色彩を欠いた狭い聴取室で男が足を組んで座っている。糊のきいた白衣を着ているせいか、いかにも研究員らしい計算高く理知的な雰囲気を醸し出すことに成功している。まもなくしてもう一人の研究員である佐野さの研究員が入室して男の向かいに座った。佐野の双眸には相手を非難するような色が宿っているが、その瞳に映された男は恐縮するでもなく佐野をただただ見つめ返している。足も組んだままだ。これから彼への尋問が始まるというのに。最初の一言を発したのはインタビュアーである佐野ではなく、尋問される方の男だった。
「私は相内あいうちと申します。貴方達が住む宇宙の並行宇宙から来ました」
相内は頼まれていないのに何でもないような調子で自己紹介を終える。胸襟を開いてはきはきと喋る様子が、かえって佐野の心証を悪くした。それでも佐野は慇懃な態度で応える。
「ご丁寧にありがとうございます。並行宇宙物品収容担当の佐野と申します。これから、相内さんと仰いましたか、あなたへの初期収容インタビューを始めます」
「はい、よろしくお願いいたします。いやあ、緊張しちゃうな。なにせ今までインタビューをされる側というのは経験がないもので」
「そうですか。ちなみにこれは尋問ですので、私からの質問に答える以外での不規則な発言は慎むようお願いいたします」
「ああ、これは失礼。なるほど、そういえばうちでもそんな感じだったな」
咎められたにもかかわらず、相内は悪びれもせず相好を崩した。佐野は小さくため息を吐いた。長い尋問になりそうだ。
「では改めてインタビューを始めさせていただきます。まず相内さんがこちらの世界に来た経緯を教えていただけますでしょうか。発言の許可を与えます」
「いたって簡単ですよ。並行宇宙に飛べるような宇宙船の類に乗ってここに来た。それだけです」
すました態度でとんでもないことを言い出したが、佐野は事務的な相槌を打ちながら手元のノートにメモをとる。佐野にとってはこの狭い部屋で繰り広げられる日常茶飯事に過ぎないのだ。
「貴方がこちらの世界に来た理由をお教え願えますか」
それを聞いた相内は片手を頭に添えながら七面倒くさいといったように首を横に振った。
「そんな回りくどい尋問はそこまでにして、勿体ぶらず率直に言いましょうか。私は貴方達と同じ人間なんですよ。私が元いた宇宙の食物も大気も、果ては我々のDNAの組成も貴方がたのと皆同じ。だから私は貴方達と違う存在でないわけがないんです」
「私の問いに答えていませんね」
ノートに落としていた視線を相内に投げかける。この敵意ある視線のおかげでただでさえ狭い部屋に閉塞感が増した。
「補足しておきますが貴方が正常か、はたまた異常かの判断を下すのは我々です。貴方が本当に我々と生物学的に同質かどうかは生理検査等を済ませなければなんとも言えないでしょう」
「それはごもっともなことで」
あっけらかんとした様子で答えて付け加える。
「宇宙によってやり方は違うとは思うんですがね、早いところ私の検査を済ませた方がお互いにとって損はないんじゃないですかねえ。私の証言がどれほど信用のおけるものなのか、貴方は今判断しかねている。そして私も私で自分の正直な物言いが聞き入れられず挙句の果てになんの異常性もないのに異常性ありと判断されて人体実験に供されるなんてごめんなんですよ。どうです、ここらで休憩がてら、私の検査を済ませておきません?」
佐野はこの時点で面倒くさくなっていた。佐野は室外の研究員にインタビューを中断して相内を検査に回してよいか判断を仰いだ。佐野も佐野で、今すぐ目の前のこいつを短時間でもいいから検査の連中に預けておきたくなったのだ。反応は良好だった。
「分かりました。確かにインタビューをすぐに行うよりも、対象の知能検査をして知性の有無を確認してからの方が捗りますからね。それでは別室で検査をするのでついてきてください」
「貴方達のやり方に任せます」
自分から検査を申し出た割には緩慢な動きで相内は席を立った。
数十分後、簡易的な検査を済ませた相内はさも大儀そうにパイプ椅子にどっしりと腰を沈めた。一方佐野は音を立てずにするりと着席した。開口一番はやはり相内からだった。
「お分かりいただけたでしょう。私にはなんの異常性もなく、貴方達財団への敵意はありません」
勝ち誇ったように鼻を鳴らす。佐野はこの不遜な態度に対してそこまで腹が立たなかった。というのも、この検査結果は自らの経験則から想像がついていたからだ。
「貴方が安全であることは分かりました。それでは先ほどの続きと参りましょうか。貴方はなぜこちらに来たのですか?貴方の宇宙が滅亡の危機に瀕しているとか?」
相内は失笑して首を横に振る。
「ではなぜ」
そう問われた相内の顔から表情が消えた。
「嫌になったんですよ。あっちの宇宙での自分の業務が」
「はい?」
「毎日毎日なんだか素性の知れない物品やら現象やらを馬鹿みたく確保収容保護、確保収容保護。そのおかげで命の危険に何度も直面してきました。それが仕事だと言われたらそこまでですが、それにもうほとほと嫌になってうちの財団の宇宙船をパクってここまで来たわけですよ」
「つまり貴方は我々の財団の役割を果たす組織に奉仕していたわけですか」
「奉仕ねえ」
相内は耳の穴をほじる素振りをして指に息を吹きかける。
「奉仕したんだかしてないんだか」
「では貴方の望みは何なんですか」
佐野も釣られて投げやりな語調で質問を浴びせる。相内は待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「さっきの検査で私には加害性がなく、現実改変などの厄介な能力を持ち合わせていないことはお分かりいただけましたね。しかし、それも今のうちかもしれませんよ?今後変な気を起こして収容違反を起こすかもしれないし、外宇宙からここに来る過程で変な能力を身につけていてそれがまだ発現していないだけかもしれない。更に付け加えるならば今言ったことがないにせよ、少なくとも私は超自然的な技術を用いて違う宇宙からここに来た。そしてそれら超自然的な技術に関する知識もちゃんとこの脳みその中に持ち合わせています。この事実だけで私が収容に値するのは明白です。更に更に私を元いた宇宙に送り返すのは相当なコストがかかる。ここまで申し上げればもうお分かりですね?私を収容してください。これが私の望みです」
長い長い演説の後に待ち構えていたのは、これまた長い長い佐野のため息だった。早い話が自分は何の異常性もないが、この世界の財団でただ飯を食わせて養えということだ。もうこれ以上、こいつから聞き出すことがあるだろうか。
佐野は緩慢な雰囲気を取り繕おうと咳ばらいをして、インタビューの〆に入った。
「ひとまず貴方は処分が決まるまで抑留の措置が取られます。相応の期間を経た後、貴方の扱いについて連絡がいくことになるでしょう」
「色よい返事をお待ちしておりますよ」
にやついた笑みを背に受けながら、佐野は退室した。
佐野が任に着いてから今のでちょうど50人目になる。並行宇宙から侵入してきた財団職員の人数だ。理由は皆相内が言ったことの焼き直しばかりだった。別宇宙の人間とは言え、同じ志を持つはずの職員がこんなのばかりではこちらの気力まで削がれるというものだ。結局は逃げ得ではないか。オフィスに戻る廊下の途中で突然踵を返し、佐野は車庫に向かった。そこでは、並行宇宙へ連れて行ってくれる夢の機械たちが発射を今か今かと待ち焦がれているのだ。