枢のスシブレーダー
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前時代の文化的な遺産。そこに目を奪われるのは人間もアンドロイドも同じである。
型番EU1-56657876、自らを「クニヒコ」と名乗るそれは、アンドロイドのエンターテインメント、即ち文化に携わっていた。ある時、この機械はかつてスシブレードと呼ばれていた伝統的かつ合理的な決闘の手段を財団データベースからサルベージした。彼はスシブレードを広めGoIとの無駄な争いや破損を減らし、ひいては無くすことを一介の機械でありながらも考えついたのだった。


EU-56657876は考えていた。「スシブレード」という概念の「スシ」とは何なのか、これがずっと記憶領域から離れなかったのだ。一応作り方には「シャリにサビとネタを乗せて握る」と書いてあり、それは理解できたものの、「シャリ」とは何なのか、「サビ」とは何なのか、「ネタ」とは何なのか、これがさっぱりであった。

とりあえずということで彼は試作品を作ろうと試みた。スシは回るということなので、彼は「シャリ」というのはMAV2の集合体なのではと考え、MAV数百機を押し固めて「シャリ」を作成した。

次は「サビ」である。恐らくこれは機械の天敵である「サビ」なのだろうと彼は考えた。なので彼は錆びたベリリウム銅約2グラムを試作したシャリに乗せた。

「ネタ」とは恐らくスシの主たる部分であることは理解していた。1番上に乗る部分だからだ。そしてスシブレードという概念の「ブレード」という部分から、彼は「ネタ」とは「ブレード」の事ではないかと考えた。なので彼はシャリとサビの上に小型高周波プラズマブレードを乗せた。あとは握るだけである。彼は自らの握力を最大出力で振り絞りスシを握った。

結果は失敗だった。彼の作ったスシは回らなかったのだ。何かが、致命的な何かが欠けている。彼はそう踏んだ。

なので彼は「スシ」の元となったとされる「寿司」について調べることにした。彼は財団データベースから「寿司」の記述がある文献を自由時間の間ずっと探した。それが続いて1ヶ月が経った日、やっと見つけた文献である「寿司学」によると「シャリ」とはコメと酢と呼ばれる液体の混合物、「サビ」とはワサビと呼ばれる植物をすり下ろしたもの、「ネタ」とは寿司の心臓であることが分かり、それが彼の頭部に内蔵されているメモリに書き加えられた。そして同時にスシブレードには物理的な「ブレード」を使用する必要もないことも記憶された。

EU-56657876はまたも悩んでいた。改めて本物のスシブレードに必要なスシを作るにはシャリに使うコメと酢、そしてネタに使用する何かが全くと言っていいほどなかったのだ。
まず、第一のコメに関する問題は自分がコメを栽培することで解決できるだろうことは分かっていた。だが、そういう作業はCU3シリーズのヤツらがやるものだった。自分でできるものなのか。それがこのアンドロイドの思考を縛っていた。

前時代、伝説とも呼ばれていたスシブレーダー4はこのような言葉を遺していたらしい。「No Sushi No Life」…スシに人生の全てを捧げた者の覚悟。

これがこのアンドロイドのスシブレーダーとしての魂に火をつけた!5かつての人間にもこの魂はあったが、それがアンドロイドにも宿り、呼び覚まされたのだ!

この魂が宿ってからにはもう止まらない、止められない!彼の記憶領域はスシ・ソウル・パワー6で満たされたのだ!早速、EU-56657876は財団購買部からコメの苗を大枚叩いて購入し、育て方を調べ、育て上げたのだ!金色に輝く稲から、白く光るコメを取り出し、かつて使われていたコメを炊く道具とされる釜に重水素水を入れ、弱めに設定したMRW7を照射し、炊き始めた。自らが機械なので嗅覚を刺激する訳では無かったものの彼に宿ったスシブレーダーの魂が米と呼応しているのをその鋼の心臓で感じていたのだ!

こうしてシャリ作りは次の段階へと進む。シャリに使う酢を作るのだ。EU-56657876はもう既に酢の作り方は理解していた。自らに宿った魂がその製法をアンドロイドではあるものの本能的に理解させていたのだ!材料をかき集め、魂に導かれるまま作られたのは、黄金に輝き、魂の鼓動をボディいっぱいに感じられるような正に"スシ酢"と呼ぶに相応しいシロモノであった!

これでシャリの準備は整った。次はネタである。これはスシブレードの性能、見た目、魂、ありとあらゆるものに影響する言わばスシブレードの心臓である。だがEU-56657876は一切の迷いを切り捨てていた!彼の記憶回路では既にネタとする食材は決まっていたのだ!日本産本マグロの大トロ…スシネタとしてこれ以上の物はないだろう。そうと決まれば出港だ。彼と、彼のスシブレーダーの魂はシャリ8を腕に付けニッポンへと向かったのであった!

日本に到着しEU-56657876は本マグロを先人に倣い一本釣りしようと考えた。そうすることにより自らのスシブレーダーとしての魂はより高い次元へとシフトできると考えたからだ!

さあやることは一つ!沖に出て本マグロを釣り上げることだ!彼はNU9の船頭とスシ勘10に導かれ、海に眩惑機を投げ入れ、気絶した本マグロを手にしたのだ!そして無意識のうちに大トロを見つけ出し、シャリに乗せたのだ!

マグロを捕った後のEU-56657876は急に足が動かなくなった。彼は原因が何なのか考えた。結果、彼はこの不調は海に出た際に入り込んでしまった海水と潮風に晒されたことによる錆びが原因であると判断した。だが原因を突き止めたところで、彼は自分1機だけではどうしようも無くなっていることは分かっていた。なので彼はAMU11の奴らを呼び、運ばれた先でメンテナンスを受けた。その結果、幸いにも後遺症のようなものは残らなかったが、これによってかなりのクレジットが消えてしまった。年に数回行われるメンテナンス以外は結構高く付いてしまうのだ。彼は気を落としたものの彼のスシブレーダーの魂がそれを許さなかったので再び至高のスシを求める旅に出た。

アクシデントはあったが、彼は最後の仕上げであるワサビを求めた。これがなければ締まりがなく、スシに鋼の魂12を持たせることは出来ない。これに気づいたEU-56657876はかつてのワサビの聖地であるシズオカに赴いた。ここに自分の追い求める究極のワサビがある、そう信じて疑わなかったのだ!山中、清流の流れる川の麓、そこでワサビが彼の魂を呼んでいるのを電気信号として感じ取ったのだ!そして彼はそのワサビを手に取り、帰路についた。その途中、偶然見かけた財団の刃物専門店「ITamae」でアンドロイド用おろし金13という調理器具を購入した。そして先人がやった通りに魂を込めてワサビをすりおろし、シャリ上に乗せた。するとなんということだろうか!スシブレードが彼の、彼の魂の電子回路とスシ・エンゲージ14したのだ!そしてこう考えた!このスシブレードがあれば、これ以上破損しない平和的、かつ合理的な決闘ができるのではないかと。

だが彼はスシの魂の声を聞いただけでは満足しなかった!このままではただ先人を真似ただけのものであったからだ!彼は何かオリジナリティを求めた。結果、彼の脳内コンピュータからはじき出された答えとは、この世界の、前時代よりも遥かに進んだ技術を使用し、スシにAIという名の新しい魂を持たせることであった!彼は自らスシの心臓である大トロに、ニューリスター15とメモリスター16を導入し、言わば彼の分身となるスシを作ったのだ!これにより彼と、彼のスシとのスシ・エンゲージの強さは別格のものとなった!

永い年月を経て、先人の云う"魂のスシブレード"が完成したのだ。何か、名前を付けねばなるまい。EU-56657876はこのスシとその魂の旅から感じたことを名前にした。「オートロマシーン・オブ・ピースフル」…スシブレードで平和を実現しようとするアンドロイドの魂の意志と強さの結晶。

彼はそれを腕に身に付け、スシブレードを広めるためのスシブレーダーを育成するため、湯のみとスシを回すための割り箸を用意し、かつてエドと呼ばれていたスシの聖地、ネオ・トーキョーに小さなスシ店を開いた。AMUの奴らに海で運ばれた時のメンテナンス費や旅費で店を造る際のクレジットにあまり余裕がなく、想像よりも小さくなってしまったものの、その出来は文句なしであった。さて、アンドロイド達には差はあれども好奇心がある。興味を持った者が数機、この店にやってきた。EU-56657876は彼らにスシブレードの極意を授け、魂の覚醒をさせ、自らのスシブレードを握らせた。そうしたスシブレーダー達は各地に散らばり、スシブレードは世界中のアンドロイド達に広まっていくことになった。


今日、世界中のありとあらゆる場所での争いはスシブレードにより解決されるようになり、財団の軍事予算はスシブレード予算に置き換えられ、従来と比較して90%の予算削減に繋がった。ここで浮いた予算は人類復興のために使われるのだろう。それだけでない。人類復興を成し遂げた日にはすぐにでもスシブレードができる土壌も整ったのだ。
EU-56657876の意志を反映するかのように今日も世界中がGoIやスシブレーダー型ナノマシン17に対抗するため、アンドロイドの無機質なものではあるもののお馴染みの声で溢れ返るようになった。

「3」

「2」

「1」

「ヘイ、ラッシャイ」

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