落とし噺:死神の家
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えー、皆様、もう少しの辛抱でございます。わたくしの高座が終わりましたらいよいよ幽楽師匠の出番でございますので、その前に少し若造の噺にお付き合いいただければと思います。
え、若造の割には歳食ってる?警備員さん、あのお客さんつまみ出していいですよ。……冗談です、歳は食っててもまだまだ未熟なもんで、精進していきたいと常々考えております。
さて、私も噺家の端くれでございますので、皆様を満足させられるような噺を持ってまいりました。もしご満足いただけなければ、お足元の座布団やお財布、小銭、何なら万札なんかを投げつけていただいても構いません。私の生活費にさせていただきます。ここだけの話、うちの師匠はケチなもんで苦しいんですよ。おっといけねぇ、余計なことを言っちまいました。口は災いの元ですからね、気を付けねぇと。

何だかみじめったらしい話だとお思いかもしれませんが、お金の悩み、これは人に限った話ではございません。地獄の沙汰も金次第と言いますが、神仏も金銭には苦しんでおられます。京や奈良にいらっしゃる神様や浅草寺の菩薩さま、天神様などはお参りする人も多く、それに応じて賽銭も多いですが、それでも苦しい。何故かって、お賽銭をくれた人にご利益を返すと結局赤字になっちまうんですね。こりゃたまらんってことで、最近は賽銭の量でご利益を決めてるそうです。五円ぽっちだともうご縁があるどころか神様も見向きすらしない。万札なんて入れようもんなら、次の日からたちどころに体はピンピンして頭は冴えて、インターネットでバズるわ女の子が沢山寄ってくるわ……なんてのは誇張しすぎですが、なんせ対応に差があるのは本当らしいですよ。
まぁ、まだこうした好かれている神様ってのはいいですがね、中には嫌われてる神様なんてのもいます。貧乏神やら死神なんてのはその代表格で、皆様もよくご存じでしょう?


江戸のとある町に一人の男が住んでおりました。男は既に親を亡くし、親族がいるわけでもなし、いい年して女房の一人ももらったことがありませんで、子供ももちろんいるわけがありません。まぁー、所謂天涯孤独ってやつですな。勉学が出来るわけでもなく、馬鹿なことを考えては馬鹿な結果に終わってしまう。それでも心は優しく、周囲の人々には好かれて、日々せっせと働いて慎ましやかに暮らしていました。

「ひゃっこいーひゃっこいー ひゃっこい1はいらんかね~。 ふぁぁ。今日は夏だってのに、お天道様が隠れててらっしゃるから冷水なんて売れやしねぇ。商売あがったりだよ。」

それでも売らないとしょうがない、街中を抜けて、気づいたら町外れの竹やぶ。

「ありゃ、気づいたらこんなとこまで来ちまった。通りですら売れなかったのに、そもそも人がいねぇ竹やぶなんかで売れるわけねぇじゃねぇか。あーもうやめだやめだ、今日の商いは終わり!
つっても、まだ昼八つ2だしなぁ。家に帰ったってお酌をしてくれる女房もいるわけじゃなし、そもそも酒もつまみもねぇ。あーあー、つまんねぇなぁ。豆腐の角にでも頭ぶつけて死んじまおうか。それじゃ死なねぇわな。
そうだ!ここにある冷水に顔を突っ込んで……でも、前に川で溺れた時にゃあ死ぬほど苦しかったからな。あんな思いをするなら生きてた方が良い。いっそここで首でも吊って……でも、吊ったことないからやり方がわかんねぇな。」

「教えてやろうか?」

にゅっとどこからか出てきたのは、真っ白な髪にボロボロになった黒い着物を着て、がりがりに痩せこけた爺さん。もうあばら骨が浮き出て、骨と皮しかない手でひょい、ひょいと手招きをして、しわがれた声で

「首吊りの仕方、教えてやろうか?」

なんて言ってくる。

「な、なんなんだよ爺さん、不気味だなぁ。こんなところで何してんだよ。」

「ちょいと涼みにな。それよりお前さん、死なないのか?やり方なら教えてやるぞ。俺は死神だからな、色んな首吊りの仕方を知ってる。」

「いや、別に首吊りに色んな方法はいらねぇよ……。そんなことよりアンタ今死神っつったか?」

「言った。」

「いやいやいや、死神って……もしかして俺を迎えに来たのか!?嫌だよお、俺まだ死にたくないよお。かわいい嫁さんももらいてえし、子供だって欲しいし、もっといっぱい酒も飲みてぇしやりたいこともいっぱい……」
「まぁ落ち着け。別に俺はお前を迎えに来たわけじゃあない。」
「ほんと?」
「俺は嘘はつかん。」
「ほんとにほんと?」

「しつこいな。本当だ。俺はただ旅に出る前に少し休んでいただけだ。」

「というか、俺がここに来て急に死にたくなったのはお前のせいだな?これまで死にたいなんてこれっぽっちも思ったことなんかなかったんだ。あっちいけ、しっしっ。」

「まぁそう邪険にするな。話は変わるがお前、一人身か。」

「そうだよ、わりぃか!なんだ、藪から棒に。」

「いやな、さっきも言ったが俺はしばらく旅に出なきゃならん。その間は家を空けることになる。取られるものがあるわけではないが、家をほっぽっておいて変な輩に住み着かれても困る。そんなわけで、旅に出てる間誰か俺の家に住んでくれる奴がいればいいと思ってな。お前、どうだ?」

「へぇ?」

「どうせ家に帰ったって誰もいない、何もないんだろう?ちょっとの間だ、別に辺鄙なところにあるわけでもなし、広さだって悪いわけじゃないぞ。ま、ちょっと助けると思ってな。」

「まぁとりあえず連れてってくんな。見てみねぇと始まんねぇや。」

そこで死神の爺さんについていくと、たどり着いたのは町の端っこ、それなりに大きな家。普段狭い長屋の一室暮らしの男にとっちゃあ、まるで御殿のようなもんです。

「おお~、こりゃあ立派なお屋敷だなぁ。死神なんぞに住ますにはもったいないくれぇだ。」

「余計なお世話だ。どうだ?引き受けてくれるか?」

「そうだなぁ。まぁ、別に不便なわけじゃねえし、こんな立派な屋敷なんざもう二度と住める機会があるか分からねぇし……乗った!アンタの留守中、家守は任せてくれ!」

「そりゃありがたい。大体のものは揃ってるし、それなりに奇麗に使ってくれりゃそれでいい。しばらく暮らすのに困らねぇ金もあるからそれも遠慮なく使ってくれていい。ただなぁ、この家、“すみにくい”んだ。」

「住みにくい?俺はちゃんと中まで見たけど、そんな風には思わなかったけどな。」

「あぁ、そっちじゃねえ。家に住むの住むじゃない。水が澄むの澄むだ。」

「なんだ、水だったら売るほどあらあ。今日は売れなくて困ってたとこだ。」

「馬鹿野郎、今のは例えだ例え。ほんとに水が濁ってるわけじゃねえ。濁るのは住んだ人間の心だよ。」

「心が濁る……?」

「この家はな、人を食っちまうんだ。あー、これは例えだぞ。お前さんが食われるわけじゃねぇ。」

「じゃあ、誰を食っちまうってんだよ。」

「まぁそう慌てるな。いいか、この家はな、嫌われ者を食っちまうんだ。例えばお前さんの町にもいるだろう、嫌われ者。」

「あぁ、いるね。それこそうちの長屋の大家はヤな奴でね、金にがめついわ背は小せぇのに態度はでかいわ、そのくせ女にはデレデレ甘ったれで……話してるとまたムカついてきたなぁ。今からなぐんに行こうかな。」

「お前がその大家とやらが大嫌いなことはよく分かったよ。まぁ、人となりを聞くとお前以外からも嫌われてそうだな。」

「そりゃあもちろん、漬物屋のかかあから隣の熊五郎までみーんな嫌ってまさぁ。」

「そりゃあ筋金入りだ。そんな嫌われ者をな、この家は食っちまうんだよ。殺しちまうんだ。」

「すると何だい、家が動いて踏み潰すとか。」

「家が動くわきゃないだろう。そこは俺ら死神と似てるんだ、事故さ。不運な事故で命を持ってくんだ。
だからお前に頼みたいんだよ。見たところ、お前は頭は悪そうだが魂は清いまんまだ。そんな人間は滅多にいねぇ。お前なら、余計なことをせずに過ごしてくれそうだからな。」

「頭は悪いは余計だが、そりゃあ俺だって人殺しなんてしたきゃねぇ。どうすりゃあいいんだい。」

「どうにかできりゃいいんだが、俺にもどうしようもねぇ。嫌われ者を嫌われないようにするか、お前が住んでる間一切他人と合わないようにするかだ。」

「はぁ、出来るかなぁ。」

「ま、上手くやんな。引き受けてもらった以上、俺はお前に任せたからな。」

そう言うと死神の爺さんはすぅーっと消えていった。

「おい、死神さん?おーい、どこ行っちまったんだい。消えやがった。……あの爺さん、ほんとに死神だったのか。耄碌した爺のボケ話だと思って流してたが、こりゃあどうも大事になっちまったなぁ。約束を破ると後がこえぇし、家の話がほんとなら人殺しになっちまうし……ううん、どうしたもんか。」

男はうんうんと頭を抱えて考えますが、まぁ元々足りねぇ頭で考えても何も出るわけもない。こうなったら仕方ない、死神が帰ってくるまでだーれにも会わないようにするかといそいそと支度を整えて、その日から死神の家で生活を始めました。

家財道具は家に揃っていましたし、使っていいと言われた金で前もって米や漬物、酒なんかも買ってきていましたから、特に外に出る必要もない。仕事もするわけにはいきませんし、元々いた長屋の人たちにはしばらく旅に出ると言い残しておいたので、男は毎日、何をするでもなく、食べては寝て、呑んでは寝て、起きてまた食べて寝る……なんて生活を繰り返していました。

男が死神の家で暮らし始めて四十五日くらいたった頃でしょうか。

ドンドンドン!ドンドンドン!

「んぁ。なんだようるせぇなぁ~……人が気持ちよく寝てるってのに……はい、どちら様で?」

元よりうっかりしてる上に、突然起こされたんで頭が回らなかったんでしょう、男はすっかりいつもの自分の家のように扉を開けちまったんです。

「何であなたがここにいるんです。ここは空き家のはずですよ。」

あ、しまったと思った時にはもう遅い。目の前にゃあ開け放たれた扉の先に厭味ったらしい大家の顔。

「お、おおなんだい大家かい。なんだってこんなところへ。」

「なんだい大家かいとはけったいな物言いですねぇ。いやね、ちょいと用事で近くの家まで来たんだけどね。そうしたら空き家のはずのここにあなたの汚い袴が干されてたもんで、どうしたもんかと思ってね。」

「袴は汚ねぇもんだろうが、このとんちき。」

「何か言いましたか?」

「いいえ、何にも。それで、何か御用で?」

「あなた、旅に出ているんじゃありませんでしたか?それがなんでこんなところで間抜けた顔をしてのうのうと過ごしているんです。」

「一々余計なことを付け足す野郎だな……いやね、旅の帰り後に爺さんに出会いまして。何でもちょいと用事で家を離れなきゃならんから、代わりに家にいてくれんかということで、ここにいるんでございまさぁ。」

「ほぅ、そりゃあ妙な話ですねぇ。この家は空き家のはずなんですが。まさかあなた、勝手に使っているんじゃないでしょうねぇ。元より何かやらかすんじゃないかとは思っていましたが、まさか本当に罪を犯すとは。」

これには流石の男も頭に来ちまいまして、つい思ったことをぶちまけちまったんです。

「てやんでぇ、人が黙って聞いてりゃあ人の事を泥棒のように言いやがって!ハナから俺の話なんか信じちゃいねぇ、挙句の果てには前々から何かやらかすと思ってただぁ?あんまり人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ、大体なんだんだてめぇは。ちびのくせに態度はでけぇ、大して賢いわけでもねぇのに講釈をだらだら、挙句の果てに金と女にだけは目がねぇときた。てめぇは馬鹿だから気づいてねェだろうけどよ、そんなんだからてめぇは嫌われてんだ!
分かったらさっさと帰りやがれ、このすっとこどっこい!」

ぴしゃりと扉を閉めて、少し頭が覚めてから男は家のことを思い出しました。

「あぁ、しまった。つい自分の家のつもりで出ちまった。このままだとあの馬鹿大家が死んじまうことになるのか?いくら嫌いだっつっても、俺のせいで死なれちゃあ寝覚めが悪くなる。どうにかしねぇと……。」

てなわけでまたうんうんとない頭を抱えて考えますが、今回は酒も入っていますから余計に頭が回らない。その上、酒が残ってたんでいつの間にか寝ちまいました。目が覚めたら既に次の日、お天道様は傾き始めている頃で。

「ふぁぁ。ん、俺は何でこんなところで寝てたんだ?……昨日大家の野郎が来てそれで……あぁ!まずい!」

男は急いで着のみ着のまま駆けだしました。人に会うなと言われていたのは承知していましたが、自分のせいで大家が死んでたらって考えると、どうしようもなかろうが走り出しちまうのも分かりますわな。
見慣れた風景までたどり着くと、何やら長屋の前に人だかりが出来ています。

「はぁ、はぁ……おい、皆どうしたんだ。ぞろぞろと集まって、なんかあったのか?」

「おぉ、久々だな。それがなぁ、うちの大家が死んじまったんだよ。何でも、道で小石につまずいて、こけた拍子に頭を打ってそのまんまポックリ逝っちまったそうだ。」

「そ、そうか……。そりゃあ、残念だな……」

「そうだなぁ。日頃はこんな奴さっさとくたばっちまえばいいと思ってたけど、いざ死んじまうとこんな奴でも悲しくなっちまうもんだ。おめぇも気を付けろよ。普段から抜けてるんだから。」

「あ、あぁ……。気を付けるよ……」

「どうした?いつもなら威勢よく『うるせぇ!』なんて馬鹿でかい声で返してきやがるのに。酒でも飲み過ぎたか?」

「そうだな……。ちょいと散歩して酔いを醒ましてくらぁ。」

「おお、そうだな。転ばないように気を付けろよ。葬式が続くのは勘弁だ。」

いつもなら笑って返せる冗談も、今は答える気にもなりません。とぼとぼと来た道を帰って、死神の家に戻りました。

「どうしよう、俺のせいだ……。俺があの時寝ぼけて扉を開けなきゃあ、馬鹿大家が死ぬことなんてなかった。あぁ、取り返しのつかないことをしちまった……」

悔やんでも時が戻ることはありませんが、へらへらするのもおかしな話で。ずっと落ち込みながら家で過ごしていましたが、えー、江戸の町ってのは人付き合いが大変重要でしてね。まぁ、刑罰の一種に村八分、グループからの無視があったくらいですから、それはもう大きなもんでして。これまでは旅に出ていたということで押し通せていましたが、一回町で顔見知りに会っちまったらもうそれも使えるわけはありませんで、もう死神の家に引きこもるわけにはいきません。

大家の葬式にも出まして、日頃の近所づきあいもしなきゃなんない。その間もずっと心の中じゃあ怯えてるんです。

どうしよう、どうしよう。次も誰かが俺のせいで死ぬんだろうか。俺が殺しちまうんだろうか。どうにかできないのか?

そんなことを考えて過ごしているうちに月日はどんどんと過ぎていきます。一月経ち、二月経ち、三月経ち……気づけば死神の家に居付いて半年が経ちました。

四十五日が過ぎる毎に死人は増えます。大家の次は若旦那の徳兵衛。徳兵衛の次は茶屋のご隠居、その次は……なんて具合で。

ところで、人ってのは不思議なもんでね、どれだけ善人でも、どこかで自分の行いを正当化しようとするんです。アイツもやってんだからいいだろう、皆手ぇ抜いてるからいいだろう、なんて皆さんにも覚えがあるんでございませんか?
男もね、いくら澄んだ魂を持ってたって人間だったんですねぇ、ふと思っちまったんですよ。

「あぁ、そうだ。俺がどうこうしたってどうにかなるわきゃねぇんだ。嫌われるようなことをした奴が悪ぃんだし、何よりあんな家を任せてとんと帰ってこねぇ死神の野郎が一番悪ぃ。俺はなーんも悪くねぇんだ。」

そんな具合で男はもう吹っ切れちまいまして、なんなら次は誰が死ぬのか気になるなぁ、なんて考えもしちまうようになっちまったんです。

それからまた暫く経って、家を預かってから1年とちょいと過ぎた頃、死神がふらっと帰ってきました。

「おい。起きろ。」

「んぁ……誰だ……って死神の爺さんですか。ようやく帰ってきたんですねぇ。」

「……呑気な野郎だ。まぁ、まずは家を預かってもらって悪かったな。俺はしばらく出ていかないから、もう大丈夫だ。帰っていいぞ。」

「へぇ、それですがねぇ。まぁ、そのなんだ、言いにくいんですが……」

「何だ。礼なら後でくれてやる。今は生憎持ち合わせが無くてな。」

「いえ、お礼は結構なんですが。あのー、あんまりこの家の住み心地が良くてですねぇ。何とか住まわせてもらうことは出来ないかと……」

「断る。俺はこれでも死神なんだ、そこらの人間と一緒に暮らすなど出来るわけがない。」

「そこを何とか!お金はどうにかしますし、なんなら一部屋、土間だけでもいいんでさぁ。迷惑はお掛けしませんし、お願いいたしますよぉ。ね、ね。」

「……さてはお前、この家に魅入られちまったな。大分魂が汚れてやがる。」

「な、なんでそんなことわかるんですかい。俺は変わっちゃいませんよ。」

「あのな、俺は死神なんだ。人の魂なんざ簡単に見れる。最初出会った時のお前は真っ白な魂だったのに、今じゃ大分薄汚れてんだ。まぁ、大方何人かこの家に食わせちまったんだろ。本当ならそんなことをしたお前の命をもらっていくところだが、留守を人間に任せた俺の問題でもある。今ならまだ見逃してやるから、さっさと出て行け。」

「出てったら、俺はどうなるんだい。」

「どうもこうもないだろう。これまで通り、普通に暮らしていけばいい。寿命になったら俺が直々に迎えに行ってやる。」

「なぁ、やっぱり何とか住まわせてくれよ。しにちゃん、いやしぃさん、なんとかお願いだよぉ。」

「どうしてそこまでこだわるんだ。まさかとは思うが、命を奪うことが気に入ったか?」

「そうじゃねぇんだよ、怖ぇんだよ。この家を出たら普通に戻る。もし、その後でアンタがまた出かけて、暫くこの家を空けた時、俺以外が住むことになったらどうなる?それが俺に関係ない奴ならまだしも、おんなじ町の奴だったら?その時は大丈夫でも、その次は?それを考えだしたら、不安でしょうがねぇ。」

「なるほどな。だが、お前もこの家に手を貸したんじゃないのか?俺は人を食う家だから、人と会わない様にしろと忠告したはずだ。お前は破ったが、次の奴は忠告を守るかもしれん。もう少し人を信じてみたらどうだ。」

「俺も破るつもりは無かったんだ。仕方なかったんだよ。他の奴だって守ろうとしても、うっかり忘れちまったり、失敗しちまったりするかもしれねぇ。いくら嫌われ者から死んでいくつっても、いつかは俺の番だ。だから怖いんだよ。」

「なら、嫌われないようにしたらいいだろう。人に嫌われる奴は死んだ方が良いと願われてしまうからな。お前も心当たりがあるだろう?」

「確かに、ちょっと思ったことはあるけどよ。ほんとに死ねなんて思ったわけじゃねぇ。嫌われない努力だってしてるよ。したくもない家の前の掃除だってしてるし、近所のガキどもの遊びにも付き合ってやってるし、熊五郎の飲み相手だって……なぁ、いいから何とかこの家に住ませてくれよ。お願いだよぉ。」

「はぁ……そこまで言われちゃあな。」

「ほ、本当かい⁉」

死神がゴソゴソと袖の下を探りますと、何やら火がメラメラと燃え盛る蝋燭が出てきました。

「何ですかい、その蝋燭は。」

「これはな、人間の命だ。蝋燭の長さが残りの寿命、火が消えりゃあそこでコロリと死んじまう。」

「へぇ、命ってのは儚いもんなんですねぇ。それで、急にそんなもんを取り出してどうしたんです。」

「この蝋燭はお前の命だ。俺が今ここで吹き消せば、お前はその場でくたばっちまう。」

「え、ちょっと、困りますよ。俺ァまだ死にたくねぇ!さっさとそれをしまって、ゆっくりしましょう。炊事、洗濯、風呂炊きもやりますからね、さぁさ、蝋燭は火が消えない様にそーっとしまって、ね。」

「なぁ、最後にもう一回聞くぞ。」

「へぇ、なんでしょう。」

「お前、殺した奴らについてどう思う?」

「そりゃあ……申し訳ねぇとは思います。でも、嫌われるようなことをする方にも原因はありますからねぇ、ちょっとばかし、向こうも悪いんじゃないかと。」

「そうか、そう思うか。」

「さぁさ、蝋燭をしまって……」

その時、フッ と死神が息を吹くと、ろうそくの火がフワッと燃えあがって消えちまいました。
バタン、と男が倒れこむ。そうしたら死神が一言、

「あんまりお前がしつこいもんだから、俺もお前が嫌いになっちまった。」

『死神の家』
演者:尾花亭柳太郎
令和二年八月二十二日 浅草演芸ホールにて

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