Portraits Of Your Father
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Table of Contents

1

ドレイヴンの父はどこか弱々しかった。

ドレイヴンはいつもそれを隠していた、そのように思われていることを知ったなら彼はかんしゃくを起こすだろうから。だがそれは真実だった。ドレイヴンが生まれた時から、ベンジャミン・コンドラキは精神的に参っていた。彼は既に猜疑的で、好戦的で、気の休まらない夜に叫びながら起きていた。これらの同じ理由で、多くの人々がドレイヴンの父親を自身よりも強い人物だと見なしていた。そのような機能障害を抱えながらストレスの多い仕事を続けるのは酷く大変に違いないと彼らは言ったことだろう。そしてドレイヴンは頷くだろうが、決して本心から同意はしない。彼はいつも父を限界が近い人物だとみなしていた。そして十代後半から彼は父親が必要以上に限界に達しないように、自ら責任を負っていた。ひっきりなしに呪文を繰り返す、父さんの面倒を見ろ、父さんの面倒を見ろ、お前は父さんの面倒を見なければならない。彼の父は大声で笑い、何冊ものノートに濃い筆跡で沢山のことを書きつけ、ウォッカの匂いも漂わせていた。そして度を過ぎて遅くまで起きていた。父さん、父さん、頼むから寝てくれよ、彼の父は笑って言った。まだ大丈夫だ

15歳の3月の土曜日、ドレイヴン・コンドラキは彼が生まれてこの方ずっと暮らしている父のサイトのマンションの寝室で目を覚ました。そして、太陽が窓から差し込み、シーツを剥ぎ取っていたことに気づいた。部屋を走り出て、父の部屋のドアを開け放す。彼は父が床に崩れたように座り込んでいるのに気づき、一瞬ぞっとした。人生で経験したことの無い恐怖が彼を襲った後、彼は父が息をしていることに気がついた。酔って気絶しているだけだ、手にはウォッカが握られていた。

ドレイヴンはこれらの類の出来事を沢山すぎる程経験していた。15歳の体が出せる精一杯の力を振り絞り、彼は意識が無い父をベッドのすそ板にもたれさせ、嘔吐しても窒息しないよう半座位の姿勢にした。すごく近いのに、すごく遠いんだな、父さん?彼が少なくとも机からベッドに行こうとしていたのは明らかであった—彼が酔っ払いながら書き殴った分厚い原稿のわきにはペンが置いてあり、椅子は押し戻されており、1本の空のウィスキーボトルと灰皿の中の煙草の吸殻がぼろぼろのランプの隣にあった。ドレイヴンは父親の手の中に残されたものにうんざりとした視線を向け、それがウォッカであることには驚かなかった。度数が強い安物のグレーラベルで、いつも彼をこのような状態にしていた。彼の父は夢を見ることなく気を失いたい時にそれを飲んでいた。

彼は過酷な夜を過ごした。ドレイヴンは彼を気の毒には思わなかった。彼らはこのようなことを沢山経験していた、時々彼の父は朝になっても目を覚まさなかった。そして彼は父の傍に駆け寄る代わりにうろうろと歩き回った。酒瓶の空けた夜にたった1人の家族を失ってはいないか確かめるのが絶対に嫌だったのだ。少なくともその後、彼はそれを先延ばしに出来た。ただ眠っているだけであり苦しい状況では無く、危険な程高い血中アルコール濃度に早い段階で気づいた。ただ通常より深く眠っているだけだった。

不意に彼の父の胸が上下し、ドレイヴンは一瞬後ずさりした。彼が嘔吐するだろうと予想したのだ。だが代わりにベンの目が突然開いた。彼は激しく苦しげに喘ぎながら、弾が装填された机の上のピストルに咄嗟に手を伸ばした。時に彼ら2人がこのような小さな舞踏をした時、彼の父はそれを脇に置き、ドレイヴンは直感的に、静かに素早く部屋を走り出ていった。彼の助けなしに影響下から逃れさせようとした。大柄なポーランド人の父をPTSDのフラッシュバックから逃れさせることが彼には出来なかったのだ。空想か?違う。直ぐに変わるだろうか?それも違う。

この時、彼の父は彼を見て即座に、千鳥足で彼の方に向かった。酔った手を彼に伸ばした。そしてドレイヴンは少し後ろに下がり、無様な姿で床に崩れ落ちた父をじっと見た。

「父さん、」

彼は言う、少なくとも月に数回は言っている、いつものように。

「飲みすぎはやめなよ。」

25歳の時、彼は父のオフィスにいて、彼らは今のものと同じような舞踏を踊っている。彼の父の白髪は増え、少しやせ衰えて弱々しくなった様に見える。傍にはウォッカの代わりに赤いラベルのバーボンがあった。そしてドレイヴンは機動部隊の戦術装備を着込んで父の隣で膝をついている。防弾ベストを着ていた、ただそれだけの理由で彼は怖がっていなかった。そして彼は再び言う。

「父さん。飲みすぎはやめなよ。」

彼の父が彼を見る。目は血走り、洗われていない長い黒髪は絡まりあっていた。そして、笑う。ドレイヴンは笑わない。バーボンはいつでも彼の父を良い気分にさせるのだ。

「ああ、ジーザス、ドレイヴン—」

年老いたコンドラキはうなるように言い、たった1人の本当の家族を脇の下の支えにし、比較的容易そうに上体を起こした。父の飲酒習慣が悪化したため、父が自分の嘔吐物によって窒息してしまうかもしれないという彼の息子の根本的な恐れは年々高まっていた。実現し得ると考えたことも無かった。彼は依然としてかすかに笑っていた。素面の時にドレイヴンが聞くような笑い声ではなかった。彼は父が着ているコロンビアのトレーナーの下で骨が突き出ているのを感じることができ、体重が減るとアルコールが強く堪えるようになると聞いたことを思い出した。彼は父親が現在1日半分の食事でどのように持ちこたえているのかを考えずにはいられなかった。ウォッカは彼が恐れているものを悪循環にしていた。ドレイヴンは顔をしかめた。

「面白くなんてない。」

彼は父親が机にもたれてある程度安定した姿勢でいることを確認し、堅いタイルの上にあぐらをかいて座った。

「まじめな話、これは本当に悪いよ。」

「なんてこった、大変だ!」

ベンは大笑いする。

「大変だ!驚い—畜生、クソみてえな海軍の息子を持ったもんだ—」

彼の父親は、強調するために左肩に縛りつけられた一握りのケブラーを掴む。ドレイヴンは彼の手首を掴み、押し退ける。彼は動揺していた。

「父さん、俺は本気で言ってるんだよ。」

更に笑う。ドレイヴンは呆れた表情をし、立ち上がった。

「最後に食べたのはいつ?」

彼の父は答えない、依然として笑っている。

「父さん!」

ドレイヴンは父に向かって声を荒らげるのは嫌いだったが、そうするほかなかった。男は彼を怒らせた。

年老いたコンドラキはぜいぜいと息を切らす、目には涙が浮かんでいた。

「…クソッタレ…ガキ、何か問題あるか?」

ドレイヴンはかがみ込み、彼の腕を脇の下に引っ掛け、怒って上に引っ張りあげた。父は大声で悪態をつき、息子に半分持ち上げられる前に足場を得ようともがいた。彼は父を部屋の隅に鎮座する、緑色の折り畳み式のビニールベッドに引きずっていき、投げ落とす。彼は過去の言葉に怒っている。そして父が再び笑い出すと、沸き起こる衝動を抑えなければなかった。平手を張り、体を揺さぶって、叫びたかった。俺はいつの日かこんな風になったあんたを見つけても、起こすことが出来ないのが怖いんだ。それをよく考え、代わりに父の靴を脱がせることに注意を向けた。

「そうだな、」

彼は食いしばった歯越しに小さく呟く。

「ああ、俺はあんたがひもじい思いをするのは問題だと思う。」

彼の父はベッドに戻る。笑いでベッドの柵が揺れ、ドアがカチッと開く。

ほんの一瞬、ドレイヴンは自分がやるべきではないものに巻き込まれたかのように感じる。誰かがこの状態の父を見るのを恐れる、多分、多くの人がさまざまな段階にある父を見ていることを考えると皮肉だろう。そして彼は父の靴紐の結び目の下に指をうずめる。同時に彼の父は酔って「ジェームズ!」と叫び、出入口の近くにいた彼の恋人を驚かせる。

「クソ!ギリギリ間に合ったか。こいつは俺を寝かしつけている、俺がどっからどうみても自分を大事に出来ない、老いぼれたちっぽけなクズだからだ。」

ドレイヴンは父の左の靴を脱がせ、部屋を見渡した。

ジェームズは彼より少し背が低く、ひげは綺麗に剃られ、短髪で、共感的な笑みを浮かべている。ドレイヴンが実験室の外で彼を待っていたのは、この種の危険な魅力からだった。彼は南棟の研究室の外に立つためにシフトBの防護任務につこうとした。白衣を着た彼が電子顕微鏡と共に、薄い眼鏡を鼻に押し上げ、別の論文を発表し、防護服を着て働いている様子が見える場所だ。彼はめったに望みを叶えたことはなかった。彼の障害は低かったか? イエスと言う人もいる。ジェームズは望みを失った学者であり、内向的だったが、誰かの注意を引くために恥ずかしい思いをしたのは初めてだった。彼の父はそれに気づき、彼が勇気を出してデートに誘うまでからかった。そして2年後、彼らはここにいた。ドレイヴンの意見ではこれは奇跡だった。自分のリーグから抜け出す方法を誰かに尋ねて、いつもかっこよく見えていたという理由で驚きの反応を得るようなものだ。彼らの関係を正確に説明していた。

ドレイヴンは恋人と目線を交し、こわばった笑顔で気持ちを通わせる。父の左の靴が印象的に床に落ちる、ベッドの上の男は酔っていた、いつものように。彼は死んでしまうかもしれない、いつものように。彼は疲れている、毎回これをしなければならないことにうんざりしていて、その夜遅く午前1時に冷たいカフェテリアの食べ物を食べながら広範囲に渡って喚き散らすのを繰り返すことになる。白衣を着たジェームズは、戦術的ベストを着た、生き生きとしたドレイヴンが父のことを喚き散らすを見ている。彼がいかにして助けを求めていたか、時には彼が本当にひどい怪我をしたり、夜に病気になっても誰にも見つけられないように感じていたら、もし彼が死んだら、ジェームズ、もし彼が死んだら?

ジェームズはヒントを得て、彼の後ろのドアを閉める。彼がそれをしている間、ベンはうめき、再び笑う。

「ジェームズ…クソが…ジェームズ!」

彼の恋人は振り返ってベッドに向かう。ドレイヴンは悪いけど、彼は本気で言っている訳じゃないと言い、彼を一瞥した。そしてもう片方の靴を脱がせ始める。年老いたコンドラキは、事務処理の机を片手でゆっくりと指し示した。

「あそこのボトルを取ってくれねえか?」

「うん。今夜はもう十分だと思いますよ、管理官。」

はっきりと、低い声でジェームズは言う。ドレイヴンはそんな声を研究発表以外で聞いたことが無かった。アルコール中毒の父は彼の発作の1つで酷く苦しんでいた。

管理官…

上擦った声でコンドラキは嘲笑う。彼はすぐに笑いへと誘われる。ドレイヴンは彼の右のスニーカーを床に落とし、彼の方を申し訳なさそうに見る。だがジェームズは、彼らと一緒に居たたったの2年間で、発作を起こしている彼の父を見たことが何度か確かにあった。彼は酔うことの恥ずかしさやぶらぶらほっつき歩くことに鈍感だった。ジェームズは机の近くを歩き回り、ずらりと並んだコーヒーマグの中から最も綺麗なものを見つけ、廊下に向かう。ドレイヴンはベッドから起き上がり、ベッドの前に移動する。

「いい加減にしてくれよ。ほら、起きて。」

彼は父がこれに従わないであろうことを知っているため、既に腕を父の肩の下にいれて押し上げていた。半分ほど引っ張り上げ、嘔吐物で窒息しないよう可能な限り座ったり寝かせたりしないようにする。そして、肩の下に枕を乱暴に押し込んだ。彼の父は気にもせず、笑うことに夢中になっている。ドレイヴンは父のぶ厚い眼鏡の両側をそっと持ち、顔から引っぱり抜く。ひびの入ったフレームを折り畳み、ベッドの隣のナイトテーブルに置いた。彼の父が書類作業をする際に傾き机に近づいていることや、携帯電話のフォントサイズから判断すると、新しい処方箋が必要だ。近年彼が手放した物の長いリストの中の、弾丸をもう1つ。

それでもあんたには書く時間があった、ドレイヴンは考える。彼の机の上にある、明らかに事務書類ではないものに目を向けた。筆記体でいっぱいの、螺旋綴じのノート。著者の酔った度合いが変化するとより危険な場所になる。執筆は彼の父が英語とポーランド語の両方で、帳面の焼き付けから出版まで、いつもしてきたことだった。さまざまなジャンル、長さ、機密の度合いで書かれていた。彼は過去3、4年ほどの間何も出版していない。ドレイヴンはその理由を想像できた。 酔って気絶している間、出版社に何かを納品するのは難しい。

「ベン。」

ドレイヴンがベッドの横にひざまずいていたところから、肩越しに再びジェームズがいた。

「これ。」

「ウォッカか。」

低い声でコンドラキはうなる。先程の雰囲気とはうってかわっていた。ドレイヴンはウォーターサーバーの水道水が入ったコーヒーカップを感謝しながらジェームズから受け取り、父親の手に押し付けた。

「しっかり握って。」

ドレイヴンの返答は冷たく、冷酷だった。

「飲んで。」

「今夜は何?」

ジェームズは小声で囁き、少し前に出た。ドレイヴンは彼に手で優しく触れ、押し戻す。彼の父がコップ一杯の水で誰かを窒息させようとするなら、彼はむしろそうしたいだろう。

「バーボンだな、俺が思うに、少なくとも。」

ドレイヴンがぶつぶつと呟く。コンドラキの指はカップを包み込み、他の何よりも馴染みのないコーヒーマグの決まった位置に滑り込む。

「辛かった?」

「良い日なんていつあった?」

ドレイヴンは答える、どうにもならない諦めの感情の片鱗が声色に出ていた。

彼の父は嫌悪感を抱きながらコーヒーカップの中を見た。

「…これはウォッカじゃねえな、ガキ。」

不明瞭な声で彼は言った。

「コーヒーの方がマシだ。」

「どっちも必要ないと思うけど、父さん。」

ドレイヴンが応えた。

「人生の貴重な教訓はな、気まぐれな時間にコーヒーを作ることで学べるんだよ。」

「そうだね、知ってる。」

ドレイヴンはうんざりしながら返事をする。

「だけど父さんはよく眠らないと。」

彼の父は子供のようにふるまうことは決してないため、すねて憤慨した。一瞬ドレイヴンは彼がそれを捨ててしまうのではないかと恐れるが、彼は唇に近づけ高慢な態度でそれを飲んだ。ジェームズは自身が安心からため息をついたのを感じた。彼は恋人の肩甲骨にそっと触れ、自分を大切にする必要があると、これ以上彼に言わないでくれよ。彼は耳を貸さないし、彼を目覚めさせ続けるだけだから。そして、ドレイヴンは無力に彼を見る。他に俺に何が出来る?今以上に彼を悪化させろと言うのか?

彼の父は水を飲み終え、手を伸ばしてナイトテーブルにカップを置こうとする。だが計算を間違え、代わりに側面にぶつけてしまう。息子はそれを彼から受け取り、父が意図した場所に置く。

「眼鏡が無い。」

彼の父が言う。ドレイヴンは弱々しく笑う。

「本当に、寝た方が良いよ。」

彼の父は目を芝居がかったように白黒させ、ベッドの上の枕に身を任せるようにもたれた。

「わーった、分かったよ。」

彼は怒りながら言うと、ベッドの横に投げられたフリースの毛布を手探りし、ドレイヴンは立って彼を制止する。

「父さん。」

彼は言った。

「ジャケット。」

「何?」

「父さんの…ほら。」

ドレイヴンはため息をつき、古いポリエステル製のジャージのジッパーを開ける。彼のコロンビアジャケットは若き日のドレイヴンが着ていたものと同じだ。濃い緑色は今やほんのわずかに色褪せている。もう彼には合わない。彼の父親は、母親が去る前に持っていた他の何よりも重い定義の多くを失った。貧しい生活がアルコールの消費を余儀なくさせた。彼の父は自身に十分な同調ができていないため、彼がぎこちなく服を脱ぐのに手を貸す。そしてドレイヴンは身にまとった緑色の布地を腕の下に入れ、ベッドの端に投げる。ジェームズはこの舞踏を初めて見たときと同じ尊敬の念を持って見ている。二人ともステップを知っている。靴を脱ぎ、メガネを外し、ジャケットを脱ぎ、水を飲み、寝る。チェック、チェック、チェック、チェック、チェック。

最近彼らはこれを頻繁に行っていた。

年老いたコンドラキは毛布をぼんやりと持ち上げ、準備ができたとドレイヴンが思うと、ランプの下を手探りして明かりを消す。ジェームズはこの繊細な家族の儀式の中で場違いに感じ、恋人の父が手を振って合図したおおまかな方向に従って最初にオフィスを出ていった。ドレイヴンは出入口まで歩いて行き、電話で時間を確認する。父はおそらく数日前から起きていたと思うから、悪夢から目覚めなければ、少なくとも5時間はしっかりと休んでいる。考えられない程の量のアルコールが彼の体内にある。

「おい。」

父の声だった、ドレイヴンは振り向きたくなかったが振り向いた。そして、ため息をついて言った。

「なに?」

「…ちょっとだけ、ここに来てくれ。」

返事が返ってくる。彼は後ろのジェームズを見た。

「そうだな。ほんの少し…廊下で待っててくれないか。」

ドレイヴンが言う。

「本気かい?」

彼の父親の暴力的な傾向を考えると、彼の恋人の声色は心配そうであった。ドレイヴンは頷いた。

「大丈夫だよ。すぐに戻る。」

ジェームズがそれに応じて頷き廊下に歩いていくと、ドレイヴンは振り返って彼の後ろのドアを静かに閉じた。

「…何の用?俺はここにいるよ。」

彼の父はランプの光で目をこすっている。彼は机から差し込むランプの光に疲れ果てているように見える。一瞬ドレイヴンは心配事の圧倒的な増加を感じる。今夜はいつもの舞踏と何かが違うようだ。

「…少しだけ、こっちに来てくれ。」

彼の父は言う。最早彼の声に笑いはまじっていない。ドレイヴンはベッドの縁に腰掛け、ランプを付ける。

「…うん?」

彼は尋ねる、躊躇いがちに。

年老いたコンドラキは部屋の向こう側にある何かに目を向ける、特に何も無い。

「お前は本当に良い子だ。」

彼はついに言った、ドレイヴンは言う以外の反応が出来なかった。

「あんたは本当に良い父親だよ。」

ベンは微笑みながら唇を伸ばした、目は依然としてドレイヴンの向こうの何かを見つめていた。

「ああ、分かったよ。嘘を言うんじゃない。」

「俺は嘘なんて言ってない」

父親は首をわずかに振り、白髪が首の後ろを擦る。

「ジェームズは。」

彼はため息まじりに言う。

「彼はいい奴だ。」

ドレイヴンは話題の変化に混乱したが、そのまま続けた。彼の父は心配しているようにも安心しているようにも見える。

「ああ。あいつは本当に良い奴だよ。」

「彼はお前の面倒を見るようになるだろうな。」

彼の父は落ち着いた声で答えた。

「いや、もう既にやっているな。だが、これからもそうするだろう、分かるか?」

「…うん?」

ドレイヴンは肯定する、混乱していた。

「そして、お前も彼の面倒を見るようになるだろう。」

「うん。」

ドレイヴンは言う。

「そうだな、やってみるよ。」

彼の父はため息をつき、ブランケットを下にずらした。

「良い事だ。」

「…俺は父さんの面倒も見るよ、分かってるだろ。」

彼は言った。

「同じやり方でさ。」

コンドラキは頷き、再びうっすらと笑みを浮かべた。

「もうやってくれてるだろ。知ってるよ、ガキンチョ。」

彼らは暫くの間静かに座っていた、ドレイヴンは父を見つめ、彼の父は天井を見つめていた。彼が心配していないと言ったら嘘になるだろう。

「なあ、俺はお前が彼と結婚しても気にしない。その、もしお前がそうなりたいんならな。ただ俺は…本当に、本当にお前が誰と結婚しようが、結婚しなかろうが、大丈夫だ。俺は平気だ、そうだろう?」

「父さんは俺をジェームズと結婚させようとしているのか?」

ドレイヴンは混乱して眉を上げた。

「今までの話は全部これを聞くためだったのか?」

彼の父は息を吐いた。依然として彼は天井を見つめていた。

「いいや、違う。俺はただ、いや、分からねえ、ただ俺はお前が何をしようが…大丈夫だと知らせたかったんだ。お前がどう生きようと。何がお前を幸せにしようと。」

ドレイヴンの感情は心配へと変わった。

「父さん、俺は…」

ベンは急に彼の手首を掴み、彼の目を見つめた。

「何がお前を幸せにしようと、だ。オーケー?それと…善人になれ。」

彼の口調は恐ろしいほど真面目だった、腕を強く掴んでいる。

「うん?」

「…父さん…」

「約束してくれ。」

ドレイヴンは動きを止め、父親の口調の誠実さと束縛の両方に混乱した。

「…何を約束するのさ?」

「…分からない。だが、お前は…俺みたいにはならないだろう、そうだよな?どう思うんだ。」

彼の父は無理矢理笑い声をあげた。

「ただ…俺みたいにはなるな。決して。俺がやったことを繰り返すな。これが俺が言いたいことなんだと思うよ。」

「父さん。」

コンドラキには息子がどれだけ成長したかを信じることができなかった。自分のような黒い巻き毛に、綺麗にそられた髭。緑色の目。彼の名前が示された戦術的装備。

「…大丈夫なの?」

彼は笑った。

「俺は大丈夫だ、ドレイヴン。」

「いや、俺は本気で言ってるんだ。必要ならここに泊まる。それか父さんを家に連れて行って、ただ一緒に夜を過ごすことだってできるからな?」

彼の息子の声は、薄いベールに包まれた心配と、愛、保護、献身の気持ちでさえ満たされていた。コンドラキは息子が愚かな人間の袋に金をつぎ込んでさえいなかったら感動していただろう。彼は頭を振り、ブランケットを見下ろした。

「いいや、大丈夫だ。ただ疲れただけさ。」

彼は再び、無理矢理笑った。

「きっとバーボンのせいだ。」

彼の息子の視線は彼を捕らえたまま、切り裂いた。生まれた時と違いは無かった。ベンは彼の手首を放した。

「ああ、もう遅いぞ。俺はただ。これを伝えたかっただけだ、多分な。」

ベンは上の空で手を振り、胸の上に置いた。

「クソ野郎にだけはなるな。これはあんたの人生の教訓だ。」

ドレイヴンは動きを止め、次の言葉を待った。それらが無かった時、彼は暗いオフィスに立っていた。彼は父と同じ身長で、父より賢く、父より良い人間だった。コンドラキには他の方法は無かった。

「さてと、そうだな。」

ドレイヴンはタクティカルベルトの留め具に親指を引っ掛けた。

「何か必要だったら俺を呼んで、分かった?」

「ああ、分かったよ。」

コンドラキはもう用は無いと言わんばかりに手を振った。

「いつものように…」

「父さん。」

ドレイヴンは再び真剣な口調になった。

「愛してる。」

コンドラキは微笑まずにはいられなかった。

「ああ。俺も愛してるよ、ガキンチョ。」

彼は応えた。

「いつまでも。」

ドレイヴンはドアの所に行き、廊下の蛍光灯の光が漏れるようにドアを開けた。コンドラキが見たもの、それは出入口に佇む息子の姿だった、息子の影が地面の上にあった。

Night。」

ドレイヴンは言い、手をドアノブに掛けた。彼には後ろに控え、携帯でメールを打っているジェームズが見えた。彼は今は大切にされている。

夜警Night trooper。」

コンドラキは上の空で返事をした。まるで夢のようだ。ドレイヴンがドアを閉めた時、彼は独りだった。たちまち彼は自分が独りであるという事実に気づいた。だが彼は待った。廊下を下っていく彼らが行ってしまうまで待った。そして彼は外に誰も居なくなるまで待った。その時彼はベッドから起き上がり、机から支給品のピストルを取り戻した。彼はいつもやってきたように弾を込め、口蓋に銃口を押し当てた。それはほんの数秒で終わり、後には何も残らなかった。


2

夜も明けぬ頃に来たため、ドレイヴンはそこに横たわっている彼を見つけた。

彼は午前1時に起き、Tシャツとジーンズを身にまとい、彼の様子を見に出かけた。スニーカーを履き、音を立てながら、タイルの上を、サイトを横切って歩いて行く。彼はこの頃いつも父の様子を見に行っていた。何故なら神のみぞ知るから、怖かったから、無事であることを確認し医者を呼ぶ必要は無いと確信したかったから、小便をするため午前1時に目を覚ました時、頭の中にガンガンと声が響いていたから、父さんの様子を見ろ、父さんの様子を見ろ、父さんの様子を見ろ。

彼はベッドに残してきた父がそこに居ないのを見た、そして彼は最初父が嘔吐に間に合うようにトイレに行ったのではないかと希望に満ちた考えを抱いた。彼がそこに行って転倒していないことを確認する必要がある場合、彼の2番目の反応はそれを直すことだった。彼は父の体を見て、考える、まだあんたを救える。彼は電気をつけなかった。

彼の父の頭は吹き飛んでいたが、彼は脈拍を確認し、再度脈拍を確認した。何もかもを確認した。その時彼は何も直そうとしなかった。

彼は小さな血の海に膝まずき、脳の欠片を掴み始めた。何故なら今や彼の脳が父さんを直せ、父さんを直せ、いつものように元に戻すんだと繰り返しているからだ。そして、彼は震える手の内にある一度集めた骨と肉で何が出来るか分からなかった。愚かにも、酩酊状態で、彼はそれらを戻そうとする。父の頭の後ろをぐちゃぐちゃに押し込み、かすかなランプの灯りの中で目を瞬く。父さんを直せ、父さんを直せ、いつもやっているように一緒に戻すんだ。どの骨や肉も正しく頭に収まらない、そのため彼は再び脈拍を確認した。親指と人差し指が冷たい体に血の跡を残す、父さんを直せ、脈は無かった。彼は十分に確認していない。

彼を転がし、揺さぶる。心肺蘇生法のやり方が思い出せない、まるで脳の回路がショートしているかのように感じる。そして結局、彼は父の胸を惨状の中からすくい上げ、抱きしめた。父さんを直せ、直すんだお願いだから、父の頭から出た淀んだ血が腕に滴り落ち、体にシャツを貼り付けてもなお彼は言う。父さん、父さんを直すんだ、直さなければならない。彼は今こそ電話を使う時だと考え、医療チームに繋いだ。彼らは彼に何があったのですか?と尋ね、ドレイヴンは自分を撃ったんですと答えた。どこを撃ったんです?と彼らが尋ねると、頭の中ですと答えた。彼はただ、父さんを助けてくれますか?父さんは助かるんですか?と言った。いいえ、それ以降彼らは応答しなかった。血色の手形が電話とそのボタンに遺されていた。父さんを治せ、父さんを治せ、大丈夫だ、父さんは絶対元気になるさ

父さんはいつだって元気になるさ、彼は考えた。午前2時、父の血に塗れた病院の待合室で座り込みながら。父さんはいつだって元気になるさ。ジェームズは彼を見た、彼の頬を伝って流れ落ちる涙がちらりと見えた。ドレイヴンは泣いていなかったが、ジェームズはむせび泣いていた。ドレイヴンは何の感情も抱いていなかった。父さんは絶対に元気になるさ。ジェームズは彼の隣に座った。肌と服に付いた血液は乾きかけていた。看護師がジェームズと会話する。ジェームズは彼に話しかけた。ジェームズは落ち着きを取り戻し、泣き止んだ。彼らは会話を続けた。ドレイヴンは1時間前父が運ばれていったドアを呆然と見つめていた。父さんは絶対大丈夫。

2時間が経過し、ドレイヴンは体の震えを感じていた。ジェームズは彼に大丈夫かと尋ねたが、彼は辛うじて話せる程度だった。ジェームズは看護師に話しかけた後、彼に問いかけた、ハニー、君の手の中のそれは何だい?。彼はただ一言、父さん、とだけ言った。他に何を言うべきか分からず、混乱と痺れと悲嘆でいっぱいだったからである。ジェームズはすぐに息を詰まらせ、再び看護師に話しかけると、医療用のゴミ袋を引っ張ってきた。

「これは何のためのものだ?」

彼は口ごもった。ジェームズは彼の隣に座り、両手で彼の左手を包み込んでゴミ袋の上に持って行った。ドレイヴンは4時間前から怒りからではなく、やむを得ず拳を握りしめていた。彼は何故なのか思い出せず、これで戦うには小さすぎると感じていた。

「オーケー。一緒にやろう、いいね?」

ドレイヴンが彼を見た、屈辱感と不信感のこもった目で。だが彼が何か返事をする前に、彼の恋人は続けた。

「3つ数えるからね。いち、にい、さん—」

ジェームズは自身の指をドレイヴンの指の間に押し込み、引き剥がした—人差し指、小指、中指、薬指、親指、握り締めていたことにより出来た半月状の傷と出血が、長く、しっかりとできていた。彼の手の中には縮れた灰色の髪と頭皮の塊があった。自殺した父親の手のひらに、固まった血とともに貼り付いていたそれは彼が何時間もの間必死に掴もうとしていたものだった。

ドレイヴンは目の前のグロテスクな光景に反応することができず、我を忘れて呆気に取られた。後で起こることだが、病院の出来事をある程度はっきり思い出すことができるようになった彼の恋人は、誰かに期待される以上に、愛ゆえに、ドレイヴンには決して想像することができない、理解の及ばない動機により、彼のために多くのことをした。恐怖のうちに呆然と座っているドレイヴンの肌から、丁寧に、愛情をもって、それを剥がし、半透明の赤い袋の中に落とした。その後、彼の恋人の掌の上で固まった血の池を泳いでいた、残された銀色の毛束を引き剥がし、人差し指と中指の間に鎮座する小さな骨の欠片をつまみ、取り除いた。洗面所の方に視線を投げかけると、どういうわけか、見えない力に引かれるようにドレイヴンはそちらに歩いていく。暖かい水の下で手を押さえ、親指を使って、恋人の手にこびり付いた血の膜を削ぎ落としていく。爪の下や指の間も同じようにしようとしたが、着色剤のようにあまりにも深く染み込んでおり、出来なかった。ドレイヴンが正気を取り戻し、何かを口ごもって言い始めても、シンクが赤色に染まっていく様を見て何も反応しなくても、彼が父親の皮膚を、髪を、骨と肉をまさにこの瞬間持っているという事実を理解できなくても、言葉を発することが出来なくても、ジェームズは行為を続けた。そして水を止めた時、彼は気を失ったドレイヴンを辛うじて抱きとめた。


3

ジェームズ。

ジェームズは診断室で拳を握り締めていて、医者と話していた。その後ジェームズがドレイヴンを家に連れて帰る最中、風が吹き荒れており、彼はジェームズの上着を血のついた服の上から羽織っていた。ジェームズの野暮ったい緑色のサターンの助手席で、彼は腕をぴったりとくっつけていた。ジェームズのお気に入りのジャケットを着ているという事実が彼を苦しめていた。まだ何かが彼に、彼の体に残っているような気がしたからだ。そして、彼はジェームズの家に、シャワールームの中にいた。彼はジェームズと一緒にシャワーを浴びていたに違いない。ジェームズは限界に達し叫び始めたドレイヴンの、むき出しの肩から血を洗い流すのを手伝っていた。

彼はジェームズの腕の中に、家の中に、シャワールームの中に立っていて、叫んでいた。なぜ自分が叫んでいるのか彼はよく分からなかった。ジェームズはそこにいて、優しい声で何かを言った。彼はジェームズを揺さぶって言いたかった。ジェームズ、何かあったんだ、ジェームズ、ジェームズ。そして彼はそうした。ジェームズは先程と同じように何かを言った。ドレイヴンは叫んだ。ジェームズ、父さんが。ジェームズは何かを付け加えて言い、ドレイヴンは言った。ジェームズ、ジェームズ、父さんが。彼の精神が処理できる容量を超える何かが彼に起こったため、彼の胸は内に締め付けられた。ジェームズ、父さんに何かあったんだ。ジェームズは彼をシャワーの雨の中に座らせ、水を止めた。ジェームズ、ジェームズ、ジェームズ。全てがジェームズで、手の届かないものであった。父さんが、俺の父さんが。ジェームズは彼の髪から水を絞り出し、言った。分かってるよ、大丈夫、大丈夫だから。ジェームズは言った。僕はここにいるよ。ジェームズは言った。大丈夫だからね。ジェームズは言った。綺麗な服に着替えようか。ドレイヴンはジェームズの服を着て、ジェームズのベッドの中に入った。彼は座り、いたずらにジェームズにもたれかかった。他にもたれるところが無かったからだ。

彼はあんたの面倒を良く見てくれるだろうよ。

ジェームズはドレイヴンの肩甲骨の間を撫で、言葉を呟いた。特に意味は無かった。彼はショックで呆然としていた。6時間前、床の上の父を見つけてから、全ての力が奪い去られてしまったようだ。雨は窓ガラスを優しく叩き、ドレイヴンがショックから解放され微睡み始めたちょうどその時、夜が明けた。


4

父の肖像(A portrait of your father):

(これは君がとても、とても幼かった頃の記憶だ)

彼だ—君の父さんだ。彼はオフィスの机の後ろに立っているが、君とは反対の方向を向いている。動き回る度に彼を繋ぎ止める、らせん状のコードに繋がれた固定電話で話をしている。彼は前後に歩き回っていて、行ったり来たり、ポーランド語で、英語で、再びポーランド語で喋りながらコードを指で弄んでいる。

彼は君が会った中で1番聡明な男だった、彼の読む本は分厚かったからだ。彼は君がまだ小さく、父と話すことができないから君の写真をたくさん撮り、君は恥ずかしいと感じる。そして君は彼の最高の被写体であり、彼のお気に入りであり、君は彼が世界で最もクールな仕事をしていると思っている。父さんと母さん。彼らはいつも夜に家に帰り、いつも彼を愛していると言った。彼の父は酒飲みではなかった。

彼は1日に2つ、白とピンクのカプセルを食事とともに服用する。彼の仕事用の鞄の中にある、白い蓋付きのオレンジ色の瓶にそれらは入っている。処方箋はポーランド語と英語の両方で書かれていた。君は彼の心を動かす為にそれを大きな声で読むことが許されているけど、開けたり中のものに触ったりするのは禁止されている。どの道君には開けられない。父さんはすごいんだ。

父さんは時々ぶつぶつと悪態をつくが、母さんには言わないよう君と約束する。父さんは読書したり、本を書いたり、毎晩君に本を読み聞かせることが好きだ。父さんは前に君が名前を言ったにも関わらず、君のことを翼を用いて『子孫』や『子ども』と呼ぶ蝶々達を見せに君を連れていく。父さん。父さん。父さん。父さんが一番大切で、何もかも上手くいっていた。君が5歳の頃、立っている彼の前にある机は、君が25歳の頃、死んだ彼の前にある机と同じだった。

父さんは電話をしていて、薬を飲んでいた。


5

ジェームズは寝ていない。

彼は眠る恋人を見ていた、そう。外から入り込む淡い光の中で、胸が上がり、そして下がる。雨粒が彼の肌に影を落としている。彼は眠れなかった。

ジェームズは数時間、泣いたり泣き止んだりを繰り返した。悲嘆と、混乱と、恋人への心配の間を揺れ動いている。何回か、彼はドレイヴンを起こしてしまうのではないかと恐れた。だが彼は夢も見ない程深く眠っており、起きることはなかった。医師が緊急救命室の中でドレイヴンに与えた多量の睡眠薬をジェームズが押し砕き、水に混ぜて彼に飲ませたからだ。もし彼が身体機能に影響をきたす程の恐怖やショックを感じていなかったら、一瞬のうちに薬を飲まされていると気づいただろう。ドレイヴンは、震える手で、青白い顔に涙を浮かべながら、ジェームズのピンク・フロイドのシャツとズボンを着て、ベッドに腰掛けながら、それを飲んだ。午前3時、爪の下に血がついた彼を見たときよりも、彼は小さく見えた。

そして、6時に起き、ブラックコーヒーを飲みながらキッチンの窓に当たる雨を眺めていたジェームズはドレイヴンの母からかかってきた電話に応えていた。 昨夜、冷たく悲しい深い霧の中で投げ捨てられた、キッチンカウンターの上のiPhoneが鳴り始めた時、彼の恋人がまだベッドの中で気を失っていたからだ。彼は恋人宛の電話には出たことは無かったし、そうしようともしなかっただろう。それをひっくり返し、スクリーンに映し出された『母さん』の文字を見るまでは。彼女がどれ程ドレイヴンを心配しているのか、ドレイヴンの精神状態は数日間、彼女に電話をかけ直せるほどには回復しないだろう、ジェームズはそう推測した。

そのため彼はそれを持ち上げた。

「もしもし?」

『ドレイヴン?』

ドレイヴンの母に、彼は1年前1度会ったきりであった。彼は彼女が覚えてくれていることを望んだ。

『そこにいるの?』

「ジェームズです。」

彼は愚かにもそう言ったが、すぐに訂正した。

「あー、すみません。ドレイヴンの恋人です。」

『あの子は大丈夫なの?』

彼女の声はか細く、不安げだった。

『そこにいるの?話しても良いかしら?』

「彼は大丈夫です。今は別の部屋で眠っています、家に連れて帰って体を綺麗にしました。病院で念入りに検査されました。」

『あの子は—彼はどんな感じ?我慢はしてない?彼、見つけたって聞いた—』

「ええ。彼は…あまり気分が良くないようです、でも今は休んでいます。彼は大丈夫だと思います。」

ジェームズは、緊急救命室の中に歩いて行き、そこに座っている、父親の血にまみれ、父親の頭皮を握り締めている彼の恋人を見つけた時のことを思い出し、唾を飲んだ。

『お願い、あの子と喋らせて。』

「コンドラキさん-」

彼の言葉は薄れていった、ドレイヴンの母の正式な名前に自信がなかったのだ。

「ええと、アリス—」

『ジェームズ。』

彼女は静かに言った。

『お願い。』

「彼は眠って—」

『ジェームズ。我が子と話させてちょうだい。』

ジェームズはコーヒーカップをカウンターの上に置き、片手で髪を梳いた。

「分かりました。その…彼を起こせるか見てきます。ただ医師がいくつか睡眠薬を処方したので、起きないかもしれません。」

『構わないわ。』

彼女は言った。

『長くならないようにするわ。仕事は休みよね?』

ああ、そうです。」

ジェームズは返答し、開けたままにしておいた寝室のドアに歩いていく。中は暗かった。

「はい。数日間電話をかけあいましたが、彼の様子を見ようと思いました。彼が回復するまで数週間はかかるだろうと考えていますが、一度に一歩ずつ踏み出し、橋を渡ろうと思っています。」

電話の向こうで、アリスがため息をついたのが聞こえた。

『分かったわ。ええ…それで大丈夫よ。彼はただ—起きれるのか—』

「彼は絶対に大丈夫です。僕も同じです。」

ドアの前でぐずぐずしながら彼は言った。

「ええと、少し時間をくれませんか。起こせるかどうか見てきます。」

電話の向こうでアリスが返事をしたのを彼は聞いた。だが部屋に入り込む際、携帯は既に胸に押し付けられていた。

ドレイヴンはベッドの端で胎児のように丸まっており、枕の上の髪はぐちゃぐちゃになっていた。彼の呼吸に合わせてブランケットが上下する。ジェームズはいつも2番目にベッドに入る時のように、ゆっくりとベッドの端に歩いて行き、彼を腕で優しく揺すった。

「ドレイヴン。」

彼は囁いた。

「ドレイヴン、ハニー。起きて。」

ドレイヴンはぐっすりと眠り続けている。ジェームズはため息をつき、携帯電話を持っていない方の手を彼の背中に置き、首から上に撫で、細く黒い巻き毛の中に指を差し入れた。

「ドレイヴン。」

恋人の目がまぶたの下でわずかに動くのが見える。ふたたび彼は肩を揺すった。

「ドレイヴン、ねえ。」


6

父の肖像(A portrait of your father):

カセットプレイヤーからはジョニー・キャッシュの歌が流れており、彼は車を走らせている。彼は暗い緑色のコロンビアのジャケットに身を包んでおり、開いたジッパーからは色あせたTシャツが見える。ジャケットとジーンズ、スニーカーと眼鏡は今の彼が身につけているものとは違うものであった。彼のカメラは発売されてから数年経ったニコンのモデルであり、端はすり減っていた。だが彼の父は『愛するものは何であれ少しずつすり減っていくものだ、人も含めてな』とよく言っていた。

山の中、彼の父は窓を開け、曲のビートに合わせてハンドルを指で叩いている。 彼は、ドレイヴンが彼のオフィスのベビーベッドの上に横たわっているのを最後に見たときと比べ、どれだけ健康に育ったかを考えずにはいられない。毛むくじゃらで黒い髪、顔と肌の色、まるまるとしていた訳では無いが、そう見える。活発で、生き生きとしている。彼の父は旅が大好きだった。彼は外にいるのが大好きだった。彼は探検が大好きだった。

「父さん。」

彼は大きな声で言った、怒っていたからだ。ぼんやりとハミングしながら、彼の父は運転を続ける。部分的に書かれたストーリーや計画で彼の心は失われた。

「父さん!」

彼の父は一瞬、夢から覚めたかのようにはっと驚いたように見えた。しばらくの間、ドレイヴンは父親が前のように、どこからともなく銃を取りだし、何もかもを終わらせ、再び自殺してしまうかもしれないと考え、恐怖に襲われた。彼は父が返事をするとは考えてもいなかった。

だが彼は返事をした。

「何だ?何だ?」

彼の父がそう言った刹那、彼の感じていた恐怖は全て消え去った。それが紛れもなく父の声だったからだ。木のテノールのようで、優しく話すことが出来て、時には大きな声で、沢山の人々に伝えることが出来る。森の中、こだまになり、指令を出し、探検し、端まで行くと、瀬戸際を彷徨う。彼の体に合うような声ではないが、他の誰のものでもない。かつてそれは怒りの中で育まれていたが、まだ日常的にはなっていない。帽子が落ちただけで、しわがれた声で父が叫ぶ時がいつか来ると思うと、彼は落ち着かないような気持ちになった。カップホルダーの中にある予備のレンズキャップを指で叩いている。父さん。

彼が返事をする前に、男は車を走らせた。

「この自殺全てが、本当にあんたを動揺させているんだよ。分かってるのか?」

彼は言う。空は澄んでいた。牧草地には羊が放たれており、ジープの車輪が砂利道にぶつかり、埃が立ち上る。彼の父は頭を振り、ハンドルから片手を離した。

「はっ、分かってるのか、だって?俺は死んだ。だから何だ?」

「だから何?」

ドレイヴンは怒りの感情が自分の中で沸き立っているのを感じ、助手席からまっすぐ立ち上がった。

だから何だって?冗談も程々にしてくれよ。」

父さんは片眉を上げた。静寂の中、分厚い眼鏡越しに、熱を帯びた緑の目が息子を見つめた。

「聞いてるのか?別に構わないけれど。自己中な野郎の為に泣くのはもうおしまいだ。」

ドレイヴンはシートベルトを外した。

「車を寄せて。もう降りるから。」

君の父さんは車のスピードを上げていく。

「ああ。ちょっと、はは、こんなくだらないことを続ける気なのか?」

ドレイヴンは唸った。

「父さん-」

「何で俺が書き置きを遺さなかったのか、あんたには分かるだろ、ドレイヴン。」

彼の放った言葉はドレイヴンの動揺を鎮め、助手席で涙を堪えさせ、絶句させるのに十分だった。君の父さんは気にも留めず、指でハンドルを叩いている。少しだけスピードが速くなり、しきりに瀬戸際を彷徨い、月に近づき、空で燃える。太陽の近くに行き過ぎたのだ。

「あんたなんか大嫌いだ。」

ドレイヴンはついに言った。彼の目には涙が浮かんでおり、胃の中が燃えるように気持ち悪かった。

「大嫌いだ、あんたみたいな我儘な馬鹿野郎なんて。あんたが死んだ後、誰がどう思おうが気にしない。だから馬鹿げた書き置きを遺さなかった、そうなんだろ?あんたは—」

「はは、自分を罵ってるのか?」

彼の父の声はとてもはっきりしていて、ドレイヴンはまだ彼が生きているのではないかと、これが本当の記憶ではないかと、ジェームズが心配する中、眠りながら断続的にただ手足をばたつかせている訳ではないのではないかと、彼は錯覚した。

「一緒にいれたのに。」

ドレイヴンは自らの胸をかき抱いた。

「俺はいることができた。頼み込むことだってできた、あの晩あんたの気分があまり良くないことくらい分かりきっていた。家に連れて行って、医療チームか何か呼べば良かったのに、父さん、本当にごめん、ごめんよ—」

「—んで、あんたは俺に責められているとでも思ってるのか?」

「あんたが俺を責めようが責めまいが、そんなのはどうだっていい!」

父に声を荒らげた自分に彼は驚いたが、仕方が無いことだった。そしてああ、なんてことだ、彼は傷ついた、とても傷ついた。

「あんたは死んでいるんだ!二度と会えないはずだった!二度と話せないはずだった!あんたは オフィスで脳みそを吹き飛ばして、書き置きさえも遺さなかった、問題になったり、誰かが気にしたりなんてしないだろうと思っていたからだ!

「ドレイヴン。」

「あんたに何の問題があったって言うんだ!」

ドレイヴンは叫んだ。君の父さんは運転を続けた。ポーランドの田園風景が流れて行き、鳥はさえずり、世界は気にも留めない。ドレイヴンがそうしたように、彼の父を気にかけることなどしなかった。

どうして助けを呼ばなかったんだ!?どうして教えてくれなかったんだ!?どうして生きている間に俺に助けるチャンスをくれなかったんだ!?

「ドレイヴン。」

君の父さんはまた同じことを言った、だが声はより高く、優しく、感情がこもっていた。

「ふざけないでくれ!どうしてあんたは死ななければならなかったんだよ!?」

世界は、まるでトンネルを抜けたかのように崩壊した。そして、そこにはジェームズがいた。ドレイヴンを起こそうとして揺さぶっている。彼の目には心配の色が窺え、携帯電話が手に握られていた。

「…ジェームズ?」

彼の声には疲労が滲み出ていた。ジェームズは彼を起こしてしまったことを心から後悔した—寝かせておいてやれば良かった—だが、母と話すことは彼のストレスを和らげるだろうと彼は考えた。それか、さらに悪化させてしまうだろう。

「今何時?」

「ハニー、母さんから電話だよ。」

「母さん—」

ドレイヴンの目が僅かに広がった。ジェームズは再び罪の重さを感じ、恋人の経験している苦しみに同情して顔をしかめた。彼はドレイヴンに携帯電話を持たせた。ドレイヴンはそれを持ち、ベッドに寄りかかり、恐れながら尋ねた。

「…母さん?」

彼女が何を言っているのか彼には聞き取れなかったが、ドレイヴンの目には涙が浮かんできた。ジェームズはナイトテーブルのランプをつけた、薄い黄色の光がベッドへと注がれる。彼はベッドに腰掛けた。彼は元々プライバシーを尊重する質だが、恋人の頬を悲しげに流れ落ちる涙を見てしまい、立ち去ることが出来なかった。

「…ああ。俺は大丈夫だよ。」

ドレイヴンはゆっくり息を吐き、片手を目の上に置いた。

「俺は大丈夫だよ、母さん。」

彼は繰り返した。

「いや、俺はただ…彼の様子を見に行っただけだ、そうしたら彼は—」

こんなにも壊れやすそうなドレイヴンをジェームズは今まで見たことがなかった。だが彼には見えていた。今にも壊れてしまいそうな、父さんを直そうとしても直せなかった、激しい嗚咽の中に言葉が消え入ってしまったドレイヴンが。今や彼らしか家族がいないという事実にジェームズはショックを受け、胸を殴られたかのように感じた。

「…彼はただ…」

ドレイヴンは言葉を引き出そうとしたが、出来なかった。声は高く、掠れていた。ジェームズはこんな風に泣くドレイヴンを見たことがなかった、これから見ることも無いだろう。彼は携帯電話を掴み、なんとか上手くやってドレイヴンを止めたかった。だがドレイヴンにはこの電話が必要だと、何もかもを泣き叫び吐き出す相手が必要だと、彼は分かっていた。昨夜、シャワールームでジェームズに死の恐怖を感じさせたドレイヴンの悲鳴は彼が苦しみ、燃え尽き、恐れた結果そのものだった。今や彼は抜け殻のようだった。燃焼反応の後に残った燃えかすのようだった。

「…知らない、彼はただそこに—」

彼の母さんは電話の向こうで、ジェームズには分からない何かを話していた。ドレイヴンは静かに泣きじゃくっていた、歯が軋み、涙が手の後ろに流れ落ちていた。何をすべきか分からず、涙が目に溜まっていくのを感じながら、ジェームズは手を伸ばし、シーツの下に膝を見つけた。それはドレイヴンに静かな安心感を与えた。

ドレイヴンの呼吸が一瞬荒く、激しくなり、彼は落ち着こうとしたが、失敗した。彼は更に酷く泣きじゃくって体が苦しくなり、熱い涙が溢れるのを抑えようとしていた。

「…母さん、俺が居れば大丈夫だったのに…ごめん—」

母の声を聞いている間彼は黙っていた。

「大丈夫だって、言ってたんだ—俺は元気だって、母さん、俺は…」

彼は急にぜいぜいと息を荒らげた。

「俺は、知らなかった—」

「息を整えて、ベイブ。」

ジェームズは彼に囁いた。ドレイヴンは数回しゃくりあげた後、素早く息を吸ったため、彼に声が聞こえていることをジェームズは分かっていた。

「いや、彼は…」

ドレイヴンははっと息を呑んだ。

「…し、幸せそうだった、全部、話した時は本当に…」

彼は過呼吸になりかけていた。ジェームズは再び彼の膝を強く押し、落ち着かせようとした。

「…本当にいつもと変わらなくて—」

彼らがこの調子で会話を続けたのは10分間だけだったが、ジェームズには1時間程に感じられた。ドレイヴンは事ある毎に座ったり、パニックになったり、涙を堪えようとしたり、ジェームズを見たりした。彼は、ドレイヴンが常に母親や義理の父よりも父親と距離が近かったことを知っていた。父親が親権を取得し、彼を育てていたことを考慮するとそれは理にかなっていた。ドレイヴンはサイト17の子供だった。母はシベリアにいて、父はアルコール中毒だったがベストを尽くして彼を育てた。覆いの向こうに住んでいるという苦境にも関わらず、彼は問題なく育った。理想的では無かったにせよ、上手くいった。2人にとっては上手くいっていた。そして、それと共に彼らは親密になっていった。

ドレイヴンは通話を終えると、急に唾を飲み込み、携帯電話をブランケットの上に取り落とした。そして、彼は両手に顔を埋めた。

「ねえ。」

ジェームズはさらに近くに行き、肩に手を置いた。

「大丈夫だから、ね?きっと大丈夫だよ。」

ドレイヴンは深くため息をつき、引き攣った笑いを浮かべながら指で髪を梳いた。彼の目は赤く、顔色は悪かった。ジェームズはもっと早く彼を止めておけば良かったと、強い後悔の念に駆られた。

「ご、ごめん。取り乱してしまったみたいで。」

彼は涙を浮かべながら、口ごもって言った。

「あ、あまり、よ、良くないな。」

ジェームズは彼に明るく微笑みかけた。

「泣いたことを謝るのはもう少し我慢しなくちゃ。ねえ、ドレイヴン。まだ8時間しか経っていないんだから、仕方ないよ。」

彼の恋人は息を吸い、ゆっくりと吐いた。自身を落ち着かせようとしていた。

「…ふう。わ、分かった。俺は大丈夫だ。」

彼はもう一度、震えながら深く息を吐いた。

「俺は大丈夫。俺達は大丈夫。」

「泣くのは悪いことじゃないよ、分かってるでしょ?」

ドレイヴンは頷き、自身の巻き毛を押し撫でた。

「ああ。ああ、分かってる。ただ、疲れてただけだ、多分。」

「もう一度寝たいかい?」

突如、ドレイヴンは目を見開き、怯えながらナイトテーブルの上の時計を見た。

「なんてこった、待ってくれ、そんな。」

「往診を頼んだんだ。」

ジェームズは答えた。

「2、3日の間ね。1番良い方法だと思ったから。」

ドレイヴンは頷き、僅かに落ち着きを取り戻した。

「ああ。」

彼は腕を自分の周りに巻き付けたが、ジェームズの目に彼は小さくて脆い存在のように映り、そう思わずにはいられなかった。どんな状況下においても彼がケブラーや戦術装備を身につけていなかったように。

「…お、お前は大丈夫なのか?」

ドレイヴンは言った。

「ね…寝たのか?」

ジェームズは首を横に振り、ため息をついた。

「僕は—」

彼は『君の父さんが床に横たわっているのを見て君がどんな気持ちだったのか、どんな目で見なければならなかったのかを考えずにはいられなかった』と言いかけたが、やめた。

「…ううん、寝れてない。」

ドレイヴンは深いため息と共に彼を見た。まだ完全に落ち着くことは出来なかった。

「…寝てくれ。」

ジェームズは再び彼に笑いかけた。

「疲れていないんだ。」

「ジェームズ。」

ドレイヴンは泣きそうになりながら言った。

「頼むから。」

彼の笑顔は引き攣った。

彼がベッドに登り込んだ時、恋人は既に気を失っていた。薬と、感情面による極度の疲労が彼を寝かしつけたのだ。ジェームズは恋人がベッドに取り落とした携帯電話をナイトテーブルに置き、自分のを掴んだ。まだ眠れなかったが、ドレイヴンを心配したくなかった。

ロック画面に通知が表示され、彼は胸を強く握り、つかの間のパニックに陥った。

新しいサイト内連絡

彼はごくりと唾を飲み、ドレイヴンを見つめた。機動部隊員は現在彼のベッドで就寝中だ。彼は開く際、どうか収容違反ではありませんようにと神に祈った。彼が『サイト内連絡:コンドラキ管理官』と書かれた件名を読んだ時、彼は全く違う種類の恐怖に襲われた。何かが突然現実になった、疑う余地の無いものになったことに由来する、一種の恐怖だ。

各位、
きっとこの線に沿ったことを既に耳にしているだろう。物事というのはブドウの蔓のように速く広がるものだからだ。そして、短い話というのは、そうだ。コンドラキ管理官が亡くなった。本当に突然、今朝早く、非異常性の要因で。これはいくつかのことを意味している:

  1. 現在管理は不安定な状態にある:私は当面現場管理官に任命されたが、これは永続的なものでは無い。O5はすぐに役職の任命について連絡を寄越すだろうが、来週かそこらの間、私と他のレベル4の職員でサイトの作業は分担されるだろう。プロトコルに従って、コンドラキ管理官の名前は昨夜午前1時までに処理に提出された書類に署名される。Euclid、またはより低いレベルの緊急度で提出された書類は、新しいディレクターが任命され、宣誓されるまで保留される。これにより遅延が発生するだろう。 私たちは皆、冷静さを保ち、効率性に関して私たちと一緒に働くことを求めるだろうが、それでも今後数週間は面倒な事になるだろう。
  2. コンドラキ管理官の元で進行中だったプロジェクトやレポート作成は現在凍結中だ。君たちの多くはここ数時間で気づいていたと思う。これらのプロジェクトは新しいリーダーによって状況に応じて処理、保留がなされるだろう。408の檻などの特定の収容室は、新しいプロジェクトリーダーが任命されるまで、通常の維持とは別に閉鎖され、施錠される。
  3. コンドラキ管理官の研究記録と全ての関連ファイルは研究チームが利用できるよう、1週間以内に適切な編集が施された後に公開される。個人的な書き置きや情報は彼の家族の裁量で保管される。
  4. 彼の死の状況に関する情報も彼の家族の裁量であり、葬儀も同様だ。 彼らと、彼らのプライバシーを尊重して欲しい。
  5. コンドラキ管理官に報告を行っていた実験室のリーダーと主任研究員は、今後数時間のうちに最初の業務が再割り当てされる。研究者は通常どおりレベル3職員に報告を行う。
  6. コンドラキ管理官のプロジェクトと無関係研究は通常通り続けられる。コンドラキ管理官のプロジェクトに関連する研究は当面の間中止される。これらのチームの予定された実験、会議、全体的な予定は前述したように新しいプロジェクトリーダーが選ばれるまで中止される。これらのプロジェクトに関連するSCPは収容状態が保持される。

コンドラキ管理官は立派な男で、本当に良い友人で、素晴らしい研究者であり管理官だった。移行を少しでも円滑にするために、今後数週間は全てのメールに注意を払うよう頼みたい。
敬具
エスコバ現場管理官

ジェームズはヘッドボードにもたれかかった。彼の頬を涙が伝っていった。

ドレイヴンはぴくりとも動かなかった。


7

父の肖像(A portrait of your father):

霞んだ、夢のような光景が広がっている。暗い2月の屋外で鳥籠は暖かく、換気扇が辺りにかすかな湿りけを吹き散らしている。ひび割れた床に、壊れたリノリウム、温室の天井に届きそうなほど高い木の、鉢植えの周りに忍び寄る苔、緑。工業用の蛍光灯がぶら下がり、見慣れない白色の光を放っている。雨が降らなかったら電源は全て切られていただろう。彼の父はこれらが本当の日光の代わりにもたらす産業的な影響を嫌っていた。雨粒がプレクシグラスの屋根に当たって音を立てている。彼は幼い頃、ここの床に仰向けになり、雨粒がパタパタと音を立て、収容室の溝に流れていく様を見ていたことを思い出した。

そこには彼の父がいた。

彼は蝶が通り過ぎたときに現れる、光の小さなちらつきをたどることによって父の姿を視認した。座っているテーブルが鉢植えの植物や噴霧器によって隠されているため、最初はスニーカーしか見えなかった。だが、膝が揺れており、ノートパソコンのキーボードを指で軽くたたく音が聞こえる。

ドレイヴンは前に踏み出した。角を曲がって父を見た時、彼は麻薬とは違った柔らかな心地良さに満たされていた。まだ毛玉の出来て無いコロンビアのジャージに身を包んだ、黒い巻き毛。5時の影と、ボロボロのパソコン、カメラがそこにあった。野球帽に、ジーンズ、彼だった、彼について覚えていること全てがそこにあった。塗りつぶされた、やや落ち着いた、分厚くて黒いフレームの後ろにある、熱を帯びた鋭い目。職務中にも関わらずカメラの横に置かれた、ページの端が折れたペーパーバックはフランケンシュタインの写本だった。見ていると胸が暖かくなる。父がそれを読んでいるのを、子供の頃から幾度も見てきた。マーカーの引かれたページに、千切れたカバー。父さん、父さん、父さんのものだ、彼のものだ、父さんの本だ、本だ、父さんのお気に入りの本だ—

「父さん。」

彼の声は震え、不確かな響きを持っていた。彼は父が反応してくれることを期待していなかった。だが父に声が届いたことを彼は分かっていた。いつものように、ドレイヴンのいる方向に眉毛を小さく吊り上げたからだ。『1分だけ待ってくれ、このメールを終わらせるから』と言い、彼はキーボードを叩き続ける。

ドレイヴンは近づき、テーブルの彼の向かいに座った。椅子に腰掛けた彼は父のジャージの上で戯れている408の輪郭を見た。彼らは父の髪の中や、コンピューターの背面で戯れていた。1匹がドレイヴンの指に止まる。ゆっくりと羽を動かしている。世界は優しさで包まれていた。彼の心は空気のように軽く、不安と愛で色付いていた。

父さんがコンピューターから目を離し、彼を見る。ドレイヴンは嬉しさで泣きたかった、泣かなければならなかった。彼の父が心配そうにこちらを見たからである。

「父さん。」

彼は繰り返す。何を言うべきか彼には分からない。どうしてあんなことをしたんだ?苦しかったのか?俺がそばにいたならしなかったのか?

どれにも答えは返ってこない。父が死ぬ様が彼の目に映る。ぼろぼろのバックパックから支給品のピストルを取り出し、口の中に押し込み、視線を外すことなく、彼は引き金を引いた。
ドレイヴンは叫びながら目を覚ました。


8

「アイリス?」

「見て、ちょうど私は—」

父の古い机の前に立つSCP-105は振り返って彼を見た。ドレイヴンは彼女の隣にある床の赤いしみを見て、急な吐き気を覚え、彼女が話そうとするのを遮らずにはいられなかった。父が自殺してから2日経ったある日の早朝、彼はドアのフレームにもたれかかった。彼はここ24時間食欲が無かったことを嬉しく思った。近頃無人になった、彼の父のオフィスで見つけたもの全てに、ジェームズが夜に父のために水を入れたナイトテーブルの上のコーヒーカップからその後ろの誰も座っていない椅子まで、全てに吐き気と嫌悪感を覚えていたからだ。彼は何回か唾を飲み込んだが、こんな気分になるとは予想だにしていなかった。機動部隊にいて、沢山の血を見てきたが、彼が長い年月の間で嘔吐しそうになったのはこれが初めてだった。

「大丈夫?」

ドレイヴンは再び唾を飲み込んだ、そしてもう一度。段々とめまいがおさまっていき、彼女に返事できる程に回復した。

「ああ、うん。俺は大丈夫だ。」

全てから目を逸らそうとし、うんざりしながら彼は言った。部屋は漂白剤や、用務員が血を綺麗にする際に使うオレンジ色の石鹸のような臭いがし、息が詰まりそうだった。

「…ちょっと記憶に新しいだけだ。」

「伝えることが出来るわ。」

彼女は答えた。彼が恋人のグレーのスウェットパンツとTシャツを着ていて、まだ髭を剃っていないことは事実であり、彼もそれを知っていた。彼は大雑把に見える。ドレイヴンはそれを認めた最初の人間で、乗り越えるためにベッドから出たばかりだからだ。だが彼は父の遺品を鞄に詰めるためにここに来たのであって、アイリスが普段見るように全身を機動部隊の装備で包み、仕事に来た訳ではない。彼女がバイザーやヘルメットを身につけていない彼を見たのは、長い年月の間で、恐らく今回が最初だった。

「それで、誰があんたをここに寄越したんだ?」

彼はため息をつき、ドアのフレームから身を離して父の仕事場に歩いていった。

「エスコバか?」

「私の意思よ。」

彼女はそう答えた。資料でいっぱいの、上に黒インクで『機密』もしくは『非機密』と印刷された、彼女によって既に積み上げられた3つのダンボール箱を彼は見た。彼女がドレイヴンが7歳の頃からSafeクラスの半従業員としてここに住んでいると気づくまで、彼はぼんやりと考え無駄に時間を消費した。彼女はSCPだ、これらを見させるべきじゃない、機密違反じゃないのか?彼の父はアイリスが提出した、低クリアランスの書類にサインしていた。彼女は認可された赤いセキュリティカードを制服に挟んでいて、全てを持っていた。彼の脳裏に後悔がちらついた。ジェームズにやってもらうべきだったな。ドレイヴンは書き置きと、額へのキスと引き換えに彼を部屋に残してきた。哀れな男は眠らせてやった方が良い。

「善意でこれをやっているのか?」

ドレイヴンは積み上げられた山からダンボール箱を拾い上げながら尋ねた。彼は一瞬、ある種の極めて悪いストロー引きやビンゴゲームを想像した。勝った者は哀れな子供が死んだパパのオフィスをきれいにするのを手伝うのだ。

アイリスは目に涙を浮かべながら彼を見た。彼はたじろいだ。

「貴方の父さんは、」

彼女はゆっくりと言った。

「私の命を何度も助けてくれた。」

ドレイヴンは微かに頷いた。彼の父はヒューマノイドを手厚く擁護していた。彼らをよく扱っていた。そして再び、それは完璧では無かったが、彼は大した人物であり、良く出来た大人であった。

「彼は…ああいうことを沢山やっていた。」

彼は部屋を横切り、本棚をデスクの隣へと運びながら、ぼそぼそと悲しげに呟いた。他の何よりも折りたたみ式の簡易ベッドとしみを避けて通っていた。何も考えずに彼は左上に手を伸ばし、最初の3冊の本を箱の中に、ドスンと音を立てて落とした。

「12歳の時、その、私は自殺しようとしたの。」

アイリスは言った。ドレイヴンは全身が鋼鉄のレールのように引き締まるのを感じた。だが彼女は話し続けた、彼が聞きたかった部分だった。彼は止めなかった。

「…私は…そうね。彼らは私に休暇を取らせて、セラピーを受けさせたの。大丈夫だったけど、私は嫌いだった。分かるでしょ?この場所全てが、嫌いだった。」

アイリスは最後のいくつかのマニラ紙の封筒をほぼ満杯の箱の中に置き、梱包テープで箱を閉じた。

「それで、20歳の時、私は靴から靴紐を抜いて、首を吊ろうとした。でも上手く出来なかった、背が低すぎたのよ…」

彼女は間を置いて、歪んだ笑みを浮かべた。

「…低すぎて、結びつけようとした通気口に手が届かなかった。それで、ロープが滑って私は落ちた。彼らは私を医務室に連れていった。」

ドレイヴンも笑わずにはいられなかった。厄介な笑いごと、だが2人とも数日前厄介なことに苦しめられたばかりだった。何でも笑い飛ばしてしまう方が代わりになることを考えるより良いのだ。

「その後、貴方の父さんが中に入ってきた。それは、ええと、ああ、朝のことだった。それで、彼が入ってきて、自己紹介をした。その後私達は一種の…会話をした。ええ、彼は本当に…優しかった、そうでしょう?話しやすかったの。」

悲しげな笑みを残したまま、彼は頷いた。彼の父さんは子供と上手く接することが出来た。大人と上手く接することが出来た。酷い仕打ちを受けて当然な者どもを除いた、ほぼ全ての人々と上手く接することが出来た。子供が非人間的とは微塵にも思わなかった。彼らが箱の内に留め置かれるべきだとは考えたこともなかった、彼らにとってより安全だからという理由で、やむを得ずそうしてはいたが。彼らのために、大人のためにも、職員のためにも、ふざけた現実を正常なものにしようとした。いつも上手くやれていた訳ではなかったが、彼なりにベストを尽くした。時にはリスクを背負って、時にはいくつかの規則を破って。彼らは父さんの前では人間として振る舞うことが出来た。

「それで、暫くしてから彼は私に言ったの。いいか?良くなるとは思えないかもしれないが、良くなるんだ。絶対に良くなる。なぜならどうしようも無く酷いモンは絶対に変わるからだ、分かるだろ?って、それから私に…」

アイリスは唾を飲み込み、自身の気を落ち着けた。

「…私にあんたと俺は1日1回、こんな風に過ごすようになる。俺もあんたと同じで、問題を抱えてるからな、と言ったわ。その後、彼は私の名前がリストに載っていて、これから毎日私の様子を見に来る、もし私がそこにいなくても、会いに来る。そう言ってた。私は冗談だとばかり思っていたわ。でも違った。彼は2年間、本当に毎日私の元を尋ね続けたのよ。2、3回忘れていたかもしれない。でも、分かるでしょ?どうしようもなく酷いものが変わった。その後も、月に数回彼は会いに来てくれた。それで、ああ、ドレイヴン。私が最後に彼を見たのは多分3週間前だった。彼は元気だった。」

アイリスは新しい箱の中に勢い良く紙の束を置いた。ドレイヴンの体が僅かに飛び跳ねたが、彼は立っている場所から凍りついたように動かなかった。

「意味が分からないわ!だって、皆は彼のことを気にしていた。それは良いの、でも!彼は他の誰よりも収容されている人達を気にかけていた。こんなの不公平よ、そうでしょ?そうよ!彼は本当は収容されてから私達に何があったのかを気にかけていたのよ!

ドレイヴンは彼女を見、彼女はドレイヴンを見た。2人の目には涙が浮かんでいた。部屋が沈黙に支配され、彼の父の本が箱の中に置かれた。彼女が立っている場所の隣のカーペットには血が染み付いていた。彼女が正しいことをしていると彼は分かっていた。

「…ああ、なんてこと。ドレイヴン、本当にごめんなさい—」

「父さんは双極性障害だった。」

ドレイヴンはきっぱりと言い切った。

アイリスは混乱しながら彼を見た。そして、ゆっくりと、静かにそれを理解し始めた。

「何ですって?」

彼女は言った。

「数週間前は元気そうに見えたと言ってたよな?」

ドレイヴンは本棚に向き直り、いくつかのペーパーバックに指を埋めた。

「冗談はよしてよ。」

アイリスは呆然と言った。

「彼はただ…何も言っていなかった。」

「ああ。そうだな、彼と一緒に暮らしたのならもっと分かりやすかったかもしれない。」
ドレイヴンは目の前を流れていく題名の一部に注目しながら、本を順番に箱へと落とし始めた。

フランケンシュタイン。掠れた文字で綴られたポーランド語の何か。カニバリズム:完璧な自然史。

「彼は…気分障害だった。良くなったり悪くなったりを繰り返す種のやつだ。俺が小さかった頃、彼は気分安定薬を服用していた。でも俺の両親が離婚した時、彼は…」

彼は自分の健康に気を使うよりも酒に溺れることを選んだ、と言いかけたがやめた。

「それを飲むのをやめた。そうだな、時には何日も睡眠が必要無いこともあれば、ベッドから出るのが難しいこともあった。数時間で急に気分が暗くなって、ぼうっとしている時もあった。でも翌朝にはすっかり良くなってた。数週間か数ヶ月、突然いつもの調子に戻ることもあった。良くなったり悪くなったりしてると思えるかもしれないが、どこにも向かえずに、ただ逆戻りを繰り返してるだけだった。」

キャリー。19世紀の狂気の殺人鬼。国立オーデュボン学会:北アメリカの蝶達のフィールドガイド。

「彼はそのせいで酒を飲み始めたんだと俺は思うよ。実際の障害自体に関しちゃ、俺は父さんが病気だってことは知ってたけど、彼はそれをはっきり言ったことは無かった。時々それは父さんが馬鹿げた茶番をする引き金になった。それが判断能力に影響を及ぼす種のやつだったから。」

紙葉の家。ポーランドの歴史。寒い国から帰ったスパイ。

「だがここ数年…俺には何故だか分からないが、発作が本当に酷くなった。例えば、吐き始めたり、その後ベッドに戻ったりした。それに、本当に、本当に酒癖が酷くなった。母さんが出ていってからずっと、アル中だったんだ。でもあの頃は…今まで見た中で1番酷かった。」

悪魔達:召喚と追放。ペット・セメタリー。羊たちの沈黙。

「彼は何も食べなかった、眠らなかった、気を失うまで、好きなだけ酒を飲んでいた。事実、これがどうやって俺とジェームズが彼—」

ドレイヴンは苦しげに喘ぎ、箱を床に取り落とした。ああ神よ、あの夜彼は死んだのだ。

「ねえ。」

アイリスはもたらされた情報に震えたように見えたが、不安な状態からは回復した。

「……大丈夫?」

ドレイヴンは呼吸を落ち着け、ゆっくりと、慎重に箱を拾い上げた。

「俺は—」

ドレイヴンは苦しげに唾を飲み込み、涙を堪えようとした。彼の声は震えていた。

「その、父さんについてこれ以上話すのはやめにして、これを終わらせるのに集中した方が良いと思う。」

アイリスは同意した。4時間のうちに父のオフィスの全ての物がジェームズの緑のサターンのトランクに積まれた。本や書類の90%は父の自著、未出版の小説、日記、英語とポーランド語のそれらで占められていた。それぞれ別の箱に詰められた全ての作品は、全て同じくらいの量だった。サイト管理官であったおよそ25年の間に書かれたものだった。

彼らが作業を終えた時、アイリスは彼にかつて父が住んでいたマンションに行きたいかどうか尋ねた。彼は同意した。育った場所の掃除をやらずに後回しにするのはあまり良くないことだからだ。彼らがそこに着いた時、ほとんどのものが財団の所有物になっていた。最近使われてなかったベッドも、全ての家具も、残された全ての書類も。彼らが思っていたよりも長い間、父が家に帰る気にならなかったことが掃除の際に明らかになった。食器棚には食べ物が無く、ほとんどの衣服は彼のオフィスにあった。オフィスにある生活必需品は既に捨てられたか、梱包されていた。彼らの想像した通りだった。父は酔い過ぎて、人生の最期を家で迎えることが出来なかったからだ。いくつかの物はドレイヴンのマンションに運ばれ、他のものはサターンに運ばれた。放棄された生活空間のモザイクの中にある、彼の父のすべてのピースを彼らはふるいにかけ、見つけ、見つけた小さな切れ端達を、あまり残ってはいなかったが、詰め込んだ。事を終えると、彼らは最後のチェックを行い、全てを手に入れたことを確認した。ドレイヴンは泣きそうになった。今日だけで彼が泣きそうになったのは数千回目だったが、疲労とショックがそれを許さなかった。

「よし。」

ドレイヴンがジェームズのサターンのトランクをピシャリと閉めたのを見て、アイリスは言った。

「ふふ、これで全部片付いたわね。」

ドレイヴンは駆け寄り、彼女を抱き締めた。彼女も彼の背中に手を回した。車で家に帰ると、ジェームズが彼を待っていた。彼らは全てをガレージに持っていき、電気を付けて家の中に入っていった。車の外に父さんを残したまま、彼らはベッドに入った。


9

父の肖像(A portrait of your father):

君が最初に父さんの躁状態を見たのは、きっと彼がデュークに小便を投げつけて走り出したときだろう。

コンドラキ博士は、わずかに先立って非知性オブジェクト封じ込め施設へ入ることができ、自身のIDをチラつかせながら2人の武装警備員を通り過ぎ、先へ進みました。

戦術装備とヘッドセットを着込んだ、受信機を持った君の前を通り過ぎた時、彼は最初君だと気づかなかった。彼がIDをさっと取り出し、君に気づくまで一瞬の間があった。その時が来るまで彼はただ職務を果たしているだけだったが、君を見ると、ニヤッと笑ってよろめいた。そしてその時、父にR-14通路に樽を転がさせる代わりに、君は彼の後を走ってついて行く。彼は君より速く走り、デュークよりも速く走った。君は彼を階段の吹き抜けから遠ざけ、代わりに隣接する廊下から追いかけて行く。部隊の司令官が受信機越しに『43、状況を教えてくれ、43、以上。』と彼に伝える。彼は話すために小さなボタンを押し、『彼を確保しました、司令官、以上。』と応える。そして、すぐに彼はそうするか、父が方向を急に帰る前にやろうと思っていた。予期せぬパンチが彼のバイザーをガタガタと揺らし、彼は驚いた。だが彼の父もまたそれに驚いているようだ。機会を見計らい、君は父さんの手首を掴み、彼を落ち着かせた。2つ先の廊下で、デュークは5分以内に死んだ。

死傷者はいなかった。ちょっとした小競り合いを含む追跡劇は1分で幕を閉じただろう。君の父さんが反撃したという事実は、規制によって彼を倒すため、君の選択を強固にするのに十分だった。けれども、君の司令官は、書類を記入する時、それ以上のものがあると伝えることができた。彼はそれが何か尋ねなかったし、それで良かった。君の父さんが目を覚まして、躁病の発作でねじれるように暴れ始めた時、君には唯一考えられることがあった。俺があんたを早めに捕まえておいて良かった、本当に運が良かったよ。あんたは本当に運が良くて、俺達はこれを失敗した終了措置として流すことができるし、他に失敗した試みは無い。あんたが双極性の躁に流されて、全てを忘れたからこんなことをやらかしたなんてあいつらが知ったら、あんたは精神病院にぶち込まれるだろうよ。聞こえてる?あんたが衝動的で、考えが纏まっていなくて、無敵で、なんでも出来るように感じていたからそれをやったとあいつらが知ったら、もしの話な。だがあんたは違った、だからここにいる。全く。父さんは運が良いな。だから俺は先に行かせなかったんだよ。


10

彼の父は彼にスーツを着させるのを本当に嫌っていた。だがドレイヴンはそうした。頭の中の父さんはボトル片手に笑った。誰が子供だって?女王様よぉ、あんたは無価値になったクソアル中の欠片を見るために着飾るのか?ドレイヴンは何と言われようとスーツを着た。何故なら彼の人生の中で父ほど尊敬する人物は居ないからだ。食欲は無く、昨晩は良く眠れていない。目は赤く、髪はもつれあってぐちゃぐちゃだ。彼は身を清め、中途半端ながら見た目を整えようとした。葬式ってのは一番辛いものだ。彼の所属する機動部隊の誰かが死んだ時、父が初めて彼に教えたことだ。自身を上手く制御出来ると思ってるんだろ、決して出来ないぞ。

ジェームズもスーツを着ていた。ドレイヴンが彼を見ると、彼は薄い笑顔を浮かべた。

「…もっと頻繁にスーツを着るべきだったな。」

彼は呟いたが、今朝の彼の心はあまり浮ついていなかった。

「自分の見た目を卑下しない方が良いよ。」

ドレイヴンはベッドの縁に腰掛けながら、ゆっくりと頭を振った。

「ジェームズ、今の俺は酷い身なりだ。分かるだろ。」

彼はため息をついた。

彼の恋人は同情して肩をさすった。

「大丈夫。君が思っているより悪くは無いよ。調子はどう?」

ドレイヴンは頷いた。

「…ああ。何とか。」

「準備は良いかい?」

ジェームズが尋ねた。ドレイヴンは部屋を見渡し、車の鍵を持った恋人を見つめた。痺れに侵されたかのような、胃に深い穴が空いたかのような感じがする。彼は行きたくなかった。彼はここに留まって、眠りについて、目を覚まし、父親がまだそこにいて、直せる状態であることを望んだ。ドレイヴンは事が起こってからジェームズと母親とアイリス以外の誰とも交流していなかった。まるで彼が、父親が死んでから世界が回るのを止めたかったかのように、とても速く感じた。彼は他の人々と会うことについて、人々に何かを尋ねられ、悔やみの言葉を言われることについて思いを馳せた。とても非現実的だった。

彼はごくりと唾を飲み込んだ。

「…ああ。準備万端だ。」

車に乗った時、彼は更に深い虚無感が上に這い登ってくるのを感じた。彼はジェームズに運転を任せた。体調が悪く、酔っていて、人に会えなくて、関係を断ち切っているように感じたからだ。そこに到着すると、彼はこれから見るであろうものに備えた。それは父親の体だった。典型的な財団の方法で火葬され、祭壇の上でぼんやりと光る金属の箱の中に封じられている。ジェームズは彼の近くにいた。人々が彼に物事を尋ねるとき、人々が彼に今の気持ちを尋ねるときでさえ、彼はジェームズに話をさせた。一生をかけて彼はジェームズの隣に相応しくなっていくのだろう。

彼の父はユダヤ人として育てられたが、成人期のほとんどを通して彼は不可知論者だった。彼が何らかの形でそれを気にかけることは無かったため彼らはユダヤ式の葬式にしたのだ。ラビは彼を脇に連れていき、神について、信念について、彼の父の信念について説いた。彼が小さい頃、ふとした時に父に教わったような祈り方で彼らは祈った。彼が何を言ったのか、彼らが結局何のために祈っているのか、ドレイヴンはあまり思い出せなかった。彼が言っていることを何も理解しておらず、ただ頷いて、最後に感謝しただけだったからだ。祈る……父のために?彼の父は祈ってもらえるのだろうか?もし彼が祈っているのに父が気づいたとしたら、気づいていたとしたら、彼は耳を傾けるだろうか?笑い飛ばすだろうか?いずれにせよ、どうして神は父のことを気にかけなかったのだろう?何故彼を救わなかった?

ドレイヴンは冷たい箱に入った父の体を運んだ。外の墓には既に彼を埋めるための穴が掘られていた。彼の母さんは泣いていた、彼は泣いていなかった。ジェームズは泣いていた、彼は泣いていなかった。彼らは父さんを穴の中に入れた。彼らは父さんを埋葬した。ラビは律法の一説を詠んだ。ドレイヴンは聞いていなかった。彼の父もまた聞いていなかった。立っている間、彼は涙を流すジェームズを見ていた。彼はまるで機械のように自身のスイッチが着いたり消えたりするのを感じていた。恋人が泣いている、ジェームズが泣いている、今こそ彼を助けなければならない。だが彼にはなんの感情も遺されていなかった。彼はただ巻いた髪の毛に指を通し、きつく挟んでいた。ドレイヴンはこれまでの人生で、この瞬間ほど疲労を感じたことは無かった。

ジェームズが泣き続けていたため、彼はサターンのタイヤの後ろに座り、落ち着かせようとした。だが彼の動きはぎこちなく、違和感があり、不慣れだった。彼らは沈黙のうちに家へ帰った。まだ午後1時だ。ジェームズの家に着くと、彼らはガレージの中、車に乗ったままエンジンを切った。ジェームズは依然としてすすり泣いていて、彼らは座って、混乱していた。5分後か、恋人の押し殺した泣き声を聞いた後、彼はフロントガラスに映る空っぽの自分を見た。ドレイヴンは頭を打ちつけ、ドアを開け、静かに中へ入っていった。彼は苦いものがせり上がってくるまで、洗面台で嘔吐し続けた。


11

父の肖像(A portrait of your father):

(これもまた思い出だ)

23歳の君は病院にいて、ほかの隊員は他の部屋で、皆眠りに落ちるか入院するかしていた。君が多分、父さんの睡眠について考えていた丁度その時、廊下のドアが勢いよく開く音が聞こえた。父さんだ、きっと何も知らされていなかったのだろう。彼は錯乱しながら、君の病室のドアを大きな音を立てて開いた。片手には仕事用の鞄が握られていた。君が心電図と点滴に繋がれて寝ているベッドに向かって、彼は急いで歩いて来る。彼は震えていた。荒い息遣いが感じられる程近くまで彼は来た。彼は荒れた片手を君の肩に置いて、強く握り締め、唸るように言った。

「ドレイヴン・コンドラキ、二度と俺を怖がらせるな。」

彼はベッドサイドの椅子に崩れ落ちた。

「父さん。」

出血を抑える為に口内に押し込まれたガーゼのせいで君の声は押し殺されてしまった。

「俺は大丈夫だよ。」

父は膝の上に肘をつき、顔を手で覆った。

「ジーザス。クソ…8時間も前にあんたをここに連れてきておいて、あいつらは何も知らせなかっただと?あんたがどんな状態か、俺たちゃ本当に知らなかったんだよ。8時間もの間。」

彼は顔を拭い、手で髪を梳いた。君と同じくらいに調子が優れていないように見える。

「父さん—」

畜生め、ドレイヴン、一体あんたは何考えてんだ!?

父の感情が爆発する。

「怪我をしたかもしれない!下手すりゃ死んでいたぞ!」

君に向かって彼が本当に怒るのは珍しいことだ。いらいらすることはあった、ああ、でも決して怒らなかったし、激怒することも無かった。君は落ち着こうとするけれど、包帯に包まれた胸に不快感を感じていた。

「死ななかったよ、父さん。」

君は呟いた、もしここにいなかったら父は今にもヒステリーの発作を起こしそうだったからだ。

「戦場じゃあこういうことは付き物だ。」

君の父さんの膝は震えていた、その前から震えていた。彼は『心配する父親』から『息子の職務に伴う全ての危険を確かに理解したサイト管理官』に戻り、状況を認識し始めた。少しの間、君は彼がまた感情を爆発させるのでは無いかと思っていたが、彼はしなかった。彼はゆっくりと息を吐き、手首をかたく握り締めた。

そして笑った。

「…あぁ…」

彼は頭を震わせた。

「…そんな、クソ…すまなかった。」

「父さん、何かあったのか?」

何かが足りないような感じが拭い切れない。確かに君の父さんは満面の笑みを浮かべ、頭を震わせている。

「いや。いや、何も無ぇよ。ただ…あんたの父さんは、本はその後の人生に影響を与えないと言っているぞ。」

鎮痛薬のせいか、まだ全てが霞みがかっているように見える。そして一瞬、君は彼の言うことが正しく聞こえなかったように、何かを忘れているように感じた。彼は話を続けた。

「俺は…クソ、ドレイヴン、俺はスティーブン・キングの本を読んでいたんだ、ペット・セメタリー。それで、次にあんたの部隊が間違ってGoIの襲撃に巻き込まれた時、数日のうちに知らせて欲しい。そうすりゃ俺は子供の死があまり多く中心に添えられていない本を読むことに集中できる、オーケー?」

君は軽く微笑みかけた。薬と失血によるめまいに悩まされてはいるものの、彼はそこにいた。いつものように。彼は君が傷ついていると聞いて、いつものように走って駆けつけた。彼は本を読んでいた、何故なら彼は君の父さんだからだ。父さんはいつも、なにかしらを書いたり読んだりしていた。

「…分かった。約束する。」

君は言った。君の父さんは再び自分を笑った。息子が何らかの異常な要因のせいで、ゆっくりと、苦しみながら死を遂げてしまうのではないかと、考えた自分を笑った。彼はどちらとも自分達の選択肢には無いかのように、危険は無く、これからも無いかのように、笑った。

次の瞬間、君は眠気に押し流された。父さんはそこにいて、本を読んでいた。


12

「落ち着いて。」

ドレイヴンが来て、ジェームズのベッドにもう一度ジェームズの服を着て、ジェームズの隣で落ち着いた時、全てが濃い霧の中にあるようだった。ジェームズは何百万回も鼻を近づけ読み込んだホビットの写本を読んでいた。ドレイヴンの頭はずきずきと激しく痛み、彼は苦しみ呻いた。

「落ち着いて。」

本から目を離さずに、ジェームズは穏やかに繰り返した。

「また悪い夢を見ていたんだね。」

ドレイヴンは疲れからため息をついた。

「母さんには言わないよな?」

「うん、言わないよ。」

ジェームズはページをめくった。

「ここ数日は本当に辛いことばかりだったしね。僕は別に驚いてないよ。」

ドレイヴンは微かに頷いた。既に泣き疲れていてもはや泣くことが出来ないのと同じように、彼は疲れていたがもう眠ることが出来なかった。

「とにかく、リラックスして。分かった?」

「…今何時だ?」

ジェームズは本から顔を上げ、ナイトテーブルの上の時計を見つめた。

「10時過ぎだ。」

「夜の?」

ジェームズは本に目線を戻し、頷いた。彼はとても疲れているように見えた。

「うう。」

ドレイヴンは確認のために呟き、上体を起こした。

「俺たち、葬式から戻ったのは、大体1時くらいだったよな?」

「うん。」

ジェームズはページをめくった。ドレイヴンには彼が会話と読書を同じ時間にいかにして両立しているのか分からなかったが、それはジェームズの大好きなところの1つだった。

「君は家に帰って、吐いて、服を着替えて、寝たんだよ。」

「ジーザス。」

ドレイヴンはため息混じりに言った。彼は座って顔をこすり、皮膚を這い回る熱っぽい不快感をいくらかマシにしようと試みたが、それはめまいを引き起こしただけで終わった。

「僕は本当に怖かったよ。葬式は君には少し刺激が強かったね。」

ジェームズは言った。ドレイヴンはこれらのことが全て当てはまっていることに嫌悪感を覚え、返事をする代わりに足をベッドから投げ出した。彼の足が床につくと、恋人は期待して彼を見つめた。

「ベイブ。寝た方が良いよ。」

自らの目の下に浮かんだ紫色の円には触れず、ジェームズは言った。ドレイヴンがよく眠れていないのは明らかだった。さらに夢が睡眠を邪魔したのだろう。

「いいや、お前こそ寝るべきだ。」

ドレイヴンはベッド脇のテーブルから携帯電話を掴み、強く主張した。

「ジェームズ、お前は……今日本当に沢山のことを俺にしてくれた。俺はこのふざけたことを乗り越えることは出来なかったと思う、もしもお前がいなかったなら。」

最後のいくつかの言葉は彼の喉に引っかかり、腕にかかった、金属の箱の中に入った父の灰の重さを彼に思い起こさせた。彼は財団の規則が彼を埋める以外に、灰を用いた何かをするのを許してくれることを望んだ。風に乗せて、海の向こうに散らしたり、恐らくは、彼の父が好きだったことをしてやりたかった。しかし彼はまた、その墓地が父親の居場所であり、他の全てのレベル4職員と管理官が自分自身を殺したか、何らかの恐ろしい運命に陥ったか、机に向かい緊張状態に追い込まれたことを知っていた。何かを入れた箱を彼が埋めさせてもらえたのは、幸運だったと思う他なかった。財団の地面の下に埋まるのはありきたりな名誉だった。熱に浮かされた彼の脳の、何気ない部分が、彼の父の像をサイト-17の亡霊として投影した。そんな馬鹿げた冗談を言って何が楽しいんだ?俺がまだここにいるとでも?彼は自身を悲観的に笑った。名誉のようには感じられない。

ジェームズはベッドを横切って手を伸ばし、彼に触れた。ドレイヴンはそれに応じて指を動かした。

「…俺はこれを少し読んでみようかと思うんだ。」

彼は言った。

「今すぐには眠れない気がする。」

ジェームズは疲れた様子で頷いた。

「怖いシーンは読んじゃダメだよ。」

自分の仕事がそうであるように、彼が半分冗談を言っているだけであることをドレイヴンは知っていた。彼は部屋を出て、ジェームズの照明を、恋人の読書灯を消し、見返りに優しい悪態を受け取った。今は寝るしかない。引き摺られた毛布と、ナイトテーブルにゆっくりと置かれたジェームズの眼鏡が音を立てた。それを合図に、ドレイヴンは寝室のドアからガレージへと出て行き、仕事に取り掛かった。

彼は本の中で探したいものを正確に把握していた。

彼の父のペット・セメタリーの写本は、黒色のハードカバーで挟まれており、ブックカバーはかかっていなかった。背表紙の赤文字も無かった。何度もページが折られ、書かれ、描かれていたベンジャミン・コンドラキの読み物のように、会議の備忘録から文章の写し、ポーランド語の走り書き、他人が言ったことを写したもの、人種に対する考えを視覚的に表したものまで、何から何まで余白に書かれたノートのように。実地調査による埃や泥がついており、小さな血の雫までもがあちこちに付着していた。ちょっとした失血なら誰も傷つかないと、かつての彼の父は言っていた。彼は手の中のそれに、心地良さと頑丈さを感じていた。

ドレイヴンは再び家に入り、ソファーに崩れるように座り込んだ。彼は読み始めた。1時間それを読み続けた。完全に精神が本の世界に入っている訳では無いが、入っていない訳でも無かった。彼の父はスティーブン・キングが大好きだった。スティーブン・キング、メアリー・シェリー、マーク・Z・ダニエルスキー…不可思議なこと、怖いもの、感情を動かすものが好きだった。彼はいつも父が家の中に潜む全ての恐怖や、家に帰ってから夜通し読み漁る怪奇小説に飽きるのではないかと思っていた。しかし、彼はアドレナリンや、ほとんど逃げられない死や、眠っている間に隠れて角を曲がったところに他に何があるのだろうと思いを馳せることを生きがいとしているようだった。

誰もが対処する仕組みを持っている、彼は推測した。

そして彼はページをめくり、目当てのものを見つけた。古くかすれた黄色のマーカーで強調された一節、ページの端が折られ、細いペンで印がついている。

ああ、ミッシー、それはあっという間だったのですよ。彼は道路に1分間いて、次の瞬間真ん中に横たわっていた。リンガーの家の傍でした。それは彼を襲って殺し、引きずっていきました。本当にあっという間でした。100ヤードかそれ以上、サッカー場の長さと同じくらいでした。ミッシー、私は彼の後を走っていって、生きているかと思って何度も彼の名前を叫んだのです。私も、医者も。10ヤード走ると彼の野球帽があり、20ヤード走ると彼のスターウォーズのスニーカーがありました。40ヤード走りましたが、それまでにトラックは道路を走り去り、箱はその畑でリンガーズの納屋を越えてジャックナイフで切り裂かれました。人々が家から出てきて、私は彼の名前、ミッシーを叫び続けました。そしてそこにはゲイジがおりました。

彼の心臓が胸板の下で脈打った。彼は黄色い本を握りしめ、ゆっくりと、父がマーカーで線を引いた部分を再読した。

ああ、ミッシー、それはあっという間だったのですよ。彼は道路に1分間いて、次の瞬間真ん中に横たわっていた

ドレイヴンは父を思い出し、それから自分自身を思い出した。ドアを開け、そこに父の体があったことを—

それは彼を襲って殺し、引きずっていきました。本当にあっという間でした。

-ジェームズと一緒に、酷く酔いつぶれた彼を見つけた-

生きているかと思って何度も彼の名前を叫んだのです。私も、医者も。

-実はあまり覚えていないんだろう、そうだろう-

彼は道路に1分間いて、次の瞬間真ん中に横たわっていた。1分、また1分、彼が揺れ動くのに、気分が上下するのに、要した時間だ。1週間、また1週間。1日、また1日。衝動に突き動かされ、瓶から瓶へ、また別の瓶へ、次々と飲み干していく。彼が考えたことは無かっただろう。感じたことも無かっただろう。そしてそこにはゲイジがおりました—

彼は喉から恐怖がせり上がってくるのを感じ、本を無理やりソファーの端に置いた。立ち上がり、歩くために、歩く、歩かなければならなかった。彼は耳を澄ませながらリビングルームを行ったり来たりした。そしてそこにはゲイジがおりました、そしてそこにはゲイジがおりました、そしてそこにはゲイジがおりました。彼は即座に、それが父が病院のドア越しに決壊したことを、心配していたことを指しているのだと理解した。

ああ、ミッシー、それはあっという間だったのですよ。彼は1分間、部隊とともにいて、次の瞬間彼は横たわっていた。機動部隊の車から溝に落ちたのです。そしてそこにはドレイヴンがおりました。

彼は唾を飲み込んだ。

父は君を愛していた、いつも君を失うことを恐れていた。自身を失うことを恐れたことは無かったが、君を失うことに怯えていた。蝶々と戯れ、書類仕事に追われている間にいつの間にか膝の上で眠りに落ち、写真を取らせてくれた、たった1人の、小さな少年を。

だから彼は君がジェームズという存在を得るまで待っていた。

そして勿論、彼は暗い家の中を歩き回りながら、墓地にいる父さんのことを、名前が刻まれた墓石の下深くで眠る父さんのことを、身にそぐわない死を遂げた父さんのことを考えていた。呼び名はどうであれ、そこは彼の死ぬべき場所では無かった。ドレイヴンの考えは不安定で、簡単に切り替わり、圧倒され、追い詰められた。彼は気分が悪かった。彼はめまいを感じた。彼の一部はジェームズを起こそうかと考えていた。寝室でぐっすりと眠るジェームズの姿を見たが、彼は本に意識を戻した。読んで忘れる方が泣いて思い出すよりも容易い事だったからだ。

そして君は辿り着いた。

今やそこには墓石があった。ふたつの日付に続けて、『ゲイジ・ウィリアム・クリード』とだけ刻まれている。誰かが敬意を払うために今日ここにいたのだろう。彼は新鮮な花があるのを見た。誰だったんだ?

ドレイヴンの目が僅かに見開かれた。彼は数行飛ばして読み続けた。

地面はなめらかで、掘りやすかった。墓の形はとてもはっきりしていて、彼が今にも投げ捨てそうな埃は地球よりも柔らかかった。

更に数行。

彼は地面の泥を墓石の左側に投げ捨てた。穴が深くなるにつれて、安定したリズムを保つのは難しくなる。彼は匂いが漂う墓に足を踏み入れた。

父さんの最期の茶番にドレイヴンは何を望んでいたのか、答えはそれら全てにあった。彼は机からジェームズの鍵を掴み取り、ガレージからシャベルを持ち出した。午前1時、彼はドライブから戻って来た。彼はルイス・クリードのような気持ちになっていた。


13

父の肖像(A portrait of your father):

彼らは君のことが見えていない。収容されている限り彼らは死者を気にかけるようなことはしないからだ。結局のところ君の冒険はクリードのものよりずっと容易かった。異常な墓地に埋められた人間を死から蘇らせる訳では無かったからだ。火葬された人間が水面より2フィート下にあった場合と同じくらい簡単だ。掘り起こすこと自体の容易さに君は感謝しなければならなかった—捕まって解雇されなかったことよりも—。墓泥棒をするにあたって必要不可欠な部分を見逃しているように君は感じていた。父親の骨壷を地面から掘り起こし、横に置いた時、君は失望にも似た気持ちになった。墓を掘り起こすことで強い後悔の念に駆られたり、そんな感じの感情を少なからず抱くだろうと思っていたからだ。けれども君は父さんが監督評議会の、死体処理と証拠隠滅の罰則の厳しさについて不平を言っていたのを思い出していた。だから君はそうせずに、穴を元に戻すだけしてその場を立ち去った。骨壷とシャベルを持って。あまり興奮できなかった。もっと面白いものかと思っていたのに。

結論から言えば、父さんは誇りに思っていたのだろう。


14

「…ねえ、ちょっと、ドレイヴン。一体何をしてくれたんだい?」

ドレイヴンが大声でジェームズを呼び、泥と土を撒き散らしながらテーブルに金属の箱を引っ張ってきた時、外はまだ暗かった。彼は得意げにニヤついていた。ジェームズはキッチンカウンターの後ろから、得体の知れない恐怖を見るような目で彼を見つめた。

「ドレイヴン。」

彼は警告した。

お願い、僕が考えていることを言わないで。」

「父さんだよ。」

ああもう!

全ての心と魂とともにジェームズは言った。ドレイヴンは父の墓を荒らしている間後ろに誰もいなかったことを知っていた。彼1人のみでやったのだから。

「違う違う違う!違うから、な。とにかく話を聞いてくれ。」

ジェームズが自分のことを何よりも愛しているという事実をドレイヴンは分かっていた。彼がすぐにサイトの精神科医に連絡を寄越さなかったからだ。この行動が彼のドレイヴンに対する愛を示していた。彼は立ち上がり、胸の前で腕を交差させ、目の前の何の変哲もない骨壷を見つめた。

「ドレイヴン。」

彼は話し始めた。

「これは文字通り—」

「父さんは財団を嫌っていた。」

ドレイヴンは言った。

「仕事は好きだったけど、組織を嫌っていた。お前も知ってるだろうけどな。あいつらは父さんがすぐに戻ってくるのを嫌っていた。ならどうしてあいつらは父さんを財団に置いたままにしようとしたんだ?」

ジェームズは返事の半分を口ごもりながら言い、残り半分は言わなかった。彼の見方によって認められないのは明らかだった。1週間前のドレイヴンも同じだっただろう。彼はどうしてサイトの墓地から父さんの死体を掘り起こしてきたのか全く分からない、といった顔をし、眉を上げた。

「…君はお父さんの墓を荒らしたんだよ。」

ついにジェームズは口に出した。

「ああそうとも、俺がやった。」

ドレイヴンはにこりと笑った。

「で、俺は元あった場所に土を戻してきたし父さんを連れて帰ってきた。誰も見ちゃいないさ。彼がいなくなったなんて夢にも思わないだろうよ。墓石もそのままにしてあるからな。」

「もし彼らが確認したら?」

「しまった、それは盲点だった!管理官が本当に死んだままの状態か、年に一度確認されるんだった。俺が馬鹿だった。」

「ドレイヴン、僕を試そうとしていない?」

「ジェームズ、俺はただ父さんを掘り起こして連れて帰ってきただけだ。スティーブン・キングの小説で見つけたある物が原因で。それにお前はまだここにいるじゃないか。」

「そうだけど?」

ジェームズは少し強い口調で言った。

「僕達2人とも今朝は驚いていたみたいだけど。」

彼は動きを止めた。ドレイヴンはジェームズがアイデアを練り始めていると断言できた。あまり乗り気では無いが。だが彼がサイトの警備員達を呼ぶのも時間の問題だろう。彼はテーブルの向こう側に、手に泥をつけたまま微笑みかけた。

「はは、俺はなんてラッキーなんだ?」

ドレイヴンは結局、凍てついたような静寂を溶かすために口を開いた。彼はまだ険悪なムードの中で壊れた関係を修復するに至ってはいなかった。ドレイヴンはジェームズの中の弛んだ糸をぷつりと切ったような感覚を覚えていた。嘆き悲しむ過程はもう終わったからだ。

ジェームズはにやにやと笑い、眼鏡を鼻の上に押し上げた。

「ああ、ドレイヴン、今夜かい?これを?君は本当にラッキーだね。たったのひとつだけだ。」

ジェームズは眼鏡から手を離し、骨壷の方を指さした。

「…具体的な計画を教えてくれないかい?」

ドレイヴンは心臓がすとんと落ちたように感じ、彼の笑顔に迷いが生じた。ジェームズはそれを見逃さなかったに違いない。悔しげに笑って、アベンジャーズのシャツの後ろで手を組んでいたからだ。

「あれ、君はこれ持ってなかったっけ?」

「ああ、まさかここまでいくとは…。」

ドレイヴンは唸った。

「なるほどね。」

「僕の大まかなアイデアはこう、彼が生前好きだったところに連れて行く。良いでしょ?灰をどこかしらに撒いてくるんだよ。」

彼は少しの間考え込み、最初にある場所が思い浮かんだ。稀にある暇な週末に、よくドライブに行っていた場所だ。ジョニー・キャッシュや、NPRや、野暮ったいジープが拾える地元のポーランドのラジオ放送を聞きながら。

「ウェバ。バルト海沿岸だ。」

ジェームズは静かに頷いた。

「その、」

ドレイヴンは言った。

「お前は…沢山の、俺のくだらない茶番に付き合ってくれた。お前が今回みたいな、突発的で大胆な行動が気に食わないっていうのは分かってる。だけど、言わせてもらう。俺はあまりこういうことはしないんだ。だけど、今回のは本当に、本当に大切なことなんだ。だから、こう考えたんだ。来週は休みがあるから彼を連れて行って、灰をどっかにやって……それから…。」

彼は父の言葉を思い出していた。何がお前を幸せにしようと

「…行こう…いや…何かしよう。2人だけで。例えば、その、暫く探検したりとか。」

彼は手を握り締め、床を見つめた。

「……分からない、でも俺は…ただ何日かここを離れる必要があると思う。」

ジェームズに見られていることは分かっていたが、彼は顔を上げなかった。ジェームズは彼をじっと見つめ、彼の提案が責任逃れのちょっとした口実か、本当の提案かどうか見極めようとしていた。暫くの間、ドレイヴンは自分1人だけが真剣になっているのではないかと想像した。なんて酷い話だ。

彼にジェームズのため息が聞こえた。

「全くもう…それだけかい?」

ジェームズはバックパックと鍵を掴んで言った。

「ほら、行こう。お父さんの面倒を見なくっちゃ。」

ドレイヴンは笑った。彼の涙はいつの間にか止まっていた。


15

父の肖像(A portrait of your father):

君はバールで鋼鉄製の箱をこじ開けた。そこには君の父さんがあった。灰は灰に、塵は塵に。そこにはコロンビアのコートも、削れた黒い眼鏡も、カメラも、使い古されたペーパーバックも、何も無かった。でも君の父さんであるために全てが必要という訳ではなかった。ジェームズはワイヤーフレームの眼鏡越しにドレイヴンを見た。彼の鼻には少し大きすぎるように見える。ドレイヴンは振り返って彼を見た。そしてジェームズは言った。

準備は良いかい?

君は開けた海に彼を放り投げた。彼は最早財団の所有物では無かった。これからも、いつまでも。

君の肖像(A portrait of you):

君とジェームズは夜明けに合わせて野暮ったいサターンに乗り込んだ。君は着古されて、ところどころが破けた緑色のコロンビアのジャケットを着ていた—父のものだった、だが今や君のものだ。ジェームズは助手席に座っていて、君は窓を開けながら運転していた。ジェームズは笑いながら君に言った。もうやめてよ、君は本当に馬鹿だなぁ。ロータリーを見つけて、日曜の早朝に数回ぐるりと回った挙句、玄関から出てきた年老いた女性に怒鳴られブレーキを踏んだからだ。君はかつて怯えていた、これからもそうなるだろう。けれども今、道路の端に亀がいたからジェームズは怒る気を失くしてしまった。車をバックさせ、ドアを開けてそれを見ている。君はかつて悲しんでいた、これからもそうなるだろう。けれども今、高速道路に入る前にマクドナルドに寄るべきだとジェームズは言っている。君は言った。ああ、そうだな。マクドナルドに行こうか。何故なら今や財団は問題では無いからだ。何も2人を止められない。灰色の夜明けが終わる頃、2人は高速道路に入っていった。

君は肖像画を描いている。古いものから新しいものまで、全てのものがそこに描かれていた。

父のように。

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