とある収容下のアノマリーへのインタビューの片面

評価: +5+x
blank.png

コンテンツ警告: トランスフォビアの描写を含みます。

回答者: どうも、先生。

回答者: ええ、元気です。

回答者: いえ、グループセッションには出席してません。理由はお分かりでしょう。まだ心の準備ができてないんです。

回答者: 何もかも、背中を何度も何度もゆっくりピンで刺されているように感じてるのに、居心地良いわけがないでしょう。

回答者: どうしてまだ、こんな環境を好きになれって無理強いしようとするんですか。どんなにベッドシーツが柔らかくても刑務所は刑務所ですよ。

回答者: 分かってます。

回答者: でも、なかなか慣れないです。慣れるはずがないでしょう? これはもう私の人生じゃない。生きる意味なんかどこにもない。

回答者: 少なくともサイト-17じゃありませんね。でも現実的に考えると、どこだろうと17よりはマシです。

回答者: まさか。

回答者: ここにいる人たちが、単なる血も涙もないおべっか使いじゃないのは分かってますよ。パーティーに出かけたり、自分たちの生活や夢があったり、お互いや似たような人たちを気遣ったりしてる。その人たちは人間です。

回答者: でもね、先生、私たちもそうなんです。

回答者: 話題をすり替えたくはないんです。これが私についての話なのは分かってますけど、あなたについて話す方が大切です。つまり、財団の人としてのあなたについて。

回答者: 相手がいつもこういう話題ばかり持ち出すのなら、きっと相当活きの良い時事ネタなんでしょうね。

回答者: 堂々巡り、ですか?

回答者: ええ、先生は今ある限りのもので最善を尽くしてます。でももっとやるべきことがある。

回答者: なんと言うか、私は世界のために何かをしたいだけなんです。分かってもらえますか? この独房で衰えていくのには疲れたんです。私の周りで世界が燃えているのを見るのに疲れたんですよ。もううんざりです。

回答者: 何か積極的な行動を起こせばよかったかな。どんなことでも。

回答者: あのね先生、クソみたいな環境から別の、あまりクソじゃない環境に移されたら、そこには何かしら意義があるような気がするでしょう? 少なくとも、変化ではありますよね。

回答者: だけど、心の中にはまだ、あの空虚な気持ちがあるんです。もうおしまいだから。人生で楽しみにしていたことは全て終わってしまった。やっと、今回こそ自分じゃない誰かを演じずに自分らしくいられるようになった瞬間、あなたたちがやって来て、そして今、私はここにいる。

回答者: 先生が気遣ってくれてるのは分かってます。努力しているのを知ってます。セラピーを受けられたり、独房の外を歩いて足を伸ばしたりできるのは嬉しいんです。だけど、枕の下にまだあの重苦しい感覚があるんです。毎日、朝目覚めると、相変わらずコンクリートの壁と向き合わなきゃならない。

回答者: そしていつも思うんです。外に出て自分の思うように人生を生きる代わりに、私はただここにいるだけなんだって。先生と週1回だけ話して、また独房に戻るだけなんだって。

回答者: その気持ちが分かるでしょう?

回答者: ええ、あなたには何も変えられない。分かります。それでも、私を解放してほしい。

回答者: あなたがそれでクビになろうと構わない。どうせ道徳意識の欠片も無い仕事でしょう。解放してほしいんです。

回答者: でも、あなたはそんなことはやらない。それでいいんです。構いません。

回答者: それでも生きていけます。

回答者: 自分語りをしても構いませんか?

回答者: 良かった、ありがとうございます。

回答者: 故郷よりはここの方が暮らしやすいです。ほんのちょっぴりですけど。

回答者: ええ、今からお話しします。そのためにここに呼ばれたんでしょう?

回答者: 決して良い家庭環境じゃありませんでした。母さんは私が3歳の頃、父さんを置き去りにして家出しました。ただ出て行って、二度と帰ってこなかったんです。母さんの顔さえ知りません。

回答者: 後になって知ったのは、母さんが大酒飲みだったことだけでした。1日にビール10缶。とんでもない話ですよね。

回答者: 兄さんたちは乱暴者でしたけど、私のことをとても気に掛けてくれました。いつもプロレスごっこでふざけたり、リビングでマリオカートをしながらお互いにどつき合ったりして過ごしてましたね。誰も支えてくれない時も、兄さんたちは必ず私の味方をしてくれました。そのことには感謝してもし切れません。元気でやってることを願ってます。会えなくて寂しいです。

回答者: でも、私の父さんは、ええ。

回答者: 父さんには理解できなかったんです。説明しようとはしましたけど、伝わりませんでした。責めるつもりはありません。父さんは違う時代に育ちました。私みたいな人間がレンガで殴られて、差別語で呼ばれて、殺されていた時代の人です。今でもそういうことは起きてますけど、当時はもっとずっと酷かった。

回答者: 先生は、私が脚を組んで座るのが好きだって知ってるでしょう? 組みたいから組むんです。他に理由はありません。でも一度、そうしてるのを父さんに見られて、「お前、そんな風に足を組んで座ると女みたいに見えるぞ」って言われたことがあったんです。

回答者: ええ。

回答者: いいんです、もう大丈夫。

回答者: 私は父さんが望んでいた息子にはなれなかった。私は私自身です。

回答者: どのみち、あの人にとって私は息子じゃなかった。

回答者: 分かってますよ。

回答者: 本当に大切なのは自分で選んだ家族だけです。

回答者: まあ、少なくとも私には、この最悪な状況を一緒に経験してくれる人がいます。せめてもの救いですかね。

回答者: 他に何か、話すべきことはありますかね?

回答者: ああ、そうですね、他のことも。

回答者: 私がいかに“自分自身を意識”してるかを指摘しないでくれて嬉しいです。セラピストにそれを言われるのが嫌でたまらなくて。

回答者: ええ。自己認識なんて、舞台のVIP席から自分が自滅していくのを鑑賞する能力しか与えてくれませんよ。問題に気付いていても、それを止めることはできないんです。

回答者: 今回は、頑張っています。はい。

回答者: 分かってます。

回答者: ただ疲れているだけです。

回答者: そうでしょうね、今後一生独房に閉じ込められたままですから。

回答者: 故郷じゃないだけマシですかね。でも、自分の故郷は自分で作ります。

回答者: ありがとうございます、先生。少なくとも、ここに居られて良かった。あのまま17に居たら、どうなっていたか。

回答者: 殺されたかもしれません。

回答者: 財団は間違いなく人を監禁する以上のことをやってますよ。他の人たちもそう言ってます。

回答者: あなたもまだその一員です。せめてそれは認めるべきです。

回答者: 堂々巡りですね。

回答者: 来週も同じ時間ですか?

回答者: 私が来るのはもう分かってるでしょう。他にやることが沢山あるわけじゃないですし。

回答者: また今度。それと、ありがとうございます。先生が頑張ってくれていて、嬉しいです。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。