空白
空白
「さむい」
雪が降っている。霧の立ちこめる私のまちに、今日は空から雪が降る。
息を吐く。息を吐くって何だっけ。息って何? 代わりに、私から私が離れる。私の一部は一際白くなると、それから霧に紛れて消えてった。
「さむい」
さむいってなんだっけ。
空に開いた大口から、今日もぼたぼたと何かが落ちてくる。
雪と一緒に、ぼたぼた何かが落ちてくる。大きな音を立てて、ビルに突き刺さる。川面に落っこちる。その辺に散らばる。
降り積もる。
「さむい?」
しゃがみこむ。しゃがみこむって何だっけ。
私の足元には、大きくて四角いテレビが木端微塵になって落ちている。よくわからない部品が散り散りになっている。ひとりきりにさせないために、私はそれを集めて混ぜて、くるくる回して星の形にする。灰色の大きなお星さまが出来上がった。
これはどこに埋めようか。どう使おうか。思い付かなかったので、ひとまず私の傍に浮かべて躍らせておいた。
「今日は、多いなあ」
どかどかと音を立てて、今度は向こうで大きな灰色の煙が巻き上がった。煙が私の居る橋の上まで来て、吸い込んだ煙に思わずくしゃみをした。くさい。くさいってなんだっけ? くしゃみってなんだっけ? 私は身震いした。
とにかく、あれを何とかしなきゃ。
煙を固めて、バラバラにしたら、キラキラした粉末になった。空に散らしたら、雪と混じってとても綺麗だった。
今度はたくさんの樹が落ちてきた。何の樹って言うんだっけ、これ。私、知ってる気がする。他にも、樹にまとわりついてピカピカしたものがたくさん付いてきた。もしゃもしゃしてたり、綺麗なお星さまだったり、長靴とか、ステッキみたいのとか……。
靴下。くつした。靴下って何に使うんだろう。
綺麗だから、全部持って帰る。残りは全部街の公園に使おう。
樹の群れの中から、不意に何かの声がした。
みゃぁ。
にゃぁ、にゃぁと鳴く子猫が居た。ダンボールに三匹。二匹は動かない。
さむそうだ。それを拾って、私は部屋に運んだ。部屋に運ぶ内に、鳴かない猫の内の二匹は居なくなっていた。
もう一匹は部屋に運んだ。ダンボールの中でごろごろ、ごろごろと喉を鳴らしていた。けれど、震えていた。
「さむい?」
毛布を持ってきて、詰め込んであげようと思った。
外に出て、毛布を取ってきて、掛けてあげようと思ったら猫はもう居なかった。
さむいって、なんだったっけ。
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
「こんにちは」
散歩をしていたら、人が居た。
「やあ、こんにちは」
「今度の人は礼儀正しいのね。貴方もお外から?」
「外?」
その人は、なんだか色褪せた水彩画みたいな色をしていた。所々赤くて、まるで。まるでサンタクロースだ。
「外ってどこのことだい、お嬢ちゃん」
「ええ? だって、いつも来る人はお外から来たって言うわ」
「そうなのかい。けれど、お嬢ちゃんもそろそろ帰らないとダメだよ。サンタさんが待っているよ」
「うん。わかった。おじさんも気を付けて」
「ああ。もうすぐみんなも来るからね。君も、暖かくしておいで」
「うん」
ふ、とその人は笑んだ気がした。とてもやさしい顔をしていた。良いなあ、と思った。
「それじゃあね、お嬢ちゃん」
「ばいばい」
手を振るおじさんは、私の隣を過ぎて霧の中へとゆっくり歩いて行った。その内、見えなくなってしまった。
「……なんだっけ」
サンタクロースってなんだっけ?
私って、お嬢ちゃん?
あたたかい、って、なに?
さむい、って、こういう時に言う言葉だっけ。
違う気がする。
確か、こういう時に言う言葉は、こうだ。
「さみしいなあ」
ほっぺがつめたい。
ほっぺってなんだっけ。
私、って、なんだっけ。
「まあ、いいや」
私から、とても小さな私がたくさんたくさん離れては、きらきらして消えていく。
「これも、捕まえられたらいいのに」
おじさんが消えた霧の向こうに、立派な樹が見えた。その一番てっぺんで、大きなお星さまがオレンジ色に光っていた。