その日、世界は美しい花々に包まれた。鳥たちは宙を飛び交い、空気は浄化され、空は涙が出るような深く冷たい青色に晴れ渡った。長らくその本来の色を見せていなかった空を仰ぎ、人々は歓喜していた。
一方で、全ての生物が漠然と悟った。もう、世界が終ろうとしていることを。この世界に残された時間が、とても少ないということを。どうしてなのかはわからない。それでも、世界が今にも亡き者にならんとしていることだけは、誰しもが解っていた。
O5-13と呼ばれる男もまた、世界の終焉に際して心が異常なほどに落ち着いていた。しかしその一方で、1つの重大な疑問を心に浮かばせていた。
“一体、どのようにして世界が終わるのだろうか?”
彼は知っていた。世界を終わらせようとしていた原因が何であったのかを。それは、SCP-3649と呼ばれる1つの異常な気象現象だった。電磁波だろうと物体だろうと、何もかもを喰らい尽くす曇天がひたすらに地表へと落ちてくる、といったものだ。
彼はある2つの報告書を見返していた。1つはつい先ほど更新されたばかりのSCP-3649のものである。そこにはこう書かれていた。
MTFベータ-99 遠征報告書 (地球、地表面)
SCP-3649文書更新 (編集履歴参照: 高度低下)
MTFベータ-99 遠征報告書 (地球、地表面)
SCP-3649文書更新 (編集履歴参照: 高度低下)
MTFベータ-99 遠征報告書 (地球、地表面)
SCP-3649文書更新 (編集履歴参照: 著しい高度低下)
SCP-3649文書更新 (編集履歴参照: さらに著しい高度低下)
001/████の発生 (地球、地表面)
プロトコル・001の発令 (全職員の退職令、特定SCPの解放)
プロトコル・リリーに従い、Dクラス職員を含める全ての職員は退職となった。つまり、残された最期の時を、自由に生きることが許可されたのだ。それはSCiPたちも同様であった。あの医者も爬虫類も、知性あるSCiPはみな解放された。気性の荒いアノマリーたちも、不思議と暴れることもなく、残り少ない余生を楽しもうと収容サイトを穏やかに出て行った。誰一人として、攻撃的な態度を示すようなことはなかった。
そして、彼はもう1つの報告書に目を通した。SCP-001の報告書である。世界が咲い始めた理由がそこには書かれているのだ。彼は説明項に目を向ける。
SCP-001は、地球上の全ての命に死が訪れる直前に発生する特異事象を指します。現時点までにSCP-001は発生していませんが、他次元財団やその他同様の組織との通信により収集された様々な情報からその存在が発見されました(これらの通信については添付文書001-Aを参照してください)。
SCP-001自体は終焉シナリオの原因ではなく、単純にそれら終焉シナリオに先立って発生する事象に過ぎないことには注意が必要です。記録によれば、SCP-001の発生は特定現象によって明確に判別することが可能です。
これは事実だ。現に今起こっていることなのだから。
SCP-001イベント中、生命の生存可能な地表の90%を、自発的に出現する花が覆いつくします。これらの花は概ね「活気のある」「美しい」「明るい」、或いはそれらに近い意味を持った言葉で形容されます。天候は晴れ渡り、世界中で大多数の人間にとって快適な気温が確認されます。大気汚染は急速に改善されます。
これも事実。地表には美しい花が咲き乱れ、大気は洗われ、空は凍てつくほどに澄み渡った。
しかし、ここにこそ彼の最大の疑問があるのだ。報告書には「天候は晴れ渡り」と書かれていて、実際、空は晴れている。だがその結果として、SCP-3649は完全に消え失せている。世界を覆い尽くすほどの曇天が、今となっては世界を覆い尽くすほどの青空に変わっている。つまり、終焉を齎すはずの曇天は、もはや何処にもない。
だからこそ彼は、「どのようにして世界が終わるのだろうか」という疑問を持たずにはいられないのだ。
SCP-001イベント中、世界中の民草は漠然と地球の運命とその必然性を知り、また彼らは暴力性の大幅な低下を感じるでしょう。
これも事実だ。しかし──
SCP-001は、地球上の全ての命に死が訪れるその24時間前に発生します。
O5-13の心は既に、不安の雲に覆い尽くされていた。他に世界を終わらせる理由を探すには、24時間という制限はあまりにも短すぎるからだ。そして事実、眼前の絶望が消え失せても、終焉へのカウントダウンが止まることはない。
“どのように、いや、なぜ世界が終わるのだろうか。もしかすると──”
彼は、圧倒的な曇天に心が押し潰される感覚を覚えた。