オカルトライター夜を往く
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スマホのアラームで叩き起こされる。生ぬるい牛乳で喉を潤し、ロールパンを腹に放り込む。冷たい水で顔を洗い、そこでさっき飲んだ牛乳が室温放置で10時間以上経っていたことに気付き、不安感でようやく目が覚めた。

俺の名前は狐窓きつねまど三種みぐさ1。オカルトライターだ。専門は特になし。妖怪から宇宙人、超能力から怨霊、都市伝説まで何でも扱うオールマイティなオカルトライターを自負している。勿論ムーの愛読者だ。安物のカーテンを開け、パソコンの電源を入れながら星のない夜空を見上げる。俺が目を覚ますのはいつだって夜。何故か? 仕事の都合だ。俺の仕事はオカルトライター。……兼ビル等の夜間清掃員2。だから俺は夜を往く。

ブックマークから飛んだ先には俺のサイトが開かれている。新着記事のコメントはない。SNSのフォロワー、フレンド数も増加はない。そういう日もある。仕方がない、前回奇妙な因習があると聞いて訪れた寒村ではおばあちゃんたちが良くしてくれたが、名物の山菜汁を食って腹がいっぱいになり寝てしまった。結局その山菜汁の感想を書くしかなくグルメ記事になってしまったのが痛恨の極みというわけだ。その前は湖に潜む巨大生物を探しに行ったが、エサが悪かったのかフナしか釣れなかった。仕方がないので佃煮にして記事にしたがよく考えるとこれもグルメ記事だ。これではいけない。

だが、今夜は違う。膨大な資料の山をかき分け、今夜目指す先の地図を確認する。何度もオカルト情報を書き込み、資料を挟んでいった地図はすっかり茶色くなっている。この色こそが俺の歴史であり誇りだ。赤丸を付けたその場所、複数の資料を相互に検討し、いくつかのオカルト個人サイトや古き時代のブログを掘り返して見つけたその場所。市外の山中にある一点。書き込むのはミステリーサークル、……そう、UFOの発着点と推測されるその場所だ。

何故膨大なオカルトスポットの中からここを選ぶか? もちろん、基準はある、それは道具じゃない。ダウジングや透視なども試してみたが、的中率は一厘程度。つまり俺には向いていないようだった。だが、その結果として黒曜石のナイフのように研ぎ澄まされた第六感、……すなわち「勘」、それが俺には身に付いた。まさしく生けるオカルトセンサー。鍛えられた俺の勘はビビっと異常なものに反応する。ここには何かが隠れているぞと囁きかける。一時期弱っていたこともあったが、今夜は特に冴えている。たまにオカルトでも何でもない情報に反応することもあるが、それも信用してきた。今まで応えられたことはないが、いつかは応えてくれるはずだ。信じるものは救われる。

俺は今度こそ、と希望をこめてSNSへ新しい調査に向かうことを報告した。俺のサイト読者であるアベベ氏から「がんばって」とのコメントが付く。オカルトライターを志してからというものの、孤独には馴れたつもりだがふいにこういった小さなやり取りで救われることもある。サンキュー、アベベ。今夜こそアンタにUFOを見せてやる。

必要なアイテムをザックに詰め、安全靴を履いて安アパートの廊下を隣人である外国人労働者の迷惑にならないよう静かに歩く。そして中古の軽に飛び乗り、気まぐれにエンジンをふかした。少しだけ嫌な音がしたが、なんとか動き出した愛車。そろそろ車検が切れるころだ。そんなことを思いながらぼんやりと窓の外を街灯が熱帯魚のように流れていくのを見る。その光の軌跡が過去を呼び覚ました。

ゼミの卒業文集で文才を発揮し一人で編集委員を受け入れたこと、民俗学を専攻しようと民族学のゼミに間違って入ったこと、高校時代に聖書を読んでいて勘違いしたオタクにエヴァ談義をぶつけられたこと、中二の時に書いていた怪奇小説が掲示板に張り出されていたこと……。どれもこれも懐かしい思い出だ。そして記憶の流れはいつもあの夜に俺を連れていく。だが、それより早く後方で鳴るサイレンに気付いた。

「一時停止無視ですね」
「あ、はい、すいません……」

ゴールド免許の夢は途絶えた。あんなとこでネズミ捕りしてるのは卑怯だと思うんだ。


目的地にたどり着き、とりあえず一通りの観測準備を整える。俺はオカルトと向き合うとき常に我流で立ち向かっている。先駆者がやっている方法を取るのは先のダウジングもそうだが俺には向いていない。

俺の方法はただ一つ、ひたすらに念じ、信じることだ。ここには何かが現れると願い、俺の名を呼びかけることだ。俺の名前は狐窓三種、お前に遭遇しに来た、お前を見つけてきた、お前に会いに来た……。周囲を見回りながら星空へ向かい念じ続ける。何かの痕跡がないかと藪をかき分け信じ続ける。

───俺がオカルトに魅了されたのは小学五年生のころだ。親の目を盗み、深夜にベランダを出て1人で夜空を見上げていた時だ。なんでそんなことをしていたのかは分からない。その頃、両親の仲が悪く、それに嫌気がさしていたのかもしれない。夜空には星なんてほとんどなかった、だから俺はそれを見ることができた。

 

夜空を一文字に切り裂く銀色の軌跡を。

 

流れ星かと思った、だがその軌跡は縦横無尽に夜を駆けた。俺の目はそれに囚われた。UFOという言葉は知っていた、だが、目の前で夜を往くそれはそんな言葉で語れるものじゃなかった。目を奪われているうちに気が付いたら布団の中で朝を迎えていた。その日から急に両親の関係は修復され、ただ俺のオカルトへの関心だけが残されていた。

あの光景を話すとみんなそれは夢だと笑った。俺はそれに怒ることはなかった。それが夢でもいいと思っていたからだ、それが夢だったとしても、俺はそれを追いたいと思ったからだ。だが、世間からオカルトは急速に駆逐されていった。オカルトの原義は隠されたものだ。世界はそれを許してはくれなかった、隠れていればよかったものをどんどん日の下に追い出していった。愛したネッシーも、イエティも、UFOですらフェイクだと暴かれていった。インターネットの発展が新たなオカルトの場となる夢は消え、フォトショップが幽霊を心霊写真から追い出し、グーグルアースが杉沢村を森の奥へと消していった。全てがチープな作り物になっていった。残ったものは政治と紐づいた、現実と紐づいたルサンチマンに溢れた陰謀論だ。世界は巨大な組織に牛耳られている、だから私たちは搾取されるのだ……、そんなものはオカルトじゃない、俺の夢見た一筋の銀色じゃない。

だから俺はオカルトライターになると決めた。羊と山羊の問題を知っているだろうか? 超常的なものを信じる人間の集団とそうでない集団の間では超常現象の発生確率が変化するという現象だ。その話を聞いたとき、俺は羊でいようと思った、信じる側でいようと思った。オカルトを隠されたまま信じることができる、そうであろうと努めてきた。信じるものは出会えるはずだ。奇妙なものに、異常なものに、隠されたものに、いつか俺が見た夢に。

俺はゴム人間を信じている、エリア51には宇宙人がいると信じている、超能力はあり、レプリティリアンはいると信じている。それが夢でもいい。俺はあの夜を忘れたくない。

 

何時間経っただろうか、藪蚊に襲われながら周囲を動き回ることに少し疲れ、缶コーヒーのプルを開き上空を見上げた。

次の瞬間、目の覚めるような振動が脚に伝わる。地震か!?

いや、違う、これはまるで何かが、そう、何かが……、墜落したような!

直感で音の方向を判断する。夜に慣れた目で、すっかり歩きなれた藪道を走る。鼻が焦げ臭いにおいを捉える。この先だ、もしかしたら違うのかもしれない、ただの事故かもしれない、それならそれで走るべきだ。急げ、急げ、心臓が早鐘を打つ。逸る心に脚が合わせ、チュパカブラもかくやという速度を突破する。俺は夜に蠢く奇妙な蛾、触覚が異常なフェロモンを捉える。俺の脚がハタと止まった。そこにあったのは俺の夢だった。

銀色の円盤、アダムスキー型UFO、何度も何度も夢見たそれ。それが俺の目の前にメタリックな鈍い光を放っている。鼻に付く焦げ臭さと異臭。俺の前にそれはあった。あの夜見上げた銀色の軌跡が。興奮していた、心が飛び跳ねていた。……だが、それよりもどこかで、何か、寂しさを感じていた。見つけてしまったのだと、叶ってしまったのだと。何故"しまった"なのか、俺にも分からない。心が2つあるようなもどかしさ、満杯になった桶の底に穴が開いているような感覚。俺は、コイツに会いに来たはずなのに。

とにもかくにも俺はあくまでオカルトライターだ、記事の準備をしなくてはいけない。カメラを構えるより先に、俺はそれに触れようと一歩近づいて。肩を誰かに叩かれる。振り向くとそこには黒づくめの男が二人、手にした棒状のものが閃光を放ち。MIBの名前を思い出すより早く俺の意識はぬるりと落ちる。

最新作はちょっといまいちだったんだよな……、MIB……。


駒場は倒れかけた男を支え、ゆっくりと地面に降ろした。同僚にして先輩の阿部は近隣のサイトに連絡し、出現したAアイテムの回収を依頼している。連絡を終えたのか、阿部が振り向いた。

「先輩、回収部隊は?」
「あと十分もしないうちに来るらしい。しかし、厄介なAアイテムだな」
「まったくですよ、不定期に瞬間移動するSF映画の模型って。その度に動かされるこっちの身にもなってほしいです。今んとこ市街地に飛んでないだけマシですけど」
「最近この跳躍のパターンが分かってきたらしいからな、今後はもう少し楽になるんじゃないか?」
「おお、それは普通に嬉しいですね、財団様様です」

駒場と阿部、"財団"と呼ばれる巨大秘密組織のフィールドエージェントして異常を世界から遠ざけている二人は一仕事を終え、やれやれと肩を降ろす。駒場がすやすやと寝息を立てる男を指さした。

「それにしても先輩、この人」
「人に指をさすなよ」
「いや、差したくもなりますよ、こんな人が入り込めるか正直微妙なとこに俺らがひーこらやってきたのに、何で先越してるんですか。いや、それよりも」

駒場の言葉を予想したのだろう、阿部も男へ鋭い目を向け、嘆息交じりにその後を引き継いだ。

 

「何回目だろうな、彼と会うのは」

 

阿部の言葉に駒場は激しく頷いた。

「本当ですよ、毎回記憶処理するこっちの身にもなってください。二ヶ月前は九州の湖に放棄された異常性持ちの巨大オタマジャクシ探しに行ったら、先に食われそうになってるし」
「オタマジャクシの食い方はえげつないからな、無事でよかっただろ」
「先月は東北の寒村でキネトグリフと異常薬物使って支配してたカルトに取り込まれかけてましたし」
「あのときの作戦は大変だったな」
「俺少なくともこれまでに2ケタは収容現場で出くわしてるんですよ? この人の方が異常なんじゃないですか!?」

泡を吹かんばかりの駒場に阿部は淡々と事実だけを告げる。

「上もそう判断し、複数の試験にかけたさ。結果はシロだ。何の異常性も見られず、要注意団体、要注意人物との接触もない。経歴も徹底的に洗ったが何の埃も出てこん。ただひたすらに勘がいいだけだ、結論としてはな」
「SCiPに遭遇しやすいだけの一般人……、いっそこっちに引き込めばいいんじゃないですか? 俺もその口ですし」
「何度も打診したさ。だが答えはいつでもノーだ。頑なにな。ついでにいうと噂ではエージェントとしての記憶を埋め込もうと模したらしいが記憶固着が効きにくいことが判明したそうだ。結論として、彼には記憶消去だけしか対処法はない。同僚が増えず残念だったな」

駒場はすっかり勢いを失い、もはやこの男のことを考えるのは無駄だと呆れと疲れの入り混じったため息を吐いた。

「なんでかなあ、喜んで飛びつきそうなもんですけどね、オカルトオタクなんでしょ? この人」
「まあ、そうなんだが……」

阿部は言葉尻を少し濁し、気絶した男の顔を一瞥すると上空へ目をやった。
都会とは違い星が空の全てを覆う、雲一つない夜空だった。

「俺の推測では、彼は実際のところオカルトを信じていないんじゃないかと思う」
「……ほー、その心は?」
「羊と山羊の問題という実験がある。超常的なものを信じる人間の集団とそうでない集団の間では超常現象の発生確率が変化するという現象なんだが、俺はこれを信じる信じないの単純な二極化ではなくそのバランスじゃないかと考えている。信じる側に発生するのではなく、"そんなことは夢に過ぎないと気付いているが、あってほしいと願う"、そういった精神のバランスがそういった事象を引き起こしやすくなるんじゃないか、とな。何故かと言うと彼もそれを本能的に感じているような気がするからだ」
「ああ、だから断るってことですか。そんなものがあると知ったら、それは結局現実になってしまう。ツチノコだって見つからないうちはUMAですけど、一回見つけちゃえばただの変な蛇ですし、願うことはできなくなる」
「そうだな、俺も彼と出会うようになってから考えた理論だから穴は多いんだが」

一向に目覚める様子のない男を二人が見つめる。どんな夢を見ているのか、幸せそうにその口元はだらしなく歪んでいる。

「そう考えれば、彼は誰よりも強い願いを持っている。それは少しだけ羨ましくはあるな」
「ただのロマンチストですよ、ただまあ、そんな人が夢を見続けられるようにするのが俺たちの役目ですかね」
「お前もなかなか気障なセリフだな。……確かに、彼が自由に夜を動き回ってるうちが俺たちの華ではあるか」
「さて、とりあえず藪蚊にやられんよう車まで運んでおいてあげますか。来たみたいですしね」

回収部隊だろう、ヘリコプターのローター音が聞こえる。その方向は僅かに明るくなりつつあった。


スマホのアラームで叩き起こされる。朝だ。空は白々と日の出の気配を告げる。あと数分もしないうちに太陽が顔を見せるだろう。俺としたことがどうやら気付かない間に眠りこけていたらしい。無意識に車の中に入っていたからか、藪蚊の被害はそこまででもないのが不幸中の幸いだ。フィトンチッドが爽やかに俺の鼻腔を満たす。

しかし、朝が来たということは今回はここで終わりだ。オカルトの出番は夜と決まっているし、今夜はビル清掃の仕事がある。報告がてらSNSを確認するとアベベから心配している旨のメッセージが来ていた。ソーリー、アベベ、今夜は敵わなかった。少々残念な結果となったが、次回こそは結果を出せるだろう。俺の勘がそう囁いている。次回目を付けているのは隣県の廃旅館だ。死んだ若女将の幽霊が出るというが俺の勘はそれだけじゃない何かを感じている。

眠気覚ましのガムと糖分補給のチョコを口へ放り込み愛車のエンジンをふかす。

 

俺の名前は狐窓三種、職業はオカルトライター。夢から醒める気はまだない、俺は願い続ける限り夜を往く。

「ガムとチョコ一緒に食ったらガムが溶けるんだったな……」

口の中の絶望的状況に思わず天を仰ぐ狐窓。バックミラーに映った銀色の軌跡は朝陽に紛れ、彼が気付くことはなかった。

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