「SCP-███-JP、どうしたんだい。今日は随分嬉しそうな顔をしているじゃないか」
「分かっちゃいますか?実はですね、近いうちに家族に会えるんですよ!」
財団の収容対象という境遇に似つかわしくない笑みを少年は浮かべていた。
概要: 財団の人型異常存在に対する収容体制は過去の経験を元にした非常に厳格なものとなっています。これは収容コストや収容違反のリスクなど様々な要素を勘案して作り上げられており、長年に渡って運用されてきた実績があります。しかしながら、近年になって急速に進展した人型異常存在の心理に関する研究が示す収容違反発生率と精神状態の有意な関連性は、我々に対して収容体制の見直しを迫っています。
「……それは喜ばしいね。ポイントが貯まったのかい?」
「はい!今日の実験で何も問題が起きなければ『家族との面会申請』に必要な1000ポイントが貯まるんです」
2人の武装警備員と深山博士が少年に付き添って廊下を歩いている。実験は何事も無く終了し、彼は家族との面会を申請した。
実験やインタビュー、収容に対する協力的な姿勢を見せるなどして財団の活動に貢献した人型異常存在に、貢献度に応じたポイントを付与します。ポイントは主として自らの収容体制の変更に用いることが出来ます。例: 希望する物品の提供、朝/昼/夕食を希望したものに変更する権利、洗身施設の小規模なアップグレード、外出許可、家族との面会など
「すまないが、面会前の最終チェックは別の人が担当になったんだ。明日はその人の指示に従ってほしい」
「……分かりました。大丈夫です!」
刹那に浮かんだ不安の色を押し込め、少年は年相応な元気の良さを見せて頷いた。
本制度の導入によって収容違反発生率は現在の49%に低減するものと見込まれてます。この数値は収容コストの増大を遥かに上回る利益を財団にもたらすと考えられます。特に注目すべき点として収容違反発生率の低下と比例して減少する職員の殉職率です。人材育成のコストは財団の規模と構造から天文学的な数値に達しており、日本支部では人的資源の深刻な不足を優秀な職員のクローン化によって解消しようとする事案が発生しました。当該事案は最終的に倫理委員会の介入によって事なきを得たものの、顕在化していない同様の問題は各国の支部で発生しています。
「あの……もろち、さん?」
「私の名前はこう書いて『しょち』と読むんですよ。さて、今から最終チェックを始めますが何か不安などはありますか?」
「大丈夫、です。本当はちょっと怖いけどお父さん、お母さん、それにお姉ちゃんに会うためなら……我慢できます!」
「そうですか。それは良かったです」
諸知博士は少年にニッコリと笑いかけ、後ろ手で助手に指示を出した──クラスVを75mg。
コスト、異常性、収容違反のリスクなどを精査した結果、報酬を与えることが出来ないと判断された場合は以下の手順を基本とした対処が行われます。手順はあくまでも基本的なものであり事態に応じて変更が加えられる可能性があります。
「少しチクっとしたかもしれませんが、痛いのは今のだけです。目が覚めた時には何もかもが終わっていますよ」
装置が空気の抜けるような音を立てると同時に少年の腕に繋がれた管を薬液が駆け抜けてゆく。両親と姉の顔を思い浮かべながら、少年は薄れゆく自らの意識を手放した。
- 十分に原理が解明されたミーム技術を応用して報酬の対象となる物品への欲求を消去または入手が容易な物へ変更する。
- 記憶処理技術を応用した疑似記憶の挿入により、報酬を得たと誤認識させる。
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「家族との面会はどうだったかな」
「とっても楽しかった……あ、楽しかったです!お姉ちゃんたちに隠し事をしなきゃいけないのだけは大変だったけど、みんなと久しぶりに話せて幸せです!」
「そうか、それは……良かったな」
無邪気に喜ぶ少年を深山博士はそっと抱きしめた。