或るエージェントの帰還
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機械仕掛けの神によって終焉おわってしまった世界は再構築された。しかしながら、全てを元通りにすることは出来ず、幾つかのSCP報告書が終焉の過程で失われ、その中にはある洞窟の先に広がる世界についての報告書も含まれていた。

新たなる世界の始まりと共に、その世界と、世界を守るために犠牲となったある機動部隊の存在は、人々の記憶から永遠に失われた。

死ぬのは一瞬だった。むしろ酷かったのはその後だ。人の手に余る神のエネルギー──サイト備え付け核弾頭の爆発が俺の体を焼くさまをこの上なくハッキリと感じ続けていた。しかしながら、俺は発狂することが出来なかった、脳みそがヘルメットにこびり付き、こびりついた脳みそは常にジクジクとした痛みを俺に伝え続ける。視神経は耐えがたい光を受け取り続ける、それはナイフで目を刺され続けているような痛みだった。蒸発したはずの神経が、許容量を遥かに超える熱とそれによって生じる激痛を余すことなく全身に伝え続ける。それでも俺は意識を失うことだけは出来なかった。それはむしろ生きていた時よりもハッキリとしていて、核爆発が人間に齎す熱と光と痛みの全てを俺に感じさせ続けた。

想像を絶する責め苦が終わった後、俺の体があったであろう場所を霧が包み込み、それから少し離れた場所に光が現れた──それはトンネルの出口にも見える。電灯に引き寄せられる虫のように、俺はその光を目指して深い霧の中を進んでいく。そして、俺は、光の向こうに──

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純白の粉雪が降りしきる酩酊の街に、忘却されし迷い人がまた一人。迷い人──鍛えられた体をもつ男は上から下まで黒一色の特殊部隊の如き厳つい恰好をしていたが、その足取りは力なく、彷徨っているという表現がぴったり当てはまる。

(ここは……どこだ……?昔資料で見た古い日本の街並みに似ている気もするが、転移でもしたのだろうか?)

街に並ぶ酒屋の灯とは対照的に、そのどれからも1つとして声は聞こえない。男に聞こえるのは自らの呼吸音と、雪を踏みしめる足音だけだった。

(俺はあの時、サイトと一緒に吹っ飛んだはずだ。まさかあの爆発のエネルギーで空間転移を起こしたのだろうか?)

一歩踏み出すごとに純白のカーペットに黒い染みが増えていく。一つ呼吸する度に白く染め上げられた空気が視界を遮る。体は寒さに震え、感覚が無くなるのも時間の問題であるように思われた。

(一先ず、この寒さから逃れられる場所を見つけなければなるまい。幸いにも休息を取れそうな家屋は多い、敵対的な異常存在が潜んでいなければ良いのだが……それにしても、ここは余りに静かだ。「酒屋」という文字からして、酒をふるまうか売る店だろう。それならばもっと騒がしくてもよさそうだが、不気味だな)

男は近くの酒屋に入り、中には背を向けて戸を閉めた。振り返り店内の様子を確認した彼は驚愕する。何故ならば、居並ぶ客であろう人々は揃いもそろってテーブルに突っ伏し、店の主人であろう着物姿の女性も、同様にカウンターに突っ伏しているからだ。

「異常存在の襲撃か?いや、この程度ならば非異常の薬剤でも同じことが出来るだろう。驚いてしまったが、よくよく考えれば大規模な宴会で全員眠りこけてしまった可能性もあるな」

念のため装備は付けたまま男は突っ伏している人々に声を掛けて起こそうと試みたが、誰一人として反応することは無い。仕方なく、最も近くにいた壮年の男性をゆすぶって起こすことにした。

「ちょっとお体触りますよ……おい、嘘だろ?」

男性の体はありえないほど冷たかった。その冷たさを、彼は知っている。その冷たさは、彼が何度も何度も触れたことのあるものだった──死人の体温を彼は知っている。

大きな音を立てて尻もちをついた彼は、脱兎の如くそこから逃げ出したい衝動を堪える──財団での勤務経験と、機動部隊に配属されてからの訓練によって彼の精神は鍛え上げられていた。

「ふぅ……ふぅ……よし。大丈夫だ、落ち着け。この爺さんが偶々運悪く逝っちまっただけかもしれない。酒の飲みすぎでそういう不幸な事故は数えきれないほど起きてる。今必要なのは検証だ」

大きな暗雲とほんの一抹の希望を胸に抱えて、彼は突っ伏している人々全員に触れて起こそうと試みた。願い虚しく、彼らは皆一様に冷たい──それはある意味では外に降りしきる雪よりも冷たいように感じられる。

限界だった。彼は空いていたカウンター席に座り、ヘルメットを取り手袋も外すと、両手を顔に添えて嗚咽と涙を漏らした。

「俺は……俺はこんなことにならないために……あの時死んだはずだ……なのに、どうして、どうして俺はこんなところにいて、なんで俺は生きているんだ、なんで、みんな死んでるんだ。これじゃ……あそこと一緒じゃないか!」






エージェント ケラーの誰にも望まれず本人すら拒否した帰還は、ここに成った。

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