休日返上のデート、あるいは地味すぎるヒーローショー
rating: +27+x
blank.png

平和な日曜日を絵に描いたような昼下がり。
関東の、さる遊園地。子連れの家族や友人であろうグループ、あるいはカップルたちで賑わうテーマパークの雑踏は、そんな形容がよく似合っていた。

「いやぁ、楽しいですね、遊園地」
「でしょう? 昔はよく来たんですよ、こういうとこ」
「私はずっと財団の施設で育ったので、こういうのは新鮮で楽しいです……人が多いのはちょっと疲れますけどね」

財団職員であるところの金崎かなさき研究員とエージェント・上波うえなみも、その平和を謳歌していた人々の一員であった。
先日、財団月下氷人会の主催のもとで行われた職員同士の交流会で知り合った2人は、今となっては休日を利用して遊園地に2人して出かける仲になっていた。
財団職員とて人間である。同僚と仲良くなったりもするし、休日にはデートだってする。伸ばせる羽は伸ばす──それが財団の歯車として効率よく稼働するためのコツであると、少なくとも2人は知っていた。

「ああ、人混みは疲れますよね……ただでさえ慣れてないでしょうし。もう少し休みます?」
「いいえ、心配はいりませんよ。折角だから今日はめいっぱい遊びます」
「あはは、じゃあ次はあそこ行きましょう」
「フリーフォールって言うんでしたっけ? 上波さん、絶叫系大丈夫なの?」
「流石に来ると分かってるビックリならだいじょ──うわあっ!?」

やや人混みから離れたベンチに座って、行きかう人々やご機嫌に回転するメリーゴーランドに目もくれず軽食と世間話に興じる2人の空間を引き裂くように、突然、携帯型のデバイスが鳴り響いた。

「……緊急通信?」
「みたいですね……」

財団支給のデバイスが非番であるにもかかわらず鳴ったということは、おそらくそういうことだろう。
パスワードを打ち込んでデバイスを開き、目配せして、メッセージを確認する。

『お休みのところすみません』
『上波さんと金崎さんですか?』
『はい。どうかしましたか?』

細切れに送られてくるチャットの続きは、伸ばした羽をひっこめるのに十分なものだった。

『オブジェクトです。確保に協力してください』


「あの、何だっけ、ちょっと前にできた何とかって遊園地あるじゃん」
「はい?」
「詳しくは送った資料見てほしいんだけど、あそこの周りでGOCが動いてるっぽいんだよね」
「……なるほど」
「というわけで、監視にあたってほしいんだよ。頑張ってね、太田ちゃん倫ちゃん。明日明後日あたりが怪しそうだから休日返上になるけど」
「えぇ……」
「代休出してあげるからさ。いざ事が起こった時にすぐ対応できるきみらがいた方が便利なんだって、ね? 頼んだぜ」

という流れを踏まえて、H.E.R.オペレーションという、即応人員としての区分に割り当てられた2名のエージェント──エージェント・太田及びエージェント・十為の両名は件の遊園地で今朝から人ごみに紛れていた。

「……いい加減飽きますね」
「まあ、な……」

楽しげな雰囲気に当てられて多少は心弾めど、仕事で来ている都合上遊び回るわけにもいかず、監視任務にもいよいよ中だるみが生じ始めていた。
この人口密集地で事が起きたらまずい──それを防ぐか軽減するかのためにH.E.R.Oの彼らがここに来たのだが──とはいえ、いつまでも緊張感を保てるわけはない。平穏そのものな休日の雰囲気の中ではなおのこと、である。

「……どうする十為、少し休憩でもする? 食事処でも探そうか?」
「いや……」

今日明日が怪しいとは言えど、GOCそれらしき人間も見当たらない、異常な兆しが見つかったわけでもない、今すぐ何か事が起こりそうという雰囲気でもない。であればすぐ駆けつけなければならないような事態にはならないだろう──そう判断して、休憩を挟もうかと提案したが、隣を歩く十為後輩の反応が薄い。

「先輩、あれ」
「ん?」

「どうした?」と問いかけようとした太田を、十為が呼び止めた。
十為が太田の袖を引き、顎でそれを指し示す。

「……きぐるみじゃん」

指し示されたのは遊園地のマスコットであろう、園内を闊歩するクマのきぐるみだった。
何か見つけたのかと思ったが、この後輩は存外はしゃいでいるのかもしれない──と考えたところに、その後輩が続けた。

「きぐるみって単独であんなスムーズに動けるんすか?」
「なるほど」

言われてみれば確かに、だ。
きぐるみというのは介助人を伴うのが常だろうが、しかし、件のクマにはそれと見受けられる随伴者がいない。視界も身体の駆動も制限されるであろう条件下で、あそこまで軽快にこの人々で賑わう園内を歩き回るというのは、少し、いやかなり怪しいかもしれない。

「案内に載ってるきぐるみと見た感じちょっと違うし、それに」

と、十為が円筒状のものを投げてよこした。『見てみろ』とジェスチャーで促された通りに、覗き込む。

熱源計器サーモです」
「どうしてそんなもの持ってるんだよ、こんな混雑地に来るのに」
「『こんなこともあろうかと』っすよ、基本でしょ」
「ふぅん、何にせよ助かるけどね」
「まぁほんとはこいつのアタッチメントセットの1つですけどね。まさかこういう使い方するたぁ思いませんでしたよ」

ジャケットの左胸──正確には、その下のホルスター──を掌で叩きながら嘯く十為を尻目に、視線できぐるみを追う。

「……中身、綿?」
「知らねーけど、そういうことです」

熱源が、無い。きぐるみの中身は蒸すことで有名だが、しかし件のきぐるみには、周りの人々のような熱が無い。そのせいでサーマルスコープで捕捉するのに苦労したが、例のクマはほぼ、平温だった。

「アノマリーかぁ……」
「でしょうね」

サーマルスコープを返しながら、そうこぼす。
"まぁおそらく異常であろう"と、見解は一致した。

「問題は」
「どうやって確保するか、だな」

2人して、視線を交わす。
何せこの人混みだ──白昼堂々大っぴらに収容活動に出るわけにもいかない。
せめて民間人の誘導か区域の閉鎖かが欲しいところである。

「確か、上波サンと金崎サンでしたっけ? ここ来てるんですよね」
「……申し訳ないけど、ご協力願うかな──」

2名のエージェントは顔を見合わせ、上波と金崎の2人が申請した通りに行動しているなら現在この遊園地に休暇中の手空きの財団職員が2人いるはずだという事前情報を確認する。
苦い顔をした太田が「心苦しいけどね」と口にしながらデバイスを開いて、メッセージを打ち込んでいく──『お休みのところすみません』。


──そして、2組の財団職員が集合した。

「すみません、金崎さん、上波さん。お出かけ中に邪魔してしまって……」
「まぁ、そういう仕事ですからね、我々」

心底申し訳なさそうに挨拶する太田に、ベンチから立ち上がって、金崎研究員──金崎かなさき瑞希みずきが苦笑いで対応する。

「社交辞令もいいですけど、仕事の話をしましょうよ」
「そうですね。やるべきことは変わらないわけですし……デートは惜しいですけど……」

地べたに座りこんだ十為が発した言葉に、ベンチの上からエージェント・上波──上波うえなみ明日あすがそう追随して、残る2人が頷く。

「じゃあ、さっそく……対象は写真を共有した通り、自律活動するきぐるみです」
「はい」
「中身は?」
「少なくとも、熱を発するものは入ってません」
「……人が入ってないきぐるみって、ぬいぐるみじゃないんですか?」
「確かに」

金崎のある種間の抜けた発言に同調する十為をよそに、「それはそれとして」と前置いて説明が続く。

「暫定"きぐるみ"のこいつですが、GOCが狙ってる、ぽいです。俺たちは元々GOCの監視でここに来てるんですけど、多分これを狙ってきたんだと思います」
「なるほど……難儀ですね」

案じるような表情で上波がそう言った。
「ええ、まぁ」と苦笑いしながら、太田は続ける。

「なので、直接の確保は戦闘の備えがある俺たちでやります。お2人は補助──上波さんには適宜俺たちが動ける場所の形成ないしピックアップ、金崎さんにはオペレーター、情報の整理とアナウンスをお願いしたいです」
「わかりました」
「了解です」

太田の説明に、金崎と上波が目を合わせて、めいめいに頷く。
そして十為が片耳にイヤホン型の無線機を嵌めながら、口を開いた。

「オレらは無線機で連絡を取るんで。金崎サンのデバイスをホストにして繋ぎます。上波サンからの連絡はどうします?」
「記憶処理器は持ってるけど、無線機までは流石に……デバイスから適宜、ですかね」
「了解す。んじゃ金崎サンが情報をうまいことやりくりしてください。動き回るんでこっちからの発信はタイミング限られますけど、そちらからの伝令は聞けるようにしますんで」

ああだこうだと、そのままの流れでいくつか細かい手順をすり合わせていく。
そして概ねやるべきことが定まり、「じゃ、そういうことで」と十為が立ち上がって締めくくりかけたところで、「あの」と遠慮がちに上波の声が上がった。

「どうしました? 上波さん」
「あの、できれば荒っぽいことはしてほしくないっていうか……できる限り穏当に、お願いしたいなっていうか……」

十為の"何言ってんだ?"という視線を受けつつ、俯きながら、上波が続ける。

「いや、無理言ってるのはわかってるんです。流石にオブジェクト相手に手心加えろとまでは言いません……できるだけ優しくしてあげてほしいとは思いますけど、流石にそこは弁えてます。でも、その、せっかくの休日じゃないですか。ああいや、デートのことを言いたいわけじゃなくて……家族づれとか、カップルとか、団体様とか、みんな、楽しそうじゃないですか。その幸せを、できる限り壊さないであげたいなって……」
「上波さん……」
「……なるほど」

恥ずかし気な上波を見守るような金崎の視線に応えるように、太田が、納得したようにそう発した。
それなら。そういうことなら、大丈夫だ。

「それなら、ええ、大丈夫ですよ。H.E.R.O俺たちが、約束します。『みんなの平和』を守れなくて、H.E.R.Oヒーローが務まるもんか」
「つまり、オレたちはどうしろと?」
「目標──迅速かつ的確に、最小規模の被害と交戦での対象の確保」

"で、いいんですよね?"と視線で上波に問いかけつつ、太田も踵を返す。

「あ、ありがとうございます……」
「……ヒーローショーにしては地味になりそうですね」
「うるせぇよ。それじゃあ──」
「はい。状況開始です」

金崎の声を受け、3名のエージェントが駆けだした。


『監視映像、取得できました!』
『仕事が早いですね、とお伝えください』

雑踏の中、上波が早くも電気系を攻略して園内の監視映像を傍受できたらしい、との報を受けデバイスのテキストメッセージで応答した。専門が電子ゲームの筐体なだけあって、電気系には強いようだ。

「というわけで、俺たちの仕事だけど……」
「……」

太田と十為──H.E.R.オペレーションの2人は園内を往く人々に紛れ、目標である例のきぐるみを追っていた。
監視映像の情報を伝える金崎のオペレーションに従って、とりあえず件の"きぐるみ"を視野に入れるところまではできた。
が。

「やっぱりいるか、GOC……」

彼らと同じ目つきで、子供たちに手を振りながら園内を練り歩くクマを凝視する者たちがいた。
めいめいが同行者と見つめ合い、またはアトラクションや園内の景観を楽しげに眺める中で、3人組の彼らの眼は、それとわかる者が見ればわかる程度には、異質であった。
獲物へ虎視眈々と注がれた眼光からするに"向こうはまだこちらに気づいていない"と判断して、無線機のマイクをオンにする。

「金崎さん、GOCです。多分3人組。こっちには気づいていないと思う」
『そうですか……』
「……で、どうするんすか」

3人組の男男女パーティを盗み見つつ、小声で会話を交わす。
その気になれば拳銃を使って無力化することもできようが、先ほど決定した方針に従ってそれは『無し』である。だから──

「とりあえず、それとなく妨害かな……」
『そうですね……できれば、足止めしたいかな』
「オレ行きましょうか?」
「いや、いい。お前顔に傷あるだろ、目立つからな……覚えられたら困る」

後輩の進路を腕で遮り、「俺が行ってくる、待ってて」と言い残し、無線機をポケットにしまいながら太田が男男女の3人組の方へ向かう。

「すみませーん! お時間いいすか、ちょっと迷っちゃって……」

手を上げながら気さくな風を装い話しかけてきた太田に対し、"きぐるみ"を見失った男が一瞬怪訝な顔を向けるが、パッと作ったように笑みを浮かべて"男男女"の紅一点が前に出た。

「はい、なんでしょう?」
「お土産屋さんに行きたいんすけど、まず場所がわかんなくて……」

ポケットに刺さっていた地図を取り出して3人の前に差し出し──そして空いている片手を体の後ろに回して、人差し指を伸ばした。
"行け"。
十為は太田の意図した通りそう受け取って、"きぐるみ"の後を追いかけた。



「十為です、先輩と別れて単独行動してます。GOCは先輩が足止めしました。連中はのこと見失ったっぽいです」
『わかりました、では十為さんはそのまま対象を追いかけてステージまで向かってください。対象は園内を周回する形で移動していますが、その途中でステージに近づくはずです。いまならステージは使われていないはずです。なのでそこで上手くスタッフルームに押し込むなどしてください。お気をつけて!』
「ステージですね、了解す」

"男にしてはなよなよした声だな"と、指示する声を聞きながら十為は初対面時から掴みかねていた声の主の印象を整理する。
まぁ研究職なのだからなよなよしているのは別に罪でも何でもないのだが、しかし、"簡単に言ってくれるよな、これだから内勤ホワイトカラーサマは"とも思う。

安穏な往来の中にいて浮く程度には尖ったその風体から察せられる通り、十為は元不良少年ヤンキーである。故に知的な人種や目上年上の者にやや当たりが強い節がある。思春期ほぼまるまるを経て染みついた癖は流石に抜けないが、今となっては財団に従業するいっぱしの社会人であり、これでもだいぶ丸くなった方であるとは自他ともに認めるだろう。ある点を除いて

「十為です──ここで、ります」
『わかりました、ステージ裏は依然無人です。周辺も通行人は少ないので、最悪後で隠蔽できると思います』

無言で通信を切り、元々柔らかくはない目つきをより厳めしくして、無人のステージに近づいていく"きぐるみ"を睨む。まるで"憎い"とでもいうかのように。
エージェント・十為、十為倫──財団に入ってから名乗っている名である──彼はそもそも異常存在の絡む事件の被害者であり、半死半生の状態になっているところを財団に保護されて『財団入り』したエージェントである。

「お前らがいるから……」

心底忌々しそうに、吐き捨てる。
その経歴故に異常存在達への敵意は、根深く、強い。
お前らみたいなのがいるから、何もかもが台無しになる。だから、お前たちはおとなしく闇の中にいるべきだ。

「獲った──!」

"きぐるみ"がステージ前の観客席を通り過ぎたのを確認し、一息に駆け寄る。
だから、光を汚そうというなら、オレがぶちのめす。そう怨念を込め、腕を掴かもうとし──

「……っ!?」

瞬間、"きぐるみ"が振り返り、十為の胴に柔らかい布の感触と衝撃が伝わった。
人の歩幅にして数歩分吹き飛ばされ、"迎撃された"と理解するのに次いで、背中に衝撃が走る。

「……てめぇ……!」

殴り飛ばされ、勢いのまま転がり、観客席にぶつかって止まる。全身の痛みを感じながら観客席に掴まって上体を起こすと、そこに"きぐるみ"はいなかった。
"逃げられた"。舌打ちと共に、確認する。

「クソが……」

もう一度舌を打ち、悪態を吐いて立ち上がる。
1人、立ち止まって自身を見る通行人を横目で確認しながら、無線機のマイクをオンにした。


『十為です。逃がしました……野郎中身綿のくせに一撃が重え』
「ドンマイ……金崎さん、対象は?」
『十為さんを迎撃してステージから走って逃げた後はジェットコースターの方に向かっています。ちょっと今までのパターンから外れた動きをしてますね』

"男男女"組から離れて、太田は付け直したイヤホンから後輩の声を聞いた。
どうにも確保しようとして抵抗されたらしい。見かけによらず油断ならないのだろうな、と判断する。

「了解です、上波さんから次のポイントの指定は?」
『いくつか候補は上がってますが、とりあえず対象と距離を詰めないことには』
「わかりました……とりあえず俺と十為ならどっちのが近いですか?」
『どちらかといえば太田さんです。どうしますか? かなり力が強いみたいですけど』
「だったら単独で大丈夫なはず、です。太田、コースター方面に向かいます」

ゴーカートのコース前で引き返して、ミラーハウスの前を右に曲がり、ジェットコースターの方面へ急ぐ。
すれ違う人々に気づかれないように小声で、後輩に語りかけた。

「十為、気にするなよ。情報が得られただけで儲けもんだし、何より無事でよかった」
『そんなにヤワくないっすよ、オレ』
「ならいいけど」
『オレはちょっと目立っちゃったんで事後処理してから向かいますが、1人でいいんすか?』
「ああ、大丈夫。俺なら」
『そっすか。じゃあオレは一度切りますが、済んだら連絡しますんで』
「うん」

自分なら大丈夫だと、判断している。力が強いだけなら、太田守にとって大した敵では多分、ない。そういう風に生まれついているのだから。
エージェント・太田──太田守は、その生物学的発生において"異常"の影響を受けていて、その結果、人並み外れた膂力をその身に宿している。今ではRINGという、バングル状の拘束具によってその特性はある程度抑制されているものの、『そう生まれた』という特性は消えてなくなるものではない。
だから大丈夫だし、自分がやるべきだと、太田はそう考えている。

「俺が、やるべきだ」

独りごちて、確認する。
既に人手ほしさに金崎や上波を巻き込んでしまっている。それに──捜索の手も多いに越したことはないが、しかし──十為の言うように対象が強いとなれば、上背タッパはあるにしろ女性で研究職な金崎や体格や垣間見えた本人の気質からして戦闘は不得手であろう上波には、やはり回収は任せられない。
だから、"自分がやるべきだ"と、そう思う。

『太田さん、お昼のパレードが始まるみたいです。これからメインストリート以外は人が減ると思いますが、対象は?』
「ちょうど今、見つけました」
『よかった、なら話が早いですね。対象の移動経路を俯瞰してみたんですが、今はどうにも人が多い方に向かっているみたいです。厄介ですが』
「そうですね……それは話が早い。先回りしろってことですよね。手ごろなポイントは?」
『そのままジェットコースター乗り場を通り過ぎて、お化け屋敷まで行ってください。その前の道がちょうどメインストリートへ通り抜ける形になってます。少し遠いですが、大丈夫ですか?』
「大丈夫ですよ。俺、脚速いんで」



指定されたポイント──ありがたいことに人払いは済ませてくれていたらしい──にて、仁王立ちをする太田の前に、"きぐるみ"が現れた。

「……やあ。ここは通行止め、ということになっているみたいだよ」

返答は、ない。"きぐるみ"は困惑したように、立ち止まるだけである。
どうやら知性は有していないか、あるいは発話能力を持たないということだろう。マスコット然としている、と思った。
"だとすればやっぱり、俺がやるべきだ"とも。

「一応、言っておくと。俺たちはできればお前と仲良くしたい。悪いようにはしないよ」

──お前と俺は、そう違わないから。声に出しはしないが、そう思う。
無人の区画に、一瞬の沈黙が流れた。遠く、背後の方でパレードの喧騒がやかましい。

「ただ、お前がいると色々迷惑がかかるんだ。勝手なこと言ってるとは思うけどさ、それでも、お前はここにいるべきではないんだよ。実際、そう考える奴らがお前を殺そうとしてる。だから悪いようにはしない……したくない、という方が正しいかな。だから」

『できる限り荒事にはしない』という方針には、太田も賛成している。
平穏に暮らせるように、守られるべきだ。光の住人も、闇の住人も、等しく。
だからこそ。

「おとなしく、俺たちに捕まってほしい。そうでないなら、こちらにも考えがある」

同じ闇の側の生き物として、思う。そういう生き物には、そういう生き物なりの生き方があるのだと、故に、同じ世界の闇の側の生き物として、これを捕まえるのは自分の役目だと、思う。
だから。大人しく捕まってくれるといいんだけど。
そう思いながら、数歩距離を縮め、拳を構えて、ファイティングポーズを取った。

「……」

"きぐるみ"が、重心を前に傾むけて──四足歩行の体制を、取る。
"来るか"と、息を吐いて殴りかかろうとした、直後。

「え?」

くるりと反転して、"きぐるみ"が、逃げた。
てっきり抵抗してくるものかと思った──完全に、虚を突かれた形となる。
傾けた重心が行き場を失って、体勢を崩す。

「ちょっ、待……っ!」

その体幹でもって転倒することなく体制を取り戻して、脱兎のごとく逃げだした熊の"きぐるみ"を追って駆け出す──が。

「速っ……!?」

先手を取られたというのもあってか、それでもかなりの健脚である太田でさえ、振り切られていた。
追う。しかし、距離は縮まらない。駆ける。しかし、追いつけない。
時には邪魔なものは飛び越えながら、追い駆ける。
しかし。

「ぜぇ……あれで、撒かれるとか、嘘だろ……」

静物アトラクションエリアを駆け回ったが、ついぞ、撒かれた。
太田ならば背の低い家屋型アトラクションくらいであれば屋根を飛び越せる──し、実際そうして目立たなそうな場面では飛び越した──が、それでも完全に見失った。

「太田です、撒かれました……あれ、結構速いです」
『うそ、あの速さで追いかけて撒かれるんですか?』
「マジです、すみません……」

息を整えながら、無線のマイクを通して報告する。

「今、対象はどこに……」
『太田さんのいるエリアを抜けて、1つ隣の……コーヒーカップの方ですね。今は歩行してます、二本足で』
「遠いな……近くに、十為は?」
『十為さんはちょうど太田さんと対象を挟んで反対側にいますね……』
『ええ、今向かってます……上波サンの指示は?』
 
通信に混ざった十為の質問に対する答えを待つ耳に聞こえたのは、あまり良くない報告だった。

『というより──その上波さんが、一番近いです。本人曰く"自分でやる"って』
「……うそ」


裏方仕事ばかりやっていたが、どうやら自分にもお鉢が回ってきたようだと、エージェント・上波は気合を入れた。
上波明日はどちらかと言えば戦闘能力が低い部類である。だから、と言ってはなんだが、しかし機動部隊や戦闘を担当するエージェントたちが怪我して帰ってくるのを──もっと酷ければ帰ってこないのを──見るたびにいつも申し訳ないと思っていた。思いつつも、痛いのも乱暴なのも嫌で、避けてきた。
実際、上波自身向いていないのは自覚している──身体が大きくないのだ、そもそも。銃を扱うにしたって、やはり体格や筋力は要求される。太田のような個体は、例外である。
それでも。

「今日は金崎さんもいるんだし」

"いいとこ見せなきゃな"と、思う。
それに、無茶を言い出したのは自分だ。十為も、太田も、随分と苦戦しているらしい。その責任は、間違いなく上波自身にもあるだろうと、考える。

「平和は、守ってみせるよ」

だから、言い出した手前、その責任は全うしなければならない──し、何より、その方針は自分自身にとって大切なものだから。
「よし」、と得意のゲームに立ち向かう前のように掛け声をかけたところで、デバイスが振動して着信を告げる。
──着信名、金崎瑞希。

『上波さん、大丈夫? 簡単にだけどまとめたデータ送ったけど、読んだ?』
「ええ、読みましたよ」

少し緊張しながら取った電話口から、金崎が問う。
心配されている、らしい。ありがたいことだ。

『ほんとに大丈夫? 脚は速いし力は強いみたいだけど……』
「脚はそれなりに自信ありますけど……力は、まぁ……」

苦笑いしながら、デバイスのマイクに向かって言う。
力については自信がない。それは、確かだが。

「ですが、一応、頭を使うつもりなので」

力がないなら、頭を使えばいいのである。
一応、利用できそうな物は一通りの工作の間に用意した。どれほど活きるかはわからないが。
それでも、格好よくと思って、次の言葉が口を突く。

「まぁ、見ててくださいよ」
『……これが本題なんだけど、上波さん』
「はい?」
『GOCの人たちが、そっち向かったっぽいです……』
「……なるほど」

強がって釣り上げた口の端が引き攣るのを感じる。
ちょっと、想定外だ。
まぁでも、やるしかない。大丈夫、無駄な交戦は避けるつもりなのは初めから変わっていないし、あちらとて、いきなり無茶な挙動に出たりはしないだろう。と、高を括る。

『ほんとのほんとに大丈夫? 太田さんと十為さんとかと、合流してからでも』
「それじゃ、GOCに先越されちゃいますよ。あいつらに持ってかれるの、結構メンタルに来るんですからね?」
『……わかりました。そこまで言うなら、任せます。上波さんも、立派な職員ですもんね』
「ええ……何とかして見せますよ」

引き攣った頬が、緩むのを感じる。 
「よし」──掛け声とともに、スタッフガレージを後にした。



「やった!」

かかった──と確信する。
上波が電気系をいじるときについでに持ち出したワイヤーで張ったトラップに、うまい事"きぐるみ"が引っかかった。
あの子、近くに脅威がいなければ『アホ』だ。と、直感する。

さあ確保だ──と、転んで、そう長くない手足でじたばたしている"きぐるみ"に、無人のアトラクションの陰から駆け寄ろうとして、人影に気づく。

「すみませーん、ここら一帯電気系の整備中で立ち入りは遠慮してもらってるんですけど……」

スタッフに対応昏倒してもらって──長くてパレードが終わるまでだろうが──上波が出した表示の通り、ここらは無人の状態にしておいてあるはずだ。
もう細工が限界か、申し訳ないが団体3名様には記憶処理申し上げようと頭を下げる。

「知っているさ。財団が良くやる手段だな」
「っ……GOC……!」

"財団"の名を聞いて、バッと頭を上げた。
その名を出すということは。この男男女の3人組が、聞いていた通りのGOC──

「悪いが、そいつはウチが目を付けた獲物なんだ、譲ってもらおうか」
「……捕まえたのは、僕だぞ」
「そうだな、ご苦労様。人払いまでご丁寧に。だから後はウチに任せろ」

3対1、数的に不利──しかもそれぞれ帯銃しているだろう、どうせ。
生唾を呑み込む。どうにかしなければ。
"男男女"の1人の男が、歩み出る。

「退け。そいつはマスコットみてーなナリしてるが、本物の熊並みに凶暴だ。ここでやらなきゃ、どこでどう暴れるともわからんのでな」
「で、でも!」

上波の肩に"余計な動きはするな"とでも言うように手を置いて、上波を追い越す。
制止する声は、案の定届きようもない。
上波を追い越した背の向こう、拳銃を構えるGOCの男を見て、そして正面に構える男女を見る──銃口が1つ、上波の方に向いていた。
動けば、撃たれるのは自分だということだろう。用意したものを使う隙も、無さそうだ。

「カウント。3、2……」
「……!」

それでも、それでも止めなければ。何であれ、むざむざ破壊されていいものなど存在しないのだから。
こわばった喉を、必死に動かそうとする。

「1……!?」
「っ……!?」

背後で空気が揺らめいたと思いきや、背後にいたGOCの男が、上波を追い越すように、吹き飛ばされていくのを見た。
じたばたしていたわりに、もう起き上がったのかと、背後に目をやって──

「ッ、財団のを巻き込んでもいい、撃て!」
「ウッ……!」

視界の端で茶色いものが舞ったと思えば、銃を構え直した男女の片割れのもとに一瞬で踏み込んで、殴りとした。

「ッ……!」
「待ってったら!」

苦い表情で銃の照準を合わせようとする女の方を向いて、前足を振りかぶった"きぐるみ"に、上波が飛びついた。
土壇場の、タックルである。

「乱暴は、ダメだって……」

"きぐるみ"がきぐるみでないことが幸いしたか、茶色く柔らかい体躯がクッションになったようで、上波が体を打つということはなかった。

「退け!」

先ほど吹き飛ばされた方の男が、膝立ちの状態で拳銃を構えながら、声を上げる。

「っ……!」

"きぐるみ"が、跳ねるように起き上がり、上波を振りほどく。
それでもなお、離すもんかと縋ろうとし──"女"に、蹴り飛ばされた。

「あ、ぅ……」

鳩尾に入った……視野が狭くなり、息が止まる。

「邪魔をするな! あれは私たちが破壊する!」

狭くなった視界で、もう一度、足を振りかぶるのが見えた。
到来する痛みにおびえて、身体が縮こまる。

「させないよ」
「な、っ!?」

ドン、と音と共に、上波の視界を塞いでいた女が突き飛ばされる。
「え」、と驚きと共に声の主を見上げ。そこには、徒手の男──エージェント・太田が、上波と"きぐるみ"を背に、男の射線を切るように立っていた。

あばらとか折れてたらごめんね。飛び蹴りは加減が難しいんだ」
「ぉ、た、さん……」
「すみません、上波さん。遅れました」

頼れる味方の到着に、つい、上波の視界が滲む。

「お前、あの時の……!」
「道案内ご親切にどうも。で、どうする? 見た通り俺は結構強いけど」
「お前が強かろうが、2対1だぞ。我々の要求は変わらん。退け、財団」
「いいや、2対2だ。後ろ見な」
「!?」
「……余計な動きしたら撃ちますよ、オネーサン」

遠くなる音を拾って、「味方が到着した、もう大丈夫だ」と、なんとか認識する。
──そう認識して、気が緩んだ。直後、"あ。まずい"と、思った。
完全に音が消え、上波の視界がブラックアウトする。

「お前こそ後ろを見ろ、逃げるぞ!」
「っ!」

身体を投げ出す前に、ただ、"きぐるみ"のことだけが気がかりだった。
「どうか、無事で」、と声にならない祈りと共に、パタリと上波がちた。
太田が振り返れば、戦場から逃げだす子供のように、"きぐるみ"が背を向けて走り出していた。

「先輩!」
「ああ」

三方をそれぞれ囲まれたそれの、最後の退路。即ち太田の背面、ガラ空きになった後方。
その方向なら、大丈夫。

これで、3対2
「悪いね、破壊屋。俺たちの勝ちだ」
「なんだと?」

膠着状態の中、太田と十為は笑って目を見合わせ、言う。
"きぐるみ"が走り出した方向では、金崎が控えている。

「間に合った……っと!」

遅れて駆け寄ってきた金崎が、"きぐるみ"の進路をふさいだ。
手を大きく広げて、”きぐるみ"を視界の中心で捉える。

「なんだ、案外かわいらしいじゃないですか、この子」

そして、流石に疲れているのかたどたどしく走る"きぐるみ"に歩み寄って、「えい」と抱き止めた。


「引いてくれて助かりましたね」
「流石に向こうも、人口密集地であれ以上ドンパチするわけにもいかないのはわかってるだろうからな……」
「民間人に気づかれなくてよかったですねー」

対象を回収して、事態は収束した──"負け"と理解したらしいGOCも、数的不利を勘案してか、大人しく引いてくれた。
現在は、4名揃って元通りベンチ周りでデブリーフィング、という形になっていた。件の"きぐるみ"は、ベンチに座った金崎の膝の上で大人しくしている。

「上波さんも、無事で良かった」
「あはは、すみません……ちょっと落ちちゃったみたいで。情けない」
「いえ、貴方が頑張ってくれたおかげですよ。だから俺たちは間に合ったし、金崎さんを連れてくることもできたわけだし」
「……そうなら、良かったですけど」

起きたら状況が解決していたと、申し訳なさげな上波に太田がフォローを入れる。
それでもなお苦々しげに笑う上波をよそ目に、十為が問いかける。

「で……なんで金崎サンの時だけ大人しく捕まってくれたんすかね」
「あー……やっぱり説明しなきゃ、ですよね」
「ええ、連れて帰るのに支障が出てもあれですし……ご説明願えます?金崎さん」

説明を求められて、顎に手をやり、考える素振りを見せながら、金崎研究員が切り出した。

「うーんと、ですね……」
「はい」
「初対面の方にいきなりこういうこと聞くのもあれなんですけれど……お二人とも、私のことどう思いました?」

不思議がるエージェントたちに向かって、「性別に着眼してくれると話が早いんですけれど」と付け加えながら、そう尋ねる。

「……ナヨナヨした野郎だなって」
「……女性にしては背が高いな、と」

「は?」「え?」

おずおずと口にした認識の齟齬に驚いて、並んで地面に座る2名のヒーローは目を見合わせた。
片やエージェント・上波は連れの言わんとすることを察したのか

「あー、そういうことですか、なるほど」

と膝を打った。
勿論交流の積み重ねなどないために意図を汲み取れず戸惑うエージェントたちを見て、金崎は得意げに口を開く。

「そういうことなんです、私──そういう体質でして。人からどう見られてるかで性別が変わるんですよ。今はそうですね……遊んでた時に周りの人から見られてた分も含めて、多分女性寄りですかね」
「それは……」
「ああいえ、気にしないでくださいね。別に気にしてないので、この体質」
「……で、それがこれとどう結びつくんすか?」

秘密を暴いたような思いで気まずそうな太田に釈明する金崎に、十為が怪訝な目を向けた。

「この子も、似たようなものだと思うんですよ」
「……ああ! そういうことか」

太田が納得するような声を上げる。

「は?どういうことすか?」
「この"きぐるみ"、多分対峙した人間の認識通りの挙動を返すんだよ」
「おそらくそうですね。敵意には敵意を、庇護心には逃走を、というあたりだと思います。要するに『心の鏡』ですね」

「読んだことあります? ダニエル・キイスの」と続ける金崎に、エージェントたちがキョトンとした顔でもって返答する。

「……で、じゃあ金崎サンから見てこいつはどうなんです? あなたが捕まえられたってことは、あなたからの認識がどうなってるかって話ですよね?」
「その理解で大まかには多分、大丈夫です。で、わたしからの認識ですけど。普通にかわいらしいマスコットだと思っていましたし、何より、"きぐるみ"じゃなくて"ぬいぐるみ"だと思ってましたからね。ぬいぐるみって、動かないでしょ?」
「かわいいマスコットのぬいぐるみだから、おとなしー顔して座ってると」
「まぁ、多分ですけどね」

ふーん、と納得したのかツンとした顔で視線を外す十為に代わって、上波が隣に座る金崎に質問した。

「結局、なんでこの子こんなところにいたんですかね? そんな性質じゃ、人に振り回されて大変だろうに」
「どうでしょうね……どう思います? 太田さん」

答えに困ったのか、あるいは純粋な興味か、金崎は太田に話を振る。

「ただの推測ですけど……普通に、マスコットとして生活したかったんじゃないかな。折角、そういう形に生まれついたんだから」
「……私も、まぁ、概ねそう思いますよ。でなきゃ、十為さんを撃退したあとわざわざ逃げたりもしないはずだし、人の多いところを目指したりしてましたしね」

2人の先天性異常体質者はそう結論付けた。
"きぐるみ"は、沈黙したままである。


「オレは、思うにあのクマが大人しくなったのは金崎サンの認識だけじゃないと、思うんすよね」
「……その心は」
「本人も言ってたじゃないですか、『似てる』って」
「つまり?」
「仲間が、欲しかったんじゃないのかなって。あるいは、先輩の説を取るなら……寂しかったんすかね?」

闇の住人でも、誰かと手をつなぎたくなるときくらいあるだろう。
それこそ、例えば金崎と上波──闇の中で闇と戦う財団の人間が、2人でデートするように。
そういうことではないのかと、十為は先輩に問いかける。
太田は、「どうだろうな」、と曖昧に答えた。
金崎さんが”自分の仲間なのだから害はない”と認識していただけな可能性もあるが、それは流石に、知りようがない。本人──本熊のみぞ知るというやつだろう。
太田はそう結論した。

「先輩は、仲間ほしいって思いません?」
「仲間なら、いるだろ。お前とか亦好さんとか、あとはこの前入ってきたって言う子とか。H.E.R.オペレーションのメンツを仲間じゃないとは言わないだろ、お前も」
「そっすか……先輩に仲間意識があるみたいで安心しましたよ」
「なんだよ、その言い草」

十為は、空を見上げてそう言い切った。
随分ひどい言いようじゃないかと、太田が笑い返す。
閉園にも、夕暮れにもまだ早い、晩夏の夕方。
回収に来た財団の車両に金崎と上波が乗り込むところまでの護衛を終えたヒーローは、薄っすら暗くなり始めた空を見上げながらそんなことを話していた。

「それで、先輩。疑問なんすけど」
「何?」
「先輩、脚が速いってイキってましたけど、あれとあん時のきぐるみだかぬいぐるみだかの移動速度は関係あるんすかね」
「……どうだろ」

また、十為が問いを発する。
気になることがあったなら、金崎さんがいる場で聞けばよかったのに──と思わなくもないが、きっと今しがた、話していて思いついたのだろうと納得する。
それに、なるほどと思わされなくもなかった。

「GOCを相手にしたときの積極的なまでの攻撃も、気になりますね」
「お前、自分のこと『ヤワじゃない』っつってたよな」
「言いましたね、そんなこと」

今日一日のやり取りを、それぞれが反芻する。
そして、十為が口を開いた。

「もしかしての話すけど。あれはオレたちの自意識を反映してたんじゃないか?って、思うんですよ、オレ」
「それは……いや、わからないな……」

空を見上げて、考える。
その線は、案外ありそうな気がしてきた。

「ま、その辺は金崎サンのデバイスに全部記録残ってるんだし現物も確保してあんだから頭いい人たちが何とかするでしょ。オレみたいな学のない奴の考えることなんてあの人たちでも思いつくでしょうし」

そんな思いを振り払うように、十為が言い切った。
"まあ、それもそうだな"と、太田も思う。財団の職員は優秀だ。それは彼らが背を預ける内勤の人間にも言えること。

「ただ、もしそうだとしたら」

と、十為が切り出した。
面食らって、一拍遅れて、返事をする。

「……なんだ?」
「四足歩行してたんでしたっけ、先輩の時は」
「そう……だね」

そうだ、そうだった。思い出す限り、そうだ。
人型のマスコットであることを放棄するように、その時だけは、そうだった。

「先輩は、どっち側なんですか?
「どっち側、って?」
「とぼけないでくださいよ」

やれやれ、と言いたげに息を吐いて、続ける。

「あなた、ヒトと人外と、どちら側なんですか?」
「……どちら側とか、関係なくて、俺は──H.E.R.Oヒーローだよ。無辜の市民と、それを守る同志たちの味方だと、俺は思ってる」

核心に踏み込むようにその鋭い目で太田を見た十為の質問に、「これを自称するのはちょっと恥ずかしいけどさ」と、俯きがちに、徒手空拳のヒーローはそう答えた。
"もしかしたら、金崎さんはこういうことを俺たちに考えさせないように黙っていてくれたのかな"と、そんなことをふと思いながら。

「ふぅん……いや、うん。やっぱり仲間意識があるみたいでよかったですよ」
「な、なんだよ……」

ならいいやと、十為の目線が外れた。
抉るような視線は外して貰えたらしいと安堵する先輩に、十為は続ける。

「前も言ったかもしれませんが。先輩……あなたがいつか俺たちの側じゃなく異常なものの側に立つというなら、オレが、アンタを退治しますよ」

「ヒーローとして、ね」と締めくくって、大きく伸びをする。

「そうだな……そのときは頼むよ、後輩」

1組の先輩と後輩が、空を見上げていた。


金崎と上波は、財団所有の車に揺られていた。

「いやぁ、楽しかったですね」
「大変でしたけどね……」
「あはは、そうですね。とてもじゃないですが一般的なデートではありませんでしたね」
「せっかくの金崎さんとのデートだったんだけどな……」
「まぁまぁ、また来ればいいじゃないですか。また私に教えてくださいよ、こういうの」
「それは、はい! よろこんで!」

後部座席で揺られながら、そんなやり取りを重ねる──"きぐるみ"は、保管用のボックスに収められてトランクの中だ。

「でも、私、楽しかったですよ。上波さんと一緒に仕事ができて」
「……僕は、ちょっと情けないです。いい所見せようとしたのに」

しょんぼりと、上波が俯く。
結局、大した活躍はできなかった。駆けずり回ったのも、GOCと対決したのも結局H.E.R.オペレーションのメンツだったし、オブジェクトを確保したのだって最終的には金崎だ。

「そんなこと、ないですよ。今回のヒーローは、上波さんだと思います」
「……いいですよ、お世辞は……」
「そんな! ほんとにがんばったじゃないですか。色々工作して、監視映像にはみんな助かったんですよ! GOC相手に時間だって稼いだし、体張ってくれたじゃないですか。じゃなきゃ私、確保に間に合わなかったんですからね」
「……そう、ですかね」

少し、上波の頬が緩む。
年上のひとに褒められて、悪い気はしなかった。

「ええ。それに、上波さん」
「はい?」
「私の性別、どっちがいいと思いますか?」
「……ええと」

急な質問に、戸惑う。
脈絡がないというのもあるが、何より。それはかなり繊細な問題ではないのだろうか。
上波自身も、後天的にとは言え性別に関して問題を抱える人間である。故に、その質問には答えるのは、遠慮される。

「答えて」
「え……僕は……」
「うん」
「どっちでもいいと、思います。ああいや、どうでもいいってわけじゃなくて、つまり、えっと……」

真剣な顔で詰め寄られて、押されるようにして答える。
答えを言いきらないうちに、金崎の顔がにこぉと真剣な表情から笑顔へと変わっていった。

「そういうことですよ、上波さん。別にわざわざがんばって見栄張らなくたって、きみは格好よくて可愛い、魅力的な人間なんだから。ね、上波クン?」

からかうような語尾を添えて、そう諭された。
赤くなる顔を隠すように、上波明日は目を逸らす。

「……僕も、性別とか関係なく、そういうあなたが好きですよ。金崎さん」
「お、言うねぇ。年下のくせに」

照れ隠しのように、ぼそぼそと反撃を試みる。が、効き目のほどは芳しくないようだ。
性別の壁は無視できようが、年齢の功までは覆せないということだろう。

「歳も関係ないじゃないですか……」

ギブアップ宣言のごとく発せられた言葉を最後に沈黙しきったエージェントと、それをにこやかに見つめる研究員──そしてお土産代わりのオブジェクトを乗せて、車は財団サイトへ向かっていく。
夕暮れは、夜に変わろうとしていた。そろそろ、遊園地でも閉園のアナウンスが鳴る頃だろう。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。