凍り付いた時の中で、彼は温もりを得た
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ストップウォッチを叩き、カウントをリセットする。

1日。この世界に残された時間。

この世界は一見するといたって普通だった。ある一点を除けば。

何もかもが静止していた。虫も鳥も犬も猫も人も。

しばらく歩いていると見慣れた財団のサイトが見えてきた。立ち止まって眺めていると、入り口から男が出てきたので声を掛ける。

「あんた!そこで何してる?ここは何が起きてこんなありさまになってしまったのか教えてくれ」

「……はは、とうとう幻覚が見え始めたみたいだな。早く消えてくれ、それどころじゃないんだ。僕にはやらなきゃならないことがある。放っておいてくれ」

「連れないな、まあいい。見たところ財団の人間だな?一杯付き合ってほしい」

たんぽぽの酒を差し出す。勿体ないが、話の糸口を掴めればいい。残された時間はそれほど多くは無い。

男は俺を無視して何処かに行ってしまった。サイトの入り口は開けっ放しになっていたから、中に入る。

サイト内を探索してみると、外と同じように全てが静止していた。驚いたことにアノマリーもだ。

夕方ごろに男が帰ってきた。サイト内に目ぼしいものも無かったので、男の後に付いて行く。

男に付いていくと、サイト内の地下室に到着する。そこには、見覚えのあるものやないものが山ほど置かれていた。

「おかえり。ここで何があったか聞かせてくれないか?」

もう一度たんぽぽの酒を差し出す。男はそれをしばらく眺めていたが、やがて部屋に積まれていたものの中からコップを取り出して持って来た。

「注いでくれ、まあ実際は自分で注いでいるんだろうけどね」

「世話の焼ける奴だな、酒くらい自分で注げないのか」

「いいだろう、別に。僕は世界中の人間に感謝されてもおかしくない仕事をしながら、誰にも看取られず死んでいくんだ。幻覚くらいは労ってくれてもいいはずだ」

あくまでも俺のことを幻覚として扱う気らしい。男の持って来たコップに酒を注ぎ、俺は直で飲む。

「で、あんたはここで何してるんだ?ここで何が起きてる?」

酔いが回ったのか、男の顔には赤みがさしている。

「うーん、これは機密なんだけど……って、幻覚相手の独り言に機密も何も無いか」

「そうさ、俺は幻覚さ。だから何もかも打ち明けてくれ」

「世界の全てがアリソン。オールオーバーザアリソン」

文法上の間違いとか色々と突っ込みたいところはあるが、概ね何が起きたのかはわかった。しかし、それでは別の問題が解決しない。

「じゃあなんで何もかも止まってしまったんだ?アリソンが時間停止能力者だった世界なのか?アリソンがギアーズの娘だった世界には行ったことがあるが、そこまでズレた世界は見たことがない」

「ああ……それは別。あの壁に掛かってる時計のせい。あれが僕以外の全ての時間を止めてる。もっとも、もうすぐ動き出すだろうけどね」

「時間経過……止まった時間の世界で時間経過なんて言うのもおかしいが、時間経過で解除されるのか?」

男は首を横に振る。

「いいや、あれは僕の心臓の動きと連動してる……正確にはしていた。一度僕の心臓が止まってから、あの時計は再び僕の心臓を動かして、代わりに止まった。僕がもう一度死ねば、逆のことが起きて、世界は再び動き出す。孤独な僕と心臓を置いて行ってね」

なるほど、この男が愛想に欠けるのはそれが原因か。

「なあ、あんた大変な苦労をしたらしいな。聞かせてくれよ」

「勿論だ。僕は一人で捲し立ててる頭のおかしいやつかもしれないけど、世界を救ったんだからそれくらい許されるだろう」

男はどうやって世界を救う手段を確立したのか長々と語った。正直なところ内容の半分も頭に入ってこなかったが、要約するとアリソンの執筆者に「お前の考えた設定と物語はつまんないからアイデアごと放棄しろ」と空想科学部門と時間異常部門の研究成果を使って掛け合ったらしい。

「……というわけで、もうすぐアリソン・エッカートは存在しなくなるか、さもなくば何の異常性も持たないただの財団職員として修正される」

「なるほどな、お疲れ様。お前さんも大変なんだな」

「"も"?そういえば、お前はどういう設定の幻覚なんだ?」

「ああ……俺か、そうだな……俺は、色んな世界を旅してきた。旅人さ。正常な……まだ正常と言えるような財団世界を目指して旅してる」

「ふーん、陳腐だね」

「手厳しいな……まあそれはいいんだ。俺はもうすぐ次の世界を目指していかなきゃならん。ここに残って世界の再起動の妨げになったら、お前さんの死を無駄にしてしまうかもしれないからな」

「ああ、そうなんだ。なあ幻覚、最期にもう一ついいかな」

「いいぞ。どうした?」

男は両目から大粒の涙を零し始める。

「怖いんだよ、僕、どうしようもなく死ぬのが怖い。死にたくない、散々苦労して世界を救ったのに、僕はそこで暮らすことは出来ないんだ。もしかしたら、タイムパラドックスで存在ごと抹消されるかもしれない。体が死んで、全ての人の記憶からも消えたら、僕は、僕はどこにもいなくなってしまう。本当の意味で消えてしまう」

男は両手で体を抱き、ぶるぶると身を震わせている。俺は男を抱きしめた。

「大丈夫だ。安心しろ。お前は消えない。消えさせやしない。お前のことは、俺が覚えてる。この旅がどれほど永くなるかはわからないが、絶対に忘れない。俺が保証する。だから、大丈夫」

男は泣いた。恥も外聞もなく泣いた。俺は泣き止むまで背中をさすってやった。

朝日が昇る前に、男は自分の腕に注射器を打つ。男の目がゆっくりと閉じられ、生命の息吹が途絶える直前まで、俺は見守った。その顔は、とても安らかなものだった。彼の息が完全に途絶える前に、次の世界へ行かなくてはならない。

気付けば、涙が頬を伝っていた。

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