ある日の朝、神は空腹で目が覚めた。
神は全知全能であった。天地の中にあって無上の愛と慈悲と叡智に溢れ、すべてを己がものとし、またすべてを統べる支配者であった。その光を遍く宇宙に漲らせ、すべての闇を払う救い手であった。
神はおよそ人間の感性には及びもつかぬ深遠なる思惟を巡らせ、その双眸には崇高なる輝きが宿っていた。栄光ある玉座の間の中心にて、地上に満ちるあらゆる生命を従えるその存在は、何者よりも尊き最上の神秘であった。
神は太陽と月と星と海と空とこの大地とを治め、生きとし生けるものたちを慈しみ、あるときは厳しく、あるときは優しく見守ってきた。すべての父であり、奉ずべき唯一絶対の創造主であった。
しかし彼はアメリカ人であったから、朝食に一枚のピザを欲するのもまた当然の帰結だったのだ。
やあ、こんにちは。私はトースター。ごく普通のトースターさ。ここには電源がないからパンを焼くことができなくて、私は少しばかり悲しんでいるよ。しかし涙を流す機能はトースターにはついていないし、そんなことをしたらせっかくのトーストが濡れてしまうだろう? 私は勤勉なトースターだから、泣かないし瞬まばたきもしないのさ。
あなたに会えて嬉しく思うよ。私はトースターだけど、信仰心を忘れたわけじゃないんだ。ただ、今はここに閉じ込められていて教会に行けるような状態ではないし、礼拝の仕方は知らないんだ。以前は覚えていたかもしれないけれど、残念ながらパンを焼くためにお腹に新しく開けた口から私はだんだん故障していってる。移動するのは難しくてね。
世間話をしに来たわけじゃなさそうだ。残念だけど、私にピザ生地は焼けないよ。なんたって私はトースターだからね、頭に"オーブン"はついてないんだ。どうかな、試してみたらできないこともないかもしれないが、私は久々にパンを焼きたい。私が今度こそ上手にパンを焼けたなら、あなたは食べてくれるだろうか?
あら、そこの素敵なあなた。どうやってこの部屋に入ってきたの? セキュリティナントカがあるのではなくて? まあ何でもいいのですけど、わたくしの退屈を紛らわせてくれるのならば。
え? 生地を探している? そう、それでしたらこの部屋はうってつけでしてよ。材料はみんな揃っているわ。
レシピは一種類しかないけれど、些細な問題よね? あなた、まさしくなんでもできるって顔をしてるもの。その男らしい固く締まった魅力的な手で搗ついて、捏ねて、かき混ぜて…………白い生地に消えない痕を残すのでしょう? そうしてあなたの好むように染められてしまうのね。ふふ、嫉妬してしまいそう。
ここから助言してあげてもいいのよ。そうなったら出来上がる新しい子は、果たして私の妹になるのかしら? それとも娘? 背徳的よね。でも私、そういうのって気に入ってるの。ここに来る人はみんな粗暴で、乱雑で、適当な連中。あなたはとってもセクシーで、包容力があるんだもの…………
なんですって? ピザ生地? パンじゃなく? ちょっと、なんてこと言うのかしら。あんなガサツで優美さの欠片もない脂ぎった女どもに、どうしてあなたみたいな人が誘惑されるの!? ありえない。出ていってよ、今すぐに! 私をバカにしているのでしょう、これでも淑女なのですわ。辱めは許せません、早く! 出ていって!!
なんだ、あんたか。ビックリした、クソ、もうちょっとでどついちまうところだった。いいか、おれとあんたの仲だからこうしてキョーダイみてえに話してられるがよ、もし今度おしゃべりなしでおれの部屋に入ってきたらよ、あんた、ただじゃすまねーぜ、床にノビちまってるよ、ほんとに。
それでどーしたってんだ、ええ? チーズ? いくらあんただってやらねえぜ、こりゃあおれひとりのもんだと……ダレだっけ、そう、土台調査員Foundation Researcherが言ってたんだ。へっへ、こんなクソ汚え部屋に閉じ込められたってな、おれはこいつが食いてえ。何だってするぜ、このチーズのためならよ、なんつーか…………サイコーなんだ。とにかくサイコーにウマくて、忘れられねんだ。
こいつの値段? 知るかよ、とにかくウメえんだから、クソみたいに高いだろ。前に食ったとき、そう、あんまりサイコーで、ママにクソぶん殴られたような感じだった。よく覚えてねえ。ぼんやりする。また食えばきっと収まるぜ、あんなにクソウマいんだから。
もう行くのか? あんたとダベってるのも悪くねえのに。まあいいや、そこの床、タイルが砕けてっから。お、踏んだ? あんたもたまにはカッコ悪いことすんだな、うははは。
すべてのトマトは時速350マイルを記録。
おはようございます、343。すみません、本当ならこんな堅苦しい呼び方はすべきでないのでしょうね。しかし、私たちにも規則があるので、一応はオブジェクトであるあなたを番号で呼ばないわけにも…………
え、肉ですか? いいですよ、どれでも持っていってください。どうにも余りがちなんです、こいつは際限なく吐き出しますから。感染症も寄生虫もなし、とにかく上等な豚肉なのにサイト司令部は頭が固いんですよ、すべて焼却処理して肥料にするんだとか。少しくらい持っていっても問題ないでしょう。他ならぬあなたの頼みですし、ね。
ところで何に使うんです、その肉。ピザ? 食堂に行けば…………いえ、食道楽に横着なしですね。もしよければ、私もご相伴に預かっても? 少しばかり奮発した良いボトルがあるんですが──
ああ、なんだ! 畜生、こいつは、腕か! D-882506め、さてはふれあいやがったな、あれほど覆いを取るなと言ったのに! Dクラス収容棟、25番房へ医療班を。腕一本丸々こっちに来てる、いくらDクラスとはいえむやみに死なせるな!
ああすみません、とんだ醜態を。ちょっとした手違いなんです、お手元の肉は安全ですし、食用には何の問題も──
あー、どうも、こんちは。スーザン&クロヴィス・ピッツァポストです。あなただけのための美味しいピザをお届けに上がりました。ご注文いただきありがとう。
それで、ええと、そうだな…………どこから説明すればいいのかわからないけど、あなたはおれの母さんみたいな、不思議と……こう、話せる感じの雰囲気だから、わかってもらえると思うんだ。初対面でこんなこと言って、おかしいと思うよな。でもどうか話を聞いてほしい。
つまりだ、俺は今朝いつもどおりに起きて、昨日の残りのピザを2切れ食べて、そいつは冷えてたけどまあまあの味で……そういうことじゃない。とにかく、俺は部屋の掃除をしたんだ、いつものおっさんがやってるのを見てたからできるようになった。電気もガスも普段どおりだったんだ、本当さ。
それで、棚の奥に突っ込んだ食べかけのチェリーパイのことを思い出して、昼休憩の時間に家に帰った。俺はその……ちょっとばかり、家の調子が仕事に関係あるらしい。だからさ、アリやネズミがピザの中にいたら、そいつを食べようとは思わないだろ? それで家をきれいにしようとして。
そうしたらもうめちゃくちゃさ、アパートの屋根はぶっ飛んでて、そこらじゅう警官だらけで、ひどい臭いがして……そうそう、ハイスクールのプールを1000倍ひどくしたみたいな。それで慌てて戻って最初の配達なんだけど、そういうわけだからさ…………中を見てくれよ、あなたは何を注文したんだ? 俺はその、容器を開けたのは店を出てからこれが初めてなんだけど、やけに中身が薬品臭くて…………うわあ、マジか。何これ、木とガラスとタール、あと何の肉?
ある日の昼、神は空きっ腹を抱えて不貞寝した。