硝煙弾雨ーオペレーション: タングステン・ガルガンチュア_4


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下の階層に降りてみると、至る所が財団の奴らはSK-BIO、俺たちはHESICs1-S型、そして変態カルトの信者共はハルコストと呼ぶ連中の餌場だった。肉色をしたゲル状の塊、チアノーゼじみた皮膚を持ったひょろ長い手足の大型ヒューマノイド、甲虫とナマケモノと人間のハイブリッドのような奴──こいつが一番危険だ。何せブレード状の爪を見た目に似合わない速度で振るってくるだけじゃなく、その爪を発射する能力まで備えている。とはいえ、奴らの索敵能力は低い。先にこっちが撃てば殺せるし、正面でも遮蔽物を上手く使えば、ジハーディスト共との撃ち合いよりはずっと楽だ──、こいつらが職員や民兵の遺体を喰らっている。奇妙な事に、この階層は上よりも遥かにひどい有様であるにも関わらず、戦闘の形跡が殆ど見られなかった。つまり、殆どの奴は抵抗する事無く奴らに食われるか、同化するかしたという訳だ。

俺たちは角を慎重にクリアしながらHOBOs共を片っ端から撃ち殺し、照明の消えた廊下を明りが差す方に向かった。下層の中心にあるガラス張りの中庭のど真ん中には、期待通り―そして一番見たくなかった例の"木"があった。枝からは漫然と人のシルエットをしたイトミミズのコロニーのようなものが幾つもぶら下がっていた。俺は焼夷手榴弾を持ってこなかった事をこの時ほど悔やんだことはない。しかも苛立たしい事にそれは―笑っていた。
笑いながら保安部隊の制服を着た奴がミンチの塊から出てきて、そいつも同調した笑い声を上げていた。俺はその様子が無性に腹立たしかった。ガラス越しにそいつの頭を照準器の赤い点に重ね、撃とうとした所でジョーが止めた。そう、防弾ガラスだ。ジョーは強い口調で、バカ共を呼び寄せるつもりか?と言ってきた。あんな奴らがこの世にいる事自体が許せなかった。

そうこうしている間に、俺たちは一つだけ鍵の掛かった部屋を見つけた。それは監視室の様で、他の設備とは別系統の電源で稼働しているようだった。ドアを思いっきり叩き、天井の監視カメラに向かってさっさと開けろと怒鳴る。開けないとぶち破るぞ、と怒鳴りながら、ジョーがカメラに向かってショットガンのフォアエンドをわざとらしく引いて見せた。派手な音を立てたせいでHOBOs共が数体角から姿を現したが──マリクが銃の扱いに長けているというのは本当だった。何発も撃ち込まなきゃならん相手に対してこの状況で、彼は正確な射撃を見せてくれた。

一瞬躊躇った様に間を置いて、開錠音が鳴る。

オフィス内に居たのは3人。研究者と保安要員らしき男が2名、それにサイト管理者のマフムード。保安要員はサブマシンガンを腰だめに構え、他の2人も小型の拳銃を持っている。

「ここから出るのを手伝ってやるから、そのくそったれを向けるのを止めてくれないか」

「お前たちは救助部隊か?さっさとここから連れ出してくれ」

「それはこっちの質問に答えてもらってからだ。あのバラクラバの連中は何だ?そして、施設内の状況についても説明を」

ジョーはマフムードの方に向き直り、冷淡な口調で問い始めた。

「どういう事だ?あんた達は救出部隊じゃないのか?」

保安部隊の制服を着た長身の男が低く唸るように漏らす。

「ちょっと待て!救出部隊じゃないならお前たちは何者なんだ!まさかサイト126-Bから来たんじゃないだろうな!」

マフムードは動揺し始めたようだった。俺はここまでの間に見聞きしたものを思い返し、ぶん殴ってやりたい気持ちでいっぱいだった。自分のロッカーの中身さえ把握できない溜め込み屋2なんて何の意味がある?

「俺たちは戦術インストラクターだ。ここへは成り行きで来ただけ」

俺は怒りを抑えながら──それが成功したかどうかは分からないがー辛うじて怒鳴ることなく答える事が出来た。

「という事はやはりサイト126-Bから来たんだな。それじゃなんであんた達は"転化"してないんだ?大体、その件は中止になったとダマスカスから連絡があった筈だ」

「知った事か、それじゃ誰かが嘘を吐いているんだろ。ここから出たければさっさと知っている事を話せ」

マフムードが言うには、1週間ほど前に支部からサイト126-BがSCP-3989の影響下にある可能性があるとの警告があった。その為、サイト126-Bへの定時連絡は偽装し、そっちを通さずに革命旅団の増派を受けた。だがそいつらが真っ先に転化した挙句、職員がベクター汚染を受けて収容違反が発生、汚染された奴らは一丸となって生き残った奴も死体も構わず収容階に放り込んだ。下層の状況を知っているのは生き残った保安要員―エリア126保安副部長のファイサルだけ、という事だった。

「そうだ、死体も含めて職員は殆どがあそこに投げ込まれた。隊長のムスタファも。今はどうなっているか分からんが」

話を振られたファイサルが憮然とした様子で答える。彼としてもこの状況は不本意なのだろうか。

「あー、そいつなら多分、さっき馬鹿笑いしながらアトリウムの中をうろうろしてたぜ」

俺は吐き捨てるように言ってやった。ファイサルは少なからずショックを受けた様子だった。その時、無線から思いがけない声と情報が流れた。サイト126-Bが革命旅団からの攻撃を受けた、と。数少ないまだまともな旅団の民兵と保安要員を連れてこちらに向かってきている。

奴らは全員狂っている、何もかもが完全にイカれてる、敵も味方もお構いなしだ、彼女は繰り返しそう叫んでいた。

「もういい。続きは後でじっくり聞かせてもらう。もし隠している事があっても今言う必要は無いぞ。どっちにしろ時間切れだ」

時計を見ながらジョーが言った。ここでは俺たちは孤立無援だ。誰がハンマーを振り下ろすのだろう。


「シエラ2、聞こえるか。今から5カウントで表に出るぞ。"Weapons FREE"、自由射撃!」

「待ちくたびれたぜ、了解、射撃開始」

エントランスに戻った時、例の民兵共が7.62mmを喰らって倒れる様子が見えた。俺とマリクが見える敵を銃口でロックしている間、ジョーは置きっぱなしにしていたバッグから機関銃を取り出し、弾薬を装填した。フェンスの外には機関銃や無反動を載せたテクニカルに、RPGや小銃なんかで武装した奴らを大勢乗せたトラックも見えた。俺たちは連れ出した3人に伏せていろと告げ、建物の屋上に上がった。ファイサルはどこかからAKを拾ってきて俺たちの戦列に加わった。マフムードは後ろで何かぶつぶつ言っている。もう一人の研究員は素直に伏せていてくれるだけありがたかった。今はまだ敵の銃撃はネイトとネルを狙っている。俺たちが乗ってきた車の所まで行くのは無理だろう。何とか敵の射撃を分散させる必要がある。俺たちは屋上から撃ってくる奴を片っ端から狙っていった。そのうちに迫撃砲の着弾が俺たちの方に近づいてきた。恐らくずっと前から評定を済ませていたのだろう。弾着の修正は恐ろしく素早かった。俺たちは何度も場所を変えながら撃ち続けた。ジョーのM60は削岩機みたいな音を立てていて、それはいかにも頼もしかったが、それは同時に、ただの小銃よりもずっと目立つという事を示していた。ジョーは機関銃に新しいベルトリンクを押し込みながら、無線でシエラ1を呼び出している。応答はない。あのミミック擬きの民兵共を一方的に撃ち倒せる武器は彼らが持っているというのに。

突然、テクニカルが轟音と共に周りの民兵ごと土煙の中に消えた。一瞬遅れてボール紙を無理やり引き裂くような音。一瞬遅れて音も姿もクマバチのようなヘリコプターが俺たちのすぐ真上を通過した。続いて俺たちのすぐ後ろから、ガスが抜けるような音が響いた。もう1機のハインド3が山ほどロケット弾をぶちまけたところだった。更にはるか上空を飛ぶ2機のジェット機が見えた。その機首の先では、迫撃砲を弾薬ごと破壊したのだろう、派手な爆発が起きるのが見えた。

こちらに飛んでくる砲弾の数は減ったが、それでも森の中から小火器で撃ち返してくる敵はまだ大勢いた。俺たちのいる建物のすぐ手前にRPGが飛んできて、派手に破片を巻き上げた。ゲートのすぐ手前にトラックが停まり、次々に正規の保安要員が降りてくるのが見えた。マスクをしていても、その中で指揮を執っているのがアイシャなのは分かった。彼女はスコープ越しにRPGチームを狙い撃った。あそこからは300mは離れていただろう。立って撃つには楽な距離じゃない。だが次弾を装填しようとしていた敵のRPG手の頭は見事に吹き飛んでいた。良い腕だ。後ろからも重い銃声が聞こえたので振り返ってみると、ネイトとネルが長いライフルをまるでカービンの様に走りながら肩付けして撃ちながら走ってくるのが見えた。

間もなくクーガー4とガゼル5が2機ずつ密集編隊を組んで飛んできた。そいつらはエリアの上空を一度旋回した後、クーガーがロープで兵士たちを降ろし始め、その間ガゼルは旋回を続けながら側面のドアに取り付けられた機関銃で地上を掃射していた。先に下ろされた兵士たちがヘリの着陸地点を確保すると、ガゼルのうち1機が着陸して数名の兵士と共にスーツ姿の男を降ろすと再び離陸した。

その後の事は思い出したくもない。突然機銃掃射の標的が変わった。保安部隊のトラックが穴だらけになって炎上するのが、保安要員たちが次々に引き裂かれていった。アイシャも土煙の中に消えた。救援部隊だと叫んで飛び出した研究員は駆け出した途端に同じように火線に捉えられ、次に見た時は上半身と下半身が泣き別れしていた。

「想定していた最悪の結果だ。君たちは全員、SCP-3989-Vの影響下にあると判断し、この場で"終了"を宣告する」

目の前のゲス野郎が口からクソを垂らすのを聞いていた。その間にもヘリから降りてきた兵士たちが俺たちを包囲した。職員の3人は俺たちから引き離された。ファイサルとは何か叫んでいたが、マフムードはにやにやしているだけで何も言わなかった。

「それだけではない。君たちは兼ねてから指摘されていたサイト126-Bの離反を幇助した容疑が掛けられている。そして、知っているだろうがSCP-3989-Vはマスクだけでは防げない」

つまり俺たちはハメられた訳だ。収容の為に駐留していた機動部隊を引き上げ、再調査を名目に別部隊を送り込む。民兵共にサーカイトの作り出した怪物がひり出したクソを練り合わせて作った麻薬を蔓延らせてエリア126を占拠させ、あのSCiPを活性化させる。概ねそんなところだろうと思った。

「ここまでして、肥溜めからアイツをここまで引き摺り出したかったのか?」

俺は正直に浮かんだ言葉をそのまま口にした。だが、理解できないのはその理由だ。わざわざ収容違反を―しかも飛び切り目立つサーカイトの重要拠点に関連するか、或いはそれそのもののオブジェクトを解き放っておいて、財団に何の得がある?

「致し方ない事だ。我々はSCP-3989を収容するが、脅威実体そのものを収容できれば、あれはただの時空間異常だ」

「冷酷ではあるが残酷ではないってのはどこの間抜けが言い出したんだ?」

この到底ひっくり返せそうにない状況で目の前のロシア人に抱いた感情は、あの肉のゲルや施設内に溢れかえっていた獰猛なHOBOs共に対するものと同じだった。俺たちがここで”終了”されるのは免れないだろうが、それでもなお俺は隙あらばこいつを口が聞けなくなるまでぶん殴る事しか考えていなかった。

「SCP-3989は、これまでも、そしてこれからも収容を維持する」

「SCP-3989なんざクソ喰らえだ、イワン」

ネルが我慢できずに吐き捨てた。ネイトはいつも通り冷静さを保っているように見えるが、その鋭い眼光は目の前のロシア人に向けられていた。

「わからんか?ここでは何もなかった。これからも何も起きない。彼らは祭壇に捧げられた尊い犠牲だ。SCP-3989はこれからも我々の資産として活用される」

もう勝ったつもりでいるのか、余裕でお喋りを続けているイヴァノフを見て、俺はこいつをどう痛めつけようか必死で考えた。その時の俺にとっては、この状況から生き延びる事よりも、自分の感情をどう次の行動に結びつけるかの方が遥かに重要に思えたからだ。

「君たちはEクラスの非正規職員で、暫定監視サイトの保安チームと雇用関係にあった。当然、我々は君たちを同列に扱う」

「つまりお前は倉庫番に紛れたどこぞの変態カルトってわけだ。あー、煙草を吸っても構わないか?」

ジョーはいつもと変わらない飄々とした態度でベストのポケットを指さした。

「武器を置いた後なら」

「OK、なら先にプライマリを、次にセカンダリ、ナイフ、最後に煙草とライターだ。銃は向けてて構わないが慌てるなよ」

「彼らはプロの兵士だ」

「それを聞いて安心したぜ。ほら、吸えよ」

「俺はもう止めたんだ。知ってるだろ?」

「こういう時くらい付き合えよ、マット」

サイトの正面からは肉と骨でできた塊が出てくる。職員の着衣が乱雑にへばりつき、不規則に人のものとしか思えない手足が突き出たそれは、傭兵たちの遺体を衣服ごと取り込んでは、念入りに咀嚼していた。時折その表面から、様々な形態の人型HOBOsが現れ、訓練された通りの動きで武器を操り、ロシア人や俺達に向かって発砲してくる。PMCの連中は動揺する様子もなく、戦い慣れた様子でそれをいなしていく。保安要員の生き残りがまだ応戦しているようだったが、練度も装備も違い過ぎた。

「で、奴らは?」

「Slavic Consulting for Protection、PMCだ」

後ろで暴風のような轟音が聞こえた。見ると、兵士の一人が携帯型の火炎放射器を巨大な肉のアメーバに向けて噴射していた。色々な形のHOBOsが彼に襲い掛かったが、他の兵士が正確な連射でそれを阻止した。お陰でイヴァノフも、周りがうるさい事を除けば支障なく会話を続けられた。

「聞いたことが無いな。それにしても随分いい装備だ、正規軍並みじゃないか。最新のプレートキャリアに暗視装置、おまけに航空支援まで」

気が付けば、俺たちの頭上を国籍マークの無いフロッグフット6が2機、死体に集るハゲタカの様にゆっくりと旋回している。先ほど民兵共を林の一角ごと吹き飛ばしたのとは違う機種だ。空をじっと見上げていると遥か上空には別の機体が見えた。流麗で滑らかな胴体に、角ばった主翼。CAP7までついているのか。

「財団は彼らを暫定任務部隊ガンマ-14"ドウクツコウモリ"に指定した。シリアに駐留するロシア空軍の一部が我々に協力している」

「我々ってのは、ロッジか?それとも財団か?」

「両方だよ」

「あんたはハンターには見えないがな。浮気にはセンスが必要だぜ」

ジャックはタバコを投げ捨て、ジッポをポーチにしまった。ロッジ、ネオ・サーカイトのロシア系マフィア。元はアフリカ大陸発祥の流派だと聞いたこともある。バカでかいハルコストを飼い馴らしてその糞尿から怪しげなドラッグを作っては売り捌いていたとか。あの民兵共はそれを体に入れたというのだから考えただけで吐き気がする。

「マリク、お前は巻き込まれちまったな。俺たちと奴らの都合に」

何を言っても無駄なのは分かっていたが、くたばる前に謝罪の意を伝えるだけはしたかった。

「気にするな、あんたたちのせいじゃない。少しでも姉の力になれたなら、あんた達と一緒に来た甲斐があった」

思わず俺はマリクの顔を見返した。”アイシャは俺の姉だ”と表情を変えずに彼は告げた。アイシャが俺の下らない生き方を変えた。だから彼女の力になれる事は幸せだと。

「安心しろ、死ぬわけではない、生まれ変わるだけだ。そしてこれからも我々に奉仕する」

「今までもお前らに奉仕したつもりは無ぇよ。それに俺は資本主義の国から来たんだ。タダ働きは聞くだけでうんざりだ」

この絶望的な状況にあっても、ジョーは全く落ち着きを失っていなかった。

「これ以上は無いというほどの報酬が君たちを待っている」

そればかりか、少しばかりこの会話を楽しんでいるようにさえ思えた。

「俺たちの話じゃないさ」

鞭打ちのような音が聞こえ、俺達を挟むように立っていた兵士の頭の後ろ半分が消し飛んだ。


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