メモ: 渡しそびれてる手紙
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 初めまして。このような形でお目にかかることをお許しください。
 一介のファンに過ぎない身として、どのように貴方にこの気持ちを伝えたものかと迷った結果、ファンレターという形に落ち着いたもので。

 貴方の活動をいつも影ながら応援しています。
 成果物がいっとう好きなことは勿論ですが、きっと苦しいことや難しいこともたくさんある中で (生きるというのは大変なことですが、特に貴方のように行動し続ける人には困難も多いことと思います) 、それでも活動し続ける姿に、私自身いつも励まされているのです。
 浅薄な勘ぐりだと気を悪くされたらごめんなさい。しかし私としては貴方の活動の跡を見るだけで勇気が湧いてくるのも本当なのです。大げさだと思われるかもしれませんが、私は貴方に出会ったとき、生きていてよかったとさえ思った。どうかそれだけ覚えていてください。
 だからもし貴方に何かに手を付けることへの苦難が訪れた時には、どうか思い出してほしいのです。
 名もなきファンが、きっと何人も、貴方が知らない者たちが、それでも貴方が何かを成し遂げて喜ぶことを。

 重ね重ねになりますが、これからも応援しています。

ただ名もなきファン


渡しそびれてる手紙

別称: 宿題、あの手紙


脅威: なし。おそらく私の筆記によるものである以外一切特異性もない。

逆説的に破損・紛失の恐れあり。

紛失したところで足がつくことはないだろうが、個人的に失くしたくない。


概要: いつの間にか持っていた手紙。宛名はない。

どこにでも売っているようなレターセットにインクで書かれた文字。

暗号や特殊な情報子が仕込まれているということはなさそうだ。

私が私に残したメモと同じ類のものだと思う。インクの色が他のいくらかのメモと合致する。

(これを残した記憶がない点でも類似)

そもそも"私"は私なのか? → 私の体質は自分自身に対しても作用する? 関係ないので省く。

文面をそのまま信じるなら本当にただのファンレターである。

内容からして何かしらの活動者──クリエーターの類だろう──に宛てたものだろう。

少しばかりバーナム効果的な抽象度の高さが宿題を課されている身としては我ながら苛立たしいが。誰だよ。

↑ 前向きに考えるならば、次から何かメモに残すときには後の自分がどう思うかを顧みようという教訓。

注目点: 私がわざわざ何の捻りもない手紙を用意するほどの情熱を抱かせる何者かに単純に興味がある。

もしかすれば何か──直接私に利益があるわけではないとしても──とても良いものとなるかもしれない。

その誰かについて私自身がメモを残していないのが気になると言えばなる

↑忘れることを考えられないほど好きだったのかも?

↑↑我ながらその推測が出てくるあたりそうだった可能性は否定できない。

よってこの手紙の宛先をわり出すことができるならはっきりさせておきたい。

やりかけの仕事が残っているというのも気持ちが悪い。

手がかり: 私に誰かの活動をしっかりと追いかける余裕があったであろう時期はいつ?


計画: 宛先が誰かをはっきりさせる。 ← ついででいい。

もしも送り先が判明したときには適宜渡しに行く。

プランB → もしも宛先がわからなくても、それでいいと思う自分もいる。

この手紙は、何者でもなくとも世界と繋がりを持てる可能性の1つを示している。

宛先が誰であれ、この手紙を私に書かせた何かと私は出会っていて、そしてそれから何かを受け取っているのだ。

幸いなことに、手紙に書かれていることはやたらと抽象的だ──つまり逆に、他の何かを通じてそのイデアに触れることもあるかもしれない。

その時はきっと、また生きていてよかったと思うのだろう。




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