人よ東を見よ
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訳注: 原文には1ヶ所既存楽曲の歌詞が乗せられている部分がありますが、著作権侵害の恐れがあるため当該部分を省略しています。

注意: このtaleを読む前に羊飼い二更を読んでおくべきですよ

メアリー=アン・ルウィットはキッチンの小さなテーブルに着いて本を読んでいた。外は雪が降っていて、暗闇の彼方から渦巻く大きな白いかけらたちが窓ガラスにぶつかっていた。リビングからおしゃべりの声が流れ出てきた。会話とテレビの音の合間に時折笑い声が混じっていた。

その日の午後の殺人的な料理の暖かさが残っていたのでキッチン自体は居心地が良かった。夕食の匂いが未だに宙を漂っていた。あれは次の日に数フィート以上動かないと決めているような時に食べるべき類の食べ物だった。ビッグ・ジョン・クルトマンシュとアルトハイム師、それにリガトーニ・カルボナーラ4世がキッチンをシェアした時点で他の選択肢は無かった。

厳密に言えばそれはクリスマスパーティーではなかった。「人間への好意と友情を全然全く宗教とは関係なく祝う冬のお祝い(ドアの前で態度と武器をチェックしてね)」パーティーだった。三寸の舌は彼らの頰に、メアリー=アンが取り除くのには手術が必要だと思うほどしっかりと植わっていた。

奇妙だったのはそれが動いたということだ。家に飾られているただ1つだけの宗教的な装飾というわけではなかったそれは、ビッグ・ジョンを痛めつけていたようだった。巨大な白い顎髭に真っ赤な顔、膨れた腹、そして異教徒を殴る習慣。その男はもはやほとんどサンタクロースだった。

「非社交的だな、メアリー=アン」

彼女はキッチンの入り口にいるサラーを見上げた。彼はホットチョコレートのマグを持ち、明るい赤に間抜け面の雪だるまの絵が描かれている、恐ろしくダサいセーターを着ていた。

「本当にそれを着るとは思わなかったわ」

「俺はパキスタン生まれのイギリス人のイスラム教徒で、クリスチャンやユダヤ教徒や他にも色んな信仰の奴らと一緒になって創造の陰に身を潜める恐ろしいものと戦ってるんだぜ」彼は明らかにドラマチックな間を取るためにマグを一口すすった。「そろそろ俺も研ぎ澄まされた皮肉のセンスを持ってると思うべきだな」

「それよりプレゼントを拒否するのを拒否して」

「それもだ」彼は対面の椅子に座り、左の足首を右膝に乗せてもう一口飲んだ。

「何か思うところがあるみたいだな。話してみろ」

メアリー=アンはため息をつき、作り笑いをした。彼女は栞に使っていたナプキンを本に挟んだ。

「ええ。分かった」彼女は本をテーブルに置いた。「やられたわ。単に今がこの時期だからってだけだと思う」

「嫌な思い出か?」

「二度と顔も見たくないと思われてる家族と過ごす事に特に意味は無いでしょ。多分捜査報告書の中以外ではだけど」

「ああ。その感覚は分かるな。父親が今の俺に会えたら怒りで動脈を破裂させてるよ。だが残念なことに彼は死んでるんだが」

「要は去年よりはマシってこと。去年のクリスマスはTVディナー1を猫と分け合ったわ。私はここで大丈夫よサラー。本当に私は大丈夫だから」

サラーは頷き、もう一口ココアを飲んだ。少しの間場は静けさに包まれた。彼はもうやりきったのかもしれないし、あるいはただ休憩しているだけなのかもしれなかった。その沈黙が彼が何かを言おうとしようとしているように思えたので、彼女は再び本を開きたくはならなかった。

「あのトイレから追い払った霊を覚えてるか?」と彼は言った。

「トイレに住んでて私がいい尻を持ってるとか食べたいとか伝えるのに5時間もかけたあの幽霊を忘れるとは思えないわ」

「あいつをラバーカップで脅した時の事だな」

「ラバーカップで追い払った時の事よ」メアリー=アンはしばらく笑った。「一般的には酷い日だったんでしょうね。外は滅茶苦茶暑いのにエアコンの無い建物で5時間も働いて。今になってみれば笑い話だけど、あの時私達はお互いとかなりの数の一般人を殺せるだけの準備をしてた」

「うんうん」

「それに分かってるだろうけど、あいつは目がおかしかったんだと思うの。「ベニヤ板」と「とんでもない」の間で言えば実際の私のお尻は「アッハイ」ってくらいだし」

「そういう事にしとく」

リビングから複数の叫び声が聞こえてきた。どうやら誰かがタッチダウンを決めたようだった。

「あなた、こういう事やってるんでしょ?」メアリー=アンは言った。

「こういう事って?」

「みんなが楽になれるように関係ない話をしてくるじゃない。自分の感情について話し始めるように私を安心させようとしてる」

サラーは肩をすくめた。

「君はそう言うが、俺はそうは思わんね」

「ええ、効果的ね。本当に効果的……」彼女の声は次第に薄れて行った。

「俺が聞いてるが」

「それは……知らないわ、ここの方が快適なの。分かってるでしょサラー。あなた以外に友達いないって。つまりね、あの人達を知ってて、あの人達と話をして、でも彼らとはそんなに親しいわけじゃないの。そんなにね」

「君はディもアーロンも知ってるし、アナスやラーシャと話したことがあるじゃないか。入ってきてしばらく彼らと話してみないか」

「大丈夫よ」

「メアリー=アン……」

「それは……ただ私は……私は怖いのよ、サラー」

「何を恐れているんだい?」

メアリー=アンは髪の毛の束を指にくるくると巻きつけた。視線はキッチンの向こう、冷蔵庫の台に向けられていた。

「いろんな事」

「例えば?」

場が沈黙した。リビングでは、ディが文学について誰かと精力的に議論していた。

「あー、あいつらが普遍聖句に上げた進捗を見たことあるか?50ページ近くやったって聞いたんだが」と彼は言った。

「ええ。壁に『アブラハムは割とイケてる男だった』って付箋のメモ書きを貼るのが上手だったわ」

「それじゃあ、紳士の皆さん、今週の進捗はどうかな?はい、サー。我々はモーセもかなりイケてる男であったと決定しました」

気の抜けた含み笑いが上がった。

「またやってる」

サラーは再び肩をすくめた。

「それで気が晴れるって言うならまずは俺が話そうか」

「ええ。ええ、その方がいいわ」

「なら結構。俺が一番怖いのは自分自身だ」

メアリー=アンの顔は訝しげになった。

「20年ばかり前であれば、俺の好きな事はこの家を焼き払う事ただ一つだっただろう。セーターの下に爆弾を隠し持ち、皆がひとところにいる時に爆発させて、俺が楽園へ逃れると共に栄光の炎がもう一つ上がるんだ」

メアリー=アンのもっともらしいと思うことリスト上では、その発言はリストのとても、とても下の、大体「ビートルズ再結成ツアー」と「レ・ミゼラブルを読む事から逃げ回っている」の間くらいの場所にあった。

「俺はとんでもない怒りを抱えた青年だった。安易なはけ口の無い強烈な怒りだ。仕事も無けりゃ家族もいない、似たような境遇の連中に囲まれていた」

「私、あなたが怒る所なんてちょっとイライラしたくらいしか見たことないわ」

サラーは上の空で手を振った。

「そういうところで人格の発達を証明できる。言うまでもないことだが俺は……」彼は途中で話すのをやめた。痩せっぽちの男が頭にコランダーを乗せて駆け込んできて、カウンターのクッキーをプレートごと引っ掴んで走り去った。彼は丁寧に一礼して部屋を出た。

「多分今まで会った中で一番間が悪い男だ」サラーは頭を振った。「とにかく、言うまでもないことだが、俺は路上で血飛沫を撒き散らすなんてことにも、罪なき人々を神の栄光のためにと殺すことにもならなかった。その話はまた別の時にしよう。ここで重要なのは俺がまだその怒れる青年を恐れていると言うことだ。そら、あいつは去ってはくれない。あいつは居座っている。ここにだ」彼は自分の頭を指した。「そしてここにだ」彼は自分の胸を指した。

「あなたがまだ恐れているのなら、彼はまだ勝ってはいないんでしょう?」

「いや。俺があいつを恐れるのは、飼育員が虎を恐れるようなものだ。恐れることなしにやるのは愚かな事で、やり遂げるのだって難しすぎる」彼はココアの残りを飲み干した。「丁度いい量を見つける必要があるんだ」

メアリー=アンは深く息を吐き、椅子から身を乗り出してクスクス笑った。

「サラー、解決するのが難しい類の事は」

「焦ってはならない」

「オーケー……ええ。そうね、思うに……思うに、私が恐れているのも私自身よ。また傷つくんじゃないかと怖がってる。人に近づけば、あとは彼らを遠ざけて関わりを絶ってしまうか、彼らが死ぬか。気にしない事は簡単よ。痛みも少ない」

「けど1人でいる事にも痛みはある。そうだろ?」

「ええ。そうね。空虚な感覚よ。満ちることの無い穴の開いた貝殻みたいに」彼女は口を閉じ、キッチンの向こう側のどこかを見つめた。「もう1人になりたくない。でもできないの。やってみたけど痛みが酷くなるだけだった」再びの沈黙。「感傷的に聞こえるかもしれないけど本当の事よ」

サラーは配膳台からナプキンを取り、メアリー=アンに手渡した。彼は何も言わなかった。彼女は鼻をかんで目元を拭いた。

「少し自分の時間を取るといい。君は乗り越えられる。俺には分かるよ」

メアリー=アンはナプキンを丸めてゴミの中に投げ込んだ。

「家まで乗せてもらってもいい?長くいすぎたわ」

「もちろん。上着を取ってくる」サラーは立ち上がり、マグカップを洗ってキッチンを出た。メアリー=アンは心から重荷が下りたのを感じた。全てではなかったが、それで足りた。今はそれで十分だった。彼女は立ち上がり、本を抱えて、リビングへ足を踏み入れた。きっと次は彼女は彼らと話すだろう。

そう、彼女はそうする事ができた。

「急で申し訳ないけど、家に帰らなきゃならないの。お招きありがとう。また会いましょう」

ハグに握手に願掛け井戸2、さよならの挨拶が彼らを結んだ。そしてリガトーニ・カルボナーラ4世が「麺触手のご加護がありますように!」と叫んで皆を気まずくさせていた。メアリー=アンはずっと微笑んでいた。小さな、しかし純粋な微笑み。今夜はそれで十分だった。

サラーはキッチンで彼女を待っていた。彼は赤い薄葉紙の小さな包みを持っていた。

「最後にひとつ」彼は包みを手渡した。「俺からのプレゼントだ」

メアリー=アンが紙を剥がすと、ゴムバンドで束ねられたCDのセットが現れた。

「ああ、時代遅れだ。分かってる。でもこれがいいと思ったんだ」

「ありがと、サラー」メアリー=アンは微笑んだ。「とっても嬉しい」

サラーの車はインクをこぼしたような夜の中に浮いていた。ヘッドライトが黒を穿ち、大きな雪片が渦巻いて、ぶつかっていた。メアリー=アンは椅子に深く座って、目を閉じ、バイオリンと陽気な声に浸った。

彼らは夜通し運転を続けた。

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