極点の目
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 一年前の冬の日。あの一瞬、ただ一度の瞬きを、私は今でも後悔している。目を瞑らなければ、もしかしたら声だって聞けたかもしれないのに。


 吹雪と悲鳴。私達の部隊が到着した時には、それは絶え間なく注がれていた。サイト-8101──日本支部最大級のサイトに常駐する私達ですら、こんな光景は初めてだ。

 街が燃えていた。いや、既に街ですらない。焼け野原に残った建物は僅かで、爆心地で陽炎は揺らいでいる。激しい吹雪は視界を遮るのみで、炎を煽れど消すには至らない。
 地獄に似た光景。しかしそう形容するには、現実は温く、また冷たすぎる。

 無線に口を近づけ、口を開く。言葉と共に吐いた息は白い。

「こちらアルファ、現場に到着しました」

 ベータとガンマが並んで続いた後に、少しの沈黙。わかりきった空白の理由を、私は報告する。

「デルタは現在……命令通り、サイトにて待機しています」

 すぐに本部からの連絡はあった。

「報告ありがとう。では、作戦を行う。被害が拡散しないよう最善を尽くせ」

「了解」

 息を吐き、陽炎を睨む。今回の対象は実態のない、絶えず全てを燃やすオブジェクト。与えられた任務は……時間稼ぎ。ただ逃げ惑えばいいだけの仕事。一人くらい居なくたって、別に充分。だろう?

「ベータ、ガンマ、散開。逃げ遅れた住民がいないか確認する! 第一に避難を優先!」

「「了解!」」

 焼け野原を三人が走る。反応が早いのはベータ。慎重に移動するのはガンマ。
 いつも一番遅かったのは、味方の様子を見て動くデルタ。しかし、今は居ない。その理由を知ることは許されていないし、彼が居ればよかった、とも特に思わない。むしろ、居なくてよかったとすら思う。


 こんな、捨て駒みたいな任務なんて。


「こちらガンマ、意識不明の住民を発見しました──」

 ああ。そして予想通り。ガンマはその言葉を残して燃えた。火達磨は小さなノイズと大きな火柱と、体積のない絶望を残して消えた。

 部隊は残り二人になった。あっけなく。人類はこうやって一人ずつ減っていく。最後の一人になるまでの時間稼ぎを、自分たちはしている。

 機関銃を構えたが……しかし。いったいどこに向ければいい? どうすれば、自分たちはこの地獄を抜けられる?

 ちり、と。そこで熱風が髪を焼く。その暑さに、反射的に私は目を瞑り──そして、その時刻、目を閉じた一瞬に。

 全ては終わっていた。

「……」

 吹雪に穴が空いていた。炎は消えていた。死体は消えていた。建物は建て直され、ガンマがいた場所には、真っ白な骨壺が一つ。

 鮮やかに、世界は一変していて。そして私は、穴のように途切れた吹雪が、人型であることに気がつく。

 およそ180cm、中肉中背。すぐに消えたその影法師は。

 ここにいない人間に、よく似ていた。

「……こちらアルファ。対象の消滅を確認。理由は不明」

 困惑の中、私は本部に連絡する。少しの沈黙の後に、すぐに答えは返ってくる。

「了解。これにて任務を終了する。損失したガンマ及びデルタを除く2名は直ちに帰還せよ」

「…………はい」

 いつの間にか死んでいた一人と、目の前で死んだ一人を置き去りに、私は吹雪を後にする。瞬きの瞬間に、何が起きたのかわからないまま。

 ああ、いっそ──あの時、時が止まったのなら、よかったのに。


 そして、今。私は夜に立っている。プロトコル・ヴェルダンディ。自分を代償に時間を得る人身御供。全てを止める時間──記憶を失わせる、薬物の作用すらも。

 今の私には、あの時のデルタの行方がわかる。あの時の人影も、彼の想いも。

 同じような吹雪の中、私は夜を歩いていく。残った足跡は帰りに消すつもりだ。今はただ、対象の元に向かっている。

 そして、辿り着いた先で。足を止めて──時間稼ぎをしている、三人の部隊を見る。そのうちの一人が、ちょうど瞬きをしていることも。

 息を吐く。数秒後に凍るだろう息を。その瞼に触れて、無理やりに開かせる。少なくとも自分は──あの時、こうして欲しかったから。見れぬほどの刹那だとしても、瞳は開いていて欲しかった。
 
 微笑み、吹雪を押し除けて、私は夜を歩いていく。誰も死んでいないことに安堵して、私は対象に無骨なナイフをあてがう。

 ああ──時が止まっていてよかった。

 でないと私は、いつまでも此処にいるだろうから。

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