなくなってしまって、俺はそのまま受話器を窓ガラスに叩きつけて破壊してしまった。本当はガラスを割ってやろうと思ったけど、割れなかった。

俺は近くの棚を探して、鉄のペンチを持ってきて、思い切り叩いたけど、割れない。


向こうの俺は、余裕そうな表情で、俺を見ていた。ペンチ片手に、笑いながら爪を噛み始めた。




なに笑ってやがる、テメェ!




自分でも驚くくらいの大声を出してしまったのを覚えてる。で、何を思ったのか、俺はマイナスドライバーを取り出して、左腕にザクザク突き刺した。何故か痛みを感じなくて、何回か貫通もした。鋼色のドライバーが赤黒く染まり、血の匂いが鼻についた。

ドライバーを引き抜くと、何か取れたらマズそうな肉片が一緒についてきた。栄養を取ってない上に、大量の出血、死んでもおかしくなかったけど、何故かその時の俺は興奮していて、平気だった。


向こうの俺は、苦痛な表情をしていた。でも、それはあり得なかった。


その時の俺は、笑ってるはずだった。なんか、頭がスッキリしてた。
俺は、窓ガラスに近づいて思いっきり笑った後、左目にドライバーを突き刺した。

そこで、俺の意識は途切れてる。


目覚めると、病院で俺は寝てた。起き上がろうと思ったけど、体が重く、左腕と左目の感覚が無かった。

アパートの隣の部屋の住人が、警察に通報したらしくて、その後救急車で運ばれたらしい。何とか一命を取り留めたものの、危ない所だったと聞いた。その後、リハビリもしたけど、神経を傷つけたらしくて左目は完全に失明。左腕も重度の麻痺が残って、何本かの指は二度と動かないらしい。

あんなに俺を辞めさせてくれなかった会社は、俺に多額の退職金を払う代わりに、今回の件に関しては、会社に何の非も無い事にしてくれと言ってきた。俺は了承した。何でもいい、もう関わりたくなかった。むしろ、そんなに優秀じゃなかった俺に、こんなに金をくれるならラッキーだと思った。


今、俺は別の仕事を見つけて働いてる。体がボロボロでも、やれる仕事はあるもんだ。

ただ、俺はもうストレスを貯めないようにしてる。あれが本当に幽霊か何かか、もしくは俺の幻覚だったとしても。あれは、きっと俺が弱ったときに出てくると思うんだ。だから、もう出会わないように努めるしかない。


とりあえず、俺の話はここまで。

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