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ー虚区高速十三号汐留線ー
あぁ、電子音に満たされている。
刻々と流れる風景。変わる座標。
どうやら私は道を間違えた様だ。
深く、無限に深く、それでいて無限に大きく思える立坑。そしてその中に何千何万本も張り巡らされている高速道路らしき何か。
周辺には赤に青に、白に黒に、あらゆる色の不定形の粘液がドロリとそこらじゅうを汚している。
カーナビ画面はエラー表示によって何もかもがグチャグチャで、道路名も「虚区高速十三号汐留線」。そんな道路は存在しない。そして自分の知識が正しいのであれば、この虚ろな道は脱出不能な空間である可能性がかなり高い。
既にここで何百か何千時間、車を飛ばしているが一向に出口は見えず、展望も無い。
高速のトンネルを照らす様な赤い明かりと霜の降りた無機質な灰色にも見飽きた頃、気づけばもう立坑の上は見えなくなっていた。だが底はまだ見えない。
ーGOC極東支部東京司令部ー
排撃隊員の1人が急に連絡が取れなくなった。首都高速都心環状線の汐留出入口近くにて唐突に通信途絶。既に2ヶ月間も行方不明だ。捜索部隊を既に8隊向かわせているが、一向に見つかる気配は無い。
そもそも首都高速都心環状線、ここは東京都の中央に位置する重要な高速だ。監視も警備も相当厳重で、本来なら異常が出現しても3分以内にそれは消される様な区域。財団のやらかしたアクアラインの悪夢を経て、都内の警備レベルは前より大きく引き上げたはずだ。財団も、私達GOCも。なのに何故だ?
そんな首都高速都心環状線で起きた異常現象という事もあり、大量の人員が投入されていた。GPSも通信位置も何もかもが消失。だが、見つかる気配は依然皆無だった。
ー虚区高速十三号汐留線ー
ここまでGOCの司令部にも通信は繋がらなかった。この車が持つ多種多様な兵装も無意味だった。自爆すら恐らく意味は無いだろう。
似た様な事をして、結局ただの自滅で終わったらしい先駆者がそこら中に散らばっていた。
だが、ここにはなんの傷も無かった。現実性も常に安定、馬鹿げた頑強さ、変化に対する圧倒的な耐性。
そして謎めいた現象の数々。
過去殺した奴らが突如道路に現れるなんてもう慣れた。そいつらは近づくと消える。怨霊なのか他の方と何かなのかは知らないが。そんな異常もここは余りに多かった。
厄介すぎだ。本当に。愚痴を吐きながら車を飛ばす。GOC特製の眠気覚ましと栄養剤を摂取しながら、解決策を考えていた。
そんな中、対向車線に見覚えのある、財団の特殊車両が一瞬見えた気がした。次の瞬間、景色は急激に変わり、私の意識もどこかに消えた。
ーGOC極東支部東京司令部ー
捜索の打ち切り、及び首都高速都心環状線の閉鎖の案が提出された。だがそんな時だった。財団から訳の分からない連絡が来たのは。
『そちらの隊員をこちらで保護いたしました。後ほど引き渡しについての詳細な予定をメールで送付しますのでご覧下さい』
『また、説明が遅れて申し訳ありません。機密保持の観点から現在まで公開出来なかったのですが、財団は首都高全域に新システムを導入させて頂きましたので、その御報告をさせて頂きますー』
隊員が財団に保護されたのはまだ良い。たけども、もう1つの新システムとやらは余りにも荒唐無稽な話だったと思う。
なんせ、あの財団が異常を利用するなんて、東名高速開通以前は全く持って有り得ない話の様だったからだ。
そう、以前の財団ならばアクアラインの悪夢で破綻した基地、サイト81CA…そこに発生した膨大な虚無を空間として利用するどころか、異界の門と化したアクアトンネルを都内全域のあらゆる所に繋げるなんて、絶対にしないはずだった。
『そうでもありませんよ。私達の理念はあくまでも確保、収容、保護。何もかもが高速道路に集まり始めてから、既存の収容システムのほとんどは無用の長物となりました。そして私達は東名高速開通から今まで、ただただ凍らせて壊す事しか出来なかった。これでは貴方達と変わらない』
『それに、あの異形共がどういう原理で高速道路においでなするのは知りませんが、どういう道路に集まりやすいのかはだいたい分かってきましたからね。それならば、その場所と似た様な場所と繋がる門を使うのは当たり前でしょう。更に言うならば、その場所自体に空間があるのならばそれだって利用しますよ、財団は』
『と、口が滑りすぎましたね。では、そろそろこちらにも仕事がありますので失礼させていただきましょう。それでは』
そうは言うが、財団がそもそも破壊を行わない理由は「壊すとより面倒な事を起こすから」という理由だったはずだ。「それを利用するとより面倒な事になる可能性」を財団が無視する筈は無い。
何故だ?
そしてその答えは、考えてみれば、当然の帰結ではあった。それまでの経験は何もかもが通じず、主力であった基地の1つは壊れ、高速道路の外ではあらゆる異常の研究が出来なくなった。
「高速道路の外側ではあらゆる異常が存在を許されない」
余りにも歪な世界の在り方。いや、以前の世界の方が歪だっただけかもしれない。しかし、少なくともこの世界は余りにも変わりすぎた。異常によって東弊重工も、日本生類創研も、MC&Dも、蛇の手も、プロメテウスも、何もかもが消えた、あるいは極端に縮小した。最後にはそれらが存在していた痕跡すら確認すら出来なくなった。GOCすら規模の縮小、組織の再編を余儀なくされた。
そして、財団も余りに変わりすぎたのだ。異常の在り方に振り回され、大きく弱った。私達や、消え去ったあらゆる異常を扱う団体と同じ様に。そう考えるのが自然だった。財団も、異常という藁に縋るしか無いほどに困窮してしまっていた。
ー財団日本支部サイト81C1ー
既に今月で12件目だ。無関係の人間が「虚区高速」に誤って侵入する事故は。そもそも「旧サイト81CA」を収容に利用する、なんて提案が通った時点で何かが狂ったように思う。その提案は主任、部門長、サイト管理官、エリア管轄者の承認を得て日本支部理事会へと提出された。だが、日本支部理事会では全会一致で否決されたはずだ。
だが、何故かO5…財団の最高監督者によって日本支部理事会に特別勧告が為された。そして決議はひっくり返され、財団日本支部だけでなく、財団本部の大部分すら旧サイト81CAに集結し、結果的に都内のあらゆる高速道路と虚区は接続された。
何故だ?結局の所、その疑問はセキュリティクリアランス4の私が考えても答えは出ない。
だけども、その理由が明らかになるのは割と早い事だった。その理由は、余りにも最悪な物だったが。
ー不明ー
[データが更新されました]
計画名: 「虚区高速開通計画」
概要: 現在までの旧収容プロトコルのほとんど全てが無力化した事、及び全世界で付随した約127万の収容違反を踏まえ、異界化した旧日本支部サイト「81CA」を現在までの状況に適した高速道路を模した財団の持つ最大規模の収容区域「虚区高速」として改造します。現在同様の事象が発生しているのはサイト81CAだけであり、この事象によって81CA内部には無制限の空間、及びその空間に繋がる次元干渉虚数が発生しています。この空間を利用する事により、日本支部だけでなく全世界のオブジェクトを当空間に誘導、及び収容出来ると算出されました。また、この計画以外では現在の状況を考えると完全な再収容を行う事は不可能である事も判明しています。また、この計画は収容違反により現在既に発生している複数のK-クラスシナリオの抑制、及び当空間の研究も含めています。
補遺: O5-2、O5-3、O5-5、O5-7、O5-8、O5-9、O5-11、O5-12の賛成により、この計画は可決されました。この議決を持って、現在までの旧収容プロトコルは全て効力を失い、特定エリアに全て保管されます。また、この議決はより安全な確保及び収容が可能な手段が開発されるまで常に効力を発し、全ての支部はこの議決に従う必要があります。