藻屑裂く厄災
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 男が目を覚ました時最初に聞いたのは、けたたましいアラートだった。ソレ自体は意に介さず扉を蹴り開けたが、そこで男はさらに首を傾げる。いつも通りであればこの部屋を埋めているはずの海水が、くるぶし程で収まっている。

 男の名前はSCP-076、或いはアベル。殺人衝動と異常な身体能力のために海底サイト23bに収容された異常者。しかしどうやら、アラートが告げている異常は彼のことではないらしい。部屋の出口、金属製の扉を片手でこじ開けた先の長い通路を見て、アベルは眉をひそめる。そこでもやはり、浸水はわずか。彼にとって、そして彼を閉じ込める者にとって、海水はアベルという怪物を封じ込めるためのものだった。それが全く機能していない。

 収容室から地上へのエレベーターに繋ぐ通路を、アベルは歩く。そこに仕掛けられていたはずのいかなるトラップも作動しなかった。唯一の障害物として存在するのは、先程と同じような扉が一つ。容易く引き裂いて、アベルは職員用宿舎に足を踏み入れる。

 サブマシンガンの銃口が4つ、彼の額に向けられる。20m先、スクワッド。自分なら充分避けられる距離。塩辛い大気から黒色の剣を取り出して、殺戮兵器は笑った。相対する機動部隊の緊張は高まるが、しかし、引き金は動かない。代わりに動くのは、隊長の口。

「始める前に遺言いいか、アベル?」

 アベルは知らず、彼らの知る異常。こうしている間にも鳴り続けているアラートこそ、引き金が動かぬ理由。アベルの苛立ちが増したことを隊長は感じ取り、しかし彼が動かぬうちに言葉を続ける。

「簡潔に言えば、地球が水没した。だから俺たちを殺そうが地上には出れないし、エレベーターからの浸水でここも水没する」

 アベルは全く興味がなさそうに、剣をくるくると回し、手持ち無沙汰に聞いている。隊長はそれを話を聞く体勢と捉えて、手汗で滑るサブマシンガンを握り直してから話を続ける。

「なんとかして対抗策を見つけないと、俺らもお前も、全員まとめて海に還るぞ。俺たちと戦っている暇なんてないじゃないのか」

 隊長が締め括ると、他の隊員3名も頷く。極限の緊張と恐怖で心拍数は高いが、彼らはこの交渉がうまくいくだろうとも確信していた。やり合っている暇なんてないということは、くるぶしから足首までになった浸水からもわかるはずだ。彼の強力な身体能力がこの窮地に役に立つだろうこともわかっていた。

 アベルは少しの間黙っていた。くるくると剣が回る。返答を決めかねているのだろう、と隊長は考える。

 ──そして、それが彼の最後の思考になった。アベルの手を離れた黒色のブレードが、彼の脳天に突き刺さって、彼の体は崩れ落ちた。あからさまに動揺した彼等を嘲る笑いと共に、アベルは告げる。

「お前達は勘違いをしているようだが、私はお前たちに降された覚えはなく、故に協力する理由もない」

「だ、だがお前一人では地上には出れないだろう」

 焦りを隠せない早口で反論した隊員に、言葉と跳躍により応答する。

「それは推定に過ぎないが──出れないとして、だからどうした?」

 20mの間合いを一足で跳んだ怪物は、その無駄口と無力を、つまらなそうに切り捨てる。虚空に現れた暗闇を掴み、無造作な一撃が人体を骨ごと盾に両断する。赤い血飛沫が散って、海水に混ざってすぐに消える。

 素早く反応して引いた引き金も既に遅く、サブマシンガンの銃弾は水面を叩く。右脚の回し蹴りが三人目の肋骨と筋を抉り飛ばし、連動して振られたブレードが四人目が首を刎ね飛ばす。

 瞬く間に正面戦闘を終えて、しかしこれで終わらないことをアベルは知っている。最初の四人は先鋒。おそらくは交渉が決裂した時のため、本命の戦略はまだこの先に居る。狙撃手の銃弾を防ぐため、一先ず遮蔽物に身を隠す。

 水没より先に、全員を殺して回らなければならない。命を酷く軽視する怪物は、その後自らの命がどうなるかすらも軽視した。

 海抜-3200m、厄災が嗤う。彼が産んだ全ての血飛沫は、海水に希釈され消えた。


アイテム番号: SCP-076

オブジェクトクラス: Keter

特別収容プロトコル: SCP-076は現在旧アメリカ領海付近に未収容状態で存在します。付近の船舶は十分に警戒し、遭遇した場合は退避を優先してください。

説明 SCP-076は2つの構成要素から成り立ちます。立方体の石(SCP-076-1)と実体を伴った人型(SCP-076-2)です。

補遺: 2020/5/19、世界的に発生した異常な海面上昇により収容エリア25bが機能不全を起こし、結果としてSCP-076が収容違反を起こしました。

海面上昇後から現在に至るまでSCP-076によって財団が受けた被害は、71人の死者と4隻のSCPSの沈没です。SCP-076による更なる犠牲を防ぐため、当該オブジェクトの無力化措置を現在考案中です。

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