正常性の幕開けとその未来

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『"正常性"委任批判』、第3章『"正常性"の歴史』からの抜粋

この宣言書は1934年に、妖精と人間の混血のオスヴェンドール・サリアン・エンザンにより初版が刊行された。今日に至るまで、同書はヴェール政策と維持する活動を行う組織の存在に異を唱える、現代の"蛇の手"運動及び他の団体の思想的根幹に位置付けられている。


古代

歴史の幕開けである太古の時代において、世界がまだ幼く定命の三種族―野人イェレン、妖精、そして人間―の最初の帝国の数々が栄枯盛衰を繰り広げていた頃、魔法、奇蹟、神々は空想はおろか、現実であり、ありふれたものだった。定命の者らをさいなませた、あらゆる問いに対する筋が通った答えが無かったとはいえ、"異常"と考えられていた事物と"正常"と考えられていた事物の境界はどこにも無かった。しかしながらアダムがまやかしの星光に唆されて第二次大離散という許されざる罪を犯した時、この歴史も否応なしに終焉を迎え、定命の者らは昔日の帝国の廃墟に広がる闇から洞窟へと姿を消した。この時代の知識の大半は歴史の深淵に消え、その残滓は新たに生み出された信仰へと継承された。『聖書』や古代ギリシャの信仰に出てくる巨人族は、夜闇を歩む者ナイトウォーカーの物語に起源を発するのだ。

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Fig. 1.1: "異学会"で用いられた紋章。

けれども今度は人間が支配種族となって、文明は再建された。魔法や依然として息づく―だが以前よりも衰えた―神性を用いて、最初の古代都市や古代国家が勃興した。古代の夏王朝、オルトサン王国、闇黒と血の神々を崇める母権制のダエーバイト帝国に始まり、イスラエルの王国やアディトゥムの魔術王の反乱を経て、メカニトの地中海勢力へと至った。しかしながら時代が下るにつれて、表立ったアプローチに変化が訪れていた。

近現代の正常性において見過ごせない出来事となったのは世界最初の先行正常性維持組織、すなわち中華異常事物現象学会 (中华异常事物与现象学会)、別名異学会(异学会)の創設である。11世紀1に周王朝が政治の実権を握った後で殷王朝期に存在していた金烏のカルトに関連するオブジェクトを確保する目的で結成され、優れた学者や賢人らが名を連ねていた。この組織は続く数世紀も浮き沈みをしつつ存続し、最終的に今日SCP財団として知られる団体へと統合されるに至った。

世界が新たなる時代を迎えるに当たり、とりわけローマ・カトリック教会の台頭と拡大による影響を著しく受けた欧州において、不可解と見なされた事物を排斥する風潮が高まり始めていた。

中世

土着の多神教崇拝への弾圧と共に発生した、欧州における教会の権力の拡大と教皇の支配的地位の確立は昔日の古代における超常現象の信奉の更なる衰退を引き起こした。

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Fig. 2.1: 魔女裁判、異常弾圧の一例。

教会も当初は異常種族や魔法実践者と比較的平和裏に共存していたものの、最終的にはモンゴル帝国による欧州侵略、すなわち第四次オカルト大戦により破局を迎えた。その結果、不可知の世界に対する教会の政策は鉄十字軍の形で一層締め付けが強化され、魔法の実践を認められたのは教会側の一握りの団体や結社に限定されるようになった。他の魔法使用者や異常種族は生命が脅かされぬエスターバーグアヴァロン 、あるいはハイ・ブラジルの神秘の島のような特殊な飛び地に隠れ住むようになった。

これは主観的に異常と考えられた事物と非異常と考えられた事物との間で生じた史上初の大分離政策であった。前者の存在は悪魔化と弾圧が活発に行われ始め、その最も有名な例が暗黒時代末期までも続いた魔女裁判である。だというのに今日に至るまで妖精、魔法使用者、その他異常種族の出てくる数多くの中世の伝説や物語が伝わっている。

勿論、中世末期や新たなる時代への移り変わりという不可避の到来により、この世相は緩やかに変化を始めていた。1618年から1648年にかけて続いた、三十年戦争と同時に勃発した第五次オカルト大戦は象徴的な幕引きとなった。

ルネサンス

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Fig. 3.1: ノストラダムス、フランスの占星術師、預言者、オカルティスト、神秘家。

宗教改革運動、ルネサンスの開闢、そして最終的な衝突―より正確には、数々の衝突―により教会の地位の著しい弱体化と不可知の事物に対する苛烈な締め付けの緩和が起こった。だが勿論、弾圧が完全に消え去ったわけではない。一例として、上記の魔女裁判は18世紀になっても依然として続いていた。行き着く先は200年以上続いた魔法の実践の普及と進歩になった。

第五次オカルト大戦に先立つ15世紀と16世紀において、裕福な資本家や貴族は大いなる業に興味を持ち始めていた―ラテン語で魔術であり、時代そのものが暗黒時代の対極に位置付けられているルネサンス期の理念と結びついていたものの、教会法で禁じられていたが故に禁じられた業とも呼ばれていた。

この間、現代において著名であったり、有力であったオカルティスト、神秘家、錬金術師、その他秘儀研究に携わった多くの人々が名声を得て、後世の人々への礎を敷いた。以下の人物が含まれる。ノストラダムス、ヨーハン・ヴァイヤー、ミカエル・センディヴォギウス、ジョン・ディー、そして著名な哲学者にしてルネサンス期のカバラ主義とヘルメス魔術の開祖たるジョヴァンニ・ピコ・デラ・ミランドラ。同様に魔法現象の表現も芸術に登場するようになり、その最も著名な人物が作品内に度々魔法実践者、妖精及びオカルト的諸力の介入が描かれており、当時のブリテン諸島において強烈な存在感を放っていた英国の劇作家にして詩人ウィリアム・シェイクスピアである。

更に第五次オカルト大戦の象徴的終結によって、中世における教会側の団体及び秘教実践の研究を行う人物だけでなく、あらゆる種類の団体、教団、同胞団、倶楽部及びその他魔法の実践と行使を行う組織―悪名高きマーシャル・カーター&ダークから、ポーランド特異茸狩協会(PZGA)、バヴァリア啓明結社及びその他今日でも存続する数多くの団体に至るまで―が結成されやすくなった。

しかしながら時代が下ると、当時の数多の主要魔法組織は低迷や保守主義に陥り始めた。18世紀後半において、啓蒙主義に続く産業革命の幕開けに伴い、更に現代的かつ科学的に踏み込んで世界を理解しようとする運動が始まるものの、世界の新しき有り様を受け入れようとしなくなったのだ。それまで未踏破の科学分野の目録化と体系化に当たった学者が緩やかに時代遅れのドグマと旧き実践を維持し、停滞するオカルト的世界を排除し始めた結果、両者の間の溝は増々広がっていった。

この世相により、当時超大国政府側にいた組織や協会が、結成から3000年近くになる中国の異学会の類似組織へと成長できた。「自国の安全を確保する」という理念に突き動かされ、これら組織は魔法の世界が設けた空想的脅威から自国を保護するという最終目標に向かって恐怖の組織運動に緩やかに着手した。ギリシャ語から採られた用語である"アノマリー"―客観的な正常性から逸脱しているという意味―についての近現代的理念を確立した。この時点での行き着く先に悲惨な結末が待ち構えているとは依然として気付けずにいた中で、低迷している保守主義の秘教世界から異常を排斥し、自分たちは正常性の側に属するという主観的な定義を生み出したのだ。以上の動向は最終的に第六次オカルト大戦後のヴェール独裁体制の正式な確立に貢献する下地となった。

同時期における最も悪名高き先行正常性維持組織としては、組織の起源が人種差別主義に由来しており、今日でも依然としてSCP財団で行われている人間の被験者に対する実験において、非倫理的実践を開始した全米確保収容イニシアチブ(ASCI)、イギリス君主制の覇権の維持を願った残虐非道な、超常現象の確保収容に関する王立財団(HMFSCP)、フランスのエステート・ノワールがある。これら組織の恐怖はオカルト世界で拡大していく一方となり、凝り固まった組織信条による停滞と先行正常性維持組織の活動により永続化していった。この状況そのものに由来する超常組織間での分断と闘争は最終的に1864年の第六次オカルト大戦の勃発により終結した。

近現代

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Fig. 4.1: "超自然現象条約"の調印を撮影したと思しき写真。SCP財団のアーカイヴから。

4年にも渡る凄惨で残忍な戦いの後、第六次オカルト大戦は1868年に、基底現実の安定化のみならず数多くの奇跡術師らの殺害を実行し、敵対的異次元実体の侵略を妨げていた古代のデミウルゴスの破壊―進行中の混迷に乗じたドイツのとある奇跡術師集団により討ち果たされた―をもって終結した。衝突の規模と強大な力に対する恐怖の双方から各国の国民政府が介入を余儀なくされ、既に疲弊していたか壊滅していた全ての団体間での衝突を終結させた―大戦前からあった主要な団体の多くが壊滅するか、著しく弱体化した。

結果、超大国政府とオカルト組織の代表―大半が先行正常性維持組織―が某所にて会合を開き、1868年11月23日に"超自然現象条約" (フランス語: Convention Sur Les Phénomènes Surnaturel) に正式に調印した。所謂正常性、より正確には"合意の取れた現実"と主観的に決めたものと"異常"と正式に見なすもの―以前にも先行正常性維持組織によりだいぶ緩やかに広まっていた―を定義し、虚偽や情報工作により、大衆の利益と防衛を考えて、"ヴェール"の背後を大衆から隠すというものだ。異常性は現実の合意を受けずして、数十年ほど前にスーツを身に着けた老いぼれ共が上に記した通り、独断で決めたのだ

調印の背後の思惑が高潔さに基づくものと見なせた―第六次オカルト大戦のような規模の災厄から世界を守る―にせよ、彼らが取った手段は最初に悲劇を引き起こした原因について根本的な間違いを含んでいた。先行正常性維持組織による弾圧と魔法社会の保守化した停滞ぶりは再分断を引き起こし、不和は衝突を引き起こし、善と悪、正常性と異常性、人間を守るための秩序と論理的帰結として人間を脅かすと捉えられるといった、疑わしき異常の混沌というように前者にとって都合の良い対立軸を生み出す好機となった。これはまた、恐怖症と"正常性"全体の概念を背景とし、人類を"正常性"の代名詞にして妖精、野人イェレン、その他"異常"であるからこそ、劣性あるいは劣等と見なされた知的種族の頂点に君臨するものとして至上主義的理念を見せていた。

存在するだけで常に脅威を引き起こすだろう、という異常性に対する上記の思想は根本的に誤っている。同じく危険性を有していると見なされているものならば、主観的に"正常"と見なされる現象―あらゆる種類の災厄から火災もしくは嵐に至るまで―もまた然りであり、それらに対する知識の統制は無知の暗闇にいる人間から危険を隠しているだけである。科学と条約の理念と、理解に基づく客観性を背景とする隠蔽は知識、科学、発明、そして光明の死を意味し、カトリック教会が変化を受け入れられず、自分たちが押し付けたドグマの現状維持から脱却出来なかった、地動説と抗った顛末に匹敵する。

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Fig. 4.2: アダム・ブライト、ASCI最後の管理官にして後のO5-12。

条約そのものの正式な調印者は分かっておらず、多くの魔法とオカルトの封印により守られているとはいえ、異常コミュニティにおいて何年もの間流布する噂に加えて匿名の情報筋によると、調印者の候補として以下の顔ぶれが挙げられる。ASCIのアダム・ブライト(後のO5-12)及び他の数名の後のO5陣、後のSCP財団管理者2、(条約調印の翌年に亡くなった)HMFSCP管理官のハドフィールド・シニア3、そしてロンドンの不死の商人ことマーシャル・カーター&ダークのパーシヴァル・ダーケ。この人物の参加により、ヴェール確立の意図の高潔さに対して、いささか疑義が生じている。

加えて条約により、マブ女帝に対する崇高な戦いと、その戦いに次いで高潔な"正常性"の維持を目標とする13の先行正常性維持組織及びオカルト組織の残滓―マブ女帝に対する奇跡術師・神学者総会―から結成された国際的なSCP財団を始めとして、正常性の維持に対処するために結成された近現代の国家的及び国際的な正常性維持組織の数々が誕生するに至り、これは後に悪名高き"SCP-001"の一つとなる財団へと委任された条約にとって最初の修正条項となった。

数字の背後に隠された、この獣―上記の管理者に加えて意思決定を有し、一部が条約の調印者でもあった13組織の代表者が席に就くO5評議会により率いられていた―は続く数年間で緩やかに世界の大半の政府を恐るべき触手で圧倒し、1894年には正常性を維持するための化学的記憶処理薬を合成する技術の開発と増産―催眠やアルコールに基づく従来の高価で殆んど効果が無い処置から置き換えられ、副作用として癌を引き起こす可能性があるという事実からは目を背けていた―と図書館の裏切り者の司書の財団側への鞍替え、更に世界から魔法そのものを切除し、牢獄や収容房の背後に封印し、本来の起源の忘却に成功した。

尤もこれら組織の疑わしき名誉の生む利益として、大戦と並行して起きる更なるオカルト衝突の勃発の阻止に成功した事も確かであるため、筆者は条約と財団に加盟する国家的正常性機関を功績を認めなければならない。

しかしながら多くの者を驚かせたのは、今や一層抑圧される状況かつ人目の届かぬ魔法社会に隠れていた中で、この世相全体がプロメテウスの光明の拡大の火付け役になったことである。1913年にJ.S.カーバーが提唱した、従来の"魔法"と呼ばれていた分野に新たな科学的理解をもたらす統一奇跡論の誕生に始まり、幾世代にも渡って解明不可能とされてきた多くの問題を解決するに当たって協力してくれた―そしてSCP財団が、自信過剰さと偽善さから創業を支援した―プロメテウス研究所が生み出したあらゆる発見と奇蹟、及び新しい芸術運動の勃興に至った。そうすることで異常コミュニティは、この現状を支持する先行正常性維持組織により煽動された第六次オカルト大戦以前のオカルト組織の変化が排除して生み出された"ヴェール"政策のナンセンスさを喧伝した。それまで排除対象と断言されてきた科学の灰色の領域により人々は今の在り方が誤っているという思想が広まり始め、奇跡術4、サイオニクス、形而上学、存在力学のような近現代の超常科学と呼ばれる所謂新分野への優れた理解がもたらされた。

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Fig. 4.3: ジェームズ・ローランダーの工場

これに反して、財団という巨大組織はドグマを盲信しきったままだった。この有り様から20世紀初頭においてオカルト世界最大の悲劇が引き起こされた。第三次大離散である。1910年2月、姉妹に成り済まして再度の彼の女神の基底現実への帰還に協力し、どうにか嘘を信じ込ませた古代のマブ女帝に騙され、財団はジェームズ・ローランダーの保有する巨大工場ファクトリー―財団はヴェールの彼方の歴史のページから消し去った―を制圧した。前触れなく決意し、古代の獣の帰還を阻止すべく武器を手に掴む以外に選択肢が無くなる時が来るまで、財団は妖精と他の超常世界から届く脅威についての警告や怒号に耳を傾けようとしないままだった。主要な目標の一つが阻止であった組織は今や盲信ぶりと愚かさに囚われて蘇らせんと望んだのだ。

続く悲劇により当時の妖精人口の85%以上がマブ女帝に魂を捧げられたと推測されている。大勢の男性、女性、母、父、友、最愛の者の命が犠牲になり、一方で過激な復古マブ主義的組織の活動が誘発された。その中で最大のものが、マブ朝支配下の古代の妖精帝国の独裁的君主制の再建という理念を謳い、妖精に対する人間への攻撃を称えるトリウムヴィレイトである。

尤も最終的に財団もこの問題における盲目ぶりと愚かさを悟ったらしく、依然として十分とは言えないものの、自分たちのアプローチで必要とされた変革を開始した。元凶たる火を以て火と戦わんとするのではなく、最終的には放火魔を捕らえられる水準に達している過ちの根幹の理解と結びついた、根本的な改革が必要である。

未来

しかしながら、上記の微小な変革が見られたにも関わらず、60年以上続く正常性の独裁体制が崩壊する兆しは見られない。ヴェール体制そのものは魔法世界にどうにか確立し、大半のオカルト組織は壊滅対象となり得る恐怖に怯えながら受け入れた。そして筆者と考えを共にする仲間の多くが現体制への大革命という浪漫的展望を生み出している一方で ― どれだけ時間が流れても実現するようには見えない。加えて欧州から、これまで以上に過激な国家主義者のドイツ人により迫害と弾圧が急拡大しているという報告が届いている。

付け加えるならば、古代の伝説や物語のみならず近現代の研究からは上記のような過激な世界観の変化が重大な結果を招いてきたと唱えられており、ならば世界も同様に変化が引き起こされるだろう。厳格に維持され、主観的に排除された現実の一部と魔法を支配する予測不可能な規模の所謂ヴェールの確立の影響は間違いなく出ているだろう―古い文献の中には、古代ダエーバイト帝国の寡頭的母権制支配層だけが、もしくは教会による中世の弾圧中に信じられていた、魔法及び関連現象の弱体化と死滅が出てくる。しかしながら、この題材については依然として研究に殆んど進展が見られず、何百年も前の記録が生み出す伝説や神話の領域に限られている。よってここから更なる結論を導くのは差し控えるとしよう。

とはいえ確実に言えるのは、ヴェールの確立は更に深刻な結末を最終的に引き起こす事だ。その行き着く先がオカルト世界にとって好都合か不都合かに関わらずである。差し当たり、筆者は遠き地平線の上に変化の希望となる小さな兆しを見い出せればと願いつつ、不確実な未来に目を向けたい。


人類が健全で正常な世界で生きていけるように、他の人類が光の中で暮らす間、我々は暗闇の中に立ち、それと戦い、封じ込め、人々の目から遠ざけなければならない。さもなくば、前進していく世界は忽ちの内に滅び去ってしまうだろう。

SCP財団管理者、『異常存在と女帝について』(1870)序文


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