参照してください
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心臓が早鐘を打っている。

乱反射する赤いランプ、それよりさらに赤く、そして黒い液体の飛沫。
弾け飛ぶ誰かの一部、叫ぶ間もなく漏れる断末魔の虎落笛。

地獄が私の周りで噴き出していた。

研究員、それも新人である私は不幸にも着任初日で一つの事実に対面していた。
すなわち、"収容違反"。人類の礎たる"財団"が押し込めた棺から突き出される死人の腕。
ヒヒっと引き攣るような笑いが漏れる。ツイていない、私はとことんツイていない。
万人より優れた脳味噌は、生憎運動には向いていない。酸素を求め、テロメアがブレイクダンスを踊る。

だが、それでも私は走っている。

何が棺から突き出したのか、そして"何をすれば棺へ戻せるのか"。
"特別収容プロトコル"。全てのオブジェクトに彫り込まれる取扱説明書。

もちろん"収容違反"に対しそれらの効果は望めない。だが、「emeth」を削り取る方法は分かるはずだ。
時間はない、私の身体が八つ裂きにされるとき、悠長にコーヒーを飲みながら組み立て書を見ている暇はない。

何をすべきか、そのオブジェクトには何を以て対抗すべきなのか。

少なくとも私が呑気に昼飯を食べるまで、そいつは棺の中に眠っていたのだ。眠らせる方法を得ていたのだ。
ならば、再度そいつの心臓に杭を打ち込む方法だってあるはずだ。

そのために私は走っている。

セキュリティの破壊された扉を抜け、上級研究員のラボに文字通り転がり込む。
壊れた端末を投げ出し、まだ通電している端末を探し出し、非常コードを打ち込む。
幾重にもかかる警告をすべて無視し、それに辿り着く。データの先に残る、銀の銃弾を。

パンドラの匣の底。最後に残る予兆エルピス。その一文を目に通す。
優秀な私なら、その希望を、きっと使いこなせる。知能と科学をもって、立ち向かえる。

SCP-███-JP各実例に関する特定の収容手順については、個々の文書を参照してください

息を深く吐く。OK、いいだろう。参照してやろう。
この収容サイトに起こっている事案から推測するに、実例-Bがそれに当てはまる

SCP-███-JP実例-Bに関する文章はSCP-███-JP関連文書-33を参照してください

息を深く吐く。リンクに指を滑らせる。

SCP-███-JP関連文書-33における取り組みは標準人型オブジェクト収容マニュアル243項に従います。参照してください

息を深く吐く。

標準人型オブジェクト収容マニュアル243項は現在第二資料編纂室に存在します。
デジタル版を参照したい場合は特定の用紙に記載し────

息を深く吐く。

私はラボ内の緊急用ロッカーを開け、一番殺傷力の高そうな短機関銃を選んだ。








「結局オブジェクトには銃火器が有効だったので一命を取り留めたがね」

サイト管理官室。その主である私は十数年前の苦い記憶にこめかみを抑える。

「なるほど、管理官は報告書のフォーマット改善に著しく貢献したと聞いていましたがそんな理由が」

インシデントを生き残った私は軽い𠮟責こそ受けたものの、五体満足で職場に復帰した。

「緊急時にあのような報告書であることは問題がある。煩雑かつ不親切だった。事実、あれがもっと分かりやすく確認さえできれば助かる命もあっただろう。」

もちろん、全てを記憶すればその必要はない。だが、"財団"がいくら優秀な人間の集まりだろうとそういった特殊能力を持つ人間ばかりではない。仮に記憶していたとしても緊急時にそれを結び付けられない可能性は常に存在する。そもそも、特別収容プロトコルはオブジェクトの収容に必須であり、可能な限り"オブジェクトの収容は、明確かつ論理的でなければ"ならない。適切な機材、技術があれば百人中百人がその手順を踏めるようにしなければならない。

だが、一定のマニュアルが存在するものを逐一書く、これは論理的であるまい。だから、定型的に使われているものをリストアップし、適宜それらをリンクすることで簡便さと合理性の両得を試みた。そのためには重複する定型マニュアルの文章を精査し、不明瞭な部分を明確にし、接続性のある文章をまとめるなど、一朝一夕では足りない地道な作業が必要だった。オブジェクト固有のプロトコルとどこまで互換性があるかを検証するため、多くの研究者に頭を下げた。
だが、幸いにも私はそれに向いていた。一つの神話体系を刻む編纂者のような気持ちで取り組むことができた。同僚はかつて自信家だった私のことを揶揄したが、気にもならなかった。私がかつて苦しんだのはそこに辿り着くまでの"参照してください"にあったのだから。

この十数年の記憶を噛み締めるように思い返す。私の取り組んだ報告書の改善案は採用され、幸い、その作業を業績だと判断した上層部により私はサイト管理官という立場を得た。真新しいデスクの上に置かれた収容マニュアル総録はまだ暫定だ。手を入れる余地がある。この立場であれば現場の意見を取り入れることもやりやすくなるだろう。かつての私ならばともかく、今の私にはこれ以上は望むまい。この椅子の座り心地は十分すぎ、またこれ以上を望んだとて得るものは少ないだろう。

「では、今後ともよろしく頼むよ」
「ええ、着任おめでとうございます」

上級研究員が白い歯を見せて笑うと同時に、────サイレンが鳴る。

全身に嫌な脂汗が流れる。このサイレンは間違いがない。

「収容違反です!」

研究員も表情を固め、端末を取り出した。スライドさせ、収容されているオブジェクトの情報へ向かう。
新人の頃の私ではない、そして、"参照してください"ではない。明確に、論理的に、選択されたマニュアルフォーマットが広がり、そして各オブジェクトの固有プロトコルに移行する。

私はあの時の歯痒さを思い出す。だが、あの時とは違う。余裕をもって、ゆっくりと目を通す。

SCP-███-JPに関する情報については、セキュリティクリアランス4以上が必要です。
緊急時は財団セキュリティ要綱を参照し────

息を深く吐く。

私はラボ内の緊急用ロッカーを蹴り開け、一番殺傷力の高そうなロケットランチャーを選んだ。








生存した彼が支部理事となり、緊急時のセキュリティ条件を緩和したことについてはまた先の話を参照してください。

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