
そうですね、聞いたことはあります。
元々車掌さんだったんでしたっけ。はい、無理心中だったと。確か、6歳になったばかりの娘さんとでしたね。お気の毒です。
いや、そこの駅の人だったんですね。それは初耳でした。ええ、丁度今、その駅から出て来たところだったんです。
賄い食べるのが遅くなっちゃって、終電間に合うかギリギリの時間だったんですよ。バイト先から駅まではダッシュで10分くらいの所にあるんで、かなり焦ってました。それで、ホームに駆け込んだら丁度電車が入って来て。「良かった間に合った」と思って、ドアが開いて一歩乗り込んだところで、足を止めたんです。
車内の色んなところに吊革が吊ってあるんですけど。そのひとつひとつに、リカちゃん人形っていうんですか?あれがぶら下がってるんです。ちょうど首の付け根を、輪っかの所に引っ掛ける感じで。
なんか、脳みそが考えるのやめちゃって。左足だけ踏み入れまんま固まっちゃったんですよね。そしたら。
「のらないの」
吊るされてる人形から、確かにそういう声が聞こえてきたんです。それも1つだけじゃなくて、人形全てが喋ってるみたいに、ありとあらゆる所から。
「のらないの」「のらないの」「のらないの」って。
踏み入れてた足を戻したと同時に、ドアが閉まりました。電車が動き出したら、中の人形も、ぶら下がったまま揺れてるんですよ。まるで僕のことが可笑しくて、身体を揺らして笑ってるみたいに。
かたかたかたかたかた、って。
電車が闇の向こうへ見えなくなったところで、ふと時計を見たんです。スマホと見比べて気付いたんですけど、ちょっと時間が狂っちゃってたんですよね。
終電は、もう10分も前に出てました。
よくよく考えたらおかしかったんです。終電前とは言え、ホームの中に自分以外に人が全く見当たらない。すごく嫌な予感がして、とにかく駅から出ようと思って改札をくぐろうとしたら。
「最終電車が参ります。お乗りください。」
やたら背が高い駅員さんに、改札横の駅員室で呼び止められました。
いや、背が高いっていうのは勘違いだったんですよね。その駅員さんは上の方から、部屋の天井よりずっと上から吊り下がってきてる吊り革に、首をどう見ても無理矢理に嵌め込んで宙吊りになってたんです。首根っこから上は赤黒く変色してて、地面に着いてない足をジタバタさせながら。
「お乗りください。お乗りください。お乗りください。」
僕は定期を出すのも忘れて、慌てて駅から飛び出しました。
まあ、そんな訳で今こうしてタクシーに乗ってるんですけど。
下らないって思ってます?でもついさっき本当に見たことなんですよ。今だって心臓がバクバク音を立ててるんです。どうも、昔から心配性な質なんですよね。
だから、ねえ。
運転手さん。
その、バックミラーに吊り下げてる人形なんですけど。
お願いだから、外してもらえませんか。