高くそびえ立った本棚は相も変わらず倒れかけており、無数の蔵書はやはり沈黙を保っている。
だが彼は、何かが失われたことを理解していた。
時が経つにつれ、図書館の住民や訪問客は日増しに少なくなった。長らく往来が無かったために、道や扉には埃が積み上がり、遂には堅く閉ざされてしまった。
ロビーを少しずつ進んでいく。彼らのような人やモノ達にとって、此処は最も大きな休憩スペースであり、心地良い我が家であった。しかし今となっては、此処には誰も居ない。彼は漂い落ちる羽を屈んで拾い上げた。羽は自分と同じ色合いをしている。彼にとって、十分過ぎるくらい見慣れたものだった。
ポルチコ1を一つ一つ飛び越していく。図書館の輪郭が段々と鮮明になり、建物の形が間近に見えてくる。彼は最後のポルチコに辿り着いた。
黄昏の日差しが、老木の扉を明るく照らしている。
彼は翼でそっと扉を開く。すると、名も知れぬ香りが、これまた名も知れぬ腐敗臭を伴って、瞬く間に彼の鼻腔を満たしていった。
部屋は思いの外広く、一面果てしない星海のようだった。
彼は明かりを提げながら、室内へと入っていく。
一匹の老いた蛇が、複雑にうねりながらトグロを巻いている。蛇の身体は彼の視界に収まりきらず、巨大な鱗片は己が矮小に見えるほどであった。
大蛇はゆっくりと目を開き、緩慢かつ難儀そうに息を吐くと、再びゆっくりと目を閉じた。
「我は直に死ぬのだろうな」
声は老いた蛇の身から発されたものではない。部屋の各所から、共鳴するように、同時に発されたものであった。
彼は首を振った。「既に死んでますよ、私たちは」
遥か遠方に、一棟の工場がある。
「ソレ」はよく理解していないし、理解したくもなかった
工場には未だかつて、職員が居ない。
己身の禍は、一日の災に非ず
もしかすると、昔は居たのかもしれない。
混沌は来たれり。然らば、混沌とは何ぞや?
だが、もう二度と来ることはないだろう。
日進月歩、白黒付かず
立ち並ぶ煙突は、もう煙を上げることがない。
最果ての地へ、風は立ちぬ
正門に原料が運び込まれることもない。
天変せし時、帰りなんいざ
最後の煙突が、その駆動を止める。
ソレは往き、そして目にした
"普通ではない"モノはこうして終わりを迎えた。
何物も、涅槃へと生まれ変わらん
信仰するものが眼前で消え、還らぬ灰燼と化した時。君の頭には何が響き渡るだろうか?
絶望の鐘の叫喚か?はたまた、希望の鳥の産声だろうか?
君は見聞した。生有れば必ず死が有り、死有れば必ず生が有ると。神はとうに死んでいる。神は既に、一度死んでいるのだ。故に、我等の信仰が変節することはない。引き裂かれし御神体を、我等はパズルの如く紡ぎ合わせ、一つに纏め上げるつもりだ。
我等は「二度目」を意に介さない。
神が死んだ事実は、神の存在証明にも繋がる。
我等の信心は誰もが疑わないものである。今日、我等は神の再びの死を目撃した。明日、我等は自らの両手で、彼を甦らせるだろう。
全ては希望の産声のために。
復活させるのだ。
マーシャル=カーター&ダーク社は数千年に渡って世界に存在し続けた。いや、彼らは企業というよりも、異常を愉しむ理念の化身、系譜というべきだろう。
手中のオモチャが次々と機能を失っていった際、MC&Dはかえって泰然自若としていた。
アノマリーが消失しようとも、彼らは忘れ難いサービスを提供できないわけではないのだから。
ダークが取締役会の首席に収まっている間は、理念が潰えることはないだろう。
実際の所、彼らの商売は以前にも増して繁盛していた。
IT'S NOT COOL.
全てのAWCYメンバーがそれに勘付いていた。
握られている絵筆が自由に動くことはなくなり、バケツ内の塗料も光を放たなくなった。命のように大事にしていた作品も、ゆっくりと消えて無くなっていった。こうした現象は、ひ弱な芸術家達に挫折感を味わわせることとなった。
あの日、あらゆる新聞がある事件をスクープした。
アメリカの某所にて、身元不明の市民が数百人、一斉に飛び降り自殺を図った、と。
芸術既に死す、私も同じだ。
「FBI上層部からのお達しだ。超常事物が減少したんで、えー、我が部署は解散することとなった」
「おっしゃあ!」
……財団?
財団って何だ?
FIN