夢想の終に
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ざぁざぁ、ざぁ。ゆらりと揺らぐ蝋燭の光の下、青年は筆を走らせていた。表現を抑圧され歪曲された社会、彼の唯一の楽しみは空想の世界をひたすらに綴ることであった。時に薄汚い現実が、時に移ろう幻想が、彼の頭から右手、そして筆を伝い紙面の上に現れ、炭は黒々とその跡を舞うように残した。

つ、と彼は筆を止め、書きかけの半紙を脇にやると、新しい紙を机の上に広げ再び筆を執った。ざぁざぁ、ざぁ。強まる雨は彼の精神をゆっくりと追いつめてゆく。叱責にも似た雨の音。幾度となく両親から浴びせられたら罵声ともとれる。職にも就かず、売れぬ空想を書き連ねるだけの穀潰しであると。

しかし、彼はこの紙面の上でしか安らぎを得ることが出来なかった。積みあがる未完の世界を後目に、今度はどんな世界を作ろうかと彼は思案した。ざぁ、ざぁざぁ。なんとなく、彼は集落の外れに祭られた神様を思い出した。幾度となく村を救ってきたらしい神様。願いを叶える何か。

実はそんな物はこの村だけでなく、世界中のありとあらゆる場所に存在しているんだ。うん、世界をも変えてしまう何かと、それを悪用されないように回収する組織。いや、まて、もっと奇怪な物を集めているかもしれない。人々の未来を守るため、利害問わずに未知の物を集めて分析する組織。

ぁあ、きっとその怪異にも負けぬ強い精神を持って立ち向かう人たちがいるのだ。自分のように無為に日々を過ごすような人間には届かぬような領域。ぁあ、羨ましい。私も、私も、強い意志を持って毎日を過ごしていれば……。私も彼らのようになりたい、なりたい、ぁあ、くそ。どうして私は……。

ぐしゃり、と彼が紙面を握りつぶすと同時に、濁流が瞬く間に部屋へと流れ込み、彼の世界全てを茶色く濁らせた。

ゆめもうつつも、死しては虚でしかない。

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