「あの、サー?」
「何だ、エージェント?」
「えぇと… 実はその… スリー・ポートランドはご存じですね、サー? そこに駐在しているエージェントたちも?」
「スリー・ポートランドは俺たちのメインの取締先だ、エージェント。アホな質問するな」
「はい、しかし… 彼らが何と言いますか… 異常な物を発見したのです、サー」
「俺たちUIUが何の略か分かってるか? 異常事件課だぞ?」
「はい、サー、その通りです、それで—」
「いいからさっさと言え!」
「そこに車があるのです、サー」
「は?」
「スリー・ポートランドに」
「く… 車? しかし…」
「はい、サー、スリー・ポートランドに自動車は存在しないはずです。しかし現に1台あるのです。それも街のど真ん中にです、サー」
「バカにしてんのか?」
「なぁエージェント。俺はこの話を聞いた時、お前がジョークを言ってんのかと思った」
「ジョークではありません、サー」
「黄色のスマートカー。誰が乗り付けたにせよ、明らかにセンスの無い奴だ」
「世間がスマートカーをどう評しているかご存じですか、サー?」
「うん? どう言われてるんだ?」
「今のは質問です、サー。私は世間がスマートカーをどう評しているか知りません」
「…さ、始めるか。エージェント、車がここに現れた時の目撃証言は?」
「上空に出現したとのことです、サー。そして落下しました」
「上空の“道”の有無はチェックしたんだろうな?」
「はい、サー。ありません」
「面白い…」
「それで、あの、サー。じっくり考える前にですね、まずはこの車を外に出す方法を見つけるべきではないでしょうか」
「しかし、害は無いんだろう、エージェント?」
「市民が動揺しています、サー。彼らは車を好んでいません — この通りを下った先にあるキッチンカーは別ですが」
「キッチンカーはあるのか?」
「はい、サー。非常に美味いタコスを売っています。しかし、あれは動きません」
「心に留めておくよ、エージェント。さて、話を元に戻そう」
「無論です、サー。私が思うに、後ろから押してやればこの車を“道”まで転がしていけるかと」
「押す?」
「その、レッカー車を呼ぶわけにいきませんので」
「そりゃそうだ、エージェント。ふん。お前と話してて思うんだがな、なんでスリー・ポートランドは車両進入禁止なんだ?」
「私にもよく分かりません、サー。インフラを心配しているのではないでしょうか? 道路はかなり高価です。それに、街自体がそれほど広くありませんから…」
「いい線突いてるぞ」
「勿論です、サー、私はいつもそうです」
「自惚れんのもいい加減にしろよ、エージェント」
「ユーモアを忘れないようにしているだけです、サー」
「ふん。とにかく… 車をここから出すとしよう」
「押す準備はもう宜しいですか、サー」
「俺はここ3週間ずっと事務椅子に座って過ごしてたんだぞ、エージェント。どういう答えが返って来ると思った?」
「サー、スリー・ポートランドから報告が来ました、それによると—」
「また別の車か?」
「いえ、サー、実はその車を作った犯人を逮捕しました」
「ほう?」
「はい、サー。Are We Cool Yet?のアナーティストでした。彼女は独自に“道”をこじ開け、そこに車のパーツを1つ1つ密輸して組み立て直したそうです」
「すると何か象徴主義的な芸術運動なのか?」
「かなり短かった取り調べによると、その通りです。こちらが書き起こしです」
「…なんでこんなに削除まみれなんだ? さてはうっかり蛍光ペンのつもりで黒マーカーを引いたか?」
「あー、いえ、サー。そのまま載せるには少々卑猥すぎたもので」
「犯人の発言で塗り潰されてないのは“車”と“石油燃料をガバガバ使う奴ら”だけじゃねぇか」
「非常にパワフルな芸術運動の証というやつです、サー。取り調べを担当したエージェントは危うく涙が出そうになったと言ってました」
「面白い。それじゃ、エージェント、今回の事件は既に対処済ってことだよな?」
「はい、サー。ただ — あ、少々お待ちください。電話に出なければいけませんので」
「構わないさ」
「ありがとうございます。ん? あなた — 待ってください。落ち着いて。何を見つけたんです?ああ。へぇ。すぐ知らせます。はい、サー」
「おい、あいつら何を見つけたって、エージェント?」
「ええと、ガソリンスタンドですね、サー」
「ふざけんなよ… 仕事が山積みになるだろうが…」
「はい、あそこで私たちが対処する大抵の事と違って、今回は押し出すこともできません、サー」
「そうとも。なぁエージェント、いっそ—」
「あっ! 失礼、サー、また向こうから電話です。ふむ。成程、それで? えっ。待ってください、それは… はい。あー、ありがとうございます。はい、すぐ知らせます」
「今度は?」
「暴動です、サー」
「おい嘘だろ、何でだよ?」
「その、市民がインフラを不安視しているのです、サー。それというのも-」
「へッ。インフラか。さっきお前が言ってたのは正しかったらしいな、エージェント」
「はい、サー、ですが別な事件が発生しています」
「別な事件?」
「街中の自転車が、えー、自動車に変形したと… あの、サー? そのボトルは何ですか?」
「ウィスキーだ」
「その… 私も頂いて宜しいですか?」
「勿論、エージェント」
「ありがとうございます」
「クソッ、こんな仕事は大っ嫌いだ」
「ええ、サー… 皆そうですとも」