財団施設設備管理規定 第7条第6項
- 収容設備及び実験設備を含む配置人数30人以上の管理施設において、1000度以上を出力可能な焼却設備の設置を禁ずる。
よぉ新入り、最終処分場の臭いには慣れたか?
怒るなよ。お前が来たくてここに来たんじゃないのは重々承知してんだから。希望を出した部署がどこかは知らないけどよ。科学部門か収容部門だろ、どうせ。何十年も花形のままだからな、殉職率は高いくせに。だが残念、お前が働く現場はここだ。
廃棄部門へようこそ。誰かが片付けなくちゃいけないゴミを片付ける、大切なお仕事。財団の規模ともなれば、膨大な量のゴミと特殊な廃棄物が日々生産され続けている。その処理を請け負ってるのが俺たちだ。
お前を快く送り出してくれたサイト管理官のためにも、どうにかやっていこうぜ。……え? あいつのこと嫌い? そりゃそうか。お前をここに送ったの、あのサイト管理官だもんな。俺もあいつ嫌いだよ、指輪の趣味が成金っぽいから。気が合うな。
さて、ここの仕事に取り掛かる前に……お前、どこまで聞いてる?
何って、廃棄部門全体のことについてだよ。まさか最終処分場から一生出られない、とか考えてないよな? 安心してくれって。お前がここにいるのは研修の半年間だけ。あとはそれぞれの適正に従って、より専門性の高い部署に配属される。その様子だと何も聞いてなさそうだな。ホワイトボードに書いていくから、そのまま座って聞いててくれ。ノートは取らなくて結構。
俺たち廃棄部門には3つの役割がある。
第一に、ゴミを処理すること。
これはいたってシンプル。文字通り、ゴミを処理すればいい。だけどな、ゴミを処理するという過程そのものは決してシンプルじゃない。複雑怪奇だ。お前だって生きてればゴミの分別くらいはしたことあるだろ? どうして分別するかって、処理方法が素材によって違うからだ。可燃ゴミは燃やす、不燃ゴミは砕いて埋める。金属は融かさなくちゃならないし、放射性物質はシェルターに封印しないとダメだ。
ゴミはきちんと分別して捨てること。そうじゃないと大惨事を生み出すきっかけにもなる。もし処理できない素材が混ざってたら、俺たちはラインを一旦止めてでもそれを探し出す。
警告 不燃性廃棄物を確認: 鉄
おっと。こんな感じにな。安心しろ、混入物を知らせるアラームが鳴っただけだ。窓の外を見てくれ。この部屋からも最終処分場のベルトコンベアが見えると思うんだが……ほら、さっきまで順調に稼働してたのに停止してるだろ? ここのラインには混入物を発見して、成分分析までしてくれる検知器が搭載されててな。一般的な焼却施設だとマグネットで金属を吸い上げる程度だが、財団ともなると徹底されてるんだよ。
ところで、だ。お前、俺がさっき冗談を言ったと思っただろ。放射性物質なんか原子炉以外で出ないって。出るだろ。ここは財団だぞ? 活動時に放射能を発生させるオブジェクトなんてごろごろといる。正直言って、そいつらは財団からすれば可愛いもんだ。人類に理解可能な物質を生み出しているに過ぎないからな。報告書では「放射能を発生させます」の一文で終わり。
でも、現実では誰かが片付けないとゴミは減っていかない。俺たちはそのゴミを捨てる。もちろん、職員が使い終わった実験器具やら特殊処理の必要な化学物質やら、人間由来のゴミもそこには含まれてる。しかし何より、オブジェクト収容に伴って発生する廃棄物を処理しなくちゃならない。動物オブジェクトの糞尿、収容環境を保つために使用した有害物質。それからオブジェクト自身が発生させた物体と、オブジェクトの影響を受けた物体。
4万2千個。俺たちが3日かけて粉砕した地蔵の数だ。処理依頼が突然来たもんだから驚いたが、こんな無茶は日常茶飯事だ。実害を及ぼす祟りがないだけ、地蔵さまはやっぱりお優しいんだと思ったよ。
第二に、ゴミの処理方法を確立させること。
さっきも言ったように、オブジェクトは物体を発生させることがある。その物体は普通の処理業者の手に負える代物とは限らない。
いつだったか、奇怪な生物の卵を処理する案件が回ってきた。成長すれば体長3m、動物を見境なく溶かす化け物に成り果てる。殖やすわけにはいかんと収容部門と協働で対応したが、この卵が厄介でな。潰せない切れない砕けない、酸に浸しても無傷なんていう尋常じゃない相手だった。こっちも折れるわけにはいかない。最終的には、液体窒素による瞬間冷凍で粉々にした。その措置は収容プロトコルに組み込まれて、今じゃ廃棄部門が処理を担当してる。
厳密にいえば、処理方法の確立は俺たちの仕事じゃない。科学部門や収容部門と足並みを合わせる必要があるし、それを専門にしてる別の部門も設立されてる。ただ、現場で処理に当たるのは俺たちだ。俺たちしか保有していない技術や知識の蓄積もあるから、廃棄部門の関与はほぼ必然的なのさ。
第三に、ゴミかゴミじゃないかを見極める、最後の砦になること。
もしかすると、お前はこう考えてるかもしれない。超高出力の焼却炉を開発して、全部のゴミをそこに放り込んだ方が早いし安全なんじゃないか、ってな。その考えは事実として正しい。一般社会でも焼却炉の火力はどんどん向上していて、有害物質を発生させずに大抵のものを燃やせるようになってきてる。超常技術を用いれば、あらゆる物質を蒸発させられる焼却炉も簡単に発明できるはずだ。スクラントン現実錨なんてもんがあって高火力焼却炉がないなんて馬鹿な話だもんな。
だが、燃やせば解決するなんてのは傲慢な考えなんだ。燃やしちゃいけないものだってあるんだよ。
警告 不燃性廃棄物を確認: 鉄、高密度カルシウム
新入り、ついてこい。ベルトコンベアまで降りるぞ。
鉄が見つかった時点で嫌な予感はしてたんだよ。ここはたしかに最終処分場だが、市民のゴミを受け入れてるわけじゃない。それぞれの収容サイトで処理されたゴミを回収し、残りカスを焼却するための場所だ。何が運ばれてくるかはほとんど決まってる。だから検知器で混入物を弾けたりもするんだ。機材の破損なんかで金属くらいは混入するもんだが……わかるだろ? 生物の死体処理は別の処分場で、ここじゃ受け付けてない。
おい、混入物の反応があったのはここか? ……わかった。新入り、そこのゴミを探ってみろ。焼け屑ばかりだが、そこに俺たちがここで仕事をする意味が眠ってる。
……よくやった。その白い塊が何だかわかるよな? 察しの通り、人骨だよ。
今、連絡が入った。別のベルトコンベアでも人骨と見られる物体の混入が確認された。人間一人の分量じゃない。複数人、見積もって4人から7人だと判断できる。何人かがまとめて殺害され、サイトに設置された焼却炉で燃やされたんだ。
どのサイトが運んだゴミかはすぐ特定できるが……新入り。この人骨の近くに、これがあった。焦げが大量に付着してるが……見覚えがあるだろ、この趣味の悪い指輪に。この人骨は、お前を送り出したサイト管理官だ。状況から推測するに、サイト内部で宗教的カルトが構成され、見せしめか生贄かで何人か殺されたんだろう。これだけの異常事態なのにゴミがここまで回ってきているということは、認識が改変されていると見ていい。
どうした新入り、顔色が悪いぞ。……わからない? 何がだ? ……あぁ、妙に慣れてるからか。何度か起きてるんだよ、こういうことは。
1965年のことだ。大型の溶鉱炉を含んだ機構が発見されてな。職員らは実験を繰り返していたんだが……あるとき、主任研究員を溶鉱炉に投げ込んだという実験内容が報告された。財団本部は機動部隊を送り込んだが、それ自体がオブジェクトの要求だったんだ。結果、合計で24人もの死者を出した。
この一連の顛末は、財団では銑鉄事件として記録されてる。該当オブジェクトの恐ろしさと同時に認識されたのが、すべてを灰にすることの危険性だ。財団の廃棄物処理は見直され、高火力焼却炉の設置は禁止された。特殊処理の必要な物質を除き、可燃性廃棄物は通常の焼却炉で焼いてから最終処分場でまとめて処理するという作業工程が今は制定されてる。
何故かって、全部を燃やせるようにしたら異常の痕跡を取り逃すからだ。
自分に信仰だか権力だかを集めようとするオブジェクトはな、意外と多いんだよ。その影響でカルトが財団施設で発生したとする。一目でわかるカルトならいい。しかし、知恵の回るオブジェクトは異常行為を隠滅しようとする。溶鉱炉みたいなもんが設置されてたとしたら、全部放り込まれて終わりだ。外部にいる人間はオブジェクトの支配を知ることすらできず、犠牲者だけがどんどん増えていく。
だから、俺たちが骨を拾うんだ。サイトに設置される焼却炉の温度は1000度未満。大抵のゴミは燃やせるが、人間を燃やせば骨が残る。逆にそれを避けようと死体を放置してもいずれボロが出る。したり顔をしてるオブジェクトの背に蹴りを入れるのが、俺たちの最後の役割だ。もし新しい異常がゴミから発現したとしても、見逃すことなく回収できるしな。
機械に任せればすべてが燃えるゴミになる。だけどな、この世には燃やすべきじゃないゴミだってある。それを判別するのは、最終処分場にいる人間にしかできないんだよ。
新入り、仕事を始めようか。まずは関係各所に連絡。機動部隊の手配を待ちつつ、サイトの状況と排出される廃棄物や汚水に異常な成分が含まれていないか、解析を開始する。……お前、やる気に満ちてるな。あのサイト管理官のこと、嫌いなんじゃなかったのか? まぁ、お互いさまか。俺だって指輪の趣味以外はいい奴だと思ってたところだ。
あいつの人生、ただのゴミじゃあ終わらせない。何がゴミかを決めるのは、俺たちの仕事だ。