Our 0th Birthday
その日私達は生まれました。1月ですから、窓も白く凍るような冷たい季節の中でした。きっと産声を上げたのは室内ですから、肌で冷たさを感じる事はなかったのだと思うのですが、どうしてか私にはこの日の事が、吹雪の中で身を寄せて震える、生まれたばかりの双子の姿で想起されてしまうのでした。
縦何段にも積み上がった金属ラックが隊列のように横に、奥にと広大なルームを埋め尽くす。私の背よりも高く重なり、隙間無く並んだボードの間を縦に横にと幾重にも、配線が往来を繰り返す。
室温計は22℃。だけど財団ここのサーバーは継続的かつ極膨大なデータ処理に耐え得るが為に熱を溜めやすく、その熱を持ち去る為にラックの間を隈なく冷たい風が駆け巡る。
最上段へと伸ばした一手で追加の配線を終えた私は、その場にぺたん、と腰を下ろして息をつく。
「……私達の "異常性" って、いつから始まったんだっけ……?」
Our 1st Birthday
母親の罵声が聞こえます。この頃はまだ、その言葉の意味は分かりません。
男の人の罵声が聞こえます。あれはきっと、父親だったのではないかと想像しています。
この頃の私達は、いつも扉の向こうから聞こえる声を、ただ "そういうもの" なのだと思って聞いていたのだと思います。
スッと意識が戻ると私は、サーバールームに座り込んだまま少し、うたた寝をしていた様でした。
「作業完了の連絡入れなきゃ……」
サーバールームの扉をくぐって、長くくねった廊下スペースへ。
ここへ来ると少し暖かい。肌寒さも苦痛じゃないけど、少し温もりのある風はホッとするようで心地良い。
1人歩いて とっ、とっ、と響く足音に、廊下正面カーブの影からもう一つの靴音が重なる。
「主役の1人クイーンをお迎えに来ましたよ、……なんて。調子どうだい?」
私が自由を手にし始めた最初の日。あの時瓦礫と血溜まりの中の私を、救出に来たのと同じエージェントでした。
Our 2nd Birthday
男の人の罵声は、無くなっていました。私達はその人の事を、あまり良く覚えていません。その罵声が無くなった隙間を、扉の向こうより近くなった母が埋めました。
この辺りの記憶は、幼すぎたこともあってか、とても曖昧です。
「それで……私まだ、欲しい物とか決められなくって。」
「なるほどねぇ……。」
フードを被ったエージェント、その隣を私は遅れて歩く。まだ広いこの場所サイトを覚えきれてはいないから、道案内は今のところまだ必須。
少しの間、無言のままで足音が響いた後に、私は妹の事を問い返します。
「あの……妹は、鈴呼は何と言っていましたか……?」
Our 3rd Birthday
この日の以前に、今思うと "少し前" なのだと思います、この頃テレビのある部屋にいることが多かった私達はその四角い映像の中で、音の出る何かを貰う男の子と、カラフルな服の人形を貰う女の子を見ました。その四角い中にいる人は、「みんなは何を貰ったかなー?」と言っていました。
……妹も私も、キョトンとしていたのを覚えています。
妹は
「なんで、みんなもらってるの?」
と聞きましたが、私にも分かりませんでした。余計な事を言うと怒られてしまうので、ずっと聞けずにいたのでした。
でも、あんなにキラキラしたものを貰える子供たちの事が、どうしても気になってしまいました。
それで私達は、お母さんに聞きに行ったのでした。お母さんは、いつもお母さんが料理を食べている机で何かをしながら私達を見下ろすと、「クリスマスなんて過ぎたよ」とだけ言いました。
私達はその意味が分からなくて、分からないままに「でも、皆貰ってたんだよ」、と言おうとしました。それは妹も同じで、そして、
……妹の方が私よりも、先にその言葉を言ってしまいました。
私は、お腹を抑えて嘔吐き、力無く泣きじゃくる妹を庇いながら、言われた通りのいい子にならなきゃいけないのだと思いました。
私の頭の右斜め上から、フード男の声が答えます。
「妹さんは即答でしたよプレゼント。例の収容違反の最中で目にしたTシャツだそうで。」
「……そうでしたか。……それなら、良かったです。」
私達は物心付いた頃には既に、そしてそれからもずっと、"言われた通りのいい子" である事が全てでした。"言われた通りのいい子" は自分を自分で定義しません。その言い付けを、疑問に思ってはいけませんでした。だから私には、自分が欲しい物が何なのか分かりません。今でも。
それでも、鈴呼が即答できたのなら、きっとあの子の夢を少しは守ってあげられたのかな、って。
「お、ほら購買エリア入りましたよ?直前だけど何か見つかれば……」
「えっ……?あ、本当だお店がいっぱい……。」
一本道の、移動用だけの通路から一転、彼の言葉に顔を上げると、暖色の照明のある開けたスペースにたどり着いていました。隙間なくタイル張りされた床面を、店舗ごとに一塊のラックや商品棚が幾つかの区画に分けています。
「…………ん。」
少しその場で立ち止まった後、右側手前の色彩が私の目を引きます。
とっ、とっ、と足を進めて、そこにあったのは手帳やマーカー、少し凝った外装をした筆記具でした。
エージェントのフード男は、少し離れてスペース入口の壁に背中を預けています。
……視線を戻して、マーブル調の、玉虫色のペンに手を伸ばしかけた所で、私はそれが、自分の為に欲しいのではない事に気付きました。
(こういうの、"鈴呼が好きかも" ……。)
「……それで……、結局決められなくって。」
壁にもたれたフードの人に、顔を見上げてポツポツと話す私がいました。
「ふむ……?」
"そこまで意外な事ではない" と、そんな様子で彼は語尾を、落ち着いた声で少しだけ上げます。
「何だか私、まだちょっと、……自分の欲で動いてる私をイメージしきれてないみたいです。」
何が欲しいのか、自分自身も分からなかった……、そんな答えを聞き終えた彼は "把握した" 、とそんな感じで壁に預けていた背中を起こすと、
「OK、承知しましたよ、と。……今回は保留という事で。いずれ見つかった時の為に、と経理には伝えときましょう。」
そう言って、"貸し切り会場はあっち。" と指先で、左側奥の広い回廊のような通路スペースを指し示します。
……思えば幼少期、母は放ったらかしだったので、概ねテレビの内容ばかりが、私達2人の学習材料でした。
だから、「お姉ちゃんだから、妹を守ってあげなきゃ」というのも最初は。……"最初は"、四角い箱に映る幻の、その光景からの刷り込みだったのかもしれません。
だけど、これだけは確信しています。私が鈴呼の幸せを願っている事。これだけは私の "本当" です。
Our 4th Birthday
この辺りの記憶はまた曖昧になります。ただ、いい子にしていた事だけは覚えています。妹はあの日以来、お母さんに言われた通りの子になりました。うるさいからベランダに出てろと言われれば、朝までずっと何も言わずにただベランダに立ち尽くす子になりました。私はそんな妹の横顔を見て、妹の事が不安でした。でも、……ベランダにいる妹の横顔を、という事は、つまりは私もそうだったのだと思います。
今の私はフードのエージェントに連れられて、作業用の通路とは何もかも違う、横幅だけでも大人の身長4人分はある広い回廊を……
(こんな所があったんだ……。)
妹鈴呼に救い出されたあの日から少し経った頃、2人で幾つかの映画を観たのを思い出します。その映画の中の2本には、広い宮殿の広間へ続く大きな回廊のシーンがありました。そこには柔らかい光のシャンデリアや厚い絵の具で描き込まれた肖像画が並んでいて……、そして今この私が歩く左右にも、花や鳥、そうした絵画が並んでいます。
「結局、妹の事もちゃんと守ってあげられない事ばっかりで。」
「んん……?」
右を向いて顔を上げると、何だか意外そうな、それでいて特に調子の変わらない様子で首を傾げた彼がいました。
「……ほら、私達って、言われた通りに変化しちゃうじゃないですか。体の方も。痣とか傷が見た目に分かれば気付いてくれる人もいたかもですけど、それもできなくて。」
「……なるほどねぇ。」
普段通りの声と口調でそう言って、彼は視線を伏せて前に戻します。
"言われた通りのいい子" であり続けた私はいつからか、ただ言い付けを言葉通りに飲み込むだけではなくなっていました。とてつもなく簡単に暗示に陥って、またその暗示の影響が身体にも表れるのです。
「……お?」
「……? どうしましたか……?」
「あの店。改装終わって開いてるじゃん。」
「Superior Clothes' Palace……」
入口天井に掛けられた看板を見上げる私にエージェントは、 "収容違反後に、移転されてここに来たのだ" と説明をします。その後も2度、3度と改装を行い、今ちょうど最新の模様替えが終わった所なのだ、と。
……私はずっと、洋服屋さんの名前なんて知りませんでした。だけど、この名前だけは聞き覚えがあります。鈴呼から聞いていたお店。私達が初めて自由を手にしたあの日に、鈴呼はここで自分の色を見つけたのでした。
「"収容違反の最中で目にしたTシャツ"って……、そっか。」
気が付いた時には、既にその看板は頭上にあって、私はこの、話には聞いていた未知へと足を踏み入れ始めていました。
「私……、ちょっと立ち寄りたいです!」
順番がアベコベですが、背中側を振り返って彼に、これまでよりも弾みのある声に自分でも驚きながらそう告げます。
Our 5th Birthday
この頃、家にはまた男の人がいました。潰れた様な声で、きっと昔いたのとは別の人だと思います。その人は私達を見て、「変な子だな。」とそう言いました。
帰ってきたお母さんは、バラバラの本やインクが散らばる部屋を見て、私達を怒りました。殴って、蹴って、床に押さえ付けました。
私達はその人の望む通りの "変な子" にならなきゃいけないのだと、そう思ってしまったのでした。
左手壁側の白い棚に、ぎっしり積まれた青とベージュのモフモフ。棚の一部が抜かれた台に、床面よりも高い足場からそびえるマネキン。橙の上にベージュのモフを羽織った上には青灰色のニット帽。
何処に行けば何があるのか、まだ私は掴みきれていません。
そのマネキンの視線の先へと振り向くと、そちらには淡い青と緑のロングスカート。
(あっちにあるのは何だろう?)
右手に開けたスペースに並ぶ木目のラックに畳まれた、冬と春色をしたモコモコ上着や花柄スカート、ラックの上の男女それぞれのマネキンの上を視線がなぞって、少し無骨な緑や黒や、暗紫の袋が並んだ所に行き当たる。
(これどこに着るやつだろう……?)
私が疑問符を浮かべていると、
「それ、登山用の小カバン……!」
と遠くから彼の声がしました。
登山のバッグがある所からラックを2つ分ほど戻って、そして……、通り過ぎようと振り向いた奥の壁から誰かが振り向きました。黄色の混ざった髪色に、向かって右側だけの触角……。
通り過ぎようと振り向いた、奥の壁には大きな姿見かがみがありました。
Our 6th Birthday
この日も、いつもと変わりません。ただ1つだけ、「そのうち、ガッコウだ」とは聞かされていて。
私達は、ただ "どこか" へ行くのだという事だけを分かっていました。
このサイトがかつて崩れ去りかけたあの時、私は "Imaginanimal" と呼ばれた者達に協力し、職員の誘導や警報器の起動などを行いました。
『スズメバチは持久力が高いからね。後はアンタの身体があれば、このサイト端から端まで何とか行けるよ!』
大規模収容違反が起こったあの日、まだ1つの"オブジェクト"だった私の中に1つのイメージが潜り込みました。
『動くのはアンタ自身だよ。直立二足の身体なんてアタシに動かせるかよ!』
当然のように自分の意識を明け渡そうとしていた私に、彼女はそう言ったのでした。
Our 7th Birthday
この時、私達は小学校にいました。
小学校という所は、私達にとって驚きの連続でした。そこには当時の私達と同じくらいの子どもたちが沢山いて、その皆が自分の夢や自分の好きなもの、自分自身の心を持っていました。私達はそこで初めて、テレビで見たような子供たちが現実にいる事を知ったのだと今では思います。
でも、私達は小学校にいる間、一緒にいる事はできなくなってしまいました。別のクラス、私にも分からない場所にいる鈴呼の事が自分の事と同じ位に心配で、自分の事より分からないから、自分の事より遥かに不安だったのを今でも覚えています。
少しして、暫くの間ただ鏡の中の自分を見つめるようにその場に留まっている自分に気が付きました。頭には黄色混じりの髪と、左右に蜂の大きな目がまるで大きな髪留めのように。
私はこれまでの16年間ずっと、僅かにも着飾って目を引く様な、そんな格好をした事がありませんでした。だからふと振り返って姿見に映る自分を見たときそれが、自分自身の鏡像だとは咄嗟に分からなかったのでした。
「……ぁ…」
私は何かを呟いた様で、でもそれはまだ明確な言葉にはなりません。姿見に映るその姿は色付いた髪や複眼の髪留めだけではなくて、鏡像の、向かって右側には触角と大きな翅もあります。
スズメバチの姿をとったImaginanimalは、それまで
"望まれるままに"、"自分を持たずに" と生きるままだった私に1つの言葉を残しました。
『You are your queen貴女であれ』、だったと思います。
その日を迎えるまでの私は、自分のための私queenでいた事はありませんでした。
飾られた、ただの布じゃない服や髪留めですら、現実のものではなかったのです。ほんの1年と、少し前までの私にとって。
Our 8th Birthday
「そうだこれいる?」
その日突然声をかけて来たのは、クラスの中でも活発な女子グループの1人でした。
何故突然そんな事を言われたのか、何故話しかけられたのか分からず狼狽える私に、その子は特に調子を変えず
「4月になったら3年生だし、ウチはそろそろ要らないかなって。」
そう言って、袋に入った"プレゼント"を私の机に置きました。
本当なら、玩具を持ってくるのはダメな筈です。そう問い返す私にその子は「図工の材料に隠して持ってきた。」と告げて立ち去ります。
それは、初めて触るもの達でした。いくつかの、全然違う種類の人形たちが袋に纏めて入れられていて。
母親の言葉一つで、部屋からも出られなくなる中で、人形たちは私の、そして鈴呼の友達でした。
そういえばあの人形たちは、色んな服を着せ替える事ができたっけ。
……私にとっての理想が何かは、まだ分からないみたいです。私自身の夢なんて、思うための知識も機会も今まで持ってきませんでした。
でも。きっと今になって、私は理想の探し方を掴むためのスタート地点に立つ事ができたんじゃないかと……
そこまで考えて、伏せていた視線をもう一度鏡に向けると、鏡に映る自分はまだ不安そうでした。
「Be my queen.」
1つ励ましてみる様に、鏡の中の自分の瞳を見据えそう言ってみます。
Our 9th Birthday
その日の事は、少し後になってから知りました。
その時鈴呼のいたクラスでは、ジンクスとか、おまじないの事が書かれた本が流行っていたのだそうです。そしてそのジンクス、まじない、催眠はただの子供騙しでしかない内容でしたが、私達にはあまりにも致命的でした。
ここからの事は、あまり記憶できていません。何かの騒ぎがあって、"特別な先生たち" が来て、
私達にはオブジェクトナンバーが振られました。
10th Birthday
blank
とっ、とっ、とさっきまでより、少し軽い足音を響かせて。
「おぉ、ふむ。とりあえず会場行きが先行ですかな?」
フードの上に手をやる彼に、
「はい。……そうやって、少しずつ見つけて行こうと思います……!」
私は少しだけ弾んだ声でそう伝えました。
11th Birthday
blank
12th Birthday
blank
13th Birthday
blank
用意された会場まではあと少し。斜め上を見上げると、彼は端末で何やら確認をしている様子。
「いやしかしタフですねぇ。」
「ん……?」
端末から外した視線を私の方へ。
「いや、12時間、連続半日ですよサーバールームでやってた作業……!?」
これまで淡々としていた彼は、ここに来て始めて素っ頓狂な声を上げます。それが何だか可笑しくて、暫くクスクス笑った私。
言われてみれば "サーバールームで半日" ……そっか、そのくらいの時間やってましたっけ。
「このくらいなら、大丈夫です!」
私には、スズメバチ彼女がくれた力があります。私が私の夢を叶えるための、その1つがこの持久力タフネスです。
そしてここから先、対応するプログラムコードはSEシステムエンジニアである妹の担当。
「それにあの子鈴呼は、今ではきっと私よりもっと強いんだから。」
間違いなくやり遂げてくれる。あの日の瓦礫と怒号の中で、カメレオンと一緒になって元凶を無力化した鈴呼なら。
14th Birthday
the last blank
14ヶ月と少し前、私達が収容されたこのサイトに齎された突然の、怒号と崩壊の連鎖を終わらせたのは鈴呼でした。何よりも一番知っている相手の性質を利用して、注意を自分1人に引き付けて。
大規模収容違反の後、私達自身についてもより踏み込んだ追加調査を受けました。結果はGoIとの関連も無し。関わってたのは母親1人、それも私達が収容されて離れた後の事でした。
母あの人のその後は知りません。サイトの襲撃者だったGoIメンバー、きっと何処かの財団施設の収容セルの中でしょう。
その後の人員不足もあって、私達は期間限定という話の元、雑務担当の臨時職員として作業を割り振られました。
Our 15th Birthday
臨時職員になった私達は最初、財団にとっての重要度は低い作業、職員が使う売店の受注アプリの復旧のための初期作業を任されていました。
public class Mなななななななななななain {
りりりり
いいいいいいいい
あの日逃げ出した電脳系のオブジェクトの置き土産として、プログラムコードの中に無意味なひらがなが大量に。
- ひらがなの羅列を削除しておいて。
- その他の文字には手を付けないように。
「それで作業を続けている内に、プログラムコードの意味が分かってきたと?」
「……はい。」
「そうだね……、では、……"doctor" と文字を出すにはどうする?」
少しの間があってから、私の脳裏に霧の中から滲み出す様に文字列が浮かびます。
print('doctor')
・
・
・
その後にも、幾つかの検査と実験があって。
「……どうやら君達は、プログラムの虫バグを喰らう事で成長している。」
15歳の誕生日、私達は "オブジェクト" ではなくなりました。その通知が届けられた時の事は本当によく覚えています。
スキルアップと実験を兼ねて渡されていたプログラムコードから、細かく隠されたバグを探して修正していた時でした。座って机のノートPCに向かってる私。背後の扉にノックの音と、その後に続けて解錠音。脳裏の中ではプログラム虫を大顎で仕留め、噛み砕いているスズメバチ。
それから数日間の準備と書類処理を経て、私は、そして鈴呼は、財団職員になりました。
「ほい、到着ですよ。」と、フードの彼がそう言った。
最後は広間と繋がる大きな通路の毛羽立った床を踏みしめて。
扉と絵画が交互に並ぶ広間の中に、一際大きく陣取る最奥の扉。
左右開きの大きな扉の、左右の取っ手を両手でグッと握り込む。すっ、と息を吸い込んで、飛び込むように押し開ける。
Our First Happy Birthday
「「「Happy Birthday !!!!!!!」」」
乾いた破裂音が1つ。ほんの少し間を開けて、今度はいくつもの破裂音が重なる。パンパンと響くクラッカーの音。扉を開いた私の目の前いっぱいに、紙吹雪が青に黄色に舞い踊ります。
「お誕生日おめでとう、鈴音ちゃん!」
赤縁メガネにおかっぱの、私と同じくらいの背丈の研究員が手を引きます。
緑のクロスのかかった大きなテーブル、沢山の座席に囲まれたその中央には、イチゴやミカンが散りばめられた二段重ねのホールケーキが輝いていて。
「ほらほら、座って!」
長方形のテーブルの、一番ケーキにも近い真ん中の座席に案内された後も私は暫く、その場で見たこともない景色が目の前にあるのに圧倒されたままでした。考えられる限りの色で作られた紙輪飾りが壁から壁へ、そして天井にも飾り付けられ、
「主役は姉妹2人だからな。」
「大丈夫。OK。分かってる。」
沢山の人達が集まった中で少し聞こえた、太めの人と痩身の人の男性コンビの話し声が可笑しくて。
クスっ、と笑った後ろから、聞き慣れた声が。
「鈴音!ハッピーバースデイ……!!!」
振り向くと、私と同じようにクラッカーの紙吹雪を被った鈴呼がいました。満面の笑みで、手の中に受け取ったプレゼントの袋を大事にしっかり抱えて……
この日、私達は初めて、ハッピーバースデーを知りました。