財団は負けてない
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この地上から人類が消えて、早くも2週間が経とうとしていた。かつては多くの人々が行きかっていたであろうこの通りにも雪が積もり、氷が張り、以前の面影は一つもない。8月の米国南部だと言うのに、まるで北極にでもいるような光景だった。

以前の私なら、無常だとか悲しいとか、何か特別な感情を抱いたかも知れない。だが慣れとは恐ろしいもので、今の私は凍てついた廃墟を見た程度では何も思わなくなっていた。いや、ひょっとしたら慣れではなく、これも私の持つ現実改変能力とやらの為せる業なのだろうか。そうだとしたら、神様もずいぶん余計な力をくれたものだ。

そんな事を考え、自嘲気味に笑いながら眼前の建造物を見つめた。それは、財団の収容施設だった。財団職員専用の宿舎、財団職員専用の商店街、そして多くの監視装置に囲まれた、大きな工場のような建物。私が日本で見たどの収容施設よりも立派な出立ちだ。また立派なだけでなく、その位置は厳重に秘匿されてもいた。日本支部のどの資料にもこの施設の正確な位置は書かれていない。また、現実改変能力では発見・転移ができないような何らかの工夫もされていた。幹部職員の遺したメモから米国南東部の山岳地帯にあるらしいという事だけは分かったので、探し続けてやっと見つけたのだった。

中に入ると、さっそく多くのオブジェクトの収容室が目に付いた。だが全て物品型のオブジェクトのようで、何かが襲ってくる気配は無い。また、監視装置や防御機構のたぐいは機能していなかった。財団の施設だから自家発電装置くらいは用意してあるはずだが、恐らくマイナス50度の極寒で全て動かなくなってしまったのだろう。ただ現実改変能力の妨害機構は内部でも働いているようで、私の能力は完全にではないもののいくらか制限された。

目当てのオブジェクトはすぐに見つかった。そのオブジェクトの収容室だけは電気が通っており、収容設備が動いて音がしていたのだ。地熱か何かを利用しているのだろうか?原理は分からないが、収容設備が動いているというのは僥倖だ。このオブジェクト―SCP-505が収容違反を起こせば、この米国大陸が丸ごとインクに汚染されても不思議では無いのだから。

私は収容設備を点検し、問題の無い事を確認した。恐らく、誰も管理する者がいなくても5年や10年は問題無いだろう。だが100年後はどうだろうか?私はメモ帳を取り出し、こう記した。

SCP-505、三角。定期的に確認する必要あり。

メモ帳には、既に日本で確認したいくつかのオブジェクトについて記してある。

SCP-030-JP、丸。収容済みの個体は全て死んでいた。野生の個体も凍死しているだろう。

SCP-078-JP、三角。自動化された装置で封じられていたが、いつかは劣化するだろう。

SCP-916-JP、丸。収容施設から消えていた。生き残りの職員が地下シェルターにでも運び込んだと思われる。

記されているのは全て、放置すれば地球を居住不可能にしかねないKeter級のオブジェクトだった。人類文明が健在だった頃は、財団によって適切に管理されていたのだろう。だが今はそうではない。誰かが財団の仕事を引き継がなければならないのだ。今は凍てついたこの地球も、いずれはきっと元の温暖な星に戻る日が来る。その時に、地球が汚染された死の星であってはならないのだ。

これまで見た中には、バツを付けたものは無かった。いずれもすぐには滅びが発生しないよう、財団によって何らかの対策が講じられていた。人類文明が滅びる可能性を誰よりも危惧していた財団の科学者たちは、その時が来た場合の備えも万全にしてきたのだろう。だが、私は先日、財団の管理無しではどうやっても地球を、いや全宇宙を滅ぼしかねないオブジェクトの存在を知ってしまった。SCP-871、食べなければ無限に増え続けるケーキ。あれもこの施設に収容されている。私などが様子を見に行ったところでどうにかなるとも思えなかったが、放っておく気にもなれなかった。

SCP-871の収容室は、Dクラス宿舎の隣にあった。その消費任務にあたっていたのは殆どがDクラス職員だったろうから、考えてみれば合理的な話だ。また、外見には特になんの異変もみられなかった。財団による管理が終わってから最低でも2週間は経っているはずだから、収容室どころか施設の外までケーキが溢れ出していてもおかしくないと思ったが。

訝りながら扉を開けると、そこには何も無かった。ケーキも、報告書に記されていた皿やテーブルも、影も形も無かった。何らかの形で異常性を失ったのだろうか?いや、そんな事が可能なら財団がとっくにやっていたはずだ。生き残りの職員が持ち出し、地下シェルターかどこかで消費し続けているのだろうか?考えられるうちでは、ありそうな答えに思えた。だがそれが正解だとしたら状況はあまり良くない。何人くらいでその生活を続けているのか分からないが、私なら何十年も地下にこもってケーキを食べ続けたくはない。いつか精神に異常をきたすか、老いてケーキを食べる元気も無くなってしまうだろう。もしそうなれば、地球はある日突然地面から染み出すケーキの山に飲まれる事になる。

すぐに、SCP-871の収容先へ向かわなければ。現実改変能力を駆使してその在り処を探ったが、見つからない。SCP-871はこの施設のように、現実改変能力者に見つからない仕掛けがしてある場所にあるようだ。また、見つけたとして何になるだろう?SCP-871は食べる以外の手段で消費する事ができない。食事の真似事しかできないこの私では、なんの力にもなれないように思えた。

どうすればよいのだろう。天を仰ぎ、おぼつかない足取りでSCP-871の収容室を離れる。すると、何かの物音が聞こえたような気がした。何かの収容設備が動いているのだろうか?だが、その音は足音のように聞こえた。物音はDクラス職員宿舎の方から聞こえる。私の足は、考えるより先に動いていた。走り、Dクラス職員宿舎の扉を開ける。果たして、そこには老若男女、沢山の人間たちがいた。

彼らは氷点下をゆうに下回る極寒の中で、寒がる様子も無くケーキを食べていた。SCP-871の収容が彼らによって保たれていた事は疑いの余地も無い。一体何者だろうか?皆白人のようで、見慣れない防寒服を着ている。そして、その防寒服は進んだ科学技術で作られたように見えた。彼らは私の姿を見つけると何事かをボソボソと呟き合ったようだが、それだけで特に話しかけてくる様子も無い。彼らが呟いた内容は分からなかったが、何となく私の正体を知っていて、こいつは相手をしても無駄だと言っているように思えた。少々気まずい思いで部屋の中央に目をやると、キャンプファイヤーのように何かが燃えている。これが寒さを和らげているのか。だがこの極寒で電気は止まり木々は枯れ、油すらも凍り付いてしまったはずだ。一体なにを燃やしているのだろう?近付いて確かめてみると、それは人間の死体だった。

思わず後ずさりしたが、彼らは気に留める様子も無い。その反応を見て、私はようやく理解した。彼らは、SCP-752-1だ。地下で彼らもまた、財団による管理が無ければ人類を滅ぼしうるKeter級オブジェクトだった。だが皮肉にも、今は彼らが地球を守っている。地球がケーキに埋め尽くされれば彼らも困るだろうし、それを防ぐためなら不平一つ言わずにどんな任務もこなすだろう。財団の代役として、なんとうってつけの存在だろうか。

私は聊か感動しつつ、元Dクラス職員宿舎を後にした。ふと足元に目をやると、氷の上に真新しい足跡が付いている。恐らくSCP-752-1の1人が付けたのだろう。彼らの本拠地、SCP-752に続いているのだろうか?そう言えば、SCP-752は地熱をエネルギー源とする地下施設だと報告書に書かれていた。寒さをやり過ごすにはうってつけの場所だろうし、多くのSCP-752-1が残っているに違いない。私は、足跡を辿ってみる事にした。

3分ほど歩くと、SCP-752の入口に着いた。これにはかなり面食らった。安全面の理由から、意思を持つKeter級のオブジェクトは他のオブジェクトとは離れた場所に収容するものだと、私は日本支部のいくつかの施設を回った経験から知っていた。だが、SCP-752は財団収容サイトから肉眼で見えるほど近くに位置していた。そして、これも驚いた事に、SCP-752の入口を封じていた堅牢な施設は明らかに外側から破壊されていた。

その光景を見て、私はやっと気付いた。すべて、計算ずくだったのだ。SCP-871等の危険なオブジェクトは、あえてSCP-752のすぐ近くに収容されていたのだ。人類が滅んだその後に、彼らに財団の代理をやらせるために。私の心配など杞憂だったのだ。財団は収容施設から出たSCP-752-1達がすぐに財団施設を見つけ、そしてその高い知能で数々のオブジェクトの収容手順を見抜く事を予想していた。人類文明の滅亡など、財団にとっては敗北ではなかった。その後の事まですべて予測し、財団が無くなった後もこの地球を守る策を講じていたのだ。

私は晴れ晴れとした気分で、SCP-752を後にした。ふと振り返ると、その入り口に書かれている大きな財団ロゴが目に入った。私は思わず、それに向かって敬礼をしていた。

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