頭の袋ほど"昇進したな"って感じるものはないね
評価: +13+x

袋がダニエル・ナヴァッロの頭を覆った。誰かの目隠しをするには精巧な方法ではないが、彼の雇い主がこの手法を利用したのは間違いなくこれが最初ではなかった。少なくとも彼は、これの背後にいるのは財団だと推測していた。確かに、その可能性を示唆するには十分なほど椅子は快適だった。

彼はサイト-19のラウンジに座っていたのを思い出せた。それは間違いなく起こっていた。深夜シフトの連中が流れ込み始めるほどに、長い間ラウンジに居残るのが彼の習慣になっていた。思い出せる最後の様子では、部屋は無人だった。それから彼は頭に袋をかぶせられ、間違いなく前まで座っていたアームチェアではない席にいた。頭はかすかにぼんやりしたが、分かる限りでは危害を加えられていない。

「ファイルは悪ふざけのためのものではない」特徴のない、よそよそしい声が言った。

ナヴァッロはいきり立った。「いくつかはね、ただ単にそれほど面白くないだけだ」

「今年君はフィールドでの非公認の作戦のためにサイト-19に赴任したとある。目的……異常物品課のための様々な品の回収、2011年、またも非公認。数年前、非認可の財団人員の前での魔術の実践に加えてこれ―自重というものができないように見受けられる、違うか?」

「おいおいまいったな、みんな知ってるってことはあんた随分地位が高いんじゃないか」返答なし。「全部じゃないけど詳しいじゃない。でも最近はなにもやってないと思うから訊かなきゃ分かんないよ。なんで俺の頭に袋を?」

「椅子に手錠で繋がれてもいる」

ナヴァッロは両手を持ち上げてやっと金属に引っ張られる感触を得、鎖の鳴る音を聞いた。多分彼はあまりにもこれに慣れ過ぎていたのだ。

「なるほど。ええっと。残念ながら分が悪いみたいだ……」

かすかな間があった。「管理官ティルダ・ムース」

これは彼がおそらくまだサイト-19にいることを意味していた。願わくは。実際、管理官は支配しているサイトにいるのか? 「へへっ。ほんとに? あいつらわざわざ'ムース'っていうカバーネームを誰かさんにつけて、それがカナダ訛りのあるやつですらないって?」

テーブルの反対側で軽く叩きつける音がした。「ムースは私の実際の姓だ」

「……そうか、分かった。ねえ、袋取ってくれる?」

今度は軽く指で叩く音だった。ナヴァッロはムースが指で鳴らす音に数秒間耳を立て、その後タイルに木材がこすれる甲高い音が部屋に満ちた。一群のかちかち音が彼の手が自由になったことを合図し、それから足音は退いて行った。ナヴァッロは数秒間首周りの結び目と格闘し、ムースが座る頃にやっと袋を取り外した。

管理官は背が高く、動きはゆっくりとしていて几帳面だった。ナヴァッロは特に人の年齢を当てるのが得意なわけではなく、幾分か両性具有的な外見がそれをさらに困難にしたが、彼女は40手前のどこかに見えた。

ナヴァッロは微笑む前に彼女の新たな動きを目にした。「あれでしょ、俺みたいのが管理官と話す機会なんてそうそうないでしょ。これっていい話、悪い話?」

「本質的に? どちらでも。ここではひとつ申し出をしたい」

「おう。そういうやつか。いつも面白いやつだな。オーケー、聞くよ。今度はどうやって俺の人生を台無しにしてくれるんだい?」

「君は機動部隊の候補―」

「やだ」

彼女の顔には全く変化はなかった、こう言った口の動きを除いては。「まだ言い終わっていない」

ナヴァッロは袋を掴んで頭に被り直した。「でも十分聞いた。結構です、結構」

彼女の声は平坦なままだった。「君の状況のどこに辞退の選択肢があると?」

「申し出って言ったとこかな」

「なら私がその言葉遣いを取り消したなら?」

「うーん、ちょっとだけ状況が良くなったかな」

「君は何十トンともいえない土の下、最も高度に訓練された人員の一部に囲まれて財団施設の中にいる。頭に袋を被って」

彼は指をくねらせた。「でも手錠はされてない」

彼女はある種の半笑いを見せただけだった―実際には1/4笑いといったところだろう、しかし彼にとっては似たようなものだった。「君に逃げ道はない、ナヴァッロ。最低でも今日は。少なくともこの売り文句の残りを聞くべきだ」

ナヴァッロは肩をすくめ、袋を取った。「それで気が済むんならね」

「君はシグマ-3に選抜されている。君のキャリア全体が基本的にこのためのトライアルランだった」

「そして……あんたの前のでかいファイルの山にもかかわらず……俺は……受かったと?」

ムースは笑顔とまではいかない表情をした。「君は何故自分がそこまで長い懲戒記録を持つと思っている?」

「なんかのひっかけ問題?」ナヴァッロは尋ねた。ムースが答えなかったとき、彼は当てずっぽうに言った。「時々ルールをうまいこと避けようとするから?」

「興味深い表現だ。だがノーだ、それが理由ではない。もしそれが唯一の働いている因子なら、君の記録は実際にはかなり少なくなるだろう。そして雇用は打ち切られる」

彼はテーブルに片肘をついた。「薬か銃で?」

「そこが問題か?」彼女は彼が答えられる前に続けた。「君が財団で働き続けることを許されたのは、背後で糸を引いている者がいたからだ」

ナヴァッロは頬杖をついた。「それがあんただってことか。分かったよ」

「いや違う。彼らは私にああした権限を与えない」

ナヴァッロは彼女を信じていなかったが、流れに任せた。「じゃあ誰が?」

「私には言う権限がない」

「そうだと思った。で、次は俺がなんでかって聞くことになってるんだろ?」

「君は財団で伝統的に核心的信条1であると考えられてきたものに対する明白な反発心を持っている。しかし……」彼女は一時止まった。「単純に言うと、もはやあれらの核心的信条は重要ではない」

ナヴァッロは眉がつりあがるのを感じた。

「財団内部に変化が起きている。我々はかつての方法に固執するには異常世界がただあまりに大きすぎると、あまりに急速に学んでいる。失敗の数にもかかわらず、ますます多くの秘密企画が認可されている。好ましいとは思わないが、抗うことはできない。彼らは既にこのように私の裁量を制限している。そこで私には潤滑油となり、遷移の困難を軽減するために君のような人々が必要なわけだ」

ナヴァッロは片目を閉じた。「あんたは俺に……」

「既にしていることを続けろ。しかしよりひそかに、されどより許容的な環境で。私は君に異常コミュニティ内で働いてもらいたい、そして我々の人員にやりかたを教えてももらう必要がある。これは以前財団によって禁止域とみなされていたオカルトへの習熟と奇跡論の実践を含み、また―」

「財団の奴らを大勢魔法使いにしてほしいってことか」

束の間の恐怖に似た、奇妙な表情が彼女の顔を過ぎった。「そうだ、ある意味ではな」

「誰かを撃つことになる?」

「準軍事的なメンバーはいるが、我々の焦点ではない」

ナヴァッロはしばらく壁を見つめた。

「君の立場に同情しない訳ではない」ムースは言った。「だが分かっているだろう、君の忠誠度は……疑問視されている。一度ならず。個人的には、君が協力を拒んだとして忠誠心を欠いているとは考えないだろう。今回起きたことを君の記憶から消して、元いた所に戻すことに合意することになったとしても―私には理解できる。しかし、君の頭に袋をかぶせてここに連れてきたのは私ではない。彼らはどう考えると思っている? もし君が彼らならどう思う?」

「『くそっあのイケメンめ、こうなりゃやけだ! やつの頭に袋をかぶせてやれ!』」ムースが反応しなかったとき、ナヴァッロは椅子の中で前屈みになった。「マジな話、俺、とある集団内で完全に人気ないから。曖昧な脅しはこれ以上効かないぞ」

「この脅しを文脈付けしてみようか。君は放浪者の図書館に入ることができる」ムースは言った。

ナヴァッロはそれを聞いて止まらざるを得なかった。「ああ、それで?」

「経路変更を……ある種の地獄の穴に経路変更させられずに。あるいは司書にされずに。特別な努力もなしに。君は本当にそれが自分をどれだけ価値あるものにしているか分からないのか?」

「待って、他に財団にあれができるやつがいないの?」

「シグマ-3のメンバーでない者か? 君を含め3人が特定されている」

「3人? へっ」

「財団全体で3人、シグマ-3のメンバーでない者が」

「もっといるでしょ」ナヴァッロは言った。

「おそらくは。安全裡に厳密にテストをすることはできない。しかしながら、我々は要点からずれているな。君は本当に自分が断ろうとしているものについて考えたことがあるか?」

ナヴァッロはため息をついた。「前チームにいたとき、関わった案件が片っ端から全部だめになったよ。今でも考えると嫌になる。機動部隊に入ると思うとどうしても考えちゃうんだ。しかも今あんたは脅しが効くと思ってる」

「前回は効いた」

「財団は俺を連れてきたとき、実際に俺を始末できたじゃないか」ナヴァッロは言い返した。「この最後通牒は頭がいいかもしれないが、いくつか重要なディテールを見落としてると思うぜ。あるいは、俺が気付かないことを期待してる。俺はこれに'同意'して図書館に行って、それからただ永久に逃走できる。あんたには2人―」

「シグマ-3以外で2人」

「―ほんとにそこの言い回しに辺にうるさいな―俺を追跡させられる人間がいる。そしてもし仮にそいつらが俺を追って図書館に入ったとして、そこで俺には追いつけない。そうしてあんたは威張りくさした嫌なやつだったせいで価値あるものをただ失うってわけ」

「そこがまさしく私の論点だ」

ナヴァッロは両目を閉じた。テーブルを見つめた。ムースを見た。「何?

「これを拒むことで君を非難するであろう人間に、私が責を転じていると思うのは君の自由だ、しかし考えてみるがいい。誰であれ背後で糸を引く者の1つの狙い、これをもし断れば、彼らには君を雇っておく理由はない。懲戒記録は突如として必要悪から相容れない相違になるだろうな。君が今の仕事を続けるだろうという事実は重要ではない。その時点で君はただのよくあるアノマリーだ。そして我々はいずれも財団がそうしたものをどう扱うか知っている」

ナヴァッロはポケットを叩いた。今すぐ本当に煙草が吸いたかった。「あんたが首謀者じゃないの、まだ本気で信じられてないかどうか分かるでしょ」

彼女は肩をすくめた。「どう考えるのも自由だ。問題は財団にはこれらの状況に対処するための備えがないということだ、彼らには知識と手段がない。だから力づくで最善を祈っている。今や彼らは魔法に挑んでいて、我々は2人ともそれが力づくではうまくいかないと知っている」

ナヴァッロは小さな笑いをもらした。「たしかにね、ああ。へっ。マジでやばいな。オッケー。いいよ。分かった、一緒にやろう」

「私はシグマ-3の一員ではない」

「まだ信じていいかどうか分かんないけど、でもいいよ、そいつらとやろう。でも! 俺は誰も撃たないよ。気の進まないアノマリーを確保するのに責任を負わない。図書館を通じて他のやつらとのコミュニケーターをやるが、図書館自体の情報は集めない―戦力、弱点、エントリーポイント、司書の爪切り、全部なし。図書館の本を'回収'しすらしないし、他の誰かを図書館に連れて行くとか絶対にしない。オーケー?」

「いきなり交渉できる気になったか」

ナヴァッロはにやりと笑った。「力づくのお返しだよ。価値あるものであることの利点ってやつ。それプラス、図書館に嫌がらせするよりはあんたに嫌がらせした方がはるかにいいし」

「にも関わらず」ムースは言った。「君はこれらの条件についていずれも交渉できず、これはあらゆる形において要求に対する黙諾を構成しない一方で、私は君が要求されないであろうことを保障できる……今君が言及したすべてを。間接的にすら。もし我々がそのいずれかを君に要求することがあるとしたら、君はシグマ-3に選ばれていなかっただろう。そして君はまだこれに関する説明を受けられない。他に質問か、あるいは返事はあるか?」

ナヴァッロは肩をすくめた。「最悪の事態は?」

ムースが喋り出そうとしたが、ナヴァッロが慌てて手を挙げた。「あんたが本当に答えを用意してるとは思わないよ。うん、チームに入ってやるよ」

「ならば」ムースは言った。「機動部隊シグマ-3へようこそ」

つづく: 騒ぎを起こす »

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。