部屋の寒さは彼の骨身に染みた。審美的視点においてむき出しといってもよかった―単列の本棚が1つ、扉の向かいの窓無し舷窓に隣接しており、そこでは光り輝く地中海を見ることができた。部屋の中央には低い書き物机があった。そこには'男'が座っていた。
「戸を閉めてもらえるか」彼と同僚が日常的に聞く、ざらついたとどろく声―しかしここでは穏やかで、むしろ喜ばしくすらあった。
彼は扉を閉めた―年季の入った、くすんだ茶色の木製だった。
'男'は再び口を開いた。「こっちへ来て楽にしたまえ。積る話もあるだろう」彼は扉から離れ、'彼'の向かいに座った。
「君を今日ここに呼んだのは」'彼'はゆっくりと喋った。「東の友人のことで手を焼いていると聞いたからだ」
「そうであります」
「なぜだね?」
彼は適切な反応を呼び起こそうとしたが、頭は真っ白だった。「遺憾ながら存じません」
これを聞き、'彼'は顎を擦った。「暗唱を頼んでもいいか?私の精神は以前ほどではないのでな」
彼が明朗さを取り戻し、眼鏡がかすかに光った。「もちろんです」
「なら理論を頼む。3章―2行目から6行目まで」
完璧に調律された楽器の正確さで、言葉は彼の口からあふれた。「『規律と道徳の鑑であるところのアジア人種―肉体的には異なろうと倫理的にはアリアン的であると当然認められる―は彼らの半球を所有し、支配せんとする生まれついての意志に縛られ、新秩序にとっての多大な利益になるであろう』」
「見事だな。記憶の熟達は学問の最初の一歩だ。しかしまだ十分ではないと見える」
すでに極寒の部屋はさらに1つ温度を下げた。汗が彼の額を流れた。彼は顎を食いしばった。
しかし驚くべきことに、'彼'は少し前より相当厭世的な様子でため息をつき、後ろに傾いた。
「君は誤解しているな。私は教師以外の何物でもない。ただ君の教育はこれまで不足していたのだ。それは正せばよい」
彼はリラックスし、眼鏡を直した。「何をお考えで?」
'彼'は微笑み―痛々しい、不自然なしかめっ面だった―机の自分側の書類入れを開けた。「君が財団について知っていることを教えてくれ。私の知る限りでは君の専門分野だろう」
「何をお知りになりたいのですか?」
'彼'は小包を1つ引き出して開き始めた。「とにかく沢山だ。君は彼らをどう思う?」
彼は一瞬思案した。波が外の岸で砕けた。
準備が出来ると彼は口を開いた。「彼らは人類の不滅の形態への最終的な上昇に対する最大の脅威です」
小包が完全に暴かれると、'彼'は奥から薄いファイルを取り出して彼に手渡した。
彼は眼鏡を直すとフォルダーから1枚を引き出した。'彼'を見上げ、また紙に目を落とした。彼は瞬きした。
「これは彼らの判。そして透かし―指揮官、なぜこれを?」
「我ら最大の敵が長年熟達してきたことを、何故我々が向上させようとせねばならぬ?」'彼'は椅子で寛いだ。「進むがいい―己を啓蒙しろ。英語は読めるだろう?」
艶のある黒い記章から目を離し難いまま、彼は頷いた。
「君が読み終わるまでは黙っておこう」
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グループ #: 39-7, "青海白水の民兵(The Militia of Blue Sea White Water)"
構成員数: かつては200以上
資産: 不明; 相当量であったと考えられる。
状態: 消滅概要: 青海白水の民兵[ママ]は政治的に重要な日本の官吏からなる秘儀的諜報部隊でした。その下部構成員はアーネンエルベの日本での活動を支援するよう買収、脅迫あるいはその他の方法で強要されたIJAMEAの諜報員、憲兵隊の高官、731部隊の創立時のメンバーなどから成っていました。
このような部隊のアイデアは日本軍の真珠湾攻撃の直後、ミュンヘンでのトゥール協会の会合に端を発します。オブスクラコーア(Obskurakorps)指名大将(General Appointed) 1[編集済]が、戦後大日本帝国を傀儡国家化するのに都合のいい、民族的日本人からなるグループを提案しました。これは最終的にヒムラーに届き、[編集済]の絶対的監督下に置くという明示的な命令の元で認可されました。
グループの呼称は誤訳ではありません。当初の意図はいかなる内部文書でも自然な日本語的に見える名前を作ることでした。
抜粋された共謀者らが時折Uボートにより黒室(black room) 2へ密輸送されました。ここで彼らは速さ、持久力、骨密度および超自然的能力といった身体的特性を強化することが可能な異常設備に晒されました。彼らはまた部分的にロボトミー手術を受け、そのために仲間内で'虜'として知られるようになりました。本土に戻ると前線には配属されず、他のより忠実でない民兵を従わせる手段として用いられました。
集団の戦争中の目的には3つの要素がありました。最初にして最大の目的は、帝国政府が他の枢軸勢力から隠したままにしている異常資産をいかなるものでも回収することでした。この点に関して、彼らは全ての情報において成功していました。報告は終戦までに27~99個のオブジェクトがナチの手に渡ったことを示しています。
第2の目的はおびただしい量の人身攻撃に関わるものでした。道義上の純粋性の授与と団結の宣言に反し、親衛隊とその他の者たちの一部は日本の政治的状況に不満を抱いていました。戦後の列島への侵攻において、民衆の昭和天皇に対する狂信的な献身は鎮圧することが困難になるのではないかと多くが恐れていました。最終的にこれに備えるべく、民兵はその相当な政治的影響力を国家レベルで選挙結果に影響を与えるために使うよう課せられていました―中傷文の生産、不祥事の手配など。一方で、操作しやすくドイツの大義に共感するとして選出された政治家らが宣伝され、本州南岸に輸送された金により資金供給されました。
最後に、民兵はある複数の事例で宮中に対し襲撃、暗殺その他の敵対的な行動を実行するよう命令されました。虜が対照的な処遇を受ける一方で、主流の採用者はほぼ常にこれらの作戦から除外されていました。最低でも3度天皇を殺害する試みがありました。いずれの場合も彼の個人護衛により阻止されました。
IJAMEAは政府内における民兵の最も重大な敵でした。一連の窃盗と交戦でいくつかの主要なアーティファクトが失われた後、彼らは軍隊の権力機構内に存在するスパイを取り締まり始めました。数名の構成員がナチスとのつながりが暴かれた後、自殺を図りました―しかし、より広範な陰謀の証拠は発見されませんでした。ただちにベルリンに対し破壊活動を停止するよう要求する代わりに、彼らは終戦まで問題追及を待つことを選びました。
1943年6月、ヒムラーは[編集済]とその他の民兵の計画者に計画の解体に着手するよう命じました。代わりに、彼らとオブスクラコーアの多くは延べ棒の備蓄、数名の虜、グループが機能していた間に回収されたオブジェクトのわずかな蓄えとともに本土へ逃亡しました。数年間彼らは本州の沖で発見されることなく生活し、そこでは計画の過程で[編集済]に傾倒した構成員らにかくまわれていました。欧州での戦争が終結に向かい始めると、民兵は米国に捕縛される恐れから逃走するか、あるいは最終的にオブスクラに合併されることになるであろうものにとどまった一方、脱党者らは一時的にオデッサの退避の努力を援助するために戻りました。AOI3の暗殺者に追跡され、処刑されることのなかった共謀者らは余生を平穏に過ごすか、財団を含む様々な超常機関に吸収されました。
脚注
1. 部門の最高指揮官。大まかにメイジャー・ジェネラルの階級に相当する1。
2. ベルリンにあったオブスクラコーアの科学部門司令部。
3. 連合オカルトイニシアティブ。最終的に世界オカルト連合として知られるようになる組織の前身機関の1つ。
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彼は文書から顔を上げた。「それで、」'彼'は言った。「理解したかね?」
「はい」
「私に説明しろ。君がしたことが何故間違っていたのか教えてくれたまえ」
再度彼は少しの間考えた。彼は自分が一撃を加えた男のことを思った。目にした火のことを、彼の憎悪の大きさのことを思った。暴力の歴史を刻んだ、その個性的な色を。「龍と相対するものは獅子をも頼む」
'指揮官'は机に手のひらをつくと立ち上がった。「ここまでだな」嘆願者は座ったままだった。「立ちたまえ」彼は命じられるままにした。「外で馬が君を待っている。彼女は君が行くべき処を知っている」
「仰せのままに」
「マイルズ、私は今日ここで我々が為した進歩に満足している。だがもし再度まみえることになるならば、その時は暴力に強いられてのことだろう」
彼らは敬礼した。「道理は貴方にあります。感謝します」
「どういたしまして」
彼は部屋を去り、指揮官は再び腰を下ろした。部屋にはまだ陽光があった。実りの時は近い。しかしまだ為さねばならぬことは山のようにあった。整理せねばならない記録と汲まねばならない水があった。天気はよく、潮はなおのこと穏やかだった。
美しい宵になるだろう。