硝煙弾雨ーオペレーション: タングステン・ガルガンチュア_3
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その男はサイト126-B管理官だった。名札には何やら名前が書いてあったが、思い出す気にもなれない。俺たちは彼を"チーフ"と呼んでいた。

「俺は今猛烈にクソがしたいんだ。床を汚されたくないなら、さっさとそこをどいてくれないか」

ジョーがわざとらしい笑顔を作りながら諭すように言う。見る見るうちにチーフの顔が赤くなっていった。

「アイシャから何を聞いたか知らんが、あそこは我々にとって最高機密の施設だ。お前たちにはあの施設に立ち入るクリアランスなんて無いだろう?」

チーフは、口調だけは何とか冷静であろう務めていたが、表情のそれは完全に失敗だった。今まで自分の思い通りにならない事に接する事を久しく経験していないように思える。

「アイシャはトレーニングの予定を変更するよう依頼してきただけだ。スケジュール自体は我々の裁量範囲内だと思うが」

ネイトがいつも通りの静かな口調で話す。しかし、そこに混じるそこはかとない怒気を、恐らくチームの皆が感じていたはずだ。

「警備、こいつらを拘束しろ」

「管理官。あなたに保安体制上の権限はありません」

申し訳なさそうに保安要員が言う。面目を潰されたチーフはピザソースみたいに真っ赤になった。騒ぎを聞きつけたのか、アイシャが部屋から出てきた。保安要員は微動だにしない。事の成り行きをただ見守っているだけの様だ。

「そういう事だ、チーフ。大人しく自分の仕事に戻れ。俺たちは俺たちの仕事をする」

ジョーはいつでも挑発的だ。例え自分が不利であっても関係ない。チーフが忌々しそうに俺たちとアイシャを睨みつけながら退散するのを見送りながら、ジョーが言った。

「クソがしたいのはマジなんだ」


「臭うか?」

2日間、汗と垢に塗れてエリアを囲むオリーブ林に紛れていたジョーがミラに聞いた。ミラはジョーの肩口に鼻を近づけてから、大丈夫と言った。

「で、何か情報は得られたのか?」

ネイトが静かに聞いた。

「まあ待て。順番に話すから。俺はここに来る前に調べていたんだ。まずは、機動部隊の撤収命令の件だ―」

ジョーはタオルで頭を拭きながら語り始めた。財団の中東支部は俺たちCRITICSに知られたくないSCP-3989-Aへの調査活動を再開したがっているらしい。それで、子飼いのメクラネズミ共を展開する準備に入った。それに伴い、第6課がCRITICSを含む連邦軍への情報工作を担当している。サーキック絡みでまた連邦軍の目を引くのが嫌なのか。だが、妙なのはエリア126の様子だった。ジョーが見る限り保安要員の数は事前に聞いていたよりも大分少なく、多くとも20名以下。代わりに革命旅団の連中とは様子の違う民兵―西側性のタクティカルベストに光学照準器付きのAK、それにバラクラバ1で顔を隠している―が大っぴらにエリア内を歩き回っていて、施設内へも平然と立ち入っている。何よりも変なのは、保安チームが全員装備しているはずのレベルC化学防護服を誰も着用していなかった事だ。

きな臭い話は続いた。エリア126の保安要員は、標準プロトコルに定められている交代頻度を遥かに超えて継続的に勤務しており、それは前のエリア管理官ファリード・モハメドから今のマフムード・ジブリールに代わってからずっと続いているらしい。極めつけは、フメイミムやタルトゥースに運び込まれた積み荷のうち、ごく僅かだが使途不明の物品がある事。そしてネルが車の中で言っていたどう見ても素人ではないロシア人たちの事。更にはラース・アル=アイン辺りで流行している筋肉増強剤や興奮剤、戦意高揚剤らしき得体の知れないヤクの事。

「それにしても、そこまでの情報をどうやって掴んだんだ?」

民兵や武装勢力が活動する地域では、例えカルテル絡みでなかったとしても麻薬の話題は付き物だ。だが、ジョーが話してくれた情報は一人で集められるものではない事は容易に想像がついた。真偽に関係なく、財団の連中も把握しているかどうか怪しいものだ。

「寄り道は1か所じゃないって事さ」

ジョーも何かしらのコネを持っているのは前から薄々と感じていたが、それにしたって秘密主義が過ぎる気もする。そう言えば話には聞いたことがある。CRITICSには他の"正常性維持機関"を監視するセクターがあるとか。

「妙だな、それなら第4課が出てくる筈だが」

スタンが疑問を口にした。彼は特殊介入部隊の出身で、CRITICSに来る前には何度か機動部隊として招集された経験があったから、財団内部の事情にも俺たちよりは詳しい。第4課は対外情報部で、GOCや俺たちなんかとの調整や情報共有を担当しているらしい。

「そこまでは調べられなかった。サーカイト絡みだから第6課なのか、それとも別の理由が有るのか。いずれにしろ、騒がしくなるのは間違いない」

ジョーはソファーに寝転がりながら続けた。

「このままここで眠りこけてしまいたいのは山々だが、俺たちには仕事がある。さっさと片付けるぞ。スカウトはネイトとネル、狙撃銃はスタンとミラ、俺とマットがフロントだ。全員装備を持ってガレージに移動!急げ!」

「了解、ボス」


俺たちがフル装備で―銃以外は私服の上にアーマーを着込んで暗視装置付きのヘルメットを被り、腰のパウチにガスマスクを入れているだけだが―車の前に集まった時、またあの"チーフ"が現れた。右手には拳銃を持っている。

「待て!お前たち!どこへ行くつもりだ!」

やれやれ、といった様子で全員が声の方向に振り返る。
銃を向けるときは撃つときだけ。脅しのつもりで向けられる銃口なんて俺たちには慣れっこだ。

「チーフ、いい加減にしてくれ。俺たちは保安部長から依頼されたタスクを遂行しようとしているだけだ」

「黙れ、お前たちをエリア126に行かせる訳にはいかん。さっさと部屋に戻って大人しくしてろ!」

「俺たちは財団職員じゃない。あんたの命令は受けない」

チーフが安っぽい映画みたいに、ジョーに銃口を向けながら拳銃の撃鉄を起こしてみせた。素人が。

「5秒数える間に武器を置け」

「3秒で十分だ」

ジョーが先ほどまでとは違う冷徹な声で答えた。その時には既に馬鹿でかいブレードがチーフの首元にあった。
その時、最悪のタイミングで闖入者が現れた。彼がマリクらしい。俺たちと同じように私服の上にタクティカルベストを付け、財団の保安部隊が使うものではなくAKをぶら下げている。財団が旅団に提供しているという装備とは少しばかり見た目が異なる。

「ジョセフ、マリクだ。アイシャ部長からの指示で来た。あなたの指揮に入る。だが、この状況は?」

近くで見ると、まだ若い男だった。動揺はしていないがこの状況に戸惑っている様子だ。俺はジョーの代わりに軽く挨拶し、すぐ終わるから待っていろと答えてやった。

「チーフ、よく考えろ。エリア126がダウンしたら、次はどこが攻撃されると思う?」

ジョーがいつものシニカルな口調ではなく、冷静に語り掛けた。チーフが返答に詰まる。それが彼の回答だと俺たちは判断する。

「そういう事だ、ドライバーは俺とミラ!2台に分かれて移動!行くぞ!」

ジョーの一言で俺たちは走り出した。

「待て!マリク、行くな!」

後ろで管理官が喚いていたが、どうでもいい。役目を果たすだけだ。マリクは少し迷っていたようだったが、さっさと車に乗れと大声で呼びかけてやると、覚悟を決めたようだった。決断が速いのは良い事だ―特に生き残るのに役立つ。


「マリク、施設内の警備は正規職員の担当じゃなかったのか?」

ジョーが双眼鏡でエリアの外周を見ながら言った。その時俺たちの車はエリアのすぐ近くまで来ていた。アウディは200m後方で間隔を取っている。

「その筈だ。それにあの格好も妙だ。革命旅団はバラクラバを付けたりしない筈だが」

マリクが答える。やはりジョーの事前偵察は正しかったらしい。ジョーは手短にそれぞれのメンバーに指示を与えた。ネイトとネルは森の中に身を隠して前哨観測といざという時の狙撃支援。俺たちがここに持ち込めたのは事前の打ち合わせ通りAK-47──各自が扱いやすいようにカスタマイズした結果もはや原形を留めていないが、それでも操作方法はクソッたれ──と狙撃用にセットアップされたG3、それに狙撃銃が2挺──片方は338のボルトアクション、もう一方はバーレットよりずっと高精度なイギリス製、セミオートの50口径だ。これにジョーが手に入れたM60と無反動砲が2基。ジョーは更にドア破砕用に短くしたベネリM3散弾銃を持ってきていた。こいつは飽くまで銃じゃなくてツールだから、という弁だった。

バックミラー越しにアウディがUターンするのが見えた。チーフが俺たちに非協力的である以上、俺たち全員がどこにいるのかをわざわざ教えてやる必要は無い。

「とにかく警戒しろ。だがバカな真似はするな。ROEは”Weapons HOLD”だ」

最後にジョーが全員に告げる。カチカチという無線のスイッチをON/OFFする音が何度も聞こえる。肯定の合図。


俺たちがサイトに立ち入った直後、民兵が俺たちに銃を向けながら、マスクを外して武器を捨てるよう言ってきた。殆ど予想通りだった。

「シエラ1、ジョー。門番には動きなし。後方にも2名、あんたが言ってた通りの連中だらけだ。こちらはいつでも撃てるぞ」

ミラがジョーはガムを吐き捨てた。何もするなという合図だ。待機すると無線から短い応答。

「おいおい、俺たちは財団に雇われたインストラクターだ。何の真似か知らんが引き金から指を離せよ」

俺はその得体の知れない民兵に言ってやった。

「警備体制が変わった。エリア勤務の職員以外は全員拘束の上尋問の対象となる。両手を頭の後ろで組んだまま着いてこい」

そのバラクラバの男は抑揚のない英語―シリア人にしてはやけに綺麗な発音だが、妙に機械的な訛りがあった。そして声はまるで何かを押し殺しているようにしゃがれて聞こえた。だが、奴が嘘を言っている事は理解できた。

「サイト126-Bは収容上の障害になる可能性があると、ダマスカスから通報があった」

ダマスカス、つまり財団の中東支部が何かをやらかそうとしているのか、それとも本部ぐるみか、或いは例の"6課"が何かを企んでいるのか。

「あんたはここの警備主任か?いつから旅団が敷地内の警備をやるようになった」

「今はそうだ。正規の保安部隊も同じく離反の──つまりSCP-3989による影響下にある可能性があるとの通達だ」

「誰からの命令だ?」

奇遇だった。ここの"警備部隊"のリーダーが発した名は、あのふざけたロシア人と同じ名前だった。但し肩書が違う。主任収容担当官?エリア管理官より上の職位ではないだろうが、収容事案と平常の警備体制の両方に口出しできる立場という訳だ。

「そんな事はどうでもいい。指示に従わない場合は即時射殺もあり得る」

「プロトコルだか何だか知らんが随分大げさだな。まずバッグを置く。次にプライマリ、セカンダリの順だ。銃は向けてても構わんが離れて見てろ。マスクは最後だ」

ジョーはバッグを地面に置き、中に入っているM60を見せるようにファスナーを開いて見せた。それから俺たちはAKをスリングから外し、続いてホルスターからゆっくりと拳銃を抜いて丁寧に地面に置いた。民兵の一人が近づいてきて、それらを蹴り飛ばした。クソッ、照準がズレたらどうしてくれる。リーダーらしき奴はナイフも置けと命じてくる。決して丁寧な扱いをしてきたわけじゃないが、俺が軍人だった頃から使ってる愛用のマチェット。クソッ、それでも文明も知らないような荒くれ者に足蹴にされるのは気に食わなかった。

「初対面なのに随分と無愛想じゃないか。それが財団の流儀かい?それともお前たちの?」

ジョーは全くいつもと変わらない挑発的な皮肉を奴らに聞かせていたが、紋切型の”黙って指示に従え。質問への回答以外は口を聞くな”が返ってきた。

「ベテランはみんなお喋りが好きなんだよ。それくらい大目に見てくれ」

ジョーの軽口への回答は忌々しい金属音。聞き慣れたそれとは少しだけ違った。ジョーは鞘からゆっくりとナイフを抜いて、相手に良く見せてから地面に置く。その間、”こいつは一品物だ。丁寧に扱えよ”と近くの民兵に告げた。俺の銃と同じように無造作に蹴り飛ばされる。クソでも食って死ね、野蛮人が、と喉まで出かかる言葉を飲み込んだ。

「振り向かずにゲートまでまっすぐ歩け。返事は不要だ」

なるほど、こいつらは既に"洗礼済み"──つまりはバカになっちまったという事なんだろう。施設の敷地内は、俺たちが聞かされていた保安体制とはだいぶかけ離れたものだった。旅団の連中も保安要員も、それにこのバラクラバをした民兵も入り混じっているが、その動きはまるで何年も一緒に訓練を受けていたかのように一貫性があった。
建物に入れば狙撃支援は受けられない。つまり、俺たち3人自身で切り抜けるしかない。ジョーがタンゴのリズムでボイスパーカッションの真似事を始めた。この自分たちが優位に立っていると信じて疑わない連中にどう目にものを見せてやろうかと思っていた俺にとって、それは一番待ち焦がれていた合図だった。

「口を聞くなと言った筈だ」

「喋ってねぇだろ。それはそうとあんた方の命令に従う根拠が見当たらなかった。倉庫番が墓荒らしに転職か?」

1,2,3。

何度も反復練習したカウント。ジョーの上体が沈み込み、後ろの悪党の下腹部にめり込んだ。体を折った奴の首筋に、隠し持っていたもう1本のナイフが叩き込まれた。俺は目の前の偉そうな野郎に肩から突っ込み、いつもプレートキャリアの裏に隠しているカランビット2を掴み、そのブレードをそいつの腰のやや上あたりに思い切り押し込んだ。マリクは一瞬驚いたように見えたが、奴も反撃のチャンスを伺っていたに違いない。そのまま後ろの奴に飛び掛かって殴りつけた。だが奴は平然と起き上がってマリクを蹴り倒した。銃を向けようとしたのが見え、俺は奪った拳銃をそちらに向けようとしたとき、ジョーが投げたナイフが奴の目玉に突き刺さった。

「でかいナイフの他にもう1本持っていれば、大抵は隠し通せるもんだ。シエラ1、2。バラクラバをつけた奴は全員敵だ。警戒しつつ”Weapons HOLD”を維持。俺たちは装備を回収後、施設内を捜索する」

再びカチカチという音が無線から聞こえる。ジョーは死体のバラクラバを引っぺがして、俺に顔と首にあるタトゥーを見せた。サイクロプスを象った様な趣味の悪いデザインだ。その皮膚はまるで古い樹木の様にでこぼこしていて血の気を感じない色合いに変色、更に至るところにひび割れがあった。正に"グラント・レポート"通りの症状だ。覆面はこれを隠す為だろうか。

「これがあんたの言ってた"ステロイド"の効果か?」

ジョーは目を合わせるだけで頷きもしなかった。だが、そこには確かに肯定の意が含まれているようだった。

「念のためマスクをつけておけ。ここのベクターは"墓穴"まで持って行けない代物かもしれないからな」

俺たちはマリクと3マンセルを組み、一つ一つ施設内の部屋をクリアしていった。表層階は保安要員や研究員、それに旅団員の死体が幾つもあった。互いに撃ち合った形跡もある。だが、地下の収容階よりはマシだった。


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