SCP-5846(記録用: Serial Serial Killer Killer / 連続連続殺人鬼殺人鬼)
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警察による“ビル・ジョーンズ”(本名不詳)の似顔絵。現在、SCP-5846-Aだった可能性が高いと信じられている。

アイテム番号: SCP-5846

オブジェクトクラス: Neutralized

特別収容プロトコル: SCP-5846再分類以降の収容試行は、当該現象に対する一般社会の認識の拡大を防ぐことを重視しています。この試みにはSCP-5846事件に関する全ての警察文書の押収とアーカイブ化、並びに証拠の破棄と捏造が含まれます。SCP-5846-A (現在は死亡と推定) の身元を特定するための努力が進行中です。

説明: SCP-5846は1968年から1979年にかけてアメリカ合衆国の複数の州で発生した一連の殺人事件を指します。既知の全ての事例において、被害者は自宅で射殺されており、目撃者はいませんでした。

現在、SCP-5846の被害者13名全員が、最低7件以上の殺人に関与した連続殺人犯であると確証されているか、もしくはその疑いがあります。しかしながら、SCP-5846の発生当時、これらの被害者はいずれも犯罪行為の容疑を掛けられていませんでした。SCP-5846の犯人 (SCP-5846-Aと指定) は特定されておらず、回収されたDNAサンプルの調査で決定的な結果は得られていません。SCP-5846-Aが具体的にどのような手段で13名もの殺人犯を — 幾つかの事例では、犯行が明るみに出る数年から数十年前に — 発見できたかは不明です。

補遺-1: 既知の最初のSCP-5846事例は、1968年3月4日、38歳の教師 ルイス・ウェインライトがカリフォルニア州グリーンハイツの自宅で脊椎を複数回銃撃され、死亡した事件です。ウェインライトは隣人や同僚から、友好的でカリスマがあり、地元の子供たちに好かれていた人物だと述べられました。検死の結果、ウェインライトの指紋は複数の未解決殺人事件の現場で発見されたものと同一であることが発覚しました — 全ての事件は報道機関から“キューボール・キラー”と呼称される正体不明の加害者に関連していました1

ウェインライト邸のコーヒーテーブルの上には、以下の文言を記した手書きメモが置かれていました。

こいつの仕業だと言ったはずだ。

ウェインライト殺人事件の2日後、タフト郡に勤務する複数の警察官が、犯行の2週間前、“ビル・ジョーンズ”2を自称する30代前半と思しき白人男性から、キューボール・キラーの正体はルイス・ウェインライトのはずだという訴えがあったと主張しました。

ウェインライトと面識が無く、彼の存在さえもそれまで把握していなかったにも拘らず上記の結論に至った理由を訊かれた際、ジョーンズは“腹の中でそう感じる”という以上に詳しい説明ができませんでした。この回答は数名の警察官から笑いと揶揄で一蹴され、ジョーンズは信憑性のある証拠を得ない限り警察署に戻ってこないように指示されました。

以上の経緯に加えて、重要な手掛かりも無かったことから、ジョーンズはウェインライト殺人事件の容疑者として有力視されましたが、追跡・逮捕の試みは全て失敗に終わりました。ウェインライト殺人事件は発生当時も財団の注意を引きましたが、1970年、類似する事件の続発に続いて、超常犯罪学を専門とする収容エキスパートの委員会は、これらの殺人は超常活動の結果であると見做し、SCPステータスを割り当てました。

1971年5月31日を以て、SCP-5846はKeterクラス異常現象に分類され、将来的なSCP-5846事例を監視するために、民間法執行機関に潜入する財団職員の数はその後数年間で大きく増員されました。

補遺-2: 6人目のSCP-5846被害者はテキサス州ウィチタフォールズ在住の司書だった49歳のフランク・マディソンであり、1972年11月17日に自宅の外で庭仕事をしていた際に6回銃撃されて死亡しました。翌週、マディソンの隣人だった精神病歴がある28歳のメキシコ系移民 アルトゥロ・ベルモンテが、根拠薄弱な証拠に基づいて逮捕されました。

同年12月19日、ベルモンテが拘留されているウィチタ郡留置所に駐在していた財団エージェント コナー・オサリバンが匿名の電話を受けました。発信者の男性はマディソン殺人事件の真犯人を名乗り、当時まだ公開されていなかった現場の詳細を幾つか明示したうえで、アルトゥロ・ベルモンテは無実であると述べました。

発信者は更に、前科の無いマディソンが1965年から1971年にかけて12名以上の人物を殺害・解体したと主張しました。身元を訊ねられた発信者は、名前を明かすことはできないと主張し、自分は“神様に呪われている”、“自分がやらなければ誰もやらない”と語りました。

この通話記録は全て除去・アーカイブ化され、後日、財団エージェントによってプレザント・クリーク近郊の公衆電話ボックスまで追跡されました。翌年、アルトゥロ・ベルモンテはフランク・マディソン殺人事件で有罪となり、懲役18年の判決を受け、5年後の1978年に独房で自殺しました。この事件以降、SCP-5846-Aからの連絡はありません。

補遺-3: 既知の最後のSCP-5846事件から15年以上が経過した1994年11月3日、最近発見されたDNA証拠物件によって、ワシントン州マールボロ在住の64歳男性 ティム・ブロディが、1968年から1987年にかけて発生した殺人事件6件に関与した疑いが浮上し、逮捕されました。ブロディは9ヶ月近く無実を主張し続けた後、13歳から22歳までの30名以上の女性を強姦・殺害したと告白しました。翌年、ティム・ブロディ (報道では“マールボロの人でなし”として知られる) は裁判で有罪となり、最終的に薬物注射による死刑が執行されました。

ブロディは1995年10月に行われたインタビューにおいて、1980年2月に武装した人物が自宅を襲撃して複数回発砲し、2発の弾丸を左肩に受けたと語りました。ブロディは侵入者を圧倒し、その腹部に5回発砲したと主張しました。ブロディの証言によると、侵入者は失血で死亡する前にブロディの過去の被害者の名前を列挙し始め、うち数名は当時まだ行方不明届すら出されていませんでした。

被害者たちの名前を知っている理由を訊ねたところ、侵入者は激しくすすり泣き始め、分からないと述べたとのことです。ブロディは闇医者に自らの傷を治療させた後、侵入者の遺体を処分したと主張しましたが、埋葬地を明かすことを拒否しました。

ブロディが説明した侵入者の容姿は、タフト郡の法執行機関が描写した人物のそれと酷似しています。最初のSCP-5846事件から30年後の1999年8月31日を以て、当該現象はNeutralizedに再分類されました。

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