ピトフーイ
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「まあ~まともに食えるもんなんて道端に落ちてるわけないか、お疲れ様。じゃあ交代で~、ウチたち出て行くわ」

「うん!ズグロとムナフもちゃんと帰ってくればそれでいいから!無理すんなよ!」

「ははは…武士は食わねど高楊枝でござるからなあ、いざとなれば抜刀もやぶさかではない。安心めされよ」

「私たちの体じゃ剣なんて振るえないだろ構造的に…ってか侍じゃないっしょ」

「いってらっしゃーい!…はぁ~疲れた」

ゴミ山と地べたの上に寝転がり、ボーっとアウターオーサカの空を眺めていた。卵の内側にいるみたいに地面と天井から無造作に生えているたくさんの高層ビルには、月も太陽もなくて。光源になるのはうざったらしい熱を出す「ネオン」って光だけらしい。私がいた世界ではかなり前のものらしく、実際に見たことは無かったので詳しくは知らないけど。

暗いし熱いし何よりも空がないO/Oで、私は鳥が飛ぶのを見たことがなかった。いやまあサイの頭のサイボーグや全身に羽根を付けたシャーマンのスライムとかは見たことあるけど。あれは純粋な鳥じゃないし…もしも仮にこのO/Oでも鳥がいるとするならば、それは卵から孵る前に殺されたか羽根の片っぽをもがれたかどっちかだろうなー、なんて下らない事を考えてた。

「ただいま…なんだカワリ、もう帰ってたのか。早いな」

「おーサビイロ!おかえりだ!飯は?」

「今日も雑草と生ゴミだ。俺たちの胃袋が消化できるものはそれしか拾えなかった」

「私もだよ…」

私たち2人のホームレス生活もいよいよ1週間になるかどうかという所で、少なくともちゃんと調理されたものを口にできないほどの生活を強いられていた。

「ありきたりなこと言ってもいいか?」

「カワリ、メシ中でも聞けるやつだったらいいぞ」

「家と一緒にめんどいしがらみも無くなったけど、無くなって初めて不便に思うことって沢山あるんだなあって」

私たちは元々フクシマ地区で生活してた。私ことカワリの他にズグロ、ムナフ、サビイロがそこから脱走してきたメンバーだ。私たち4人は仲が良く一緒につるむことも多く、ズグロとムナフとサビイロは全身スラム街みたいなO/Oの中では賢い方だった。良く大人たちにも頼られる。ただ問題は私、カワリだった。O/Oの中でも下から数えた方が早いレベルでバカだと言われ続けており、じゃあ私はバカなんだとずっと思い続けてきた。

「3人はさ、なんで私を庇おうとしたの」

「友達だから、ズグロとムナフもここにいたらそう答えるだろう」

「こんなことになってさ、後悔してるだろ」

「してない」

「これだよ…」

私は自分がバカであることを受け入れ続けてきたので、フクシマ地区の住人はやり返さないサンドバックであると私を認識した。3人は私を庇ったり注意したりしていたが、その度に私に「やり返していいんだぞ」と言った。

そこが分からない、バカってことは悪いことだから、じゃあ私が悪いんじゃないのか?

「流石にあれは行き過ぎたものだった、ついカッとなっての行動だったけど正当性はこちらにある」

その日の私に対する「いじり」を見た3人は、私が今までに見たことないくらい怒っていた。相手を殴って蹴って馬乗りの態勢で続けていた所に、いつもは見て見ぬふりをしていた大人たちが止めに入った。私をからかっていた相手は死んでいた。O/Oでは殺しが賞賛される、なんてことを聴いたことがあるけど噓だと思う。じゃあなんでケーサツがいるのか分からないし、私たちは怒られているかの説明もつかないからだ。大人たちは私たち4人をO2PDケーサツに突き出すと言ってきた。そこから先は3人が何か難しい言葉を大声で話していたけど分からない。

そうして私たちは晴れて家出少年少女になったというわけだ。

「でも!頭が、悪いのは私だ…私がもっと賢かったら良かった話だから…だから…」

正直ホームレス生活は屋根があるかないかの違いであるくらい良い家には住んでいなかったけど、私のせいで友達にも罰則にあったのが嫌だった。3人は「あんな仕打ちを友達がされて怒らないはずがない、むしろお前自身がやり返すべきだった」と言ってくれた。

でも私はそんなことしないで欲しかったし、何ならあれをいじめと思った事がなかった。私がアホだからいつもやられているわけだし、悪いのは私なのにな。おまけに3人はこんなよくわからない場所でホームレスになっても私を責めなくて、いつも通りの態度で私と話している。正直私のせいにいつまで経ってもしてくれないから気味が悪かった。

「バカだから、か?それでお前は自分がいじめられていい理由にはならない」

常日頃大人たちから聞かされたのは、私らが生きているこの天地逆さの大阪ではどこかの組織に属して自分の価値を示さないと生きていけない。見てしまうと眼球が溶ける壁のシミ、体がクリスマスツリーの飾りに変貌して自我すらなくなる時間帯、異常な存在を封じ込める檻がいなくなると街に安全圏なんて存在しなくなる。死の恐怖から互いを守るために私らは助け合って生きていく必要がある…らしい。記憶はしているけどよくわかっていない。

「私の価値って…サクラノミヤに行くしかないのかなあ」

私の発言のせいで、サビイロは咀嚼していた口から貴重な食料を吐き出してしまいそうなむせ方をした。

「…そういう話は誰にも気づかれないようにしろよ。良くないって思う人もいるから」

どうやら声の大きさのせいではないらしかった。私ことカワリはバカである。さっきまで注意されたことはすぐに忘れるし、問題を考えても答えを出せないし、大人に迷惑ばかりかけるし、何より皆私のことを睨みながらバカだバカだとずっと言ってきたから、バカなのは間違い無いと思う。

でも3人は違った。ズグロが女でムナフとサビイロが男、私と同じ19歳の鳥人。この3人は頭も良くて運動神経も抜群だった。フクシマ地区の大人達より頼りになる性格で、人殺しを任された時も咄嗟の判断とか手際みたいなものも凄かった。でも、ズグロもムナフもサビイロにも同じ欠点が1つだけあった。私っていうバカな女に優しくして、仲良くしてくれることだった。

私たちはつるんでいくうちにお決まりのグループとして覚えられてしまい、私が怒られると3人も怒られるようになった。バカな私でもわかる、私を怒っても最近は顔を青くしたり泣いたりしないから3人を標的にしていること。私は怒られることが当たり前だから大丈夫になってきたけど、3人が怒られるのはずっと嫌だった。それが私のせいならもっとだ。

だから私は3人と一緒にいるのが嫌になっていた。ズグロもムナフもサビイロも、良い人だって分かっていて私みたいなバカと一緒にいてほしく無いから。そう思っていたのに今ではこうして地区から逃亡して私のために住む所も食料も持ち物全部奪われてしまった。

本当に、嫌なことしか起きないなあと思っていた。そしてそれが間違いじゃないことはすぐに分かった。

「ん、帰ってきたか」

「ズグロ!ムナフ!おかえ、り…」

鉄パイプに乗せた破れかけたブルーシートを屋根と呼ぶだけの私たちの仮住まいに、ズグロとムナフの死体が転がってきた。配達員は全身刺青の男たちだ。大きい組織の人間が未成年のホームレスを襲う理由なんて分からなかった。腹いせかもしれないし、2人がなにか失礼なことをしたかもしれない。でも確かに、

これは私のせいだと分かった。

「カワリ!下がれ!逃げるぞ!」

「2人は!?置いていけない!」

私とサビイロはご飯を食べていたので座っていた分、反応するのが遅かった。突然の来訪者に対応できるはずもなく、マウントを取られた私たちの頭部に鈍い痛みが襲ってきた。

「ぐっ…」

「痛い…痛い…」

フクシマ地区では感じることのなかった、鉄パイプで思いっきり殴られる痛み。地面に伏せながら私は、ずっと行き場のない感情を感じていた。

私が酷い目に合うのは分かる、私がバカなのが「悪」だからだ。でも、私の友達は?賢くて大人からも頼りにされて、きっとO/Oでも上へあがれたはずなのに。なんで?

不意に聞こえたのは、男たちの会話だった。

「ガキ4人の体か、まあまあカネになりますかねえ?」

「キャッシュ全然持ってねえなあ、でも俺らみたいな社会的弱者にははした金でも必要だから『換金』するに越したことはねえだろ」

「へい、兄貴」

そうか。私みたいなバカでもO/Oで、下を向かないで生きていられるようになるために必要なもの。

友達を守るために必要なもの。

「カネ、なんだ…」

カネが欲しい、普段はぼんやりと思考停止している頭で、そう強く思った。

「…?」

しばらく地に伏せていたが、何もされない。不思議に思い頭を抑えながら、ゆっくりと顔を上げる。

男たちがいた玄関前、そこに人影はなく、代わりに何十枚かのO/O圓アウターオーサカ・イェンの札が置いてあった。



あれから流石に不味いと場所を変えたけど、身分を証明できない2人(と2人分の死体)を泊めてくれる場所なんて限られていた。それでもベッドがある場所を確保できたのは奇跡だと思う。

「タイプ・グリーン?」

「確証はないが、多分そうだ」

私は現実歪曲者、自分がそう思うだけで世界が書き換わっていく能力者らしい。そんな夢のような話があるかと私はサビイロに突っ込みたくなった。コイツ私がバカだからってミエミエの噓ついてないか?

「噓だ!だって今までそんなことなかったし!」

「俺だってそこの因果関係は分からん、ただ確かなのは俺たちを襲った2人組がカネになったってことだけだ」

「勝手にカネを置いていっただけじゃないのか?」

「そんなことする理由がないだろう」

…本当に?本当に私がそんな魔法使いみたいなことができるようになったのか?力なんて何も持っていなかった私に?

私は野ざらしになっていたズグロとムナフに生き返れと願った。2人の顔色が戻ることはない。

「噓じゃん…だってズグロとムナフ、生き返らないよ」

「それはお前が人体を明確に理解していないから、もしくは…いや」

「なに?」

「何でもない」

何それ、私がバカだからってこと?そういう態度をしているとサビイロは続きを答えた。

「お前は特定のものを特定のようにしか、現実歪曲できないのかもしれない」

「…なるほど?」

「慣れていけばそのうち色々なことが出来るようになる、推測に推測を重ねるようで悪いが」

ならこれからは私の能力を鍛えていけばO/Oでも生活できるようになるのかな、そう思っていた私にサビイロは正反対の答えを言ってきた。

「カワリ、もうその能力は使わない方が良い」

「なんで!?」

「思うだけでその通りになるなんて、代償なしに使い放題だと思っていたのか?」

確かに言われてみれば。サビイロは随分と怖い脅しをしてきたが、私は無意識のうちに思っていたことを返した。今思えばそれが、私たちの別れの始まりかもしれない。

「でも、楽な気持ちのまま死ねるんだろ?じゃあやりたい放題やって死にたいよ」

「…何だと?」

「だって、ズグロとムナフはもう」

「いないから、楽になりたいってことか?」

目を逸らしながら頷く。サビイロの表情は見えなかったけど、少なくとも声は感情を押し殺していた。

「そんなこと言わないでくれ、俺は2人からお前を託されたようなものなんだ。…そもそもこの話も推測だった、すまん、忘れてくれ」

持ってきた2人の死体からは、まだ腐った匂いはしていなかった。



「なんだよこの分からず屋!この力を使わないと私たちは生きていけないって言ってるだろ!もう知らない!」

子供みたいな捨て台詞を吐いてボロ宿を勢い良く出た。外付けの階段をカンカンカンと降りながら、らせん構造の足場の様に思考を巡らす。アウターオーサカで自分のいる組織から抜けるってことはその護りからも抜けるってことを意味するくらい、分かっていたのに。

いつしか大人たちがした話を思い出す。私たち4人は拾われた鳥人だから、卵の殻に例えた話。雛は自身を覆う殻に守られているけど、いつかはその殻を破って飛ばなくちゃいけないって話。それは外側から誰かが守りを壊すのを待っているんじゃなくて、自分自身の力でなくてはならない。思い出してみたけど、バカな私は分かるような分からないような印象だった。

外付けのらせん階段をようやく降りる。鳥としても人としても中途半端なこの体では、人間のために作られた街では何をするにも疲れるものだ。路地裏の地面にへたり込んでいると、ふと同じくらいの目線で誰かが見ていた。

「お姉ちゃん、どうしたの…?」

「お嬢ちゃんは…」

子供の服装と、その背後にある住居と考えられる段ボールの山を見て察しがついた。物乞いかな…私の前に差し出した子供の手首についているスマートリングは型落ちもいいところで、精々キャッシュの受け渡し程度しか使えないだろう。

現物でも電子キャッシュでも金は金だが、O/Oではどちらかというと前者の方が力を持つ。私は羽根と同化してうざったい腕でポケットを探り、2枚のO/O圓札を女の子にくれた。

「あげる!使いなよ!」

「いいの…?でもお姉ちゃん…」

私は決めた、バカならバカなりに良いことをしよう。やりたい放題やって死ぬんだ。そうやって気を良くしていた所に大きな怒鳴り声が響いた。

「泥棒!誰かそいつを捕まえてくれ!」

路地の出口から2人、こっちに走ってくる影がある。1人は小さくて…何かいっぱい物を抱えている。もう1人は大きくて小さい方を追っている。さっきの声はこっちだろう。

後からサビイロに聞いた話によると、現実改変者が持っている共通の感想に「自分がそれを出来ると思ったからそうした」というのがあるらしい。「自分の世界が広がっていくのを感じた」というのも。その時の私も完全にそれだった。

良いことをして強気になっていたこと。ずっと不幸ばかりだったから「私でもいいことが出来るんだ、私はバカじゃないことが行動できるんだ」と良い気になっていたから、

小さい影の方をO/O圓札に現実改変した。

子供は叫び声すら上げる事なく、でも何かされたくらいは理解できたかもしれないスピードで新品の札ビラになった。

「すごい…できちゃったよ。サビイロの話マジだったんだ」

子供が抱えていた物を広い男に返す。ビスケットにサプリに…まあまあそんなものだろうとは思った。

「はいこれ、災難だったね!」

「お、おお。ありがとう…一体何が…?」

「あー…えっと、私の力っていうか」

「いや!ああ、いや分かった。大丈夫だ。ありがとうな鳥の人!」

男は慌ててその場を去った。まあそうだよね…バッチリ人がカネに変わる瞬間見られていたし。まあそういうものなんだろうとバカなヒーロー気取りで少し得意げになりながら、その一方でこっちにも逃げられるんだろうなと少女の方に向き直った。

少女は逃げていなかった。目の前で起こったことが信じられないといった雰囲気で、路上のゲボに塗れた札をかき集めていた。

「お兄ちゃん…?お、お兄、ちゃん…?」

「なんだお嬢さん、兄貴がいるんだ?じゃあそのお金何枚かあげるから早く兄貴のところに」

「近寄らないでっ!!」

反射的に足を止めた。私が人間を札ビラに変える化け物だという恐れからの拒絶ではない。この女の子は私の何倍も賢く、咄嗟に何が起こったか判断できた、できてしまっていた。

「え?…えっ?」

ようやく私は自分のした事が何なのか、そして目の前の物乞いが札ビラを独り占めするためにかき集めているのではなく、そうすれば「お兄ちゃんが元に戻るかもしれない」という理由で集めている事に気づいた。1枚ずつ、欠ける事のないように。

「あ…?ち、違う。わたっ私知らなかった!だって…だって…!」

違うだろ?私。こういう時には言い訳をしない。だって、バカな私が相手を納得させる言葉を言えた試しがないから。

だから今の生活の始まりみたいに、嫌になればその世界から逃げてきたんじゃないか。渡り鳥みたいに、ずっと。

結局私は、うずくまって嗚咽を漏らしている女の子にそれ以上話しかけなかった。今できるのはただトボトボと、サビイロが待っている殻の中に帰ることだけだと悟ったから。



それからしばらくして、私たちはこの力が本物であることを知ったし、この力なしでは生きていけないことが分かった。宿暮らしで生きていくためには働かなくちゃいけないし、こんな2人を雇う所はまともな場所ではないことくらいわかる。そうして追い詰められていくうちに、私たちは闇ルートの依頼を受けるようになった。

O/Oの路地裏でサビイロが1人歩いているのを、私は別のビルから遠巻きに眺めている。サビイロが誰かに絡まれている。誰かはサビイロに詰め寄りやがて乱闘になる。大体半々でサビイロは勝つが、ヤバそうな時に私の現実改変は発動する。

「ありがとう…助かった」

相手をO/O圓に変えて、それをサビイロが回収する。私の現実歪曲は人間をカネに変えるものだった。そのためにサビイロを囮にして絡んでくる奴らをカネに変えていくという稼ぎ方をしていた。闇ということで報酬はいくらかピンハネされるものの、現実改変による追加のO/O圓を含めれば十分にその日暮らしはできる量だ。

「カワリ、しばらく休め。だいぶ貯蓄も溜まってきた」

「そうかな…?」

「ああ、俺はお前に何回もタイプ・グリーンとして力を使わせたくない」

「うん…」

正直休むのは嫌だった、何かしていないと考えるようになってしまっていたから。私カワリはバカだ、だからバカじゃないようになりたかった。

じゃあバカじゃないって何なのかバカが考えた結果、「誰かに怒られない人間」だと結論づけた。なぜ人は怒られるのか、それは悪い事をするからだ。なら私は悪の反対、正義を行うヒーローになりたいなと卵の殻の中で夢見た。私にタイプ・グリーンの力が出てきた時は、まさに殻を破るチャンスを、その時を得られたんだと思った。その結果が、女の子の唯一の家族を何の躊躇いもなく殺した事だ。

怖かった。あれだけ良い事をしようと思っていたのに、躊躇なく悪い事をしてしまったあの時の自分が。だってそれは…

「カワリ、タイプ・グリーンの末路を俺は知っている。直接見たことはないがな…自分が出来ると思った事が即現実に反映され続けると、頭の中と現実の区別が付かなくなるんだ。自分に出来ない事は存在しないという全能感、そんな幸福に包まれながら、実際にソイツのせいで起こった現実の惨状なんて知る由もないまま、ボロボロの脳味噌で笑顔のまま死ぬ」

たった2人、たった2人のギャング崩れに力を使っただけであの時の私は「全能感」というやつの虜になっていた。このままだと私は、正義なんて程遠い…

「っ!」

そこまで考えて私は自分の頬を羽根手でベチンと叩いた。抜け羽根が刺さって痛い。

「たとえギャング崩れだったとしても人を殺していいのかよ…そうじゃないだろカワリ…!何で、何で私はこんな…っ」

私にとっての卵の殻は、自分を守ってくれていつか抜け出すための揺籠ではない。天井に監視の目がびっしり詰まった牢屋だ。



「今日の依頼は今までのターゲットとは少し違う、最近O/Oで勢力を伸ばしている渴望星空的虔诚者ルナ・ジュペリの構成員らしい」

「知らね、なに、ルナ・ジュペリって」

「宗教。H.R.K.に取って代わる神を信仰してO/Oに降ろそうとしているらしい」

「あーね…それは、色々狙われるわ」

「な…カワリ、さ」

「なに」

「今回の闇仕事が終わったら、しばらく休もう」

「この間休んだばっかりだろ…?私は大丈夫だよ」

「大丈夫なもんかよ」

「いや、大丈夫だって」

「最近ボーっとすることが増えた」

「…」

「今起こっていることを飲み込めずに、どこか夢見心地で要領を得ない返答をすることが多くなった」

「…サビイロ?」

「…何だ」

「ズグロとムナフが死んでから、もう1ヶ月経った」

「ああ」

「この部屋の腐った匂いも、いよいよ我慢できないくらいだよな」

「…何が、言いたいんだ」

「どうせ私も死ぬならさ、大好きなサビイロたちに、良いことをしてから死にたいんだ」

「何が言いたいんだ!?」

「このオーサカで、正義にも悪にも左右されない。そういうものって何か、分かるか?」

「…カネか?」

「私はさ、サビイロにいっぱいカネを上げてから死ぬんだ」

「…」

「だから行こう。今日も稼ぎに」



渴望星空的虔诚者ルナ・ジュペリは主に5つの派閥に分かれており、それぞれ大事にしているものが違う。その中で知识的信奉者エイサーという派閥は「知識」を重んじるらしい。なんだか曖昧だなと思いきや、他の4派閥も「目には見えないもの」を力にして神様を信仰しているって。

「知識、不要。知識、不要。知識…有用の可能性あり、ヂャギマシェ内部のデータベース照合…」

「あれか、ターゲット」

そいつはボロボロになった廃墟の中で本を読んでいた。ガラスみたいに透けている頭から脳味噌がはっきり見えて、その隙間に破った本のページを差し込んで脳味噌に挿入している。シルエットは人の形をしているけど、頭にあるべき顔のパーツが脳味噌以外見当たらない。そのパーツたちは腕や腹、足なんかに無造作に散りばめられているにも関わらず、ターゲットは頭を開いた本に近づけて読んでいる。

「じゃあカワリ、いつも通り行こう」

私たち半鳥半人の体は人間の腕に羽根根根が付いており、その先端に5本指の手がある。元々の体は人間でそこから鳥らしい特徴を付け足していった感じだ。サビイロは鳥人専用の腕部装着型ブレード、つまり羽根をめっちゃ硬く鋭くできる装備を付けている。

猛スピードでターゲットに接近する刃、狙うは喉笛。相手が本から顔を上げる間もなくサビイロの羽根がガキィンと突進した。

「ガキィン?それ何の音…」

距離の離れた私が状況を確認するのに数秒かかった。ターゲットは読んでいた本を折り畳み、自分の顔の前に持ってきていたのだ。まるでその紙の束が盾になるように。

「ヂャギマシェの知識取捨を邪魔する?獲物は刃。あまり上等なものではない事から、資金難と推測。その上に推測を重ぬなら、鉄砲玉?フリーランス?後なき子?」

「…!カワリ!」

サビイロの合図。タイプ・グリーンの力を使えというわけではない。ターゲットの周囲は本に溢れていた廃墟だと分かった時から放火の用意をしていたのだ。私は火のついたライターやマッチなどをありったけ隣接するビルの上からばら撒いた。引火に必要な燃料など無くても良く燃えるその場からサビイロが脱出してこちらに向かう。

「協力者あり。形状見るとそらは鳥?ヂャギマシェの知識取捨が燃える、ヂャギマシェの道が途絶う。許さう」

「これで良かったの!?」

「言っただろ、もうこんな事は最後だ。それならここまで派手にやっても構わないだろう!」

「だから私は最後にするつもりは───」

ふっと、周囲が暗くなった。

いや違う。オーサカのネオンは健在だ。明かりが全部無くなった訳じゃない。それじゃあ…まさか…!

「サビイロ!火が消え」

「ヂャギマシェの『道』に戻れや」

一瞬どころかその瞬間すらなかった。私たちはビルの上でターゲットは炎に包まれていたのに、いつの間にか私たちは同じ高さで向かい合っている。

「『道』が作られたんならぁ、ヂャギマシェも闖入者も歩む必要あり。『道』とはそういう機構である」

私たちの足が勝手に歩き始め、相手も同じように進む。体が言うことを効かず、また自分たちが踏みしめている地面もいつの間にか今までこのO/Oで見たことがないほど綺麗に「舗装されていた」。

明らかに異常だ。サビイロに許可を取っている場合ではない。

「クソ!」

「!!!『床を削る人々』っ!」

慌てながら叫んだターゲットの後方から紫色のトゲトゲが煙と共に現れ、小さめの建物に変化した。いや違う、窓や扉が人の顔になるよう不自然に配置されており、下部分は煙に包まれたまま浮いている。あまりにも不気味な生き物だ。

だから、私の判断が咄嗟に遅れて、私自身の体の中から発火していることに気付かなかった。

「え」

痛い、熱い寒いの感覚を伝える部分が全部「痛い」と叫んでいる。漫画とかアニメでは叫びながら消し炭になる人を見るけど、実際に火に包まれると何も言えずもがくしかない。酸素を取り込めないのだ。

「───!───!!」

「カワリ!!」

「女のほう、タイプ・グリンやんね?人間ではないとヂャギマシェは判断したのんで違うとは思っていたが、推察するに『純粋な人ではない』ということなれ。そこから推察を重ねると、能力が出来損ないのグリン?」

「ぐっ…!」

サビイロが、煙の建物に胸ぐらを掴まれている。そんなはずないのに、そうとしか言えないことが目の前で起こっている。苦しい。私もサビイロも。

「ヂャギマシェの紫煙体『床を削る人々』は舗装者である。ヂャギマシェの通る『道』には炎も石ころも障害物は置かれてならない。植物を除く生命体は舗装の対象外だが、その舗装手段として障害物を押し付けることが可能」

「紫煙体…?なんだそれは、タイプ・グリーンを上回る異常実体なんて…!」

「…タイプ・パプル、紫煙使いを知らぬとは。バカは辛いな、後なき子。ヂャギマシェの頭脳の回転も、グリンの能力発動を超える反射神経も、紫煙体という『人間には過ぎた精神』を扱うための肉体、副産物」

「バカのグリンは己の力の使い方を不知。故に過ぎた力で自滅する。パプルを殺せるのはパプルのみ」

………

…そうだ、ヂャギマシェとかいう奴の言うとおりだ。

タイプ・グリーンが現実を思うがままに変えられるチートなら、まず最初にやるべきは「自分の肉体や能力を最強にまで強化すること」じゃないのか?他のグリーンはそうしてきたから脅威だったんじゃないのか?

なぜそんなことを今まで思いつかなかったのか。私は、そんなことも気づけない程に、どうしようもないバカだった。

「───!!」

声が出ない。頭の中で世界を構築しようとしても「痛い」の2文字で埋め尽くされる。ああ、ていうか、そもそも私はカネに変える事しか出来ないじゃん。バカだなあ、すっかり忘れてた。

このまま私は、炎の殻から抜け出せないまま死んでいく。きっとそれがお似合いの───

「カワリ」

え?

「辛いだろ、何も言わなくていい。ただ、俺はお前に謝りたかった。俺は『園』から、2人から託されたお前をこんな危険に晒してしまう程に、計画性のない馬鹿野郎だ」

なに、言ってるの。

「俺たちがお前のしがらみに、閉じ込める檻になっていたのならば、俺は喜んでこの命を差し出そう───こいつを道連れにして!」

そうしてヂャギマシェの手の中でもがいていた鳥はその羽根を大きく広げて、

「カワリ」

「その羽根は、お前だけのものだ。殻なんて破っちゃってさ、どこでも好きな所に飛んでいきなよ」

「こんな時にならないとこんな事言えなくて、ごめんな」

何かする前に喉を締められ、紫煙体とかいう化け物に頭を潰されて死んだ。

「───」

「雑鳥。特に能力を持っていないにも関わらず、何故あのような啖呵?せっかくヂャギマシェが知識を久々に披露できると思っていたのにも関わらず」

思えば、私の羽根が私のものだという自覚は無かった。

「…?グリン女、いつまで燃えているか?不安要素は摘むに限るか」

私たち半鳥半人の体は人間の腕に羽根が付いており、その先端に5本指の手がある。元々の体は人間でそこから鳥らしい特徴を付け足していった。だから人間ほど上手に歩くことが出来ず、鳥みたいに上手に飛ぶことすら出来ない。

「死ね」

でも、そんなことは飛ぶために必要じゃなかった。バカは空を飛べないと反省することすら必要なかった。

私にはもう、護りなんていらない。

「───死ね、って何?」

「!?『床を」

「うるさい」

出来る。そう思った。頭の中で私の世界は完結していた。忌々しい眼前の脳味噌をボコボコに、グチャグチャに、ドロドロに、バラバラに。

「…ぁ」

「本当に思っちゃえば一瞬なんだな、タイプ・グリーンの現実改変って」

脳味噌を潰されたのに息はしている。やっぱり人間とは体のつくりが違うのか。

「ふ、ふふふふははあああ…!バカはやはりバカ、紫煙使いであるヂャギマシェが死ねば紫煙体である『床を削る人々』の手綱を握る者はいなくなる!お前がどれだけ覚醒してもグリンの現実改変もそれだけは効かない!紫煙体を殺せるのは紫煙使いと紫煙体のみ!ははあああ」

変な笑い声でうるさいヂャギマシェを今度こそ殺しきる。『床を削る人々』と言われた煙の建物の体がみるみるうちに変化していった。全身に茨のようなトゲトゲが巻き付き始め、口に見立てられた扉からは煙草の煙がモクモク立ち昇る。周囲のビルや物が平らに舗装され始め、それは明らかに苦しそうに呻く『床を削る人々』のせいだろうと思われた。

「っ…!」

現実改変が効かない、というよりもありとあらゆる物理的な攻撃が効かない感じがする。ヂャギマシェの話だと生物には別の攻撃が来るらしいが…

「私がまだ現実改変のコツを掴んでないから?それとも、本当にあの紫煙体って化け物には攻撃が効かない…?」

私の体に突風や砂利、ゴミや大木などが襲いかかる。おそらく紫煙体『床を削る人々』が「舗装」などと言って消してきたものを私に飛ばしてきている。相手は攻撃が可能であり、こちらは攻撃できない。どうする、また同じように逃げる?

「…なあ。ズグロ、ムナフ、サビイロ。みんな命をかけて私に伝えてくれたよな。私の羽根は、私だけのものだって」

逃げない。策なら、ある。私がバカだから多分意味ないなんて、そんなこと他ならない私が言わせない。

「私の羽根、私の翼なら、私はこの翼を引き千切っても誰も文句は言わない。誰も私を怒る権利なんてない」

自分の賢さを見せびらかしたい為にベラベラ喋っていたヂャギマシェの言葉。「紫煙体は紫煙使いか紫煙体にしか殺せない」。

先程と要領は同じだ。タイプ・グリーンが自らの肉体を、現実改変能力を高めるように現実改変する事と同じ。

「私の最後の現実改変。『私はタイプ・グリーンではない』という内容。そして…」

「紫煙使いとか!紫煙体が何のことか知らねえけど!『私を史上最強の紫煙使いになるように改変する』!!それでサビイロを殺した化け物を殺せんなら、後悔なんて何もない!!」

何が正義で何が悪かなんて、私の意見以外どうでもいい。

たとえ私が進む道にどんな障害物があっても、突き進むだけだ。

「ごめんな。本当に、本当にごめんなさい…」

「みんなから貰った翼を、私は捨てる。この空から、地獄に堕ちる為に」



「入りますよ、神官女王バビロン」

「ご苦労様。それで、結局今回はどんな事件だったのかしら?」

「ヒラカタ地区にて紫煙使い同士の激突を確認しました。これだけでも珍しき事案なのですが、問題は第三者の介入です」

「夢想家の緑…タイプ・グリーンの痕跡ね。身元は割れたの?」

「ええ、驚くべき事実と共に。実は…」

「待って」

「…失礼を承知で申し上げます、女王。今から私が申し上げますので、そのようなお戯れに『ゲマトリア・オーダーG.E.O.』を使うのは」

「クイズを自分の力で解けないまま答えを聞くみたいで嫌なの。それにあら、私の大事な『コレクション』をお戯れですって。良いじゃない、お戯れ。私好きよ?」

「…大変失礼致しました。それでは、『予言』してみてくださいませ」

「…ふふふ、あはは!ねえ本当に?なんてバカバカしい話で、初めて見るケースだわ!」

「…」

「殺した方の紫煙使いの正体がタイプ・グリーンなのね?それも元グリーン!主を殺されその紫煙体を消失できる者がいなくなれば、紫煙体はバックラッシュによって暴走する。故にその子、何でも頭の中で完結する素晴らしい能力を自ら手放したのね」

「寸分違わずご名答でございます、女王よ」

「その子、相当強いわよ。『凄惨な心の傷と共に神との接触を試みよ』、紫煙使いになるためのプロセスを現実改変で踏み倒してもツケのようなものは回って来なかったらしいわね。その子の紫煙体の能力は『3人の紫煙使いの死体と3つの紫煙体を統括下に置く』こと」

「3人と3つ?…まさか」

「ええ、ええそうなの!その子、カワリちゃんのお仲間ズグロちゃん、ムナフちゃん、サビイロちゃん!彼女がタイプ・グリーンとして施した現実改変で3人を『死体のまま』紫煙使いにしちゃった!うふふふふ!カワリちゃん、タイプ・グリーンとしても相当強大だったのにこれは…手強くなるわね!」

「…バビロン様、我等が査収した情報と相違があります。フクシマ地区のカワリという鳥人間はグリーンとしては型落ちの存在であると」

「まあポテンシャルが抑えつけられていたって事かしら。彼女がタイプ・グリーンとして目覚める、あるいは強くなっていったのは目の前で人が死んでいった時。カワリちゃんを抑えつけていた卵の殻は、親しい人間たちの死と共に剥がれていったってわけ」

「ある種、3人がカワリのストッパーであったと?」

「ストッパーなんてもんじゃない、だって彼らオーサカに来る前は蒼玲園そうれいえんの出自なんだもの」

蒼玲園そうれいえん…!名前だけは風に聞いています、『蒼の鳥籠』とも」

「数ある平行世界の中でも非常に戯画的なタイムライン、1946年の第七次オカルト戦争の終結後、超常社会と一般社会を明確に区別し、ヴェールの外側に異常を露見させない事を目的に制定された『ポートランズ憲章』によって超常社会は急速な発展を遂げた。その世界ので上海、鹿児島や沖縄、全羅南道、台湾からアクセス可能な要注意領域"蒼玲園"は様々な要注意団体の出資を受けた、未成年者の半鳥半人たちの青春の学び舎」

「様々な要注意団体の出資?一体なぜそのような行為を?」

異常がそこにいた記録アノマリー・アーカイブ、通称『プロジェクトA/A』!本当に子供だましの戯画よねえ、いつか訪れる『異常に関する全てが消えるインシデント』を恐れたヴェール内の人間たちは生きた証を保存したかったarchivedのよ!『青春』という形でね!カワリちゃんたち4人はそこの生徒でズグロちゃん、ムナフちゃん、サビイロちゃんは強力なタイプ・グリーンの監視役兼護衛だったってわけ。サビイロちゃんもやけにグリーンに詳しかったのも、監視役として必要な知識だったんでしょう」

「大変失礼、女王バビロン。あまりにも情報の洪水で半分も理解できていません。というか『ゲマトリア・オーダーG.E.O.』の精度が日に日に増してきていないですか」

「んふふ…お褒めの言葉どうもありがと」

アウターオーサカにおける議員職、神経官僚ニューロジェント、略して神官。土地神ゲニウス・ロキであるH.R.K.ヒ-ル-コの声を聴き民へと届ける神聖な職。その筆頭であるバビロンは、666の「予言」を持つと言われる女王である。その獣の数字である「予言」の言葉こそが、通称「ゲマトリア・オーダーG.E.O.」。

「ふふ、うふふ、あはははは!カワリちゃん、あなた本当に強かったわよ!あなたが恐れていた楽観的な気持ちはタイプ・グリーン特有の全能感ではなく『この4人ならどうとでもできる』という信頼の表れ!あなたが殻を破ると表現していたのは何も珍しくない、仲間たちが死んでいった無念!」

「予言」と女王は言っているものの、彼女の666の言葉は殆ど平行世界タイムラインの干渉の域にまで到達している。

「そもそも現実改変を自己鍛錬に使うタイプ・グリーンなんてぇ…私ですら初めて見たわ!夢想家の緑たちは最初から自身が世界そのものであると信じてやまなかったからそこで成長が終わっていた、対して彼女はオーサカに堕ちてからトラウマになった大人たちの罰を骨の髄まで味わってからグリーンとして開花した!この差は大きいっ!」

彼女の執務室の壁面にて垂れ下がる、最低5m以上の赤金色の緞帳。その向こう側に、女王神官バビロンの『コレクション』こと666の文字が保管されている。

「本当にタイプ・グリーンは自己鍛錬してナンボだと警戒を惜しまなかった。あなたが無知じゃなかったら本当に最強だったかもね?」

「平行世界タイムラインのバビロン」。それこそが666の文字、「予言」の正体。

拒否する者もいた、抵抗する者も、泣いて懇願する者もいた。

だがそれらは神官としてのバビロン、その野望を聴いた瞬間に彼女の「予言」として使い潰されることを決意した。

「支配される側だったバカが賢くなった時、どうなるかなんて目に見えているわよね?」

「…我が女王よ、それでは」

「ええ、ええ!カワリちゃんは私が来る時に殺しましょう!オーサカのありふれた光景と因縁の下に!」

「白の女王、神官筆頭バビロン。666の白の女王と共に貴女を極彩色へと誘いましょう」



「いやはや、ウチらもここまで偉くなりましたか…っと」

アウターオーサカ、神々廻重工本社ビル。その応接室に私たちは招かれた。金髪の女の子…私の大事な友達であるムナフが置かれた菓子を口の中に放り投げた。

「最初の拙らからしてみれば大躍進であるな。結局のところなぜ呼ばれたのかを知らされていなければ手放しで喜べたで候よ」

「おいムナフ…あんま卑しい真似してんな。シャキッとキメてけ」

「あ~ん!?お前らの方こそスカしてんじゃねえ!食える時に食っとくんだよ!」

ズグロはシュールな言葉遣いで落ち着いていて、

ムナフはテンション高くガラ悪くみんなを引っ張って、

サビイロはそんな2人を諌めるまとめ役。

私は3人と一緒にいるのが嫌だった。ズグロもムナフもサビイロも、良い人だって分かっていて私みたいなバカと一緒にいてほしく無いから。この関係性は3人で完結していて、私が不純物で障害物だった。今ならそう思う。

「んお~いカワリぃ、ちょっと男性陣にお前からもガツンと言ったってくれよ~」

「…」

「カワリ殿?」

「カワリ…?」

ああ、なんて幸せな心地なのだろう。鳥籠にいた時みたいだ。

「…私さ、1人で話聞いてくるよ!みんなはそのまま話してて!なんならお菓子のお代わりも頼んでくる!」

「イヤイヤイヤ、なんでそうなるんだよ!あーし達も行くって!」

「拙も遊びで来たわけではない、覚悟くらいは武士もののふの嗜みゆえ」

「カワリ、元気がないぞ。緊張しているなら、仲間を頼れ」

「仲間…?」

私は賢くなった。目の前に見えるものが、純粋にあの頃のまま感じることは、もうない。

かつての思い出のフリをした死体が、ただ喋っているだけ。演じているだけ。舞台から降りられず、鳥籠の中で死んでいった死体を、いつまでも引きずり這いずるのだろう。



「…先のテンノウジ争乱においてタイプ・パープル、紫煙使い共が徒党を組み、第三者の介入として争乱に大きな混乱をもたらした。我々六頭体制ヘキサドは、こうした集団レベルの紫煙使いに対して急遽部隊の編成が必要だと思った次第だ」

おそらく神々廻重工の重役と思わしき存在は落ち着いた声で言った。

「それで、私たちをその機動部隊に加入してくださるということでしょうか?」

「加入、まあそうだな。突如として名を上げた紫煙使いオンリーの少数精鋭自警団。君たちの強さに六頭体制ヘキサドは惚れ込んでいる。ただし部隊は実質君1人のワンマンアーミー形式だ。命令の範疇で好きに暴れて構わんし、可能な限り様々な便宜と特典を検討しよう」

「実質1人、とは?」

重役は少し過剰なリアクションで私を見る。

「お連れさんたちを、あー、人としてカウントすると変に君を刺激するかと思ってな」

変な気遣いだが、こちらを格下だと侮らず交渉してくれるのは良い上司なのかもしれないな。薄く笑って答える。

「ご心配させて申し訳ありません。喜んでそのお話受けさせて貰います。彼らは私の武器であり、ただの死体であり、ただの仲間です。先ほどの様にある程度の礼節を以て扱って下さるのならば、どうとでも」

ふむ、と重役は意外そうな声を漏らした。フクシマ上がりにも関わらずある程度人付き合いが出来るのがそんなにも珍しいのか。

「ならば君たちにも先立つものが必要だろう。前もって君たちが書いてくれた書類の中に口座も記載されていたね、そこに契約金と言うにはささやかだが…」

「申し訳ございません。その点に関して少々、便宜を図って頂いてもよろしいでしょうか?」

「まあ待ちたまえ、そういう交渉は実際に送られた数字を見てから交渉するか判断するものだよ」

「いえ、金額の問題ではなく…現物支給というわけにはいかないでしょうか」

ここで初めて相手は明確に驚いた様子を見せた。

「別に構わんが…なんだ、君たちは現金礼拝主義キャッシュ・ペイシスかね?」

「誤解させてしまい申し訳ありません、宗教上の理由ではなくもっと単純な…心持ちの話です。新品の札ビラを見ると、強迫観念にも似たモチベーションが向上してくるので」



「…というわけだ。私たちは六頭体制ヘキサドの犬になる。でも十分成り上がれるチャンスはあると思うんだけど…どうかな?」

「…す」

「す?」

「すごすぎでござる~!?」

「マジかよマジかよ!ウチらの活躍がそのまま認められたってことだよな!?」

「これ以上ないアガリでござるよこれは!甘んじて受けようぞ!」

ズグロとムナフは目をキラキラさせて飛び跳ねている。なぜか勢い余って菓子を頬いっぱいに貯めているのはよくわからないが。

「ははは…ありがとう2人とも。サビイロは?」

「フッ、構うもんか。お前にとっても俺にとっても最上の環境だろう」

「みんな、ついてきてくれるのか?」

私は最終確認の意を摂る。軽いつもりで言ったが、なぜか3人は途端に怪訝そうな顔でこちらを見た。

「な、何?」

「アンファさあ、なんふぁかふぁっあほね」

「飲み込んでから言って大丈夫だよ…?」

「アンタさあ、なんか変わったよね」

「拙の目がクッキリしているのならば、寂しそうに見えるでござるよ?」

「そう、そんな寂しそうにしていると何か思い出しそうなんだよな…まるで俺たちはそんなカワリを慰めたり励ますことが目的だった気がしてくるというか…」

「それ拙も」

「ウチも~、そもそも何か、ウチら死んでなかったっけ…?」

「…」

私は静かに紫煙体、タイプ・パープルとしてのエーテル投射体の名を呼んだ。

「『ゲル・ニカ』、記憶操作」

そうして彼らの意識が途絶え、死体に戻る。次起きるときは都合の悪い箇所だけ綺麗さっぱりなくなるだろう。タイプ・パープルのエーテル投射体とは、自分の世界を広げる現実改変のイメージとは少し乖離している。自分の世界を相手にぶつけるような、苛烈なイメージだ。

タイプ・パープルはグリーンと正反対の死に方をする。通常現実改変や魔法、神格権能などは「自分にはできる、他の矮小な生物とは違う」といった全能感によって行われ、最終的に吞まれる。タイプ・パープルは違う。現実改変と呼ぶにはあまりにもお粗末な能力を「自分にはこれしかない」と振りかざして殺していく。ただ心身に傷を増やしながら、痛みの中で死んでいく。

私が得た知識の中でタイプ・パープル、紫煙使いに言及されていたものは全て、紫煙使いが歩む道が苛烈である事を示していた。

「…こんな私には、あまりにも上等な死に方だ」

何が正義で何が悪かなんて、私の意見以外どうでもいい。私は、これからも自責と後悔に苛まれて、私自身のことをどうしようもない悪だと定義し続けるだろう。

悪には罰が必要で、死体を使ったお人形ごっこを続けることがそれだ。この優しい地獄こそ私の心の傷を最も苦痛に苛む罰であり、矛盾と屈折で拗れた依存だ。

そう理解していても、夢を見てしまう。いつかズグロが、ムナフが、サビイロが。『ゲル・ニカ』の制御から外れて、賢くなった私を𠮟ってくれる、怒ってくれるという都合の良い夢を。

賢くなった私が結局得たもの、支配する側の立場。そうやってわたしを責め立てながら、もう飛ぶはずのない死体たちに飛んでいる幸せな夢を見せるために、彼らを今日も紫煙という名のピアノ線でオーサカの空に吊るしていく。

















三鳥: 三鳥とはアウターオーサカのH.R.K.ヒ-ル-コ、および六頭体制ヘキサド直属の機動部隊の総称を指す。それぞれ「屍喰鴉」「雄鶏と雌鳥」「ピトフーイ」であり、彼らはアウターオーサカ政府である脳樞クレイニアや市警のO2PDに縛られる事なく六頭体制ヘキサドの任務を遂行する。なお現場で衝突はする。
アウターオーサカのあらゆる権力を握る6大企業からのバックアップを最大限に受けており、出会えばまず死を覚悟するべきである。



ピトフーイ: 六頭体制ヘキサドの命を受け、H.R.K.ヒ-ル-コの御意志を遂行する機動部隊。隊員は4名。名目上の隊長は存在するが、彼らはこの上下関係という枠組みを忌み嫌う。

隊員4名がタイプ・パープルであり「タイプ・パープルはタイプ・パープルでしか殺せない」、すなわち対タイプ・パープル戦に特化した部隊。その正体はフクシマ地区から脱走を図った子供達であり、粗野な言動が見られる。何よりフクシマ地区の「悪しき搾取伝統」により眼球、肺、腎臓、足、男は睾丸、女は卵管のそれぞれ1つずつが失われている。現在これらを元の形に戻す提言が六頭体制ヘキサド内部で持ち上がっているが、それは発足されて新しい部隊の今後の活躍次第であろう。

元来アウターオーサカには烏と鶏、2種の羽根しか存在しなかった。ではなぜここに来て3つ目の羽根が用意されたかと問われれば明瞭に回答できる者はごく一握りだが、2045年に勃発したテンノウジ争乱に於いて最大の脅威となったタイプ・パープルへの対抗策として結成されたという説が表向き。この4名が「蒼の鳥籠」から買い取られた、もしくは捨てられた鳥であるというゴシップから後ろ盾である六頭体制ヘキサドの中ですら警戒する人間も存在する。

其の鳥は太陽の遣い。彼ら猛禽にとって紫という色は薔薇でも煙草でもない、猛毒を象徴するものである。薔薇を刈り取る庭師であり、その色で染め上げられた8対の羽根こそピトフーイの真髄である。

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