術後せん妄

評価: +65+x
blank.png

POS 2023/07/15 (土) 19:51:14 #74925461


皆さんは「せん妄」というものをご存知でしょうか。

馴染みのない言葉だと思うので軽く説明します。
せん妄とは、簡単に言えば「一時的な錯乱状態」を示す医療用語です。
入院や手術等の負担により、意識障害や認知機能障害が生じる場合があるのです。
症状は様々ですが、中には興奮状態に陥ったり、幻覚に苛まれたりすることもあります。

これは特段、珍しいものではありません。
誰にでも起こる可能性があるものです。

今回はその「せん妄」状態に陥った、とある1人の患者さん(以降、Eさんと呼びます)についてお話しさせてください。

私の暇つぶしに付き合っていただければ幸いです。

POS 2023/07/15 (土) 19:55:40 #74925461


私はなんの変哲もない、90床程の病院で理学療法士(リハビリの人)として勤務しています。
ご年配の方が多い地域なので入院患者さんの年齢は平均して80歳前後であり、主にそういった方々のケガや病気に対してのリハビリを行っています。

Eさんは40度近い熱発が突如としてみられたため、精査目的で入院の運びとなった20代男性です。
入院から3日間経過しても解熱する様子はなく、熱発の原因も不明だったため不明熱と診断。寝たきりによる身体機能低下を防ぐためにリハビリ処方となり、私がその担当となりました。
当院の入院患者さんの中でもかなり若めの方でしたので、リハ依頼箋を見て驚いたのを覚えています。

20代という若さに加えて重大な既往歴もないので、適切な治療を受ければすぐに退院できるだろうなと当初は楽観的に考えていました。

POS 2023/07/15 (土) 19:59:45 #74925461


いざリハビリをしようと個室に入ると、私は愕然としました。
Eさんはせん妄による興奮状態にあり、身体拘束をされていたのです。

身体拘束とは患者さんの動きを環境調整や拘束具等で一時的に制限することです。
これは人間の尊厳に関わることであり、やむを得ない場合に限り実施されます。
つまり、興奮したEさんによって他スタッフやEさん自身が危険にさらされるリスクがあり、拘束以外の手段ではそれを抑えきることが出来なかったというわけです。

Eさんは訪室した私を見るやいなや、「これを取ってくれ」と叫びました。

心が痛みました…拘束具を取ってくれと訴える患者さんは多いのですが、やはり慣れません。
しかし、その度に落ち込んでいては仕事になりませんので、いつも通り明るくEさんのもとへ歩み寄りました。

hiro 2023/07/15 (土) 20:00:28 #11846284


手を縛ったりするやつか

POS 2023/07/15 (土) 20:01:21 #74925461


そうですね。
Eさんの場合はミトンという手袋のようなものと、手足の抑制帯による拘束でした。

POS 2023/07/15 (土) 20:06:58 #74925461


私はEさんの拘束を外しました。
病院によるかもしれませんが、私の職場では見守りの目があるリハ中での拘束解除は許容されています。
その場合、リハ介入中に点滴などを自己抜去しないよう細心の注意が必要になりますが…私は束の間でも拘束を外してあげたいという気持ちがあるので、いつもそうしているのです。

Eさんに「取りましたよ」とやさしく声をかけました。

それでもEさんが落ち着くことはなく、むしろ先ほどよりも興奮しているように見えました。

「これを取ってくれ」と叫び続けます。

せん妄に陥ると混乱によって状況が理解できなくなってしまう患者さんが多いので、その発言に大きな違和感は感じませんでした。

私はEさんをなだめながらバイタルを測定しました。
結果、体温はまだ39度を超えていました。これは積極的な運動を控えたほうが良いとされている基準を超えています。
そのため、今回のリハビリはベッド上で軽くマッサージをして終わりにしようと考えました。

POS 2023/07/15 (土) 20:13:12 #74925461


まずは立つにも歩くにも重要な下肢からマッサージすることにしました。
20代の方なので、特筆すべき点はないだろうと思っていたのですが…

右足のマッサージ中、大腿の後面に違和感を感じました。
抉れているような感じでした。

慌てて確認すると、それは小さな「手術痕」のようでした。
しかし、手術痕というには不審な点も見受けられたのです。

それは皮膚を乱雑に切り裂いた後、稚拙に縫合したかのように見えました。
私も整形外科的手術後の患者さんをある程度は見てきたつもりですが…それが何の手術の痕なのか皆目見当もつきませんでした。
そもそもカルテ上には目立った既往はありませんでしたし、手術を行った経歴もなかったはずです。

手術痕について聞くと、「かかる、かかる」と答えました。
「かかる、とはなんですか?」と聞きましたが、やはりはっきりした情報は出てきません。
うわごとのように「かかる」を繰り返すばかりでした。

そういった点が気にはなりましたが、とりあえずその日は何事もなくリハビリをする事ができました。

Rin 2023/07/15 (土) 20:16:14 #73492554


手術痕のようなもの、ですか。それが手術によるものと仮定すると、術後からどの程度時間が経っているように見受けられましたか?

POS 2023/07/15 (土) 20:18:04 #74925461


傷は閉じているように見えましたが赤みが残っていました。
なので術後からそう時間は経っていないでしょう。
私の勘ですが、おそらく術後1週間程だと思います。

Rin 2023/07/15 (土) 20:19:49 #73492554


なるほど…もし手術痕だとしたら、Eさんは術後せん妄だったのかもしれませんね。

その他、介入中に不審に感じた訴えや運動器等の状態はありましたか?
私も医療従事者なので気になります。

POS 2023/07/15 (土) 20:21:29 #74925461


そうだったのですか、お互い頑張りましょう!

その他で気になった点ですか…上述したもの以外だと静脈瘤が少し目立つなぁと思った程度ですかね。

POS 2023/07/15 (土) 20:31:22 #74925461


次の日の朝、出勤してすぐに着替えてパソコンを立ち上げました。
カルテでEさんの状態をいち早く確認したかったのです。

リハビリ科は一般的に夜勤がありません。
患者さんの夜間の様子はカルテと看護師さんから確認するしかないのです。
どうか何事もありませんようにと、Eさんのカルテを開きました。

看護経過記録を見ると、私が個室から出ていった後に落ち着きを取り戻したようです。
少しホッとしました。
今朝の時点でも熱発こそあるものの、その他バイタルは問題ないようでした。

しかし、新たに病名がついていました。
腹水です。

不自然だと思いました。
昨日確認した限りではそのような印象は見受けられませんでしたし、Eさんは腹水の原因となり得る肝硬変や腎不全等の既往もないのです。

朝のミーティングの後、すぐに病棟へ上がって看護師さんに昨日のEさんの様子を確認しにいきました。

看護師さんは「あの後、特に何事もなく落ち着きました」と言います。
腹部の膨満がいつから見られるようになったかを聞こうとすると「今忙しいんで、後にして下さい」と冷たく言い放ち、ナースステーションに入って行きました。
忙しいときの看護師さんは時折冷たい時があります。
しかし、その時ばかりは、看護師さんは何かに怯えているようにも見えたのです。

個室に入るとEさんはやはり拘束されていましたが、少し落ち着きを取り戻している様子でした。
熱発で苦しんでいたことや、せん妄に陥っていたことはすっかり覚えていないようでしたが…笑顔で挨拶をする余裕もあるようで、この状態なら間も無く拘束は外れるだろうなと少し安心しました。

Eさんの笑顔でほっとしたのも束の間、私の視線はすぐに掛け布団へ移りました。

不自然に、異様に盛り上がっているのが気になったのです。
まるでバランスボールでも入っているかのような、そんな感じでした。

私は恐る恐る掛け布団を取りました。
そして腹部を見たのです。

それは腹水ではないと確信しました。

直感で「何かがいる」と感じたからです。
根拠はありませんが、そんな気がしたのです。

POS 2023/07/15 (土) 20:34:35 #74925461


私はEさんにまず体調を伺いました。
これだけ状態が変化しているのですから、何もないはずがありません。

しかし、Eさんは「元気です」と。
それだけでした。

「本当に大丈夫ですか?何かあればすぐに伝えてくださいね」と何度か言いましたが、返答が変わる事はありませんでした。

POS 2023/07/15 (土) 20:36:25 #74925461


そして、ふと気づきました。一部の筋肉が異様に緊張しているように見えたのです。

Eさんはパッと見て右の胸鎖乳突筋(首にある筋肉)が非常に緊張していました。

hiro 2023/07/15 (土) 20:36:50 #11846284


漢字むずいな
首のどこ?

POS 2023/07/15 (土) 20:37:56 #74925461


「きょうさにゅうとつきん」です。
分かりづらくてすみません…。

まずは左を振り向いてみてください。
喉元の下、鎖骨と鎖骨の間にスジのようなものが盛り上がって出てきていませんか?
それが右の胸鎖乳突筋です。

POS 2023/07/15 (土) 20:43:27 #74925461


まず、左の胸鎖乳突筋を触診しました。
緊張が亢進した状態の筋肉がそこにありました。触り慣れている感覚です。

続いて、右を触診しましたが…思わず眉をひそめてしまいました。
私の知らない、少なくとも筋肉ではない感覚。
奥に芯があるような、ぬるぬるとした感覚がEさんの皮膚越しに私の指先へ伝わってきたのです。

瞬間、それは蠢き始めました。
そして小刻みに身を捩らせながら、腹部へと這うように消えてしまいました。

それに呼応するかのように、静脈瘤だと思っていたものも腹部へと這いずり始めます。
腹部は先ほどよりも更に膨満しているように見えました。

Eさんは、その膨満した腹部を優しく手で撫でました。

私はその所作から、本来感じるはずのない…感じてはいけない「母性」を感じてしまったのです。
まるで本当の母親のように。

同時に、胃の中のものが込み上げてきました。

そんな私を見て、Eさんは「かけた」と言いました。

その発言が術後せん妄によるものなのかは、今でも分かりません。

リハビリを中止し、逃げ出すように個室を後にしました。

POS 2023/07/15 (土) 20:46:11 #74925461


私は自身が触診した何かについて他部門のスタッフにも報告しようかと考えました。
しかし、「体の中に何かがいる」なんてことを言っても病院のスタッフは信じてくれないでしょう。
何事もなかったかのようにカルテを書いてすぐに帰宅しました。

その日の晩は今までにないような寒気と掻痒感を感じて、あまりよく眠ることができませんでした。

POS 2023/07/15 (土) 20:50:59 #74925461


後日、出勤すると何やらリハビリ室が騒がしいように思えました。
科長に急かされながらカルテを確認すると、そこには信じられないことが書いてあったのです。

なんと、Eさんが離院したとの記録が残されていました。
病院の外に出て行ってしまったということです。

看護師さんが見回りで訪室した時には既にEさんの姿はなく、ベッドに残されたものは抜去された点滴のみだったそうです。

POS 2023/07/15 (土) 20:56:59 #74925461


Eさんは私のリハビリが終了して間もなく、状態が落ち着いたと判断され身体拘束を解除されたとのことでした。
それが原因で離院に繋がったと考えるスタッフもいたようですが、それはあり得ないと私は思っています。

記録によれば、Eさんが姿を消した後も窓や扉は全てしっかりと施錠されていたらしいのです。
離院の形跡がみられないとのことでした。

なら、どこから外へ出るというのでしょうか?

警察に院外の捜索をお願いしてから1週間程経ったらしいですが…まだ見つかっていないようです。
今後も見つかることはないと思います。

「母親はここ」とこの子達が言っているのです。
それはつまり、Eさんがまだこの院内にいるということでしょう。

POS 2023/07/15 (土) 20:58:30 #74925461


すみません、そろそろ消灯時間なので閉じます。

ありがとうございました。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。