新規入職者のオリエンテーション
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ひぃふぅみぃ……よし、皆さんお揃いのようですね。少し早いですが始めちゃいましょうか。

えー、では。

皆さん初めまして。今回のオリエンテーションを担当させて頂く近藤と申します。どうぞよろしくお願いいたします。午前の部は全体向けの説明となります。財団に新規入職予定の皆さんに組織の概要をつかんでいただくための説明ですね。

実は普段のオリエンテーションは別の者が行なっているのですが、体調不良とのことで私が代理として説明を担当させて頂いております。そのため、少し不慣れな部分があるかもしれませんがどうぞご容赦ください。質問時間は十分に取れる予定なのでもし疑問に思うことがあればそこでその都度ご質問頂ければなと。質問があれば答えられると思いますので。

皆さんがこれから所属することになる"財団"は異常な物品、現象、そういったものを安全に収容することを目的とした団体です。活動範囲は日本のみならず、全世界中に広がっています。もちろん、アメリカやイギリスといった主要国だけではありませんよ。本当に世界中です。アフリカのジャングルはもちろん、南極大陸や北極大陸、深海も宇宙までもが私たちの活動範囲に当たります。……皆さん驚かれてますね。まぁそうは言っても誰もかれもがそう言った極地で働くわけじゃないですよ。恐らく皆さんのほとんどは日本国内での勤務に終始すると思います。実際、私も財団に努めて早30年といったところですが、生まれは東京育ちも東京、財団の勤務もずっと東京ですから。このオリエンテーションには日本全国から来た人達が参加してるわけですが、大小を問わなければ皆さんの地元にも財団の拠点があるはずです。知れば驚くと思いますよ。

それでは次に皆さんが今後深く関わっていくことになる異常について。こちらの話は非常に難しいのですが……オリエンテーションを理解してもらうため簡単な概要だけお話しさせていただきましょう。異常というのは、すなわち、普通ではないことです。

みなさんそれじゃわからないって顔をしていますね。実はそんなものなんです。といってもこれじゃ流石に不親切ですからいくつか実例をお見せしましょうか。

これは戦隊ヒーローのおもちゃですね。確か7、8年前に放映していたシリーズで、名前は確か……ジャスティスGOでしたかね?えーっと、まあそんなことはどうでもいいんですが、こちらのロボットの電源を入れるので皆さんちょっと見ていてください。……セリフが流れて胸のあたりがピカピカ光りましたね。よくあるおもちゃです。これが、異常性のない一般的なものです。じゃあ次は"異常な"おもちゃを見てみましょうか。谷川くん、3番の箱を取ってきてもらえますか。

──はい。それではこちらが"異常な"ジャスティスGOのおもちゃです。おっとその前に。皆さんの座席の脇にかけてある紙袋、そう、それです。そちらに入っている遮光グラスを取り出してください。皆さん掛けましたね?じゃあ起動しますよ──

『俺はジャスティスGO!喰らえ!ジャスティスビィーム!』

……どうでしたか?ゆっくり目を馴らせてくださいね。普通のおもちゃは胸部のLEDが点灯するだけでしたが、こちらのジャスティスGOはかなり強い光でした。ちなみにこれ、数値にすると野球のナイター照明より強いらしいです。もちろん内部にはそんな構造はありません。これが、このおもちゃが財団で異常に分類されている由縁ですね。

さて、次の実例はスライドでお見せしますが……おっと失礼。まだ目が慣れていない方がいらっしゃいますかね。待ちますので大丈夫ですよ。じゃあ先にオブジェクトの概要だけお話ししましょうか。

SCP-682-JPというオブジェクトについてお話しします。SCP-682-JPというのはSafeクラス……えー、軽度の危険を持つオブジェクトで、基本的にはクマムシの一種です。クマムシについては皆さんご存じでしょうか?一般的には50マイクロメートルから1.7ミリメートル程度の非常に小さな生物ですが、乾燥や極低温、高圧力、果ては放射線までにも耐えることのできる生物として知られています。SCP-682-JPというのはそのクマムシの一種ですが、それ以上に強力な耐性を持っています。詳細はお手元の資料にありますが、まずはいったん資料映像をご覧になってもらった方がよいでしょう。

……はい、この画面中央にいる生物がSCP-682-JPです。一般的なクマムシの画像と比較しても違いはほぼありませんね。これから皆さんに見ていただくのは、SCP-682-JPに対するいくつかの耐久試験とその結果です。まずは極高温……SCP-682-JPは43℃ほどの温度上昇が発生した時点で乾眠状態、つまり周囲の環境に対する防御状態に入りました。一般的なクマムシも同様ですね。さらにここから温度を上げてみましょう。

……はい、一般的なクマムシの状態を確認してみましょう。生きているクマムシであれば普通の気温に戻すことで完眠状態から回復しますが、これは動きませんね。つまり死亡したということです。対してSCP-682-JPの方を確認してみましょうか。……はい、動きました。この検証で、SCP-682-JPが少なくとも一般的なクマムシよりはかなり高い環境対応能力を持っていることが分かりますね。次の映像は低温、高圧、電圧、放射線に対する実験です。こちらは巻きで飛ばしますね。

はい、これらの映像を見ていただいたみなさんにはこのクマムシが脅威的な耐性を持っていることが分かったと思いますが……はい、ええ、これだけでは異常であるか、そうではないか判別できません。では次の映像を見てみましょう。

これはSCP-682-JPが乾眠状態から復活する映像ですね。見てください。クマムシが乾眠状態から素早く復活し、脱皮しましたね。これが財団がSCP-682-JPを異常であると認めている理由です。脱皮前の数値と比較してみましょう。脱皮を行ったSCP-682-JPはその体積と質量が減少しています。

この脱皮を繰り返すとおよそ70回ほどでSCP-682-JPは水素の原子核の大きさとほぼ同一程度になると予想されます。この脱皮が連続すれば、SCP-682-JPが消失するか、取り扱えないほどの大きさになってしまうと思われます。このため、財団はSCP-682-JPを異常であると認定し収容を行っているのです。

"異常"というものがどういった概念なのか理解できましたか?まぁ今回は単にオリエンテーションですので大体の概念だけ理解していただければ結構です。入職後の研修でもっと細かい部分についての講義がありますからね。

では次に、財団がどの程度のオブジェクトを発見、収容しているのかという話をします。こちらのグラフをご覧ください。

2020年度版、オブジェクト発見報告数。

2020年度版、オブジェクト発見報告数。

はい、このグラフをご覧ください。これは日本における直近5年間のオブジェクトの発見件数です。Anomalous、Safe、Euclid、Keterに分けてあります。えー、この横文字は収容難易度というやつで……今は特に覚えなくてもいいですね。今は青、黄、赤の順で概ね危険ということだけ覚えておけばいいです。灰色はAnomalous、青よりも危険性がないものだと思ってもらえればよいです。先ほどの例でいればジャスティスGOのおもちゃが灰色。SCP-682-JPが青色です。

緩やかではありますが、年々発見されるオブジェクトが増加傾向にあることが分かると思います。ただこれは、オブジェクトが増加しているというよりは科学技術の進歩によって新たなオブジェクトの発見が可能になったという側面が大きいです。皆さんにも、研修を積んだ後こういったオブジェクトに関わっていただくことになります。研究職、フィールドエージェントなどなど……その職種は様々です。皆さんのご活躍を楽しみにしていますよ。

そろそろいい時間ですので、午前のオリエンテーションを終わりたいと思います。午後のオリエンテーションは実際に皆さんが就く職種ごとに分かれて受けていただきます。それではお昼休憩に移りますので、財団の食堂に案内します。では後ろの方から順番に──


仲田は食堂に流れ込んでくる人々の顔を眺めていた。男、女、老人、恐らくは元軍人であろうという男までその所属は様々なようであった。その中にはまだ高校生にすら見える少年もおり、そのあまりの多様さに仲田は感嘆の息を吐いた。

講義室の最後列に座っており、一番早く食堂に誘導された仲田はカレーライスを注文し、最奥の席に座っていた。残りのオリエンテーション参加者が食堂に入ってきた後も仲田の周辺には誰もいなかった。

それは食堂が非常に広いせいでもあったが、最も大きな理由は仲田のその容貌だろう。顔面を横断する大きな裂傷。生々しいその傷と、仲田自身から発せられる刺々しい雰囲気が周囲の人間を遠ざけていた。もくもくと食事を続ける仲田。実際、仲田にとってこの手の疎外感は長く付き合い続けてきたものであり、今更傷つく感性は持ち合わせていなかった。どこに行っても同じだな、とこれからの仕事に思考を巡らせ浮足立っている周囲の人間を観察していた仲田であったが、

「ここ、空いてますか?」

そう言いながら白衣の男が仲田の前に腰をおろした。

「良いとは一言も言ってない。」
「いえ、私は空いてますか?とお尋ねしたんですよ。空いていたから座ったまでです。」

笑いながら減らず口を叩く男。仲田はこういった手合いの人間が大嫌いだった。痩せ身の体に、丸い黒縁眼鏡を掛けた研究員風の若い男。男は返事を返さない仲田をよそに上機嫌に話を続ける。

「これはこれは失礼しました。名を名乗っていませんでしたね。私は大條。研究員としてこちらに勤める予定です。」

そう言いながら食事を始める大條。器の端からぽろぽろと食べかすが零れている。箸は握り箸と、お世辞にも行儀良いとは言えない様子だった。片手で食事をする仲田よりも食事が下手なことは明らかだった。

「私はですねぇ……エネルギー効率がよくないもので食事量が必要なんですよねぇ。」

口にご飯を含んだままそう続ける大條。見れば大條が食べている定食はかなりの大盛だ。おおよそ五人前はあるだろうか。

「ところで貴方の前職をお伺いしてもいいですか?見たところ、並々ならない道を通ってきたご様子ですが。」

そう言って顔を上げる大條。身を乗り出してくるその姿勢に、思わず仲田は状態を反らせる。

「そうして言わなきゃならないんだ。」
「それは、私たちがこれからこの財団で働く同僚になるからですよ。」
「お前は研究職だろう。俺とは関係ないはずだ。」
「うーん、じゃあこれと交換ならどうですか?」

そう言いながら先ほどまで自分がかぶりついていた唐揚げを突き出してくる大條。

「そんなものいらん。」
「うーん、じゃあ何ならいいんでしょう……」

そう唸ると、大條は箸で定食の中身をかき分け始める。その様子に恐らく最後まで相手が引かないことを察した仲田は、一つため息をつくと自分のことについて語り始めた。

「俺は元々傭兵だった。この傷はその時に出来たもんだ。」

そう言いながら顔の傷を撫でて見せる仲田。大條は興奮した様子で箸をおき、両手を膝の上にのせて話を聞き始めた。

「ほうほう!どこの国です?」
「それは守秘だ。」

仲田は身を乗り出してきた大條の頭を手で押し返しそう答える。だが、大條はそれも意に介さない様子でさらに質問を続けた。

「しかしどうして財団に?前の依頼人の方はどうされたんです?」

首を傾げながら仲田を見つめる大條。既に自らの過去について話してしまっていた間は少し迷う様子を見せたものの、その質問に答えを返した。

「……死んだよ。正直自業自得としか言えない最後だったがな。が、依頼人を守れなかった時点で傭兵としては失格だ。俺はそのまま傭兵をやめるつもりだった。が、」

そう言って静かに先ほどまで食べていた食器に目を落とす仲田。その端には財団のロゴが彫り込まれている。

「その依頼人が死んだときの噂を聞きつけて財団が接触してきたんだ。ここで傭兵の技術を生かして働かないか、とな。」

上を向いて長く息を吐きだす仲田。

「傭兵としちゃあ、金を出してもらえればなんでもいい。俺はこの組織が善か悪かなんて大して気にしていない。これが俺が財団にいる理由だ。つまらんだろ。」

仲田は話を終えると空いた左手をひらひらと振って見せた。もう話を続ける気はないという意思表示だ。上げた左手は、小指が欠けていた。

「いやはやいやはや!いい話をお聞きしました。お返しに私のお話もしましょうか。」
「結構。」
「私の専攻はですね……」

呆れた顔の間を差し置いて自分の話を始める大條。仲田は会話を無視して冷めたカレーを再び食べ始めた。

「それでですね。南米地域での交霊術なんですが……」

話を止める様子のない大條。ふと間が顔を上げると、食堂の入口にマイクを持った白衣の女性が立っていた。

「えーみなさン、休息は取れまシたか?。私は午後のオリエンテーションを担当する間車デス。午後の職種別オリエンテーションを始めマスので、研究職志望の、仮IDがRから始まる方は私につイてきてくださイ。」
「おい、呼ばれてるぞ。」
「でしてね、私はその交霊現象についてある仮説を立てまして……」
「大條!」
「ん?」

我に返った様子で後ろを振り返る大條。周囲の人物が食堂から出始めていることに気が付いて、慌てて席を立った。大條は数歩歩くが、思い出したように仲田の方を振り返る。

「いや~すみません私としたことが。ありがとうございます。あれ?そういえばまだお名前を伺っていないような……?」
「いいからさっさと行け!二度と会わん。」
「つれないですねぇ。それではまた。」

そう言って小走りで食堂を出ていく大條。その大條と入れ替わるようにして制服を着た男が入れ替わりに入ってきた。

「えー、Eから始まる人の午後オリエンテーションを担当する、相澤です。該当する人は着いてきてください。」

食堂に残っていた者の半数が立ち上がる。見ると、食堂に入ってくる際に見かけた高校生ほどの男子も立ち上がっていた。椅子を引き、仲田も立ち上がり、集団に加わる。白いリノリウムを20の靴が叩く音が食堂の外へと消えていった。

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