オーテル・エントラとリッチとして生きるという複雑な災難


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いやいや、今までの含めて一番いい流れだったよ。僕にはどうして君が"ノーム"を入れようとしたのか分からないけどね!

オーテル・ヴァクシー・エントラは、手話で新しい知人のフリットにそう伝えた。フリットは最寄りの村へと車を走らせながら韻を踏んだ文章を作っていたのだ。オーテルは今自分がどの辺にいるのか分からなかったが、フリットは鋭い方向感覚の持ち主だ。

フリットは曲がり角を曲がる。午後の日差しの差す肌を、影が覆う。

「俺な、ノミオとジュリエットの下りはやってみたいんだよ。何故かって、言うまでもないけどよ、韻を踏んでるからな!」フリットはそう答えるが、そのフリースタイルラップに対する言い訳を、オーテルは無視した。

あれはマジで良い作品とは言えないかな、僕じゃ分からないけど。オーテルは、フリットの大きな厄介事へと肩をすくめた。フリットは負けず嫌いだ。加えて、オーテルを倒すべき存在としている。

「もちろん分かってるぞ、実のところは、いいや、これは平等じゃねえ。」フリットは不満を漏らし続け、「勝負でもねえ!」

どうして?僕の方が明らかに上手いから?

「違うな、お前が、そうだな、本来の才能を発揮していないからだ。お前はリッチのことだって何も知らねーしよ!」

オーテルは嘲笑を浮かべる。知ってるよ、シャワーを浴びた時からね。僕は朽ちていくんだなあって思ったから。

フリットはオーテルをざっと見てみると、彼の手に衝撃を受けて、口をパッと開けてしまう。

「ああ、そりゃ恥ずかしいこったな」フリットは自分自身を独り笑うと、「何よりも、お前がクソみたいな臭いなのが原因だぜ」

屋根には穴があき、壊れたフェンスのある住宅街を二人は通り過ぎていく。二人はできるだけ早くこの場所を去りたいと思っていたのだ。

僕もここみたいなどこかで、生きてたんだと思う。オーテルはそう伝える。

「そりゃ良かったな。お前は"住まい"という名の必需品を見つけたってわけだ。やるな!」フリットは笑って、その後口を尖らせる。

「……お前、自分の事について何か思い出したのか?あー……人間だった頃とか?」

どうして、君は違うの?

「おう、俺はシフターだからな。ネズミにだって化けられるぜ。でも、言うまでもねえと思うが、運転している時に力は使わない」

オーテルは戸惑い、自分の顔を引っ掻く。今までの話はオーテルにとってまだ学ぶべきことが多いので、彼はよりフリットに尋ねるべきだと思った。

ええっと、その……僕は自分の名前も、自分自身についても思い出せない。僕が知っているのは手話と……

彼は手で丸を作ると、眉をひそめ、次に言うべき言葉を探していた。

家族がいたことと、その中で大人になったこと、それと……音楽を知ってる。

フリットはうんうんと頷く。「お前はシヴの音楽を知ってるってことか?!なんだって、素晴らしいじゃないか!待ってくれよ、俺はいつ何時もシヴの音楽を愛してるんだ、あー、お前どんな曲知ってんだ?!」

分からないんだ。僕は韻を踏むのが好きなだけで、でもそれは音楽とは違う。何となくだけど、この違いこそが名前なんじゃないかって

「名前?がっかりだぜ!」フリットは嗤った。

車が道のくぼみに当たる。フリットは座席の方へと引き寄せられ、頭をぶつけてしまった。

わーお、因果応報だねえ!オーテルは微笑みを浮かべた。彼はフリットへ先程の言葉のお礼に軽くパンチをかましてやる。

「俺はお前の腕を殴り落とそうなんてしてねーんだけどな」フリットはそう呟いて「見ろよ、もうすぐで俺らも到着だぜ」


遠く離れたところに、唯一の鉄製の柵に囲まれた、中心には入り組んだ入口のある村に着く。そこはとても平坦な地であり、高く聳え立つ摩天楼はおろか、大きめの建物すらなく、むしろ廃れた石製の教会があるばかりだ。一時凌ぎの家には、教会からのツタが巻き付き、小さい家々は一時凌ぎの家を作り直しただけのものだった。

オーテルはフリットの方を向いて、親指を上にあげる。

「お前がここで綱を見つけるって俺は思うぜ」

どういうことだい……?

フリットは村の入り口に車を寄せ、急いでねずみ色の車から飛び出す。オーテルは入り口のそばに、中に花が詰まっていて、その周りを囲むように車道と歩道に花びらの散らばる古びたワゴンがあることに気づいた。

フリットは入り口のそばに来て、門を開ける女性に出会った。彼女は赤い、フリルのついたパーティードレスを身にまとっていたが、その髪は絡まっていて、櫛が入れられているようではなかった。

彼女は入り口の門を静か開けると、重く、くぼんだ眼に憂鬱そうな色を込めて二人を見やる。フリットは身のよじれる思いであった。

「死の街、あるいは“リッチの村”へようこそ」フリットはそう言って話を続け、「ここは……」

ここは墓地で合っているわ、ええ

フリットは叫び声をあげて、背後に立つ女性の方を振り向く。彼女は死人のようで、肌は青に近く、その白骨化した右足は、網掛けタイツで覆われていた。オーテルは叫びっぱなしの奴をチラリと見ると、恐ろしいくらいに混乱してしまった。

ごめんなさい、私ったら声の大きさを調整出来なくて……死の街はね、大きな墓地に建てられたの。沢山のリッチがここで死んで、生き返ったり、やり残しがあった時にはコミュニティを作っているのよ」

そりゃ面白いもんだね、ホントにさ。オーテルはフリットにそう手話で伝える。

「おう、面白くって不気味だな」

フリットは村の中を通り抜けていくと、時折アンデッドが通り過ぎるのを目にした。フリットは言わば、ヴィクトリア時代の服装に身をつつんだ、生きた骸骨を垣間見ることとなったのだ。その女性は静かにフリットを追った。

オーテルは彼女に尋ねた。音楽って呼ばれてる何かを知ってる?

ごめんなさい、知らないわ。それにね、リッチの手話って、あなたのものほど流暢に動くものでもないのよ」女性は二人へと簡単に例をやって見せる。その多くの動作は腕で行われており、しなやかさや広がるような動きもなく、率直に言ってしまえば、典型的なゾンビ映画に出てくるようなものであった。

オーテルはそれを真似てみて、やってみるのは今度にしとこうと心に決めておく。彼は今一度、彼女の足をチラリと見た。

どうやってリッチ達は……生き返ってるの?

魔術よ!

……えー、マジで?

「そうよ!私たちは魔術があるから、土から出て生き返られるし、同時にそれを使えるし、」彼女はフリットを見て「この若いサーヴが、あなたを生者の世界に連れ戻したって感じ?」

フリットは首を横に振って、「あー、そりゃ違うな。オーテルはこいつ自身で土から這い上がって生き返った。俺はたまたまそこに居合わせたってだけだ」

その女性はうーんと声を漏らし、手を顎の方に持っていく。「もし何かもっと聞きたいことがあったら、あなた達のところにパパを連れてくることも出来るけど」

「ああああ、うん、うん!ぜひ」


一行が死の街を歩き続けている時にも、曲がりくねった裏道の外側では、過去のものとなったリッチ達が段階的に腐敗していっていた。その多くはこの生活様式によく馴染んでいて、死後の人生というもう一つのチャンスに満足しているようであった。

「私のパパは私よりも後に死んでね、」女性は父に言及し始める。「私が彼を生き返らせたの。家族も友人も大抵、誰かを生き返らせるのに主な一つの理由を持っていたわ」

オーテルは眉をぴくぴくと動かす、つまりは、むしろ誰かが彼を連れ戻どそうとした、または彼はモーテルの駐車場の地下の中で退屈というものに疲れてしまったのだろうか?

一行はとうとう小さいが、趣のある掘っ建て小屋に到着した。そこは窓台の上にランタンが置かれていて、正面に広がる庭には二つの墓石が無造作に地面から引っこ抜かれ 、その上に置かれていた。

-ジュニー・ルーベンシュタイン-
1935-1954, October 26th
“最愛の娘、そして全てにおける友人”

-ロアルド・ルーベンシュタイン-
1904-1987 December 13th
“ちくしょう!悪党め”

「番地を覚えるよりも簡単なことなのよ、私が誠実ならね」ジュニーは肩をくすめた。

家の中に入ってみると、室内は普通のものは多くなかったが、オーテルがしゃがんで数時間詳しく見てみないと、理解できそうにもない物や小さな機械がいっぱいだった。

パパァァァァァァァ!帰ったわよ!お客さんもいるわ!」ジュニーがそう呼びかけると、きしむ音のする室内を歩き出した。

「おお、素晴らしいじゃないか!どうぞ中へ、入って!」鼻声でそう言う声が聞こえてくる。

一行が小さなキッチンに入ると、小さな円形のテーブルとその間に古風な壁掛けの食器棚がある。

ロアルド・ルーベンシュタインはそこに……いなかった。

ジュニー!私を椅子に座らせてくれないかね?転倒してしまってな」その声は部屋の死角になるところから聞こえてきているようだった。

ジュニーが手話で伝えることには、「あなたは倒れてなんかいないわ、這いつくばりすぎて疲れちゃったのよ!車椅子を使ったらどうかしら?」ジュニーが車椅子に座らせたその男は、左半身が完全に骨となっていた。彼は片眼鏡をかけており、腰紐のついた服を着ている。

フリットは思わず目を見開いた。ロアルドの体は半分で切れていたのだ。彼に腕はあれど、足はなかった。

「パパ、会ってみて……思いだしてしまったんだけど私、まだ二人にちゃんとした自己紹介をしてもらってないわ」

僕はオーテルっていいます。今日生まれたんだ。

「俺はフリットだ」

ロアルドは片眼鏡の位置を調整すると、目を細める。「君のその帽子、私は好きだとも、青年。紅茶でもどうかね?」

オーテルはサイアミーズから奪い取った帽子をかぶっていることと、ニヤリと笑ったことを忘れていた。ありがとう。それと紅茶、頂きます。

彼は自分の、骨になりきってしまった腕を振ると、オーテルはそれが成長していることに気づいた。彼らの目の前で、カウンターの上に置かれていたケトルが浮かび上がって、4つのティーカップに紅茶を注いでいく。

すごいですね!オーテルはワクワクして、手話でそう言う。

「ふん、馬鹿な奴だ!」ロアルドはそう言い、紅茶を一口飲む。他の皆も、それに続いた。

ふと、フリットは何かを呟いて、ティーカップの中を見る。

「こ、こりゃあ紅茶じゃないよな、ダンナ。これはまさしく……」

そうとも!実はティーカップの中には土を入れたのさ!私は悪い味とは思わんがな、」ロアルドは声をあげて笑い、白骨化した腕をテーブルの上へと叩きつける。

オーテルは仮に自身味覚音痴であることに気づかなかったら笑っていただろう。とはいえ、毎日新しい事を学んでいるのだ。復活の犠牲にしては、安い対価であろう。

ロアルドさん、あなたは音楽と呼ばれるものを何かご存知ありませんか?

「彼は一体なんて言ったんだい?ジュニー。私はあのような手話を見たことがないよ、おいおい?!」ロアルドは車椅子を支えながら、身を乗り出す。

「彼は"音楽"って呼ばれる何かを知っているのかって聞いてるわ、パパ。パパの翻訳機はどこ行っちゃったの?」ジュニーは腕を組む。

「あ、ああなんてこった。“音楽”なんてものは知らないな……ジュニー、私の翻訳機を持ってきてくれないか?引き出しの中にある」

ジュニーは歩いて右側の引き出しに行くと、そこから小さな装置を取り出して、ロアルドの耳につけてやる。

「ありゃあ万能翻訳機だな」フリットはそう囁く。「お前はバカどもの言葉しか喋れねえみたいだから、買った方が良いぜ」

オーテルは怒ってほおを膨らませる。それはお互い様じゃないのか。

フリットは視線をあちらこちらへとさせる。「俺はな、リッチのことについてなんも知らないこいつを連れてきたんだ。こいつがあんたから学べることなんてあるのか?」

ロアルドは手を叩く。「勿論だとも。私は彼とその帽子をただただ好きになってしまったんだからね」彼は体を車椅子から持ち上げると、ジュニーは体の向きを変えて、ドアの方を指し示した。

「のんびり散歩でもしようじゃないか!」

オーテルとフリットは互いの顔を見合わせると、肩をすくめた。


四人は家を後にして、集落の外れへと向かって歩いた。角を曲がるとそこは平地で、より沢山の墓石が横倒しになっていた。

全ての墓(中が空っぽになっているものは除く)には、最近置かれたように見える綺麗な花が手向けられていた。空は薄い橙に染まり、墓に長い影の橋を架けている。

「私ね、リッチとしての最初の日を覚えているの」ジュニーはそう言った。「本当に怖くて、私は自分の身に起こったたった一つのことも理解できなかった。あなたは色々、自分のペースでやっていってるみたいだけどね」

オーテルは頷いた。そうだね、僕はそうしてると思うよ。

「リッチとしての復活にはかなりの犠牲を伴うのよ。多くの人は自分がどう死んだのか、なんて名前だったのかすら忘れてしまうけど……それでも人間性だけはまだ残ってる。私はどうやって死んだのかも知っているわ」

フリットは身を乗り出す。「そいつは聞いたことねーな!どうして……待て、そうじゃない。無礼者になるつもりはねえんだ」

「大丈夫、大丈夫よ。気にしないで。パパは私よりも後に死んだから、かつて彼は私を復活させたと話したわ。私は魔術を学んで、それを自分のために使った。実のところは、えっと……」

彼女は頭を下げる。するとパチンという大きな音が彼女の首から鳴り響く。

「彼らに話してもいい?」彼女はそうロアルドへと囁き声で尋ねた。

ロアルドは空を仰ぐと、ため息をついた。「私の娘はハロウィーンに死んだんだ。殺されて、あー、私たちは当然だが、その事件を解決させたが、そうだな、分からないんだ」

「私はパーティに向かっていたわ。まさにこのドレスでね!その時、私は大きな音の足音を聞いてね、」ジュニーは今では遠い記憶となっていることを話すように続ける。

「どうやら、私には刺される理由なんてなかったみたいなの。それに埋葬してもらったところから足が突き出していたみたいですぐに腐ってしまったし。だからね、ええ、当然のごとくもう諦めちゃったわ。恨みも何もない

オーテルは首に不快感を覚えて、引っ掻く。まるで多くのものを内包しているようであった。

思い起こさせてしまって、本当に、本当にごめんなさい。辛い記憶だったでしょう。

まあ、そんな、そんな事ないわ。大丈夫よ、仕方ないことだもの」彼女は彼へと手を振る。

フリットはいつもより顔を赤くして、目を擦った。「でもよ、少なくともお前らはプロメテアンじゃねえってことでいいか?」

ロアルドは元気よく顔をあげると「そうとも、愛し子オーテル!君は世知辛い世の中というものを覚えておくべきだぞ。だからもし、誰かに君はプロメテアンなのかい?と聞かれたらこう答えたまえ!孤独なリッチに居場所はないぞ!とな」彼はそう言って指を振ってみせた。

「プロメテアンは事実上私たちと同じようなものなの。生き長らえる為に筋肉を動かしたり、血液サンプルを必要としたりすること以外はね。私たちは魔術を使うから」ジュニーはそう付け加える。「でもそのせいで君は、君自身というものをちょっと失ってしまったみたいだけれど」

四人は教会近くの広い墓地の中心部にある、長い間忘れ去られていた愛する人の像や記念碑に囲まれたところに到着したところであった。そこでジュニーは立ち止まる。

……待ってよ、これらが君を悩ませているの?!

フリットは頷く。オーテルは眉をつり上げ、驚いたような顔をしていた。彼はある墓石を目にすると、膝をついて座る。

ずっと聞きたいと思ってたんだけど……誰がここに花を手向けているの?

「ああ、私たちがやっているんだよ、愛しい子よ!死の街の皆が、数週間に一度ここの花を交換するようにしてくれているんだ。まだ私たちのように土から出てきていない仲間たちへ敬意を示す為にね」ロアルドはそう答えた。

「どうしてお前は復活したのに魔術が使えねえんだよ」フリットはそう言って話を続ける。「つまり、他のやつには出来るのに、全員ができないのはどうしてなんだ?」

「君はもっと私たちのことをよく知るべきだね、サーヴよ!仮にあるリッチが自分も含めた多くの者たちを一緒にまとめようとしたとしよう。彼らは疲れ、突然君の目の前でゴロツキ共の集団はバラバラになって壊れてしまう。エネルギーを必要とすることなのだよ!」

「残念なことだけど、私たちはこんな具合に魔術を使うチャンスを選ばないといけないのよ。どんな人も、人生でチャンスは平等にあるべきだったのだから」ジュニーはそう話した。「私たちはこのことを続けるつもりよ。だって災厄で死んだ親族のために最善を尽くしたいから」

オーテルは広大な敷地に建てられた墓たちをじっと見ると、それぞれの名前が見えるように、綺麗に直されたブーケがあり……それは人ならぬものから死者への最大限の敬意であった。

「墓清掃サービスでもあればいいものを!泥がつくんだ!」ロアルドはそう文句を垂らすと、気持ちを少しだけ高揚させた。

僕の親族に音楽があると思いますか?オーテルは手話でそう尋ね、少しだけ腕を突き出してリッチの手話を実演してみせた。

「……もしかしたら!死の街のあちこちで聞けるかもしれないわ!ええ、そろそろ暗くなってきたみたいだし」ジュニーはそう叫び、藍色に染められた空を見上げる。

「君たち、帽子の青年とその友人、少し私たちのところに居ないか。君たちのリッチとしての芸術を受け入れようじゃないか!」ロアルドはふざけた調子でオーテルを腕でつつく。

そろそろ行きませんか?

「そうしよう!ジュニー!あれをやってくれ!」

すると突然、ジュニーはロアルドの車椅子を掴むと、持ち上げる。

ウィリーね、良いわよ!フー!!」彼らはロアルドが叫ぶのを聞き、ジェットコースターに乗っている時のように腕を上げているのを目にした。

オーテルとフリットはその後に続いた。

「人生でチャンスは平等にあるね、へえ……」フリットは呟いた。

何か言った?

「ああ、オーテルはケツみたいな臭いがするってな」

土を味わうのはどうかな、それともその面ここで土に埋めてあげようか?

フリットはくすくす笑った。「夜明けまでバトるか。くっせー鎧のお前とな」

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