──絵本で見たんだ。
ずーっとずーっとむかしに大きな星がふってきて、恐竜はみんな消えちゃったんだって。
だからぼくは、テレビでたくさん星がふってくるって聞いてこわかった。
ぼくたちも消えちゃうんじゃないかって、そう思ったから。
お父さんにこの話をしたら、消えるわけないだろってものすごく笑われちゃった。
何もこわいことなんかないぞ。ながれ星はとってもきれいで、ここからずーっとずーっと遠くのお空でながれた星が光って見えるだけ。それにおねがいごともかなえてくれるんだ、すごいんだぞ!ってお父さんは楽しそうに言った。
ぼくはワクワクした。
だから、寝る前にいっしょに見てみようかってなったんだ。
12月の夜はさむいから、コートを着て、お父さんはぐるぐるにマフラーをまいてくれて、ひざに毛布もかけてくれた。
ぼくはベランダのいすに座って、あたたかいココアを飲みながら二人でその時を待った。
しばらくじっと探していたら、ぼくはついに見つけたんだ。
ちかっ、ちかっ。
いつものお星さまのほかに、すーっとながれて消えていった。あっという間だった。
ながれて消えるまでに3回ねがいごとを言わなきゃだめなんだぞ?って、お父さんは言った。
こんなの速すぎてむりだよ!って、ぼくはお父さんと笑いあった。
お父さんの言っていたことはほんとうだった。
ながれ星はあっという間に消えちゃうけど、とってもきれいで……ぼくはなんだか、むねのおくがあつくなったんだ。
ちかっ、ちかっ。
また一つ、二つ、星がながれていった。
3回言うのはちょっとむずかしかったから、ぼくは空を見上げながら、心のなかでねがいごとをした。
──お母さんががんばれますように。
──妹が元気にうまれてきますように。
──お父さんみたいにつよくなれますように。
──お母さんみたいにやさしくなれますように。
──そして、妹をまもってあげられますように。
ちょっとよくばりだったかも。
でもぼくは……
ぼくはあした、お兄ちゃんになるから。
いろんなことができるようになりたいんだ。
それから、お父さんにおやすみを言ってベッドに入った。
だけどむねのおくがあついまま、眠れなかったんだ。
ぼくはもう一度、あの星空を見ておきたくてそっとカーテンをあけた。
まっくらなへやから見た星空は、やっぱりきれいだった。
いつもより明るく感じたのは、ながれ星のせいなのかな。
ぼくはきっと、この夜のことをわすれない。
大人になっても、世界中のみんながわすれちゃっても。
ぼくだけは、ずっとずっとわすれない。
……はやく妹に会いたいな。
妹が、希のぞみちゃんがうまれたらね。おはよう、待ってたよって言ってあげるんだ。
だから、お父さん、お母さん、希ちゃん。
おやすみ、またあした。
不思議な光景だ。
こんな景色を、かつて見たことがあっただろうか。
どうやって此処に辿り着いたかなんて、正直覚えていない。
けれど確かに僕は今此処に居て、程なくして跡形もなく消えるのだろう。
眼下に広がる街を想う。
向かいに住む優しい老夫婦。
息子夫婦と孫達に囲まれながら、金婚式のお祝いをしたそうだ。
隣の家族にはもうすぐ妹が生まれる筈だったのに。
あの子は今どんな夢を見ているのだろうか。
そうだ、駅に貼られていたポスターの迷い猫。
無事に飼い主のもとに帰れたのかな。
賑やかな公園も。
通いなれた道も。
僕が育った家も。
この街に住む、たくさんの知らない人達も。
等しく、深い深い眠りにつく。
ありふれた日常を、あたり前の幸福を、僕は呑み込んでいくのだろう。
わかってるさ、僕が間違ってるってこと。
これがどんなに愚かな行為かってことも、ちゃんと。
決して赦されることなどないんだ。
──それでも僕は。
フィナーレを彩るように流星は降る。
目の前で紐がきらりと輝いて、そして。
僕は、静かに手を伸ばした。