頼むから助けてくれぇぇぇぇぇえ!!!
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ペラリペラリと、報告書を捲る音を己の執務室に響かせる。先程パソコンからプリントアウトし、機密要項ファイルにファイリングした報告書は、一見すると財団の報告書として成り立っていないように見えるが、そのSCP-25……いや、考えるだけなら大丈夫だな、SCP-2521の異常性を知っていればそのイラストのみの報告書も納得できるだろう。

SCP-2521。そいつは財団を持ってしても収容が不可能であり、そして自分に関する記述の文章や、知識を持つ者を、自前の触手で絡め取って連れ去るというなんとも不思議な……オブジェクトは大抵不思議だが……異常性を持っている。

ふぅーっとため息をつき、凝り固まった肩と目元を解す。
財団に仕えるようになって早十数年、これまでの貢献度や忠誠度テストで高得点を取ったことで新たにサイト管理官となり、クリアランスレベルが4に上がった時は、これまでの尽力が報われたような気がして小躍りしたが、いざその地位についてみるとなるほど確かに辛い。今まで廊下ですれ違うたびに無感情に挨拶をしていたあの日のサイト管理官に謝りたいほどだ。

「ん、ん゛ん゛……」

メガネを外して目と肩の凝りを解した後、財団に入った時よりも座り心地が段違いな椅子の背もたれに体重を預け、腹から込み上がる汚い咳払いを吐き出し、部屋の隅を眺め、夢想する。
クリアランスレベルが4に上がってから、見える世界が180度違って見えた。この世界が、平和が薄っぺらいヴェールに守られているような幻覚を見てしまいそうなほどに。

「我々が、ひいては上に立つ私が死ぬわけにはいかないのだ……」

自分に言い聞かせるように、そう呟く。
そんな薄っぺらいヴェールが捲られることなど、あってはならない。なんでもない日常を、惜しむようになってからではもう遅いのだ。

「我々が……我々こそが、世界の守り手、平和の担い手なのだ……異常がヴェールをすり抜けて、無辜の民が恐怖に絡め取られ、平和を持ち攫われるなんてことはあってはならないのだ……ッ!」


そう、決意を刻み込んだのが数十秒前である。


「「……」」

私の執務室に、奇妙な沈黙の帷が数十秒間ほど前から降りている。

なるほど、今思い返してみれば確かに、SCP-2521の報告書を読んだ後で少しばかり語彙力が引き摺られたことは否定できない。私が物語に影響されやすいのは重々承知してる。私は公私混同はしない。が、残念ながらさっきはどちらかと言えばプライベートな時間だった……いやそんな現実逃避的な思考はどうでも良い。ともかく、絡め取る、すり抜ける、持ち攫う、異常などのワードで反応するのもどうかと思うのだ。

早い話。

SCP-2521が目の前にいる。

「ッスゥー……フゥーッ……」

頭を抱えながら一度目を閉じ、震えながら限界まで深呼吸をして恐る恐る視界の端で確認するも、いなくなっているはずがなく。
先程の決意を刻み込んだ瞬間、呼んだ? と言わんばかりに執務室の壁をすり抜けて入ってきたのである。

「呼んでない。一切呼んでない。断固として呼んでないッ!」

それまでの静寂を破って突如声を出した私にSCP-2521が少し体を跳ねさせる。しまった、つい声に出てしまった、と冷や汗をかいたが、何か進展があるわけでもなく。胸を撫で下ろせば良いのか途方に暮れれば良いのか……。

それはともかく、SCP-2521もまたSCP-2521で私を連れ去るかどうかの判定が済んでいないらしく、さっきから私をじっと見つめ、微妙に触手を蠢かせる程度で留めている。今のうちに助けを呼びたいが、助けを呼ぼうにも、なんとなく、なんとなくだが呼んだ瞬間に連れ去られそうな気がするのだ。

だがこのまま膠着状態が続けば……いや待て、SCP-2521の触手が微妙にさっきよりも私の方に向かってきてないか? 明らかにさっきよりも向かってきているな! SCP-2521の判断が収集寄りに傾いてきているということか。なんか知ってそうだし収集するかとか思っているのか? クソッタレ! もっと明確に判断しやがれ! いや私は君のことを知ってるけども! ああ心なしか触手が向かってくる速度が早まってきた気がする! どうしよう! 本当にどうしよう!

触手、死ねない、収集、持ち攫う、死ねない、すり抜け、触手、死ねない死にたくない、異常……異常性? SCP-2521が情報を知るものを攫う理由……?


「!」


その刹那、脳にスパークが散った私はガバッと天を仰いで。



「ッあー! そういえばこの前担当してた触手の生えたオブジェクト大丈夫かなぁーッ!」



壮絶な独り言をかました。

その独り言にびっくりしたのか、あるいは聞く価値があると判断したのか、SCP-2521の触手の動きが止まる。

「たしか……SCP-2662だったか!めっちゃ触手生えてて……あの……異常性で狂信者共が何回も警備の手をすり抜けて……攫……持ち攫われそうになった奴!」

そこまで叫び、恐る恐るSCP-2521を見ると、触手が微妙に離れて行ってる気がする。チャーンスッ! このチャンスを逃さずして何を逃す!

「あいつ、普通に過ごしたいだけなのに可哀想なんだよなぁ! デカくて触手生えてるだけなのに異常性にやられて、警備をすり抜けた狂信者どもに神だの仏だの全知全能だの……その他いろんな感じでめっちゃ担ぎ上げられて持ち攫われそうになってんの、ほんと、可哀想なんだわァーッ!」

そこまで私が……前後で内容は全く変わってないが言い切り、今にも破裂するんじゃないかと思える心臓の鼓動を治めるべく、一つ深呼吸をしながら天井から目線を下すと、果たしてそこには……。


誰も居なくなっていた。

「来た……勝った……ッ!」

誰もいるはずのない室内、されども私の頭の中には確かに勝利を告げるゴングが鳴り響いていた……。




「あいつ、普通に過ごしたいだけなのに可哀想なんだよなぁ! デカくて触手生えてるだけなのに異常性にやられて、警備をすり抜けた狂信者どもに神だの仏だの全知全能だの……その他いろんな感じでめっちゃ担ぎ上げられて持ち攫われそうになってんの、ほんと、可哀想なんだわァーッ!」



「……触手生えてるだけなのに異常性にやられて、警備をすり抜けた狂信者どもに神だの仏だの全知全能だの……その他いろんな感じでめっちゃ担ぎ上げられて持ち攫われそうになってんの……」



「……神だの仏だの全知全能だの……」



「……全知全能……」





全知全能(ぜんち-ぜんのう)

  • 知らないことは一つもなく、できないことは何もないということ。すべてのことを知り尽くし、行える完全無欠の能力のこと。

-SCP財団 四字熟語データベースより引用







「ま、所詮最近のニュースなんてこんなもんだよな……」

「………………………………………」

「なぁ、どう思うよ? お前が話せるかどうかはわからないけどさ」

「………………………………………」

「ああ、わかるぜ? そんな見た目だもんな? 俺のこの素晴らしく美しい触手にシンパシーを感じるのはわからんでもないぜ?」

「………………………………………」

「おい、落ち着けよ、てか冷静になろうじゃねーか。いきなり初対面で握手は早いと思うんだよな、ほら身長も全く違うしさ。ここはとりあえず顔合わせだけってことにしようぜ?」

「………………………………………」

「おい、おいやめろ、その何かの粘液に塗れた触手を近づけんじゃねぇ! さっきシャワー入ったばっかなんだよ!」

「………………………………………」

「最近その辺がおとなしいと思ったらよりにもよってなんでこんなやつが来るのかねぇ!? ちょ、職員さん、職員さーん! 助けてぇぇぇぇえ!」

「………………………………………」

「ちょ、おま、待って、ほんとに待って! 職員さん! 職員さぁん!」










「頼むから助けてくれぇぇぇぇぇえ!!!」

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