数 -Numerus-
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壁に手を当てて支えにしながら、だだっ広い八角形の収蔵室をよろめき歩く。配線に足を取られて転ぶ。

身体を起こし、配線をその大本まで辿っていく。シリンダーが歪み、凹んだ油圧プレス機。機械類が室内に散乱し、一定間隔で設置された頭上のビーコンに照らし出されている。手頃な工具、化合物、レーザーカッター。整理整頓が下手な子供の部屋の玩具のように、擦り減って散らかっている。部屋の中心には、疵一つない縞瑪瑙。

椅子にへたり込み、クルリと机に向き直る。日誌の写真コピー、歴史的な報告、宝石の図面で埋め尽くされた書類がフォルダーから零れ出す。

一つのフォルダーの上に手紙が乗っている。

それを開けるのはもう百回目だ。

イヴェット、

君がこれを読む頃には、僕は記憶処理を受けて、頭文字が“S.C.P.”のレストランで働いているだろう。意外な結末でないのは分かっている。けれども、どうか僕が君を、君の将来を強く心配しているのに気付いてほしい。

あれは罠だ。そこには何も無い。僕は全盛期をあれのために浪費してしまった。君にはまだ猶予が残っている。賢く時間を使ってもらいたい。

Q.

「いいえ」 と呟く。 「そんなはずが無いわ!」

“Pluto計画 - Thaumiel提言”のラベルが貼られたファイル、上に手紙が置かれていたそれを開いて書類をめくる。徐々に複雑になってゆく“鍵”の図式がファイルに詰まっている。全てのデザインは試験された。全てのデザインは“機能性無し”の引出しにしまい込まれた。書類の一部にはQのサインも見える。 Q. ハック、サイト-10

引出しを開けて1本の鍵を取り出し、書類のデザインと見比べる。次の鍵も既に試された。その次も。まだ試されていないデザインを見つけようと夢中で漁り始める。再確認し、再々確認し、勢いよく引出しを閉める。頭を手で抱え込む。「何かがあるはず。何かが」 そう口に出す。指の隙間から、ランプの下に置かれた1枚の書類に目を止める。

例の最終ページの写真コピーだ。何世紀も前にエドウィン・ヤングの手記に描かれた、宝石に嵌め込まれている鍵の絵。宝石を“荒廃した”寺院で発見したエドウィン・ヤング。単純な鍵による解放を約束したエドウィン・ヤング。自分が見た物を証明する必要が無かったエドウィン・ヤング。

書類をひったくり、丸めてデスクから払い落とす。金属に頭を叩き付け、室内に大きな反響音が響く中で、すすり泣く。自分とかつての研究仲間たちの写真に涙が落ちて、手書きの“ミールスキ、ハック、スティムソン - 2007年”が少し滲む。

「畜生、Q、あんたは正しかった。何もかも正しかった

振り向いて立ち上がり、宝石が乗せられた台座にもたれかかる。宝石は触れると暖かい。

宝石を部屋の向こうの壁に投げ付け、その場に崩れ落ち、膝を抱えて丸くなる。

Qは最初の一週間でカフェテリアの悪意ある討論者たちの正体を知った。彼は1km離れた場所からでも嵐の訪れを察知できた。それが無限の影響範囲を持つ実体に立ち向かう助けになるとは誰にも言い切れない。逆に、スティムソンは出会ったほぼ全ての者を信頼した。彼の運命は確定した。他にサイト-10の存在を知る人間などいるはずがない。O5なら知っているだろうか。O5の居場所などいったい誰が-

カチャ。

苦労して顔を向けると、錠が砕けているのが見える。細やかな破片が降り注ぎ、床の上に落ち着く。束の間、ガスと光の雲が広がり、空気中へと消えてゆく。宝石の残骸の上に、華やかな黄金の鍵がある。

「あり得ない」 そう言って、鍵を拾う。鍵は触れると暖かい。

カチャ。 音が頭上で反響する。大地がほどけ始める。

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