硝煙弾雨ーオペレーション: タングステン・ガルガンチュア_2


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俺がヨルダンを経由してアレッポの空港に着いたとき、ミラとネルからはちょうどラタキアでスタンを拾ってこっちに向っている所だと連絡があった。そういえば2人は恋人同士らしく──ヘテロなら男どもが放ってはおかないだろうに、もったいない──それを公言する事も無かったが、隠す事も無かった。グロテスク極まりない男根モンスターに危うくレイプされかけたのが切欠だとか。普通だったら下品なコメディにしか聞こえないその話も、俺たちからすれば異常でありこそすれ、信じない理由は無かった。グリーンの無力化は未だに確実な方法がない。比較的マシな方法があるだけだ。

2人が俺を迎えに来ていた。防弾仕様のアウディA8とトヨタのランドクルーザー。中佐が気を回してくれたのか、先に現地入りした連中が火事場泥棒でも働いたのか。道中、ネルが教えてくれた所によると、これはサイト126-Bを確保した機動部隊の連中が押収した代物らしい。全く大したクソ野郎共1だ。

ネイトも後数時間のうちにアレッポに着く予定だったから、俺は彼を待つ間、ネルに今まで分かっている情報を聞いてみた。

「で、奴らの原隊は分かったのか?」

タバコに火をつけながら、まずは一番気になっていた事を口にする。諜報員はまず現地の一番信用できる情報源を当たるものだが、今回の場合それは機動部隊として招集された連邦軍の連中しかいなかった。

「あのロシア人はとんだペテン師ね。それとも"うちの会社"の上層部から指示があったのかしら。彼らはCOBRAよ」

露骨に嫌な顔をして煙を手で仰ぎながらも、ネルはとんでもない情報を教えてくれた。正式には連邦国防軍地上戦力群特殊作戦連隊、通称は勇士たちの強襲隊COmmando of BRAvesと呼ばれる彼らは、海軍のSEALsや陸軍の特殊部隊群2に並ぶタフガイ連中だった。

「ケチってる割りに随分と大物を招集する余地があるんだな、"溜め込み屋"は」

俺たちは財団の事を"溜め込み屋"と呼ぶ。若しくは収容マニア、倉庫番とも。訳も分からない物を溜め込んで、その後どうするかまで頭の回らない奴らだからだ。だが、話はそう単純ではないらしい。ネルが聞いたところによると、彼らが"燻蒸消毒業者"に招集されたのは財団の要請によるものではなかったらしい。

「財団が例のオブジェクト──SCP-3989の収容プロトコルを改定する前、例のベクターに感染した主任研究員が自前の保安チームを伴って領域に侵入し、全員KIAになった。その後常駐の機動部隊を展開させる段階で、軍が横槍を入れたという事らしい。少なくとも、彼らはそう説明されている」

確かに最精鋭を置いておきたいのは分かるが、彼らだってそんなに暇じゃないだろう。COBRAの本職は対テロと不正規戦だ。表舞台でのアメリカによるシリアへの空爆は主に空軍と海軍が行っていたが、政府軍もジハーディストとの戦いで精一杯、その上ロシア軍の特殊部隊がどこにいるのか分からない状況じゃ重装備の部隊を展開できる状態じゃないのは明らかだったから、そういう状況に慣れた毒蛇部隊の連中を派遣する事自体は道理が立つが、そろそろ連邦軍の艦隊が出張ってくるかもしれないという今の状況では、"毒蛇たち"は空爆の対象となる目標の標定とBDA3の準備で大忙しの筈だ。それに、いくら特殊作戦部隊とはいっても所詮は軽歩兵だ。火力には限りがある。

「そうね、ロシア人絡みと言えば、コブラの連中、市街地の至る所で"リトル・グリーンメン"4を何人も見かけたと言っていたわ。ラタキアやタルトゥースじゃなくてラース・アル=アインのゴーストタウン、サイトのすぐ近くでも民兵に混じって行動している私服のロシア人が居たって」

カメラの代わりに最新鋭のライフルに暗視装置まで持ってるジャーナリストなんていない。ワグナーの社員5か、空挺軍あたりのスペツナズか。”リトル・グリーンメン"の件といい、ロシア政府まで例のSCiPに関与したがっているとなれば厄介な話だ。

「それだけじゃない、私たちが到着したすぐ後、MTFs司令部はダマスカスへの撤収指示を出した。事実上の解散ね。彼らはもうサイトには居ないわ」

「理由の説明は、当然無かったんだろうな。奴らはいつもそうだ」

「ガイストの懸念は今回も当たってたって事ね」

「ちなみに、何か置き土産はあったか?」

「ゲータレードが2ケース、それとHDR6が1箱分。ヤクとビール7は一切無し。それは原隊からの指令だそうだけど」

ゲータレードは有難いが、HDRは出来れば持って帰るかいっそ処分しておいてもらいたかったものだ。


サイト126-Bは、住人のいないマンションが並ぶゴーストタウンと化した市街地の一角にあった。元々は富豪―不動産関係専門の弁護士の邸宅だったらしいが、ISILの進行が始まる前に逃げ出したそうだ。貧富の差は情報の格差にも直結する。それはどこの国でも同じ事だった。

サイトに着いた俺は、事前の作戦指示通り、ネルの案内でまず保安部に顔を出した。そこでアイシャ・ファラハニ保安部長──ブリーフィングで写真を見たあの女隊長──に会って指紋とDNAサンプルを採取され、その他の雑多な事務手続き―申請用紙への記入に持ち込んだ物品の記録なんかをした。その間に、採取された俺の生体情報が登録されたセキュリティカードが発行された。俺たちは表向き部外者という事になっている。だからこのセキュリティカードはレベル0、つまりフロントとエントランスに食堂、ジム、それに俺たちに割り当てられた宿舎にしか入れない。

手続きが終わり、セキュリティについての説明を終えた後、アイシャは施設内の案内が必要かと聞いてきた。彼女と一緒に歩くのが心地よい事は容易に想像が出来た。所見の俺にも事務的すぎず、適度な距離感で接してくる彼女は、写真を見た時よりも更に好感度が上がったのを認めないわけにはいかなかった。とはいえ、事情を知らない彼女に色々質問しながら施設内をウロウロするのも得策ではないだろう。

「いや、他のメンバーに聞くからいい。ところで、うちのリーダーは先に入ってるのか?」

いつも彼は俺たちよりもずっと先に着いていて、ちょうどミラとネルがやっていたような情報収集をしている筈だったから、今回も当然同じだろうと思った。だが、少なくともここにはまだ来ていないらしい。当然ながらここを通らない限り施設内を歩き回る事は出来ないから、となれば施設の外で偵察でもしているのだろうか。

心配なら旅団の民兵を迎えに行かせるか、とアイシャが聞いてきた。別に心配している訳じゃない、と答える。

「そう、それでは幸運を」

アイシャはそこで僅かに表情を緩ませた。


「食事はいいよ。財団も良いシェフを雇ったものだ。ジムはダメだ。敷地は広いから自分でトレーニングした方がいい。それと、兵舎には全員分の個室とミーティングルームがある」

ミラが俺たちの立ち入れる範囲内で施設を案内しながら、今時点で分かっている情報を教えてくれた。

「施設の保安体制は概ねブリーフィング通り。但し、ミラからはもう聞いたと思うが、機動部隊の連中は既に引き上げた」

「らしいな。良い置き土産とゴミを置いて行ってくれた事も聞いた」

「言っておくが、ゲータレードは全員でシェアするからな」

「分かってるよ。俺たちが使えるクルマはアウディとランドクルーザーだけ?」

パーキングロットも見たが、職員が使う車はどれもハッチバックばかり。あまりこういう場所で乗り回したいとは思わない。かといって旅団の連中が使うボロボロのテクニカルに相乗りするのは勘弁願いたいところだ。保安部隊が使っているらしいトラックも2台あったが、これじゃ目立ちすぎる。

「他に2012年型のハイラックスが1台、それとカンナムのATV8が2両。COBRAが移動や偵察に使ってたものだそうだ」

そいつは使えそうだ。溜め込み屋が仕舞い込んじまう前に確保した方が良いだろう。そう彼女に言うと、彼女曰く
キーはCOBRAが宿舎に忘れていったそうだ。今日一番のニュースだった。随分と気の利く連中だ。

「壁で囲まれてるとはいえ、周りから隠れているとは言えないな」

敷地内を歩きながら、俺は素直な感想を呟いた。すぐ近くにはここと同じくらいの建物しかないが、0.5マイル以内には1~2階層分高い建物が幾つもあった。

「そう、正に狙撃手の楽園。ライフルだけで守れるような場所じゃない」

ミラも同じ意見だった。彼女が言う所によると財団正規の保安チームはよく訓練されていて、統率も良いが装備が貧弱―銃火器は財団の連中が大好きなドイツ製ばかりで殆どは9㎜、ライフルは屋上に配置される要員だけが持っていて、それも5,56㎜だけ。支援火力はなし―つまりそれ以上の火力は革命旅団頼みで。敷地外に緩衝地帯となる領域は殆どない。革命旅団の連中は―旅団とはいっても名ばかりで、実際には150名ほどしかいないが―銃の扱いに慣れた奴は半分程度、ちゃんとした教練を受けているように見える奴は数えるほどしかおらず、その殆どは元シリア軍か外国から来た傭兵崩れ、英語を話せる奴も多くない。

「教え甲斐があるな」

ため息交じりに笑いながらそう答えるしかなかった。彼女もやや呆れた様な表情を見せながら肯定した。

旅団メンバーと親し気に会話するアイシャが視界に入る。シリア方言交じりのアラビア語が聞こえてくる。彼女はこの国の人間なのだろうか。ミラが言うには、保安チームだけじゃなく旅団メンバーからも信頼されているそうだ。何でも旅団との警備契約の段階から彼女が手筈を整えたらしい。少し接しただけでも分かる。彼女は確かに魅力的だ。

「そうそう、別に美人に目を惹かれるのは仕方ないが、アンジーに問われたら私は何も隠すつもりはないぞ」

目で彼女を追っているのがバレたのか。冗談じゃない、アンジーを怒らせるくらいなら敵に撃ち殺される方がマシだ。


裏門から出ると、ランドローバーが1台、敷地のすぐ近くに停まっているのに気づいた。財団職員のものでは無さそうだ。という事は民兵のものだろうか。だが誰も載っていないように見えたし、リアのサスが不自然に沈んでいるように見えた。俺たちは互いにアイコンタクトをとった。トランクに不自然に重いものが入っている、つまりIED9の兆候。俺は他のメンバーに無線で連絡を取り、バックアップを頼む。ミラが服の下に隠していた拳銃を構えながらランドローバーに近づいていき、俺もそれに続く。運転席には誰も居なかった。トランクを開けると、中にあったのはマジックで"SNAP!"と書かれた紙片が張り付けられた馬鹿でかいバッグだった。

「緊張感が足りないぞ、マット」

振り向くと、そこにいたのは泥だらけのジョーだった。

「ジョー!今までどこで何してた?」

「こいつを取りに行くついでにエリア126の偵察に行ってた。2日前からだ」

俺はアウディで待つ他のメンバーに手を振って合図し、それからジョーに振り返った。

「その様子だと、ずっとかくれんぼしてたのか?」

「ああ、ちょっと気になる事があってな。臭うか?」

「少し。で、そのバッグは?」

「毒蛇の置き土産さ」

「まさかHDRじゃないだろうな」

「それならわざわざ取りに行ったりするかよ」

そう言いながらジョーはバッグを開けた。中身はM60機関銃の最新型と大量の弾薬、AT-4無反動砲が2挺にスモークが幾つか。

「少し荒れそうなんでな」
ジョーがニヤリとしながら言った。

「詳しくは全員集まってから話そう。取り合えずシャワーと着替えが欲しい」


全員が揃った俺たちは、その足でアイシャの所に行った。アイシャは最初に会った時とは全く違い―明らかに動揺している上に、寝不足が続いているように見えた。表情を押し殺している様子がそれに拍車をかけている。

「何かあったのか?」

挨拶もせずにジョーが聞く。

「あなたが最後のメンバーね。初対面で言うのも何だけど、ひどい恰好」

アイシャがジョーから漂う臭いに顔を顰めながらぼやいた。サイトに戻る間、クソも小便も漏らしてないからシートは汚れてないだとか言っていたが、そういう問題ではない。ジョーは髪も髭も長く伸ばしているから、アイシャは我らがリーダーを確実に"不潔な男"と認識した筈だ。

「写真で見るより美人だ。だが顔色が悪い。何か問題でも?」

彼の発する軽口の一つ一つが、相手に探りを入れているサインである事は、付き合いの長い俺たちは全員気付いていた。それでもこう思わずにはいられない。"その有様で褒められて喜ぶ女性も居ないだろうに"と。

「察しが良いのね。1週間後、エリア126に機動部隊が派遣される事になったの。それで、ダマスカスから警備体制の強化の指示が来たわ。でも革命旅団のメンバーはだいぶ減った。ほとんどが他の戦線に転出していったのだと思うけれど。あなた達が呼ばれた理由の一つはそれよ」

アイシャは俺たちの時と同じように受け入れ手続きを進めながら、抑揚のない声で告げた。

「なるほど、確かに露払いが必要な場所だしな。で、俺たちに手伝えることは?」

「何人か腕の立つメンバーを用意するから、彼らに即席の訓練を施してほしい」

「それなら元の予定と大して変わらない。本当にそれだけか?」

アイシャは苦しそうに唇を噛みしめながら続けた。

「定時連絡に妙なノイズが混じり始めた」

「ノイズ?」

「そう、声が妙に歪んで聞こえる。そして後ろからは別の誰かが話しているようにも」

「つまり、"グラント・レポート"にあった異言のような?」

ジョーのその一言でアイシャの顔色が変わった。なぜそれを知っているのか、と顔に書いてある。

「それが事実なら"収容違反"の予兆か、既にそれが起きているかのどちらかだ。エリアにチームを送る事は出来ないのか?」

「ダマスカスからは"エリア126の報告に異常がない限りは動かず機動部隊の到着を待て。"とだけ」

「ここの管理官には伝えたのか?」

ネイトが代わって口を開く。回答は予想通りだった。つまり”支部の指示に従え”だそうだ。ファック、あいつらはいつもそうだ。節約家なのは結構だが、ここがどういう場所で、あのアノーマリーがどういう代物なのか、その判断さえ出来ない。という事は俺たちが行くしかないわけだ。こうなるのは分かっていた。急展開過ぎるとは思うが、それは今に始まった事じゃない。周りを見渡せば、皆同じ表情だった。ジョーがアイシャにそう告げると、彼女は先ほどよりも更に驚いた様子だった。

「エリア126が失われれば、俺たちのミッションも達成できなくなるからな。アイシャ、保安要員と信頼できる旅団メンバーでQRF10を編成して、何かあったらすぐに動けるようにしておいてくれ」

「分かった。シャワーは好きなだけ使っていいわ」

アイシャが無理に笑顔を作ろうとしながら言った。

「そうだ、マリクを連れていくといい。マリクは元旅団のメンバーで、銃の扱いに長けている。そして英語が堪能よ」

通訳兼案内役か。ありがたい事だ。彼女は最後にこう言った。

「本来あなた方にお願いするべきことではないのかもしれない。だけど、幸運を」

アイシャの表情が再び硬くなった。だが、さっきよりはマシかもしれない。

俺たちが部屋を出たところで、一番厄介な奴が俺たちの前に立ち塞がった。

「お前たち、どこへ行くつもりだ」


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