前巻のあらすじ
日本支部で緊急事態が発生した。財団本部より調査目的で移送されていたSCP-1690が突如拉致されたのだ。犯人は闇寿司の関係者であるとして、エージェント・浜倉は熟練のスシブレーダーであるタカオカイマックスに奪還を依頼。財団の別動隊が突き止めた犯人が潜伏している深夜の廃遊園地に4人は忍び込んだ。そこにいたのはこれまで幾度かタカオと争いを繰り広げてきた多良場可児。彼はタカオへの復讐をもくろんでおり、繋がりがある財団に手をかければタカオをおびき出せると判断したのだ。またお前の仕業かと勝負を仕掛けるタカオに対し、どこかから寿司が飛んでくる……。
驚異的なスピードで射出された寿司によりジェットコースターの支柱が折れる。崩れ落ちるレールに立ち上る土煙。
「くそっ不意打ちなんて卑怯だぞ!」
タカオたちはとっさに回避行動をとり全員無傷であった。
「ふん、おしかったなぁ」
土煙が晴れるとそこには黒い割烹着を羽織る少し頬がこけた男と、この遊園地にはある意味似つかわしいピエロがいた。ピエロはだぶだぶの服とメイクをしておりその感情は一切伺えない。多良場は男に声をかける。
「待っていたぞ、グロテスクさん」
その呼びかけを聞いたカイは唾をのみ込む。
「ちっ、厄介な奴が出てたな」
「お知り合いですか、カイさん?」
「あいつは闇寿司四包丁の一人、人斬包丁のグロテスク。直接話したことはないが、あいつの残忍さは闇寿司の中でも群を抜いているという話だった。なんでも元々忍びの家系だったが様々な流派に入り込んでは術を盗んで主を惨殺、ついには忍者の互助組織である無尽月導衆とやらに指名手配されたらしい」
「そ、そんな奴がなぜ闇寿司に!?」
「そこまでは知らん。ただ闇親方が拾ってきたらしいから、実力は油断できないと思うぜ。かつて忍者だったからと言って奴に忍者の誇りがあると思うな。あいつは殺人嗜好の狂人だ」
「俺様の噂話はそれくらいでいいかねぇ」
グロテスクが痺れを切らしたように言う。
「俺様がこのタラバとかいう奴に協力しているのはヤり応えのあるやつと戦えそうだからだ。とっとと始めるぞ。……闇寿司ピエロ、やれ」
声をかけられた闇寿司ピエロは頷き、両手を大きく上げた。ピエロを中心に次元間スシ・フィールドが広がっていく。不思議な事にこれまでボロボロだったアトラクションが輝きを取り戻し、街頭やランプが灯り出した。そこはまるでかつて人々でにぎわっていた在りし日の遊園地のようであった。
スシ・フィールドの展開が終わるや否や、多良場はタカオたちに呼びかける。
「どうやらスシブレーダーはこちらも3人、そちらも3人のようだな。それなら特殊ルール"サーディンThird In"で勝負をしよう」
「サーディン?なんだそれ?」
「はやい話が3vs3での同時バトル。先に3人ともやられた方が負けだ。簡単だろ?」
初めてルールを聞いたタカオとマックスに対し、闇寿司にいた経験からサーディン経験のあるカイは耳打ちする。
「このサーディンというルールは闇寿司がまとめて相手を葬り去るために作ったルールだ。3vs3とは言え状況次第では1人で3人の攻撃を受けることもある。なるべく人数有利を作らないことがポイントだ」
「なるほどな……ありがとう、カイ」
「おいおい、タラバァ。せっかくの舞台なんだからそんなありきたりなルールだけじゃつまらねぇだろぉ!?」
「な、なんだと?」
グロテスクの言葉に呼応するように、タカオたちと闇寿司の間に巨大なスシブレードバトルフィールドがせり上がってくる。そのフィールドは回転テーブルの上にいくつものティーカップが載っているステージをとっており、さながら遊具のコーヒーカップのようであった。
「ワ、ワッツ!?こんな地面が回る上に障害物だらけの場所で戦うですか!?」
「はっ、表のスシブレーダーは軟弱者だなぁ?これぐらいで戦う気が失せるたあなぁ」
「そ、そんなことないでぇす!やりまぁす!」
にやりと笑うグロテスク。
「決まりだなぁ!いいよなタラバよ?」
「勝手な真似を……まあいいだろう」
「さあバトルだ!寿司を構えなぁ!」
「望むところだ!」
タカオ、カイ、マックスは既に臨戦態勢だ。闇寿司側も気迫を増していく。両者の視線が交差する。
3、2、1、へいらっしゃい!
Rule: Third In
Battle Field: Coffee Cup Field
タカオ (サルモン) カイ (ハンバーグ・グローリー) マックス (ベイロール)
vs
多良場可児 (ハッシュドポテト) グロテスク (厚切り上タン) 闇寿司ピエロ (たこ焼き)
Battle start!
6人は一斉にスシを回しだした。回転する床の上を闇の寿司たちは慣れたように動き出すが、タカオたちのスシはそうもいかない。
「わっ、わわっ!」
「進路が……取りづらいです……!」
コーヒーカップに激突しかけるサルモンに、蛇行を続けるカリフォルニアロールのスシブレード、ベイロール。
「落ち着け!流れにスシを任せるんだ!」
「わ、わかった!」
カイのアドバイスを受けて次第に順応し出す2人。一方闇寿司側は既に特殊ステージに慣れたもので、早くも攻撃態勢に移っている。多良場が操るハッシュドポテトは表面の凹凸が大きく擦傷性が高い。グロテスクの上タンは肉厚で攻防共に高いステータスを有する。
「喰らえ!」
「危ない!地面の流れに乗って加速してよけるんだサルモン!」
すんでのところハッシュドポテトの攻撃をかわすサルモン。
「今度はこっちの攻撃の番だ!行け、サルモ……なっ!?」
タカオが驚くのも無理はない。数瞬前にぶつかりそうになったハッシュドポテトが姿を消しているのだ。タネを明かせばただ単純にコーヒーカップの影に隠れただけなのだが、視界が開けたフィールドのバトルが常だったタカオは少し動揺を覚えた。その動揺を見逃すまいとグロテスクの牛タンも突進してくる。
「危ない!」
ベイロール表面のとびっこが弾ける。ベイロールは2つのスシの間にインタラプトし、牛タンからの攻撃を守ったのだ。牛タンはまたすぐさまコーヒーカップに隠れる。
「ありがとうマックス」
「どういたしまして!」
「しかしまずいな……この相手のヒットアンドアウェイ。このままじゃジリ貧だ」
「死角だらけでどこから攻撃が来るのかわからないんだもんな……」
困難な状況を見て、マックスは意を決して闇寿司たちに声を荒げて挑発した。
「ヘイヘーイ、ユーたち!そんなタックルで僕たちを倒すつもりですかー?僕の小学校のアメフト部の方が強いタックルしてました!」
「なんだと、この……!おい、あの生意気な外国人からやるぞ!」
「マックス、急に何を……!?」
「敵の攻撃は僕が引き付けます!お二人はその間に作戦を立ててくださぁい!」
「おい、おまえのベイロールはそこまで防御力が高い寿司じゃない。大丈夫なのか」
「まかせてください!今日のベイロールは北海道産とびっこをつけてクッションのようにしてあります!それに……いざとなったら奥の手があります」
「わかった。頼んだぞ」
「さあ、来るです!」
ベイロールはサルモンとハンバーグ・グローリーの前面に立ち、闇寿司からの猛攻をこらえる。必死に避け続けるが全ての攻撃を躱すことはできず、表面のとびっこは段々剥がれていく。
「ベイロール……お願いです耐えてください!」
体力が着実に削られていくベイロールに祈りながら、タカオは思考をフル回転させる。
(どうすれば、どうすればいい……)
懸命に考えるが思考は袋小路に陥る。
(くそっ……思いつかない……!このままじゃマックスの頑張りが……)
(……情けないですね、タカオ……)
極限のピンチにタカオはかつて敗れた強敵、マドンナ・リリーを脳内に思い浮かべていた。
(……この程度も切り抜けられないようでは、私に勝てるのはまだまだ先ですね……)
(で、でも一体この状況を切り抜けるにはどうしたら!)
(……周りをよく見なさい……今のあなたは一人で戦っているわけではありません……)
(そうだ……俺には、カイ、マックス、二人がいるんだ……!)
(……それに……忘れてはなりません……とても大事なこと……それは……)
(ソ ー シ ャ ル デ ィ ス タ ン ス)
「カイ!マックスから距離を取って離れるんだ!」
「何か思いついたか!よし!」
タカオとカイはマックスからそれぞれ逆方向に、バトルフィールドに沿って散開した。
「マックス!右から来るぞ!」
「!!わかりました!」
「なるほど、一人だけの視点だと死角が生まれるが、角度を変えて6つの目で見れば死角はほとんどなくなる……!」
「そういうこと!ホントは浜倉さんに手伝ってもらって8つの目で見たいんだけどさ、さすがに3vs3で4人目はよくないだろ?」
「右!」「左!」とお互いに声を掛け合い闇寿司の攻撃を躱していく。
「タカオさん……ありがとうございます!でも、そろそろ限界みたいです……」
「ふんっ。どうやら俺たちの攻撃に対応し始めたみたいだな。だが遅い!もうベイロールは瀕死状態じゃねえか!」
多良場の指摘通り、ベイロールのとびっこは全て潰れ、内部の海苔が緩み始めている。
「次の一撃でバーストだ!」
ハッシュドポテトが加速し、ベイロールの中心目掛けて猛烈な突進を仕掛ける!
「タカオさん、カイさん、僕とベイロールはもう終わりだけど……勝ってくださいね……!」
「おい、マックス……何をする気だ……!?」
「いつものルールなら使えないけど、このルールなら使える奥の手……」
「じゃあな外国人野郎!喰らいやがれ!」
「終わりなのはそっちです!ベイロール、"OKIMIYAGE"!!」
ハッシュドポテトがベイロールにまもなくぶつかる距離で、ベイロールは巻いていた海苔を自分で引きちぎった。解き放たれるアボカド、カニカマ、キュウリ!至近距離で放たれた具材にハッシュドポテトは躱すこともできず正面からクリーンヒットする!
「馬鹿な!自爆攻撃だと!?」
大ダメージを喰らうハッシュドポテト。だが完全にとどめを刺すにはいたっていない!
「くそっ。体勢を立て直さねえと……」
「逃がさねえよ!!」
マックスの男気に答えんとカイが追撃を試みる。ハッシュドポテトは移動も怪しくなっており一撃喰らえばバーストは免れない。
「グ、グロテスクさん!私を守れ!」
だが、グロテスクも闇寿司ピエロもその懇願を無視する。
「お、おい!助けてくれ!ま──」
「死にやがれ!」
カイのハンバーグ・グローリーがハッシュドポテトを貫く!
「よし!これで2vs2に持ち込めましたね!」
「ああ、浜倉さん。マックスのおかげだ」
「エヘヘ……あとは頼みました」
喜ぶタカオたちに対し闇寿司側は険悪な空気が流れる。多良場がグロテスクに食って掛かった。
「ふざけんな!何故俺を助けなかった!十分間に合う距離にいただろ!」
「ふん……」
「おい!答えろ!」
「てめぇが雑魚だからだよぉ」
「……なんだと!」
激昂する多良場に対しグロテスクは冷徹な声で返す。
「雑魚はここから消えるんだな」
グロテスクは腰から長い刃渡りの包丁を抜き空間を斬りつけた。スシ・フィールド空間が破れて開いた穴に、多良場はなすすべもなく吸い込まれていった。
「おいおい仲間割れか」
「はっ、あんな小物を仲間だなんだと思ったことなんざ一度もねぇ。足を引っ張る奴を処分しただけだぁ」
睨み合うカイとグロテスク。
「生意気な野郎だなぁ。ようし次はお前を殺すか。おい闇寿司ピエロ、お前の力を見せてやれ」
頷いた闇寿司ピエロは片手を前に出す。先ほどまであまり動きをみせなかったたこ焼きが回転速度を増しハンバーグ・グローリーに襲い掛かる。だがカイは巧みにハンバーグ・グローリーを動かしたこ焼きをいなす。
「タコ焼き……フワフワした生地で多少の衝撃吸収性はあるが大した攻撃力もない。そんなのでこのジューシーなハンバーグに勝てると思ったか。トドメを刺すんだ」
たこ焼きの軌道に合わせるようにしてハンバーグ・グローリーを接近させるカイ。誰の目に見てもたこ焼きが致命的な一撃を喰らうように見えた。しかし。
ハンバーグ・グローリーはたこ焼きの下を通り抜けた。
目を疑うカイ。タカオや浜倉もは自分の目をこすっている。なんとたこ焼きが宙に浮かんでいるのだ。
「な、なんでぇすかアレ!?」
「フハハ!驚いたかぁ!?コイツ……闇寿司ピエロはいわゆるサイキッカーでなぁ。サイコキネシスで物体を浮かせて自在に操ることができるのだ!」
驚く一同。
「何っ!サイコキネシス!?そんなのアリかよ!?」
「ズ、ズルいでぇす!」
ぶーぶーと抗議するタカオとマックス。なお、スシブレーダーも似たようなものなのでは?という浜倉の呟きは風にかき消された。
「まぁ慌てるな。あんな小細工程度に俺は負けない」
「けどどうするんだ?あんな空中にいたらこっちの攻撃は当たらないぞ」
「見てな」
浮いているたこ焼きの周囲で待機するハンバーグ・グローリー。相手の攻撃を誘っているようだ。たこ焼きはそれに呼応する形で動き出す。あたかもピエロのボールのように激しくバウンドし始めた。側面からの攻撃耐性は優れているハンバーグ・グローリーだが、真上からの攻撃をくらうとどうなるかは前例がない。カイは慎重にたこ焼きの動きを観察し攻撃のチャンスを見伺う。
「なるほど、攻撃してくる時は地上にまで落ちてこなければいけない。それを狙う作戦か」
「それで通れば苦労しないんだがな」
カイはハンバーグ・グローリーに攻撃の指示を出す。バウンドの最下点、弾む瞬間を狙う。だが当たる瞬間、たこ焼きは落下を止めふわりと上昇した。
「ほらな。まあ予想通りではある」
「じゃあどうするんだ」
「当たるまで試してみるさ」
再度カイはハンバーグ・グローリーをたこ焼きに接近させる。
「何度やっても無駄だぞぉ?」
「どうかな」
たこ焼きが下がっていく。ハンバーグ・グローリーはあと数cmのところまで近づいた。たこ焼きは挑発するようにまた浮上しようとするが──
「いまだグローリー!撃て!」
カイの声に応えてハンバーグ・グローリーはその内側からチーズを噴き出した。たこ焼きは回避が間に合わずチーズまみれになってしまう。
「油断したな。今日のグローリーはチーズインハンバーグだぜ」
チーズが付いたたこ焼きは重みと重心のズレで操作性が落ちてしまった。
「タカオ来てくれ!」
「わかった!」
サルモンが近寄りネタを傾ける。ハンバーグ・グローリーは真っ直ぐ加速しサルモンの上を滑りぬける。傾いたサルモンの上を通ることで斜め上方に向けられたベクトルは、動きが鈍くなったたこ焼きを捉えた!
「「いっけぇーー!!!」」
サルモンの脂でさらに加速したハンバーグ・グローリーは空を飛んだ。射出された肉の砲弾に哀れに浮遊するたこ焼きは撃ち墜とされた。
「よーしっ!これで2vs1でぇす!」
「あとはあのグロテスクとやらをやるだけですね!」
危機的な状況をよそに、グロテスクは余裕をみせる。
「へぇやるなぁ。闇寿司ピエロを倒すたぁ」
「どうだ、そろそろ降参したほうがいいんじゃないか」
「まだまだ閉幕にははやいぜぇ。闇寿司ピエロ、やれ」
「闇寿司ピエロは倒したぞ!」
「違う違う。倒れたのはただのたこ焼き。こいつ自身はピンピンしてらぁな」
すると闇寿司ピエロはサイコキネシスでコーヒーカップを浮かせ──中のコーヒーをフィールドにぶちまけた。
「おい!こんなフィールドじゃ戦えないぞ!」
シャリが濡れてしまえば握りがほどけやすくなる。地面が濡れた環境でスシブレードなんてもってのほかなのだ。フィールドにコーヒーがまだらにばらまかれたことで移動範囲は大きく制限されることになった。
「しまったカイと分断された……!」
「大丈夫だ。向こうも迂闊には近づけまい」
「それが近づけるんだなぁ」
なんと厚切り上タンが先程のたこ焼きと同様に宙に浮かび上がった。コーヒーの海を飛び越え
ハンバーグ・グローリーに強襲する。
「やっぱりズルいでぇす、アレ!」
「くっここは私が!」
闇寿司ピエロに向けて浜倉は銃を構えるが、カイはそれを止める。
「やめとけ。闇寿司には二箸真空握という技がある。銃弾を放った者にその銃弾が返ってくるぞ。それにここはスシ・フィールド下だ。銃なんて大したダメージにならない」
「じゃ、じゃあどうしたら!このままじゃ二人とも上空からなぶり続けられて終わりですよ!」
「その通り。もうチーズとかいう手は通用しねえからよぉ?」
ハンバーグは限られたスペースで上タンを受け流し続けるがダメージは次第に蓄積していく。
「さてどうしたものか」
「何落ち着いてるんですかカイさん!?」
「見ろよタカオの顔。これが諦めてる顔に見えるか?」
「ふふっ。カイにはかなわないな」
「俺は何をすればいい?囮か」
「ああ。あいつを少し引き付けといてくれ」
タカオは大きく深呼吸をする。呼吸に合わせたようにサルモンの回転数が増していく。
「OK。サルモンも準備できたみたいだな。……行くぞ!」
高速回転を維持したまま、サルモンはコーヒーの海に飛び込んだ。その方向は上タンとは逆方向だった。
「おいおい諦めて入水自殺かぁ?」
「違う。向かう先は──真ん中だ!」
回転数を上げコーヒーを弾きながら進むも、次第に黒く染まっていくシャリ。
「頑張れサルモン!もう少しだ!」
「ギャハハ!もう米がぐしゃぐしゃじゃねえかぁ!」
タカオの耳にはグロテスクの嘲りは入っていない。ただ相棒を信じ続けた。そして相棒はついに目的の回転床の中央にたどり着いた。
「よくやったサルモン!その場で高速回転だ!」
激しく回り出すサルモン。加速、加速、加速。
「す、すごい回転でぇす!」
「そうか!自身の回転だけでなく床の回転も合わせて加速しているんだ!」
凄まじい回転にサルモンに付着していたコーヒーも、地面にばらまかれていたコーヒーも遠心力で飛ばされていく。
「!!」
「は、浜倉さん竜巻が!猛烈に回転させてるサーモンの周りにコーヒーの竜巻が!」
そして勢いを増した竜巻は、コーヒーを弾け飛ばしながら上タンに突進し始めた。
「馬鹿な、竜巻だとぉ!」
「ふっ、どうやら勝負あったようだな」
「おいお前のハンバーグもまきこまれるんだぞ!」
「忘れたのか?このルールはサーディンThird In……最後に一人でも立っていれば勝ちだ!やれタカオ!」
「ああ!くらえ!」
「必殺、サイクロンスカンディナヴィア!!」
「ぐ、ぐわああぁっ!!」
空気の渦に弾け飛ばされ上タンとハンバーグ・グローリーはフィールドアウト。そして竜巻が止んだとき、フィールドではサルモンが静かに回っていた。
タカオは大きく息を吐きだし、言った。
「俺たちの勝ちだ!!」
駆け寄るマックスと浜倉。カイはハンバーグ・グローリーの残骸を探そうとしたが、竜巻で吹き飛んでしまったようだった。
次元間スシ・フィールドが解けていく。先程まで賑やかな雰囲気であった遊園地は、静まり返った廃遊園地に戻っていった。
「さあグロテスク。SCP-1690を返してもらおうか」
浜倉は銃を突きつけながら言う。
「ありえねぇ……ありえねぇ……俺が負けるなんて……これじゃ人を斬れねぇ……」
グロテスクは地面に膝をつきブツブツと何かを呟いている。
「おい、聞いているのか!」
「うるせぇ!」
グロテスクは包丁を抜き、横に薙ぎ払った。
「そうだぁ……全員斬っちまぇばいいんだぁ……そうすれば俺の勝ちだぁ……」
「まずい!」
浜倉は咄嗟に判断し発砲を試みたが、拳銃を持った右腕が上に引っ張られた。
「何っ!」
「くそっサイコキネシスか!」
「しまったあのピエロまだ居やがったか!」
闇寿司ピエロはタカオらから少し離れた場所で手を挙げている。相変わらずその表情はメイクでわからない。グロテスクは不敵にわらう。
「そうだぁ……お前ら皆殺しだぁ……!」
そう言うとタカオ、カイ、マックス、浜倉、4人全員が気を付けの姿勢で宙に浮かび上がった。
「わわっうわあああ!」
「くう、あのピエロ、まだこんな強力な超能力を使う余裕が残っていたとは……」
「卑怯者が!負けを認めろ!」
「うるせぇうるせぇうるせぇ!お前らはここで俺に斬り刻まれるんだぁ!」
グロテスクは黒く染まった人斬り包丁を軽く振る。
「さあ誰から斬ろうかぁ……誰がいい血しぶきを上げるかなぁ……?」
「うう……やめるでぇす……」
「くそ……こんなことで……」
「お、おいグロテスク!やるなら私からやれ!この子たちを連れてきたのは私だ。責任は私にある!」
「浜倉さん……」
「ほぉ……いい心がけだぁ。じゃあいくぜぇ!」
グロテスクは浜倉の前に立ち包丁を振り上げた。
「見苦しいぞ」
どこからともなく飛来した寿司がグロテスクの手を打った。
「なにぃ!」
振り返るグロテスク。そこには大柄な男がいた。男は牛刀を抜き一閃、グロテスクを斬り捨てた。
「お前ぇ……ストーン……どうしてここにぃ……」
「オヌシを粛清しに来た。所かまわず人を斬りつけあげくスシブレード勝負の負けも認めない始末。オヌシのような奴が寿司を回す資格はない」
ぐったり倒れるグロテスク。タカオたちはサイコキネシスの呪縛から解き放たれ地面に下りた。
「助かった……」
「あれ?まだ闇寿司ピエロは無事だぞ?なんで解放されてるんだ?」
「ああ、こやつか」
ストーンと呼ばれた男は闇寿司ピエロの前まで歩いていく。闇寿司ピエロは微動だにしない。ストーンはピエロの装束を引っぺがす。その下には人間の体はなく木でできた人形の体があった。
「これは……絡繰り人形!?」
「そうだ。闇寿司ピエロはグロテスクが操っていただけだ。スシブレードも上タンとたこ焼きを同時に回していたにすぎん」
「そうか……じゃあサイコキネシスもですか……」
「そうだ。もっともサイコキネシスというが忍術由来の神通力だという話だがな」
ほっと一息つくタカオとマックス。だがカイと浜倉は警戒を緩めない。
「あなたも闇寿司の人ですか?」
「ウム。申し遅れた。私は闇寿司四包丁が一人、肉包丁のストーンだ。先ほどは我が同胞が失礼した」
「次の相手はお前か?」
「誤解召されるな。私は貴殿らと戦うつもりはない。ここへは不埒者の処分に来ただけだ。我々としても強大な財団と表立って対立するのは避けたい。SCP-1690やらもお返しするので手打ちにしてくれぬか」
「本当か?信じられないな」
「無理もないだろうな。だが私は行動で示すほかあるまい。案内しよう」
ストーンに先導され遊園地を進む一同。罠が無いかと警戒は怠らない。
「この先のサーカステントに多良場はSCP-1690を幽閉しておった。なぜあのような小物が闇寿司にとっても不要なものをわざわざ盗み出したのか、理解に苦しむ」
「なあカイ……この人ホントに闇寿司の人なのか?何というかやけに優しくないか?」
「闇寿司も一枚岩ではない。色々事情があって闇にいる者もいる。だが、ストーンは間違いなく闇寿司の一員だ。平気で人を殺せる強者だ」
「裏切者のカイ殿に強者と言われるのは悪い気がせぬな。どうだ、闇寿司に戻らぬか。ベルナデットも喜ぶぞ」
「……俺は二度と闇には堕ちない。暁の道をいく」
「残念だ。何もなければ力ずくでもというところであるが、今宵は貴殿らに借りがある。次機会があれば仕切り直して是非とも手合わせしたいところだ」
「ああ。闇寿司にいたころより俺は強くなった。別物だ。以前やられたようにはいかない」
「おっと。ここだ、着いたぞ」
テントの中には檻に囲まれたSCP-1690がいた。何か危害を加えられたこともないようで、非常に落ち着いた状態であった。
「SCP-1690。大変な目に遭わせてしまって申し訳ありません。私は財団のエージェント・浜倉です」
「浜倉殿。攫われたあっしを助けに来てくれたんでござんすね。痛み入りやす」
無事を確認した後、浜倉は司令本部に連絡を取り始めた。
「これで一件落着だな」
「いやぁ一時はどうなることかと思いました……」
「そういえば多良場はまた逃げたのか。今度会ったらちゃんと捕まえてやる」
談笑するタカオらにストーンは去ることを告げた。
「貴殿ら、これで約束は果たしたぞ」
「ああ、疑ってすまなかった」
「では」
テントの出口に向かうストーン。だがSCP-1690は呼び止めた。
「もし、そこの武人。貴方も"すしぶれぇだぁ"とやらなのですか?」
「そうだ。そこの小僧たちもだ」
「あっしは先刻"すしぶれぇど"を見せていただきやした。まさか寿司に斯様な可能性があるとは。あっしが探す道がわからなくなりやしたよ」
SCP-1690の体がもぞもぞ動き出す。海苔がうねうねと伸びていく。
「……な、なんか様子おかしくないでぇすか?」
「あっしは気づいたんですよ。今までの方法ではどうしても技を極められなかった。足りないものを埋められなかった。方法が違っていたんでござんす。きっとこの寿司の可能性の先にあっしの求めるものが──」
SCP-1690の体が膨らんでいく。足元からは海苔巻きが産み落とされ、自転を始める。閉じ込められた檻は壊れ、このままだとテントを埋め尽くさんばかりだ。
「おいストーン!どういうことだ!」
「私も知らぬ!なんだこやつは!」
「これはひょっとして……ピンチ、でぇすか?」
頭上からくぐもった声が響く。
「"すしぶれぇだぁ"の皆さま。あっしに寿司を教えてくだされ」
予告
暴走を始めるSCP-1690。財団の応援が来るまでこの怪物を抑え込まなくてはならない。タカオたちはストーンと共闘して巨大な寿司男に挑む。
次巻『すし詰め、センチメンタル』